12 モルボフ老翁から母の思い出を聞く そして教会へ帰還
その邸宅は街の隅、丘の上にあった。シャーリーマリーローズとドースは、先先代伯爵の弟である人物の元へ訪れていた。ドースは邸宅の使用人に事情を話して、邸宅へ入ることを許されたのだ。
しっかりとした作りの石の階段を登り、彫像の飾られた庭を通っていく。武人の銅像のようだった。筋肉の盛り上がった強そうな男。手には大きな剣が握られている。けれど目はぱっちりと愛嬌がある。シャーリーマリーローズはユーティスと一緒の時、森の近くで出会った伯爵の姿を思い出した。
(ご先祖様……かしら?)
重そうな玄関扉が開かれると、玄関広間があり、そこには老人が立っていた。整えられたヒゲ、強い意志を表す眉。どちらも白い。それに深い青の服。腰には剣。
(こちらが先先代伯爵の弟君、モルボフ様ね)
シャーリーマリーローズはそう判断した。深くお辞儀する。こちらから声をかけるのは無礼になるので、相手の声を待つ。しばらく、モルボフは声を出さず、じっと睨みつけるようにシャーリーマリーローズを見ていた。シャーリーマリーローズは緊張しながらも、相手の声を待った。
「シャーリーローズに似ているな」
モルボフは言った。思ってもいない一言目に、シャーリーマリーローズは驚いた。シャーリーローズは、シャーリーマリーローズの母の名前である。
「シャーリーローズは私の従姉妹の娘に当たる。先々先代ロン伯爵の妹がジョセス伯爵家へ嫁いだので、その孫娘だ。シャーリーローズには兄がいたが、シャーリーローズが死んだ後、その兄まで死んでしまった。それで、今は先代ジョセス伯爵の弟に当たる者がその地位に着いた」
「はい」
母の実家の話はシャーリーマリーローズも聞いていた。それで、シャーリーマリーローズは母方の親族からの支援をあまり望めない。
「シャーリーローズは賢い女子であった。女ながらに読書を好み、本に埋もれていると言っていた」
モルボフから語られる母の話に、シャーリーマリーローズは涙が出そうになった。父にも裏切られ、もう、みんな母のことは忘れてしまっているかと思っていた。
「私も母の遺した、たくさんの本を読みました」
シャーリーマリーローズは塔の中で読んだ本を思い出した。楽しい冒険の話から、地理の話、お金の話、戦略の話。様々な本があった。
モルボフはシャーリーマリーローズを手招きした。
「入りなさい。少し話そう」
奥へ入ることを許されたシャーリーマリーローズとドースは、玄関広間の隣にある応接間へ移動した。先を歩くフォルスは足を引きずるようにしていた。ゆっくりとした足取りを、ゆっくりと追いかけた。
モルボフはシャーリーマリーローズとドースをそれぞれ椅子に座らせ、自分も向かいの長椅子に座った。そして話し始める。
「一度、彼女と椿の戦争について議論した事があった。私はあの敗因を増援の遅さにあったと考えたが、彼女は天気を読む力に欠けたと評価した。その時私は、天気など読めるものか、と言ったが……、今のロン伯爵にはその力があるかのようだ」
シャーリーマリーローズはロン伯爵に会った時のことを思い出す。風が吹いて妖精たちが騒ぎ、早く森を出たほうが良いと思った。その後、同じく森を出てきた伯爵一行に出会った。それから、ユーティスにも妖精が見えると言う。
(ひょっとして、ロン伯爵にも妖精たちが見えてる……?)
