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43.聖女の奇跡<後編>

前編:12時頃公開 後編:20時頃公開


祈りと共に境界がズレる。世界が透明な紗に遮られたみたいに遠くなって、お腹の痛みが引いていく。急に私を見失ったクレイオが向こう側で困惑する姿が見えた。


私はほっと息をついて、体から力が抜ける。

同時、暖かな香りが私を包み、傷口があった場所に大きな手の感触。そして、クリスタル色の長い髪が靡き、絶対的な安心感を持つ腕が正面から私を抱き上げた。


「……我が巫女は無茶をする。いずれ彼方(あちら)に返さねばならぬ命だというのに。人の子は斯様(かよう)に生き急ぐものか」

「私、イル様なら絶対に助けてくれるって信じてましたから」


私はニッと笑う。自分を犠牲に、なんて。そんなこと考えてない。

神殿に聖石がある事は知ってたし、どれだけ怪我をしてもイル様ならきっとどうにかしてくれると思ってた。

私はただ辿り着けば良い。だから走れた。


――それに、まだ何も終わってない。

私は胸を押し返して、彼の顔を見上げる。


「イル様。私の願い、叶えて貰えますか?」

「しかし、ハルカよ。その願いが人の身で負うには大き過ぎるものであること、分かっているな」


彼の諭すような言葉に私は頷いた。

あれもこれも全部、なんて都合が良すぎる。けど、それを掬い上げられる選択肢があるなら、私は躊躇したくない。

だって、そんなの普通は存在しない。何かを選べるだけで特別なことだって、知ってるから。

見つめる金の瞳が私の中を覗き込むように煌めく。


「望みを叶えるには授けし力だけでは足りぬ。我の神力を受け入れ、我が巫女――依代としての本分を果たさねばならぬ。聖女の名から逃れられなくなるかもしれぬぞ」

「あはは、そんな気はしてます。

でも、私、メンタル弱いから。できるのにやらなかったら、たぶん何年も、毎日後悔して、夢に見て、自己嫌悪しちゃうと思うんです。無視したり、忘れられるほど、強くない。

だから構いません。私にできるなら、やっちゃってください!」

「そうか……ヒトは、そういうものなのか」

「けっこうそんなもんですよ。後悔って、死ぬ事の次に怖いんですから」


ずっと、ずっと、心に残って何度も思い返してしまう後悔は、人生を変えてしまう。過去だけに囚われて前に進めなくなる。


――だから、これでいい。

今は、今考えられる最善を。


イル様の腕が解かれて二人で向き合う。彼が聖石を持つ私の手を取った。


「我が巫女の願い、聞き届けよう。我を其の身に受け入れよ――ハルカ」

「お願いします、イルシェイム様」


私は目を瞑って、彼の唇が額に落ちる。

人生で初めての感触に、神様の唇も柔らかいんだな、なんて間の抜けた事を思う。

瞬間、額から足の先まで雷に貫かれたような感覚が走った。


「っづ、うぅ!」

「抵抗するな。ありのままに、身を任せるのだ」


崩れ落ちそうになる足を彼が腰に回した手が支える。耳元で低い声が響いてる。自分の中に、濁流が無理矢理押し込まれていく。流されそうになる恐ろしさに耐えて彼の服を握りしめた。

体中が発光しているように力が満ちる。持っていた聖石が溶けて手の中に吸い込まれていく。


(アディに魔力を制御して貰った時と似てる……)


目の前の彼、イル様と一つになってしまったような、繋がった熱い感覚。あの時と違うのは、それを私が自在に操れること。


――今なら、できる。

その確信と同時に足に地面の感覚が戻って来る。


世界から紗の膜が取り払われ、空に上がったクレイオが驚愕の表情を浮かべているのが見えた。


「――そんな、まさかッ!」


私たちは手を取り合ったまま、彼女の前までふわりと浮かび上がる。隣に佇むイル様が囁いた。


『では、我が巫女よ。請願を述べよ』


その声に体の中がざわめく。頭に口にすべき言葉が輝いている。

私は繋いだ手を彼女の前に掲げ、契約の言葉を紡ぎ出した。


「光の神イルシェイムに願う! 私は御使い、その力の代行者、闇を封じる者。この体を依代に、王国に救世の奇跡を!」


宣言と同時、眩い白と金の光が弾けた。

視界が広くなったような感覚。目の前だけじゃない。世界を俯瞰するかのように全身の感覚が拡張され、神殿の外、王都の城壁、自分自身の姿までハッキリと見える。

私の髪はイル様のようにクリスタルに輝いて煌めき、瞳が金に染まっていく。

クレイオが激昂して旗を槍に変え、振りかぶって叫んだ。


「光の神――いや、()()()ッ! なぜ、なぜ私達の、()()()()願いを踏みにじっておきながら、こんな時にッ。貴方は人の世には関わらないのでは無かったか!?」

『すまぬな。この度は勝手が違うらしい』

「何を人のような事をッ。貴方に人間の気持ちなど分かるものかッ」


彼女が長大な槍を振り回す。けれど、攻撃は私たちに届かない。無形の壁に防がれたように弾かれ、衝撃で彼女は後ろに飛ばされた。

まるで瞬間移動のように、イル様――そして私の手が彼女を捕える。


『許せ、彼の者の眷属よ』

「――我らは貴方を永遠に許さない。創世神!!!!」


手の平から放たれた眩い光に彼女の体の輪郭が消えてく。

彼女の槍が、角が、尾が、纏っていた泥が溶けて、人間のようになった彼女は力を失って神殿の瓦礫の中に落下する。

私は思わず目を瞑って、目を逸らした。

イル様が優しく頬を撫でる。


『さあ、時が無いぞ。我が巫女の肉体が依代として耐えられる内に、すべき事をしよう』


そうだ、まだやるべき事は全然終わってない。

その声に目を見開き、目を凝らしていく。まるで葉の葉脈を見るように全てが()()()


――魔族化の解除と、石の破壊、そして怪我をした人たちの治癒を!


王都全域に力を広げた時、脳裏に一つの光景が過った。

それはユイトを解放した時、あの時のシス達の姿。

私は力の範囲を王都から王国全域に変更し、一気に解放する。


王都に、レディルボードに、イベドニ村に、黒の森に――

王国を囲むように、白い光の柱が出現し、全てが光りに包まれる。

魔族化した人たちは次々に動きを止め、黒い泥が空に消える。

黒い石の一つ一つは砕けて塵になり、、倒れる人たちの傷口に集まった光がその体を癒していった。

全ての土地に灯火草が咲き乱れ、ピンク色の花弁が王国中に舞い散る。

煌めく光と花びらの中、私は息を吐いた。


(これで……もう大丈夫)


きっと、これだけじゃ解決しない問題もある。でも、誰かの悪意で作られた不運に苦しまなきゃいけない理由はもうここに無い。

神殿の広場に集まっていた人たちは皆元の姿でポカンと私たちを見上げている。イル様の感覚が混ざった私には、全ての人が動物が、植物が愛しく思えた。

でも、やっぱりそれでも私はただの人だから。

彼等の中にアディとユイト、二人の顔を見つけて微笑んだ。


(私、二人に沢山助けてもらったお礼、できたかな?)


何度も命を助けてもらった。

だから、二人が生きてるこの世界が、ちょっとでも綺麗で、良い場所でありますように。

私はそれだけを思って目を閉じる。

遠のく感覚に身を任せて、ゆっくりと下に落ちていく。イル様と一体になった力が少しずつ抜けて、私は最後に彼に手を伸ばし、そこで意識を失った。


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