6.異世界で食べるご飯の味は
「……ぁ」
翌日、背中の痛みで私は起きた。
硬い木のベッドと薄い布。小屋の天井に空いた隙間から太陽の光が差し込んでる。
一部屋しかない室内は狭くて飾り気がない。
ベッドの横には薪が積んであって、壁に肉が干してある。完全に実用の山小屋って感じだ。
日本で見たログハウスと比べて木の組方は乱雑で、素人が頑張って作ったような工作感がある。
もしかしたら、あの人が自分で建てたのかもしれない。
殆ど木の板同然なベッドの上でもぞもぞしながら、昨日のことを思い出す。
彼は魔法で私をここまで運んでくれた後、一つしかないベッドを譲ってくれたんだ。
申し訳ないし一回は断ったんだけど、疲れ切ってた私は人が暮らしてる家の気配だけでほっとしてしまって、殆ど気絶同然で眠ってしまった。
布もたぶん、彼が掛けてくれたんだろう。
薪の上に私のカバンが乗ってる。
持ってきた記憶が無かったけど、しっかり拾っておいてくれたみたい。
その優しさに目頭が熱くなってくる。
そういえば、「外で寝る」って言ってたけど、彼はどうしたんだろう?
ふと、ドア代わりの板が立てかけてある扉の向こうから何か焚火のような匂いが漂ってくることに気がついた。
「あの人にお礼を言わないと」
慌てて立ち上がり、くしゃくしゃになったスカートを整える。
神様が魔法で出してくれた服だからかな。
スッと皺が伸びてすぐに綺麗になった。
これ、すごく便利。
まだ眠いけど、ベッドまで借りておいて、いつまでも朝寝坊をしてる訳にはいかない。
「あのっ、おはようございます。昨日はありがとうございました!」
「おはよう。眠れたか?」
「おかげさまで。でも、ベッドを借りちゃって」
「気にするな。オレはどこででも寝られる」
昨日と違って大きな布をフードみたいに頭から被っている彼は鍋のかかった焚火を枝で弄りながら答えた。
顔はよく見えない。
けど、穏やかな声色は昨日のままだ。
「スープができた。食べられるか?」
「ありがとう!」
そういえば、もう丸一日以上何も食べてなかった。
なんか色々あり過ぎたし、お腹がすき過ぎて途中からよく分からなくなってたけど……、今思えば、陽が落ちそうなのに歩こうなんて無謀な事をしたのは、お腹が空いて判断力が鈍ってたのかもしれない。
近くにあった石に腰かけて、木製の器を受け取ればふわりと立ち上った湯気が鼻をくすぐる。持っただけで手の平がじんわりと温まって、湯気と一緒にお肉のいい匂い。
私は吸い込まれるように口を付けた。
「あつっ」
「だ、大丈夫か?」
「うん、へいき。なんか久々のご飯で、焦っちゃって」
「ゆっくり食べて良い」
彼が微笑んで、それから取り分けた自分のスープを片手でゴクリと飲んだ。美味そうに舌が唇を舐める。
私もつられるみたいに器に口をつけて、それからフーフーとスープに息を吹きかけた。手に持ってるのになんだか気が急いてしまう。普段よりずっと熱いままのスープを勢いのまま喉に流し込んだ。
「はぁ……」
温かい水分が胃に染みる。一度飲んだら止まらなくて、何度も、何度も口を付けた。
シチューみたいに大きめに切られたお肉は私の口には少し大き過ぎる。ハムスターみたいに口の中に入れて一生懸命咀嚼していると、彼が家の中から荒削りのスプーンを持ってきてくれた。
塩もコショウも何も無い。水で肉を煮込んだだけの味気ないスープ。
なのに、なんでこんなにおいしいんだろう。
食べていたら、じんわり目の周りが熱くなって、ついには、ぽろぽろと涙が落ちて来た。
「私……お腹空いてたんだなぁ」
ご飯を食べるって、すごく、安心する。スープが温かいから、なおさらだ。
鼻水を啜って、泣きながらスプーンを動かす私に、彼はおろおろと所在なさげに手を動かした。
「な、泣くな。スープ、もっと食べて良い。腹に溜まれば、元気になる」
「ありがとう」
渡した器に、またスープが満ちる。一心不乱に、私はスープを飲み続けた。
フードで目は隠れているけど、彼がずっと心配そうに見つめている。それが、妙に胸を引っかいて。余計に涙が溢れて来る。
「うっうう。ひっぅ、ヒック」
「おい、どうした? スープ、不味いのか? オレが、何かしたか?」
「ううん。ごめん……なさぃっ。なんか、止まらなくなっちゃってっ」
首を振って、空になったスープの器を両手でぎゅっと握る。泣き止みたいのに涙腺が壊れたみたいに言う事をきいてくれない。
泣き続ける私に、彼は立ち上がってどこかに行ってしまった。
(めんどくさい、って思われたかな)
それはそうだよね。私もどうしたらいいのか分からない。
大人になってから、こんなに泣くことなんて無かったし。最後に泣いたのだっていつかだったか思い出せないくらい。
なのに、今日に限って、どうしてこんなに出るんだろう?
体を縮めて、体育座り。器を地面に置いて自分の膝を抱きしめる。スカートの布地が涙を吸い込んでいった。
「……おい」
呼ばれた声に顔を上げる。
いつの間にか戻って来てた彼が、蹲る私の前に跪いて、ピンク色の小さな花を差し出した。大きな日焼けした手の平の上、半透明の花弁がふわりと柔らかく光る。
「きれい……」
「灯火草だ。これが咲いている場所に魔物は来ない。森に入る時は、この花を探す。だから……ここは、安全だ」
不器用だけど真摯な声。
きっと急いで探して持ってきてくれたんだろう。息が上がってる。
大きな手。長い爪に摘ままれたみたいな花は余計に小さく見えた。
「これ、持ってれば良いの?」
「あ……いや、その。摘んだら、効果は無くなる。でも、ひとつ摘んだだけだ。まだ咲いているから、問題ない」
ほら、とバツが悪そうに焦って森の一角を指す。
受け取った花は手の平の中で宝石みたいにキラキラと光った。
それは、必要だからじゃなくて、私が泣いてたから、ってことだよね。胸がほっこりと温かくなって、笑顔がこぼれる。
涙はもうどこかに行ってしまった。
「そっか。えへへ。ありがとう」
この人に会えて良かった。
急に空から落とされるし、魔物や狼に襲われて、異世界に召喚されてから怖い事ばかりだった。イル様が助けてくれたとはいっても、ずっと一人で、どうしたらいいかも分からなくて……。
でも、ここにも優しい人がいる。
黒くて不気味なだけだった森の木々が、少しだけ、鮮やかに見えた
毎日投稿がんばります!
☆評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです!