丸投げ上司の優秀な部下
平日。テレワーク中。さっきまでヘラヘラとした顔で次の仕事内容を説明していた上司の中田さんがパソコン画面から消えた。どうやら奥さんに呼ばれたらしい。
「ちょっと待っててねぇ」
などと言って。
何故か軽く照れながら。
誰もいなくなった中田さんの書斎が映ったパソコン画面の前で、杉平君は大きく深いため息を漏らした。
杉平君はとても優秀な社員だ。
仕事ができる。
そんな彼を上司の中田さんは最大限に利用している。と言えば聞こえはいいが、要は仕事を丸投げして来るのだ。ただ、仕事を丸投げするだけなら良い。きちんと正当に自分が評価されるのであれば。だが彼は、どうも杉平君の仕事の成果をほとんど奪ってしまっているようなのだった。
前期、杉平君は大きな仕事を一つこなしたのだが、給料は一切上がらなかった。ボーナスすらも。
そして、中田さんは出世をした。
「いや、お前が出世するのかよ」
と、杉平君は大いに不満を持った。
中田さんの異常なところは、杉平君が不満に思っていることをまったく理解していない点にあるかもしれない。その時も、そして今も、悪びれる様子もなく、平気で中田さんは彼に仕事を振って来るのだ。
“やってられるか!”
どれだけ懸命に仕事をしても真っ当には評価されないと知りながら、いつまでも黙って仕事をし続ける気は彼にはなかった。
辞めてしまおう。
そう思っている。
スキルは持っている。いくらでも雇ってくれる企業はある。
中田さんは少々困った事になるが、知った話じゃない。
多少、罪悪感を抱くとすれば、中田さんの家族も迷惑を被るだろう点だろうか。幼い娘さんがいると聞いている。ただ、それだって彼が気にするような話ではない。中田さんの家族が多少貧乏で苦しんだとしてもそれがどうしたというのだ? 自分にはまったく関係がない。
――が、彼がそう思った瞬間だった。
「ばあっ!」
目の前に、いきなり可愛い女の子が姿を現したのだ。杉平君は頭が軽く混乱したが、それが中田さんの書斎にやって来た中田さんの娘さんなのだと直ぐに察した。そしてそれから娘さんは、
「こんにちは。よろしくおねがいちます」
そう言って笑顔で彼に頭を下げて来たのだった。
彼は固まってしまう。
とても可愛かった。
しばらく娘さんは笑顔を彼に向けていたが、やがて飽きたのか消えてしまった。それから五分くらいが過ぎて中田さんが戻って来た。
「――いやぁ、ごめんごめん。途中で抜けちゃって。家内が手伝ってくれって言うもんだからさ」
それを無視して彼は言う。
「娘さん、可愛いですね」
「え? もしかして、部屋に入って来ちゃってた? ごめんねぇ」
「いえ、全然」
むしろもっと見たかった。
「それで次の仕事の話なんだけどね」
そう話し始める中田さんの説明を彼は真剣に聞いていた。どうも、さっきまであった怒りや憤りは消え、会社を辞める気もなくなっているようだった。
“あんなに可愛い女の子に、辛い想いはさせられない。会社を辞めるのはやめよう”
……中田さんは知らなかった。
自分が助かったのが、自分の娘さんのお陰であるという事を。