9.この世界で生きていくために
池から小屋に戻った私は、ぐったりしながら朝と同じ石の上に座って体を伸ばした。
平たくてちょっと斜めだけどなかなか悪くない座り心地。
お世話になる間はここを定位置にしようと思う。
「はぁ……疲れた。本当に私、ここじゃ何もできないんだなぁ」
「大丈夫だ。帰り道は……行きより歩くのが上手かった、と思うっ」
「褒めてくれてありがと~」
気遣いが嬉しいけどちょっと切ない。
そんなに遠くなかったと思うのに、慣れない森の中を歩いたせいでへとへとだ。
帰りもユイトの腕に捕まったまま、何度も転びかけたのは私自身がよく分かってる。
編み上げのブーツは可愛いけど、ヒールがあってあまり森歩きには向いてない。
昨日は思いっきり走ったし、足の裏がジンジンする。靴ずれしてないのがラッキーなくらい。
ユイトは裸足だし、もしかしたら私も脱いだ方が歩きやすいのかな……。
いや、よそう。
足の裏の耐久度も私と彼は大違いだ。
「ハルカ、干し肉持ってきた」
「助かる~。ありがとユイトっ」
行って帰って来ただけなのに、現金な私のお腹はもう食べ物を求めてる。
日本で食べた物とは違う、紐に通したスルメみたいな細長い形。見るからにカチカチでしっかり乾いてそうだ。
手早く火を付け直した焚火で彼が肉を炙り始める。
(青森にこんな電車あるんだっけ……)
たしか、ストーブ列車。そんな雰囲気。
じりじり火の熱さと、ほんのりスモーキーな香り。
もしかしたら燻してあるのかな?
うとうとしながら見つめていると、彼ができあがった肉を手に乗せてくれた。
アチっアチ、なんて言いながら、表面が少し熱くなったお肉を摘まんで口に放り込む。
じゅわっと油が染み出して、思ったよりは固くない。味はなかなかにワイルドだ。
薄味で、素材の甘みが生きてて、とても健康的。
「あ! そうだ、料理! 料理ならたぶん、私でも役に立てると思う。ユイトに色々教えてもらう代わりに、私は料理を作るよ!」
「料理?」
「凄く上手いって訳じゃないけど、料理は好きだから材料さえあれば色々作れると思うんだ。スープも色んな味ができるし、お肉あるなら、柔らかくしてみたり工夫できるよ。煮込みとか、漬け込んでソースみたいしても良いかも」
「そーす……オレは、食べた事がない。見たことはある。すごく、良い匂いがした」
ゴクリと彼が喉を鳴らす。キラキラと目を輝かせて、今にも涎が垂れてきそう。私も嬉しくなる。
「期待してて。頑張って作るから!」
限られた材料で料理するのは私の十八番だ。一ヶ月一万円生活も目じゃない。ここは異世界だけど。
とにかく、自信十分!
水場は覚えたから、まずは食材だよね。
ああ、折角あそこまで言ったんだから、飲み水も汲んでくればよかった!
ユイトも私がいたから、そんなことしていられなかったんだろうな。つくづく申し訳ない。
いや、今は落ち込むよりも――
「ねえユイト! ユイトは魔法、使えるよね!?」
「あ、ああ。使える。あまり上手くはないけど」
「そんなことないよ! あの走るのとか、私凄いと思ったから! 私もユイトみたいに魔法が使いたいの。一人で水を汲みに行きたいし、魔物と戦えなくても木の実を取って来るとか役に立ちたい。ユイトがいなきゃどこにも行けないんじゃ、私、ずっとお荷物のままだからっ」
「ハルカは使ったこと一度も無いのか?」
「あるといえばあるんだけど……」
あれを「ある」と言っても良いのかどうか……。
使ったというより暴発させたというか。自分で意識してやった訳でも無いし。好きに出せるものでもない。
これは、見せた方が早いのかな?
