8.お願い私を手伝って!
この世界のことを教えて貰う。
それは、私の事情を話さなきゃいけないってことだ。
スーパーでバイトした帰り道、神社の前で石を拾ったらなぜかこの世界に来ちゃって……
とか、正直かなり怪しいよね。
私も、例えばお客さんが急にそんなこと言って来たらドン引きするし、引き攣り笑いしかできないと思う。
オシゴトなので丁寧にご対応はいたしますがね!?
(それ以前に、異世界の人に神社とかスーパーとか、通じないよねぇ……)
ええいっ。考えるのは性に合わない!
「あのッ!」
「どうしたんだ?」
「えーと……き、聞いてほしいことがありまして」
勢い込んで立ち上がったけど、いざ話し始めると語尾がしおしおと萎えていく。
完全ノープラン。
勢いだけじゃどうにもならない気がしてきた。でも、口火を切ったからには続けるしかない!
「じ、実は、私、この世界の人間じゃないんですっ! 日本って場所に住んでて、それで、急にイル……イルシェイム様にこの世界に連れてこられて。でも、一人じゃどうしようもなくて。家に……家に、帰りたいのっ」
取り止めのない言葉。
けど、紡いでいくうちに自分の中の気持ちが正直に溢れ出してきた。スカートの裾をぎゅっと握り絞める。
(日本に帰りたい)
そう、私は帰りたいんだ。ここでめげてなんていられない。
幸せって訳じゃなかったけど、居場所がある。
あそこで人生を生きて来た。
この世界は綺麗な所もあるけど、日本で生まれ育った私には厳し過ぎて、常識も何もかもが違う世界は常に地面が揺れてるよう。
落ち着かないよ。
「家に帰りたい。けど、きっとすごく遠い。私一人じゃたぶん森からも出られない。だから、あなたにこの世界のことを教えてほしい!」
「お、オレに、か?」
「そう!!」
顔を上げて、絶対に逃がさない気迫で彼の目を見つめる。
私も必死だ。
だって後が無い。背水の陣というやつだ。
あるのは池だけど。
彼は戸惑う表情。
それはそうだよね。優しいとはいっても、見ず知らずどころか昨日会ったばかり。しかも私は変なこと言ってるみたいに聞こえるだろうし、不審人物以外の何者でもない。完全に彼の優しさにつけこんでる。
けど!
どんなに変に思われようと、押して、押して、押しまくる以外、私に道はない!
だって彼に断られた時点でジ・エンド。
命がかかってるんだから。
「お願い、無理なことを言っているのは分かってる。でも、このままじゃ私、家に帰るどころか、この森から出ることもできない! 本当に、一人で森から出られるだけの知識を教えてもらったらすぐ出て行く。それで良いから!」
「……ぁ……で、でも」
「あなた以外に頼れる人が居ないのっ」
「――ッ」
震える声が息を呑む。
もしかしたら、ダメ、なのかな。私、また間違えちゃった?
