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7.頼ってばかりはいられない!


手の平に乗ったピンクの可愛らしい花。

淡い光を見てるだけで胸がぽかぽかして口元が綻んでくる。


「これ、大切にするね」

「……ただの花だ。欲しいなら、また摘んでくる」

「んーん。摘んできてくれたこの花が嬉しいから」

「そうなのか?」

「うん!」

「そう……か。良かった」


スッ、と彼は被ったフードを両手で口元まで引っ張って明後日の方向を向いてしまった。

引っ張られた頭の上の布が耳で盛り上がって、長い裾の下で尻尾がブンブンと揺れている。

しゃがんでくれていたから、まるで地面を掃き掃除してるみたいだ。

男の人なのに、大型犬みたいでちょっと可愛い。


「お花、カバンにしまってくるよ!」

「ああ。分かった」


布越しに聞こえる声を背に、椅子の代わりにしてた石から立ち上がる。

思いっきり泣いたせいかスッキリした気持ちだ。本当に、優しい人に助けて貰えて良かった。両手のひらに包んだ花弁がちょっとだけくすぐったい。


小屋の中に入るとベッドにそっと花を置いて、自分のカバンからクリアファイルを取り出した。

中には作りかけの商品ポップと白い紙。


「せっかく綺麗なのに少し勿体ないけど……持って歩けないし、置いておいたら失くしちゃいそうだもんね」


白い紙を折ってピンクの花を挟む。それからまたクリアファイルに挟んで……


「薪、一本お借りします」


切り口が平らなのを選んで重石代わりにしてファイルをベッドの下に置く。狭い室内に余分なスペースは無いけど、ここなら安全に押し花が作れそうだ。


「あ!」


そういえば、私の顔も鼻水と涙でぐしゃぐしゃだった。

お花も良いけど、自分の顔も何とかしないといけない。鏡が無いから分からないけど、けっこう酷い顔になってるかも。

メイクも落としてないし、下手したらお肌ガサガサのパンダ目になんじゃ……。

そう思ったら居てもたってもいられない。カバンを片付けてすぐ外に飛びだした。


「ねえ! 水って、どこかにある?」

「ああ。この先に水場、ある。ついて来て」


私の剣幕に少し驚きながら、彼が小屋の裏の森へ促す。

昨日のことが頭を過って少し体が強張ったけど、目の前にはフードを被った大きな背中。それがとても安心する。


「つかぬことを聞くんだけど……。私、泣いちゃったから顔、変になってないかな。パンダみたいに目の周り黒くなってたり」

「パンダ? よく分からないが。目の周りは、黒くない」


振り返った彼が首を傾げた。


(そうか、この世界、パンダなんていないよね)


