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11 伯爵家の街 善い人に助けられる

 街は外敵から守る大きな城門に囲まれている。エイム親子の荷馬車に乗ったシャーリーマリーローズは、その景色を小さい頃みた記憶があったが、改めて驚いた。入場する者は全て、門番である兵士の検問を受ける。そして問題が無ければ街へ入ることを許される。城門の前には検問を待つ列ができており、皆少し緊張した面持ちだ。エイム親子も少し緊張していた。

「あんたのことどう説明するのがいいかな?」

 エイムがシャーリーマリーローズに、こそっと尋ねる。

 シャーリーマリーローズも小さな声で話す。

「先ほどあなたが言っていたように。街で働いていて、里帰りをして戻るところ、……と」

「あんた、この街で働いてるのか?」

 エイムの問いに、シャーリーマリーローズは答える。 

「ある学者の方のお屋敷で、住み込みでお手伝いをしています」

 自分の服装に1番合う職業を考えたのだった。

「拐われたことを話して、お役人に保護してもらった方が良くないかい?」

「エイムさんとサムさんのおかげで、街に戻る事ができました。本当に感謝しています。あとは、早くお屋敷に帰って、旦那様に起こった事をお話しないと……」

「……そうかい」

 エイムはうなづいた。

 3人の荷馬車に、検問を受ける順番が回って来た。門番はじろりと荷馬車を見回す。

「農民のようだな。その女は?」

「街で働いている娘です」

 エイムが答えると、門番はシャーリーマリーローズをじっと見る。シャーリーマリーローズは緊張したけれど、悟られないように、町娘を装った。

 兵士は手を振った。

「行ってよし」

 その一声で、エイムは門番に少し頭を下げ、馬を進めた。検問を通る事ができたシャーリーマリーローズは肩の力が抜けた。空は夕焼け色だ。エイム親子に出会えていなかったら、今頃森の中で眠る決意をしなければならないところだった。 

 街の中に進んだ荷馬車は、街の中心にある広場まで進んだ。

「この辺りでいいかな?」

 エイムが馬を止めて、振り返った。

「はい」

 シャーリーマリーローズはうなづいた。ここからまた、1人で行動しなければならない。その覚悟も込めて。

「本当に、ありがとうございました。きっと必ずブルズ村へ、再度お礼に伺います」

 深くお辞儀をすると、エイムとサムは笑った。

「いいってことよ。俺たちもついでだ、街で買い物して戻るよ」

「今晩はどうされるのですか?」

「知り合いの家に泊めてもらって、朝帰るよ」

 もう夕方だ。2人の泊まる所があってシャーリーマリーローズはほっとした。自分自身は、姉たちの従姉妹の男の倉庫でくすねた金貨で、泊まる宿を探そうと思っていた。シャーリーマリーローズは、ポケットから刺繍のハンカチを取り出した。そしてそれを、サムに差し出す。

「これを、受け取ってください。助けていただいた、お礼です」

 サムはハンカチを受け取った。

「あれ? ……これ」

 ハンカチが硬いのに気がついたサムが中を広げる。金貨だ。

「内緒ですよ? 捕らわれていた倉庫に、あったのです。酷い目にあったので、これぐらいもらっても、いいでしょう?」

 シャーリーマリーローズは腰を落として、サムに話した。するとサムはにやっと笑った。

「悪い奴のお金だろ、神様は見逃してくれる」

 エイムも苦笑する。

「まあ、そうだな」

 シャーリーマリーローズは再度2人にお辞儀をした。

「ありがとうございました」

 そして、手を振り、主人の屋敷に戻るふりをしながら、歩き出した。親切な親子に本当の自分の身分を告げるべきか、迷ったけれど、

(男爵家の令嬢が身内に拐われて、1人で逃げ出した……なんて信じてもらえるかしら?)

 そう思う気持ちもあった。それに、これ以上彼らに助けてもらうのも申し訳ない。万が一、姉たちの悪意が彼らに向いてはいけない。

 川沿いの街道はこの街を通って、教会のある街へも続いていく。エイム親子の住むブルズ村は男爵領。そしてこの街はフォルス。リューナの父が当主である、伯爵領。伯爵家の領地内では2番目に大きな街だ。シャーリーマリーローズがこの街を歩いた記憶は、幼い頃の遠い記憶にわずかにあるだけだった。