不安が頭を過る。
彼が俯いて、大きな手をぎゅっと握りしめた。
「……ぉ、オレは、獣人……だ」
「え? えっと、それは、どういう?」
予想外の答えに困惑する。
苛立つように彼が歯をギリと鳴らした。
「獣人なんだぞッ! 良いのか!?」
「ご、ごめんなさい。私、本当に何も知らなくてっ」
何か、傷つけるようなことを言ってしまったんだろうか。
分からない。
辛そうな叫びに申し訳なさが募る。
彼が乱暴に、被っていたフードを取った。
苔の生えた地面にぱさりと布が落ちる。
昨日と同じ、黒くて長いボサボサの髪。同じ色の大きく尖った耳と箒みたいにボリュームのある尻尾が露わになる。
長毛種ってやつなのかな。
でも眉を寄せて思い詰めた表情以外、特に変わったことは無いように見える。
しいて言えば、明るい所で見ると真っ黒だと思った髪色は少し緑がかっているし、日に焼けた肌は野性的な印象だなって。
そのくらい。
「あの、やっぱり私には分からないみたい。この世界の人にしか見えないものかも」
「いや、この耳は? 尻尾も、見えるだろ!?」
「それは見えてるけどっ」
そんなこと言われても、元の世界に獣人さんはいなかったし、何かあったとしても比較対象がないから分からない。
少なくとも、私にとっては、いたって普通の獣耳だ。
彼が目を見開く。
「……本当に、嫌じゃ、ない……のか?」
「うん。全然、嫌じゃないよ? 助けて貰った時に見たし。変な所も無いと思う。そういえば、なんで布なんて被ってたの?」
大きく見開いた目が戸惑ったように彷徨う。それから、私の髪を見て、ふいと視線を逸らした。
「どうしたの?」
彼が首を振る。
「そうか。知らないなら、それで、良い。その方がオレも、嬉しい。悪かった。……必要になったら、教えるから。それで、良いか?」
「! じゃあっ」
「ああ。オレの知ってる事で良いなら、何でも教える」
「~ッ、ありがとう!!!!」
「うわっっ」
思わず目の前の体にぎゅっと抱き付いた。我に返ってすぐに彼の体から手を離す。
「ご、ごめんなさい! 本当に、生きるか死ぬかって思ってたからついっ」
「いや、驚いただけで、大丈夫だっ」
慌てた様子で大きな手をぶんぶんと振る。少しばかり距離を取られたような……。
あ!
もしかして、これは、逆セクハラ!?
ああ、なんてことだろう。
命の恩人に対して申し訳ない。軽率な自分に反省しかない。
せめて、ここからでも誠実な所を見せないと。
「……あのっ! 私は戦えないし、この世界の事も全然分からない。どこが危険で安全なのか、何が食べられるのか。何も分からない。でも、本当に良いっ!?」
「いい。オレは、嬉しい。オレなんかに頼って貰えて」
私の失態なんか何もなかったみたいに、彼の声は優しかった。
でも、どうして「オレなんか」なんて言うんだろう?
彼は魔法も使えて、森の中でも立派に生活してて。あまり釣り合わない言葉に思うけど。
(いつか、教えてもらえるのかな?)
その前に、お別れになるかもしれないけど。
なんて。
いや、悪いことを考えるのは無しナシ!
「そうだ! まだ自己紹介してなかったよね。私は港春香」
「ミナートゥ、ハルカ?」
「ハルカでいいよ! ハルカって呼んで」
「分かった。よろしく、ハルカ」
「うん!」
名前を呼ばれるとなんだか心が温かくなる。
異世界だし、この世界のことを教えてもらうまでの間だけだけど、居場所ができたって気がする。
「あなたの名前も聞いて良い?」
「オレは……名前、ない。けどユーウィトって、呼ばれてた」
「ユ……イト?」
「ああ、それでいい。オレはユイトだ」
小首を傾げる仕草。
彼の長い前髪がふわりと揺れる。弛んだ瞳はライムグリーン。
明るい初夏の稲穂色。
差し込んだ陽光が反射して、瞳の中にプリズムが瞬いた。
「ユイトの目……凄く、綺麗」
「!?」
「え、どうしたの!??」
「~っ綺麗とか、言われた事、ない。普通の色だと思う」
ユイトは前髪を両手で掻き集めたと思ったら、布みたいに掴んで顔を隠してしまった。
(顔を隠すの、クセなのかな?)
耳がピンと立って、ボリュームのある尻尾がブンブンと揺れる。
もう少し見ていたかったのに。ちょっと残念。
私はいたって普通の焦げ茶色だから、宝石みたいで羨ましいんだけどな。
もしかしたら、この世界の人はみんな宝石みたいな目をしてるとか? イル様も眩しいくらいの金色だったし。
本物の宝石と縁がなかった私としては、これから異世界の人と会うのがちょっと楽しみになる。
「今日からよろしくね、ユイト」
「……よろしく、ハルカ」
髪の隙間から覗いた顔は伏し目がちで、頬がほんのり赤かった。
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