けれど、この老人はそうとは思っていないようだ。妖精が見えるということはユーティスだけの秘密なのだろうか。そうかもしれない。シャーリーマリーローズも、妖精と仲良くなれる歌は秘密の歌だと母から習って、秘密にしていた。
「今のロン伯爵は強い。強くて、皆に優しい。その上、強運だ。戦場にロン伯爵がいる時、風までが彼に味方すると言われている」
モルボフは力強い声で伯爵の人物を語った。
「ユーティスは、あれも優秀ではあるのに、子供の頃からずっと、天才的な才能の兄と比べられていた」
その声が同情的なことにシャーリーマリーローズは気がついた。
「私も弟だ。例え伯爵の家に生まれようと、兄を持つ弟である以上、軍隊で働くか、教会へ入るしかない。私は子供の頃読書を好んでいたが、軍隊へ入った。いくつもの戦争で戦い、仲間を失い、自分も足をやられた」
そう言いながら、モルボフは自らの足をさすった。
「だがしかし、軍人になったことに、後悔は無い。軍で作った仲間のことを誇りに思っている。ユーティスが教会への道を進み、司祭にまでなったことも誇りに思う。苦労もあっただろうが、自分の居場所を自分で築いたのだ」
ここまで話して、モルボフの表情が歪む。
「それが———、結婚して男爵になるので司祭を辞めるという話だ。今までの人生を否定するのはなぜだ。男爵の地位はそれほど魅力的だろうか?」
シャーリーマリーローズは心の中で身構えた。
(モルボフ様は私がユーティス様と結婚すること、良く思っていないのかも……)
モルボフはしばらく言葉を選んでいるようだった。外の窓を見ている。シャーリーマリーローズは何か言うべきかどうか、迷った。迷ったけれど、発言することにした。
「私は———、父と継母に愛されていませんでした。最近まで病気がちという理由で外へ出してもらえず、姉たちからも冷たくされています。ユーティス様はそんな私を、信じてくださいました」
モルボフが少し驚いたようにシャーリーマリーローズを見た。シャーリーマリーローズは続けた。
「姉たちは私を押し除けて男爵位を手に入れようとしています。姉たちは学校へも通っていて社交界にも出ていますから、姉たちの言うことを信じる人も多いと思っています。けれど、私はユーティス様が信じてくださって、リューナ様がご指導下さったことを、裏切りたくはありません」
ドースが頷いた。
「うん、確かに、シャーリーマリーローズ様の学業の成績の良さは噂に聞いています。リューナ様が熱心にご指導されているという事も。司祭様は男爵になるためだけにシャーリーマリーローズ様を選んでいるのでは無いかもしれない」
モルボフは2人をじっと見つめた。その姿勢に嘘がないかどうか、見定めようとしているようだった。そして、言った。
「———では、聞こう。120年前の、『6月の戦い』を知っているか?」
突然の質問に、シャーリーマリーローズは少し驚いた。勿論知っている。この国の歴史の書かれた本で、読んだ事がある。それだけではない。
「……ひょっとして、庭にあった彫像はその英雄の、ホーク中将でしょうか?」
モルボフの頬が紅潮した。
「そう! そうだ!」
「ホーク中将の活躍で王国軍は隣国を押し退け勝利。ルクア地方はその時王国の支配地に加わりました。その後、ホーク中将は国王より伯爵位を賜った」
つまり、庭にあった武人の彫像は、ロン伯爵家の初代の銅像、という訳である。知識が繋がったことに、シャーリーマリーローズも少し興奮していた。
「ホーク中将自ら囮となり、敵を細い崖の間に誘い込み、細い列になった敵を少数の味方で倒した!」
モルボフが膝を叩いて爆笑した。
「はっはっはっは、間違いなくあのシャーリーローズの娘だ! よく知っているな!」
その声の大きさにシャーリーマリーローズは少し怖さを覚えたが、どうやら褒められたようだった。モルボフは立ち上がった。
「まあそもそも、本家が認めているのならば、俺は結婚に反対しようもないのだが。人柄を知る事ができてよかった、シャーリーマリーローズ。今晩はうちに泊まりなさい。明日、教会まで送って行こう」
シャーリーマリーローズも立ち上がって、お辞儀する。
「ありがとうございます」
モルボフは手を振り、部屋を出て行った。モルボフの使用人はシャーリーマリーローズとドースに、今晩過ごす寝室への案内を始める。
こうしてシャーリーマリーローズはモルボフとの面会を終えた。
翌朝。シャーリーマリーローズは教会へ向かう馬車に乗った。モルボフから新しい服を贈られ、それを着ていた。ピンクの可愛らしいフリルのついた服だ。シャーリーマリーローズの好むデザインではなかったけれど、嬉しかった。また1人、味方が増えた気がする。
教会の人たちは、リューナは、学校のクラスメイトたちは、昨日シャーリーマリーローズが突然いなくなったことをどう思っているだろうか。姉たちはシャーリーマリーローズの悪口をたくさんの人に話して回ったのだろうか。それをみんな信じただろうか。
向けられるであろう疑惑にどう答えたら良いのか、シャーリーマリーローズは話すことを頭の中で練習した。正確に昨日起こった出来事を話した方がいい。嘘は綻びを呼んでしまう。ただし、妖精のことは秘密だ。
それから、ユーティスのことも想った。ユーティスはロン伯爵に会えただろうか。もう教会へ戻っているのだろうか。ユーティスの顔を見られたら、きっと安心することができるのに……そんな風に思った。
不安で落ち着かない。けれども、塔の中で何もできなかったことを思えば、今は自分で動く事ができる。姉たちには負けたくない。
シャーリーマリーローズは背筋を伸ばした。フォルスの街から教会までは、馬車で行けばそう遠くない。考え事をしていたシャーリーマリーローズにとっては短い時間のように感じられた。
馬車が止まり、御者が扉を開いた。
シャーリーマリーローズは深呼吸をして馬車から降りる。教会の庭を通り学校の棟へ向かうと、そこにはリューナが立っていた。シャーリーマリーローズに気がつくと、駆け寄って来る。
「シャーリーマリーローズ様! ご無事でよかった!」
リューナに抱きしめられて、シャーリーマリーローズはつい、泣いてしまった。
「リューナ様……」
心配してくれていたのだろう。そして、リューナに自身の潔白を疑われることを恐れていたシャーリーマリーローズは心の底から安堵した。
「突然居られなくなったので、心配しました。学校では、シャーリーマリーローズ様の姉君たちが『シャーリーマリーローズは学校に嫌気がさして街へ遊びに言ってしまった』などと言いふらしていて、それを信じる者も少なくありません」
リューナの目も潤んでいた。
「ですが、わたくしは、シャーリーマリーローズ様がそんなことするはずもない。そう思っていました」
シャーリーマリーローズは昨日のことを話した。
「申し訳ありません。私が不用心でした。昨日の朝、教会の中を1人で掃除していたところ……姉たちに出会ってしまい、姉たちの従姉妹という男に連れて行かれてしまいました。気づいたら遠くの倉庫の中で手足を縛られていたのですが、見張りもなく、縄もなんとか解けたので、脱出して……、こちらへ戻る途中、運よく農民の親子に助けていただいたり、街で修道士のドースさんにお会いできて。ロン伯爵家のモルボフ様の元で泊めていただきまして、今こうして、ここへ、戻ってこられました」
リューナはそれを聞いて、珍しく取り乱した表情をした。
「なんですって……⁉︎ 拉致、されて……⁉︎」
リューナの白磁の頬が怒りで赤く染まった。
「許せません……! なんてひどい!」
シャーリーマリーローズは、申し訳なくなった。おっとりと優雅に美しい少女を、怒らせてしまった。身内のゴタゴタのせいで。
「リューナ様。私、リューナ様にお会いできて、ほっとしました」
シャーリーマリーローズはリューナに言った。
「今日は、ダンスパーティがありますよね? リューナ様に教えていただいた成果を、皆様に見ていただきます。気持ちが折れずに真っ直ぐにいることが、姉たちへの復讐です」
リューナはシャーリーマリーローズを見返した。
「お強いのですね、シャーリーマリーローズ様。大好きですわ!」
シャーリーマリーローズは自分にうなづいた。これでいい。
「私、皆様に認められて、男爵になります」
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