 まずシャーリーマリーローズが探さなければならないのは、この時間でも教会の方へ走る馬車。それが無ければ、夜を過ごす宿を探さなければならない。

 シャーリーマリーローズは、視線の先に飲食できそうな店を見つけた。ずっと飲み食いしていないので、空腹でもある。店の中へ足を運ぶ。

「いらっしゃい」

 愛想の良さそうな中年の女が声をかける。シャーリーマリーローズは尋ねた。

「あの……、これから教会へ行きたいのですが、馬車の待合所はどこでしょうか?」

「おや、この時間から教会へ?」

 店の女は首を傾げた。

「はい。」

「あんたこの街の人じゃないのかい?  馬車の待合なら公園にあるけど……この時間にはもうないよ」

 そうなると、今日中に教会へ戻るのは諦める他ない。

「そうですか……。わかりました。では、何か持ち帰れる食べ物をください」

「持ち帰りできるのはサンドイッチかミートパイだよ」

「ミートパイをお願いします」

「ミートパイね。銅貨500」

 店の女に言われて、シャーリーマリーローズは金貨を取り出す。

「すみません、今手持ちがこれしかなくて」

「金貨! お釣りあるかしら、ちょっと待って」

 庶民のお金のやり取りのほとんどは銀貨で行われており、金貨はほとんど使われていない。金貨一枚の価値は労働者の半月分ほどである。

 店の女は一度店の奥に入って、戻ってくる。

「あったあった、はい、お釣り」

 銀貨と銅貨のお釣りがシャーリーマリーローズに返された。女はシャーリーマリーローズが手ぶらなのに気がつく。

「あんた、皿か籠は? 持ってないの? 手掴みで持って帰るつもり?」

 そう言われて、シャーリーマリーローズはハッとした。料理を外で買って家へ持ち帰る際には、それぞれ自分の皿や籠に入れて持って帰る、というのを本で読んだ事がある。次の行動に移るために持ち帰りを頼んだけれど、それを諦める。

「……そうでした。あの、お料理ここでいただいてもよろしいですか?」

「いいよ、座って」

 店の女に空席を示されて、シャーリーマリーローズはそこへ座った。店内には数人食事をしている者がいる。1人で食べている者、二人で食べている者、全て男性だ。

 姉たちがこの街でシャーリーマリーローズに何かできるとは思えない。ここは伯爵領で、男爵家の手の者が悪事を働くのは難しい。けれど、若い女一人が街で動き回る危険はあったので、なるべく目立たず行動したかった。

(さっと食事を終えて、宿を探そう) 

 シャーリーマリーローズの前に、店の女が皿に乗ったミートパイを置いた。

「出来立てだよ」

 店の女はにっと笑った。シャーリーマリーローズは

「いただきます」

 と言って、ミートパイを手に取った。出来立てのミートパイは温かくて、いい匂いがした。ミートパイを食べるのは、初めてだ。一口、齧ると生地のふんわりさと、野菜の酸味と肉の旨味に感動した。教会での食事にも肉は使われていなかったので、シャーリーマリーローズにとって、塔に閉じ込められて以来10年ぶりの肉の味だった。

(美味しい)

 シャーリーマリーローズはミートパイをペロリと平らげた。もう一つ食べたいくらいだったけれど、この場に長く留まるのは躊躇われて、諦めて立ち上がった。

 そして、店を出ようとしたその時だった。店で食事をしていた男が声を上げた。

「おい、あんた」

 シャーリーマリーローズがその低い声に驚いて振り向く。黒い外套を着た、大きな男だった。かなりの図体の大きさだ。モジャモジャの髪の毛。しっかりとした顎。その迫力にシャーリーマリーローズは少し身構えた。男は言った。

「司祭様の婚約者———じゃないのか?」

 シャーリーマリーローズは恐怖した。この男はなぜ、自分のことを知っているのだろう。まさか、姉たちの手のものなのだろうか。

(知らないふりをして逃げるべき……⁉︎)

 シャーリーマリーローズは、走る邪魔になるスカートを掴む。裾を持ち上げて走り出そうかとした瞬間、男は立ち上がり、外套の胸を開けて見せた。

「あんたを教会で見た事がある。俺は、教会の修道士だ」

 男の胸には十字の首輪がかかっていた。

「金貨を取り出さなきゃ、他人の空似かと思ったんだが。なんであんたがこんなところに、1人でいるんだ?」

 シャーリーマリーローズは、男の外套の中の服が確かに修道士の物だということに気づいた。教会の人間であれば、敵ではないのかもしれない。

「———姉たちに、教会から連れ出されました」

 シャーリーマリーローズは男にそう答えた。

「姉たちって……ああ、あの2人か」

「私は姉たちに嫌われているので、嫌がらせを受けたのです」

 修道士の男に、腕の痣を見せる。縄で縛られてできた物だ。

「本当か……⁉︎ ひどいことをするな」

 修道士の男はシャーリーマリーローズに近づいてきて、痣を見た。

「おい、女将さん。塗り薬はないか?」

 男に声をかけられて、店の女が動いた。

「ちょっと待っておくれ」

 店の奥へ入って、しばらくして戻ってくる。手には小さな壺を持っていた。

「これでいいかい?」

「ああ、ありがとう」

 男は店の女から壺を受け取って、シャーリーマリーローズに言った。

「座ってくれ、傷に薬を塗ろう」

 シャーリーマリーローズは、うなづいて椅子に座った。男が太い指で小さな壺から軟膏を取り出し、シャーリーマリーローズの腕の傷に優しく塗布した。少し冷たい。その優しい仕草に、シャーリーマリーローズはこの男は悪い人では無さそうだ、と思った。