「あの、驚いたり、嫌いになったりしないでね?」
「オレはハルカを嫌いになったりしない」
真っ直ぐで心強い言葉。
けど、ユイトは私のアレをドラゴンの仕業だと思ってるんだよね。
バケモノ扱いされないかな……。
そんな人じゃないとは思うけど。
「この先って、民家とか、泉とか、川とか、大切なものって無い?」
私が知ってる中で安全? そうな方向を指す。
彼が頷いた。
「ああ、オレが知る限りでは、無いと思う。大型肉食植物の群生地があるくらいだ」
(に、肉食!? しかも大型!? 物騒過ぎるッ)
鉢合わせなくて本当に良かった!
「ユイト、私から離れてて」
森に向かって手を翳す。
危ない植物の群生地なら心置きなく魔法を撃てそうだ。
ギュッと手の平に力を込めてみる。
(………)
――そういえば、魔法ってどんな感触だったっけ?
私、どうやって撃ったの?
思い出すのは打ち付けたお尻の感触ばかり。
轟音を覚悟したのに、ビームどころか瞬きほどの光すら出る気配が無い。
「……あれ? おかしいな?」
「ハルカ?」
「待って、もう少し、もう少しだと思うからっ」
(あの時はちょっと驚いただけで勝手に出て来たのに、なんで!?)
心配そうなユイトの視線が痛い。
意気込んだ分、羞恥心も段違いだ。
森のそよそよとした葉擦れの音が妙に大きく聞こえてくる。
一人でカッコつけて、ポーズ取って、私、今凄く変な人なのでは?
中二病を拗らせたみたいでどんどん顔が熱くなってきた。
一刻も早くこのいたたまれなさから解放されたい。
なのに、
振っても唸っても、焦る程に全っ然出てこない!
(あ~~~、もうッ!)
必要な時は出てこないし、出てきたと思ったら暴発するし、どういうこと!?
イル様が代わりに使ってた時の感触を思い出そうとしたけど、それよりちょっと苛々してきた。
だって、なんだか理不尽じゃない!?
力を授けるなら使い方も一緒にしてほしい。
使い勝手が悪すぎませんか!?
心の中で叫んだと同時に、ズルっと中身を引き出されるような嫌な感覚。
「――え? あ、ちょっ、駄目ッ! 待って!!」
咄嗟に止めようとしたけど時すでに遅く。
激しい閃光。
ドンッッッ!!!!
爆音が耳を貫いた。
破裂した木々の破片。光線が土を抉りながら森を焼き払う。
「ハルカッッ」
無詠唱で発動された緑の燐光が走る。
飛び出した彼は私を抱え、光線の勢いのまま小屋の壁に打ち付けられた。
「ーーグゥッ!!!」
「ぁ、う……ゆい、と? だいじょうぶ?」
「ああ。オレは大丈夫だ。ハルカ、立てるか?」
「ううん。ごめ……っ。今は、立てないかも。でも、すぐ退くから」
「無理をするな。落ち着いて。ゆっくりでいい」
ぐったりと彼に抱えられた状態で伸びた私は、お言葉に甘えて目を瞑った。息をすることに集中する。
視界が白黒に明滅してる。頭が揺れて気持ち悪い。
何度か瞬きをして目を開けると、空がぐるんぐるんとコーヒーカップみたいに回っていた。
ただ、驚いて出しちゃった時よりは酷くない。
意識は保っていられそう。
まだ少し気持ち悪くて眩暈はするけど、ずるずると彼の上から這い下りて、地面の上に寝転がった。
「……はぁ。お世話かけました。見てのとおり、魔力は有ると思うんだけど、制御ができないんです」
「は!?」
――唖然。
頭上、見上げた彼は青ざめた顔で大きめの溜息を吐いた。
「……よく、分かった。オレがちゃんと教える。だから、もう、二度とやらないでくれ」
「ハイ……」
小さい子に言い含めるみたいな口調に含まれた実感のこもり方は、尋常ではなかった。
本当に、大変申し訳ない。
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