小さな事だけど、やっぱりここは異世界なんだなって思う。他にも私の世界の常識とこっちの常識で全然違うことがあるのかもしれない。

足元を見れば、薄暗い森の中、点々とピンクの花が柔らかく光っている。


「ここに咲いてるのも灯火草?」

「そうだ。小屋から水場まで、ずっと続いてる。これがあったから、あそこに住むことにしたんだ」

「不思議な花。他の花も光る?」

「オレは詳しくないから分からないけど……見たことは、無いな。灯火草は、森の闇を照らすため、光の神がもたらしたといわれている」

「えっ? あのイル様が!?」

「イル様?」

「えーと、イルシェイム様! 光の神の、っと」


話ていたら木の根に足を取られそうになったけど、ギリギリ回避して土の上の盛り上がった所を跨ぐ。


おっかなびっくりの私と違って、おしゃべりしながらも入り組んだ森をすいすいと進んでいく彼は流石の上級者だ。

光る花が道案内してくれるとはいっても、道らしい道じゃなくて獣道みたいな感じだし、歩幅も全然違う。


置いて行かれないように慌てて歩くスピードを上げた。


「あっ!」


今度は爪先にズルりと嫌な感触。

積もった枯葉に足を取られて後ろに体が傾ぐ。


「危ない!!!」


彼の声。

腕をグッと引かれて多々良を踏んだ。体勢を立て直して、彼の手が離れる。


「大丈夫か?」

「なんとか……。助かりました」

「すまない。オレが、早く歩き過ぎたか? 人と歩いた事が無いから、気付かなかった」


クーンと鳴き声が聞こえてきそうなくらい、しょんぼりと大きな体が小さくなる。


「全然。私も森の中って慣れてなくて。足元、けっこう気を付けないとダメなんだね」

「ああ。木の葉が積もっているし、水場が近いから苔も生えてる。滑りやすいんだ」

「そっか。もう少し足元も気を付けないと」


また助けられちゃったけど、あまり甘えてばっかりもいられないよね。

気合を入れ直してると視界の端で尻尾がふるふると揺れた。


「その、嫌じゃなければ……オレの手、掴むか?」


しっかりとした筋肉のついた男性の太い腕。さっき私を掴んだ大きな手が、控えめに伸ばされる。


「ありがとう!」


二つ返事で、私は彼の手を掴んだ。


(本当に、何て良い人なんだろうっ)


異世界の人情にまた涙腺が緩くなりそう。

手を引かれて歩いていると安心感が段違いで、少し転びそうになっても力強い手がぎゅっと元の場所に戻してくれる。

ちゃんと一人歩きできるようにならないといけないのに、余計に気が抜けちゃいそうだ。


それからは危なげなく目的の場所に辿り着いた。


森の中、ぽっかりと空いた場所に透明な池。周りは明るい色の苔に囲まれて木漏れ日が降り注いでる。

鏡みたいな水面には濃い緑色の木々が移り込んで、中に沈んだ枝や水草までよく見えた。近づくと銀色の小さな魚がスイスイと遠くに泳いでいく。


「綺麗な場所! どこかに湧き水があるの?」

「奥の方、大きな岩の所から出てる。水を飲みたいときは、あそこから汲むんだ。もっと先に行けば、川もある。あれ、花が続いてる所だ」

よく見ると池の反対側、小さなピンクの明かりが見える。


しかし……う――ん。


(イル様のおかげみたいだけど、こんなに気が利きそうな感じ、したかなぁ)


便利だし有難いんだけど、なんだか会った時の印象と違う気がする。

イル様だと森ごと消して「見易くなったか?」とか言いかねない印象だけど。それ以前に、力を使えないとか何とか言ってたような……。


(ま、いっか!)


有難いものは有難いんだし、文句なんて全然ない。

神様、仏様、イル様だ。

スカートが濡れないように池の隣に膝を付く。


「あれ?」

「どうかしたか?」

「ううん。なんでもない。ちょっと顔洗っちゃうね」


水を両手に汲む。冷たくて気持ちが良い。

それに、水面に映った顔は、目は赤くなってたけどスキンケアしたてみたいにつやつやの美肌だ。触るとむしろ普段よりぷるぷるしてるくらい。


(もしかして、服を変えてくれた時にお肌まで綺麗になった?)


何しても取れなかったクマも綺麗さっぱり消えてるし、神様パワー、恐るべし。


「……ふぅ。スッキリした~」


顔を洗ったら少し落ち着いた。

というか、冷静に考える余裕が出てきたようながする。


――ここは異世界。


私はどこだか分からない場所にある大神殿まで辿り着かないと日本に帰れない。


なのに、


魔法はコントロールが利かないし、この通り、一人じゃ日常生活もままならない始末。

どう考えても辿り着く前に、本当に、私の冒険は終わってしまう。


うん。思い出したらムカムカしてきたぞ?


あの、私を空に放り投げてくれた人? は一体誰なんだろう。

「妨害された」って言ってたから、イル様でないのは確かだけど。


……まあ、今は犯人探しできるような状況でもないし、考えても分からないことは考えないのが私のモットー。考えるのだってカロリーを使うのだ。


(でも、いつか会ったら絶対に殴るッ!)


闘志を燃やす私に、見守っててくれた彼が不思議そうに首を傾げた。


彼は良い人だ。きっと力になってくれる。

やる気も湧いてきたことだし、私は覚悟を決めた。


この人に、ここで生きていく術を教えてもらおう!

毎日投稿がんばります!


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