「俺は、ドース。俺には、司祭様に恩がある。俺は図体は大きいが、戦いは嫌いなんだ。だが、親は俺に兵士になれと言った。そんな時に、田舎の教会で会ったのが司祭様だ。司祭様は俺を教会の修道士にしてくれた」

 修道士ドースから語られたユーティスの優しさが、ユーティスが自分も救ってくれたこととも重なって、シャーリーマリーローズは涙が溢れそうになった。

 ユーティスは今、どこにいるのだろう。彼は無事に伯爵に会えたのだろうか。

(ユーティス様に会いたい)

「あんたが突然、教会に現れて、司祭様は結婚して司祭をやめると仰った。恩人の司祭様にずっと仕えたいと思っていた修道士は多い。俺もそうだ。だから、あんたを恨む者もいる」

 シャーリーマリーローズは修道士の話に、ぎくりとした。けれども、修道士は続けて言った。

「俺は、あんたを恨むのは、司祭様に対する裏切りだと思う。司祭様が司祭で無くなっても、受けた恩は変わらない」

 ドースはシャーリーマリーローズの手首に薬を塗り終えた。

「他に怪我したところは無いか?」

「……足にも、縄を巻かれていました」

 シャーリーマリーローズはスカートの裾を少し持ち上げた。手首同様、擦れた跡と痣がある。

「手と足、縄で縛られてたのか……⁉︎ それで、何がどうなって今ここに居るんだ?」 

 ドースは大きな体をかがめてシャーリーマリーローズの足首を見た。シャーリーマリーローズは経緯を説明する。

「教会で眠り薬を嗅がされて、気がついた時にはブルズの向こうにある倉庫で、両手両足を縄で縛られていました。周りには誰もいませんでした。手の縄を解こうとしたら、なんとか外れたので、足の縄も取って、そこから逃げました。川沿いにこちらに歩いて来る途中で農民の親子に出会って、その親子の荷馬車に乗せてもらってここまで来ました」 

「ブルズ……! ここまで、よく戻ってこられたな」

 ドースは驚いた。

「いいやつに会えて運が良かったのか……、しかしなぜ、あんたの姉たちはそこまでのことをしたんだ?」

「姉たちは、私が男爵になれないよう、世間の人の信用を無くすようにしたかったのです。きっと今頃、学校、教会中に、私が学校を逃げ出して遊びに出たという話を広めているはずです……」

「これまでも評判がいい令嬢たちではないが……なんてやつらだ」

 ドースは怒った。

「この先、あんたはどうするつもりだったんだ? 男爵家へ帰る? それとも教会に帰るのか?」

 ドーズはシャーリーマリーローズの足にも塗り薬を塗った。彼の話す声は低くて大きい。少し怖い感じもするのだけれど、シャーリーマリーローズに同情して心配そうな顔をしているのを見て、この人は敵では無いとシャーリーマリーローズは思った。

「教会へ戻りたいと思っています。夕方なので馬車が無いという話でしたので、どこかで泊まって、明日戻れたら良いのですが」

 ドーズはそれを聞いて手を振った。

「いやいや、貴族のお嬢様がこの街の宿に泊まるなんて、とんでもない」

 ドースは、うーん、と考える。しばらくして閃いたようだ。

「そうだ、この町を取り仕切ってる伯爵家の人間に会いに行こう。案内する」

 伯爵家の関係者に会うというのは、シャーリーマリーローズは思ってもみないことだった。会ったこともない人が自分を男爵令嬢だと信じてくれるのかと思っていた。シャーリーマリーローズはまだ社交界に出ておらず、学校で出会う学生以外の貴族たちとほとんど会った事がない。父と継母の葬儀で何人かに会ったけれど、誰からも声をかけられなかった。その上、今シャーリーマリーローズは今日の出来事で汚れた地味な服を着ている。けれど、修道士であるドースが一緒にいてくれるなら、信じてもらえるかもしれない。

「伯爵家の人間というのは、どういった方なのですか?」

「うん、先先代伯爵の弟に当たる人だ。10年程前まで武人だったが、足を怪我してからはこの街に暮らしている」

「そうですか……、わかりました。お会いしてみたい。よろしくお願いします」

 シャーリーマリーローズは頭を下げた。宿を探して泊まるのは身の危険性が高い。けれど、伯爵家の人間にこのような形で会うことになってしまったのは、恥ずかしい。 

(その方に、お姉様方との対立の事をお話しなければいけない。どう受け止められるだろう…)   

 ユーティスは伯爵の弟。リューナは伯爵の娘。伯爵家はおそらく敵ではないのだけれど、シャーリーマリーローズは少し不安を感じていた。


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