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41.崩壊


トンネルみたいだと思っていた厚い城壁に、巨大なハンマーで粉砕されたような大穴が空いている。向こう側に蠢くのは無数の黒い影。ユイトが敵わなかったあの大型の魔物より二倍以上の大きさがある黒い泥の巨体が、群れになって穴の向こうから覗いている。

王国中の黒い魔獣が、魔物が、この場所に集結しているようだった。


彼等の上には黒い翼――角と尾を持った人影。

クレイオとは違う。青い髪の男性が高らかに声を上げた。


「時は来た! 闇の神の眷属たちよ、罪深き人の王国に終焉を!」


その宣言と共に黒い魔獣たちが城壁の大穴から溢れ出した。

もう、それは人の手でどうにかできるものじゃなかった。

追いついたユイトにアディが私の体を押し付ける。


「ユイトッ。神殿だ、神殿にハルカを抱えて行け!」

「分かった。先に行くぞアディ」

「や、ヤダっ。嘘ッ! アディ――ッ」


私はユイトに抱え上げられながら、彼に手を伸ばした。

アディのアクアマリンの瞳があまりに綺麗に青い空の下で煌めいた。薄く微笑んで、彼が軽く手を上げる。緑の燐光が弾けて、私の手は彼に触れられないまま、空を切った。

身体強化をかけたユイトは壁を蹴り、跳ぶように街を駆け抜けていく。ほんの数秒で彼の姿は人の群れにかき消されて見えなくなってしまった。私は叫んでユイトの背中を叩いた。


「なんで!? なんでアディを!」

「すまない。アイツが風の魔法を群衆の中で使ったら大惨事になる。オレは二人を抱えたら速度が鈍る。ハルカの安全を考えたら、これが最善だ」

「そんな……ッ」


私の安全……なんて。また、私だけが守られてる。

何もできずにユイトに負担をかけて、アディを置き去りにして。

二人は私を無事に家に帰すって、そう考えてくれてるのに。

なのに私は二人に何も返せてない!

悔しさに溢れそうになる涙を必死で堪えて前を向く。

守られてるだけなんて、泣いてるだけなんて嫌だ。せめて、何か一つでもできることをしたいッ。

私は大きく息を吸った。


「皆、神殿に、神殿に逃げてッ! 神殿に向かって!!」


彼の背に揺られながら、必死で群衆に叫び続ける。門の方からは魔族たちが来てる。向こうに行ったらどうなるか分からない。神殿なら、きっと何とかなる。結界は壊れたけど、あそこにはイル様の聖石があるんだから。

私に今できる事はこれしかないっ。

逆方向に逃げていた人が、慌てて神殿の方に走り出す。


――神殿の中に入れば助かる。


それだけを思って、皆必死に神殿を目指す。

広場は既に助けを求める大勢の人々でごったがえしていた。

けれど、誰も神殿には入らない。

大きく開かれた扉の前には黒い泥を纏った警備の獣人が二人、赤い目を爛々と輝かせている。ユイトが足を止める。私を下ろして、新緑の瞳が決意に強く輝いている。


「ハルカ」

「分かった。お願い、ユイト!」


彼が疾駆する。緑の燐光が瞬いて、陽光を反射したナイフの軌跡が宙に舞う。

彼より体格が大きい、魔族化した獣人相手でもユイトは少しも怯まなかった。魔族化しつつある獣人は魔獣と同じで、鈍重な泥を纏ってる。一撃一撃は重いけど、身体強化で速度を上げた彼の攻撃に全く追いつけていない。最終的に足を切られた二人は自重に耐え切れず、その場に崩れ落ちた。

一息ついた彼が振り向く。


途端、


『――《轟雷(ヴォルテス)滅撃(クリーシス)》』


地面を揺らす轟音が響き、空を裂く紫色の雷撃が目の前で炸裂した。直撃した神殿は音と同時に激しく焼け焦げ、崩壊し、ステンドグラスがけたたましい音を立てて弾け散る。

瓦礫が飛び、熱風と共に上がった砂煙に私は目を覆った。


「そん、な……っ。ユイトッ!」


咄嗟に飛んだ彼はなんとか無事だった。瓦礫と一緒に地面に倒れている。私は彼に駆け寄って体を揺する。呻くユイトの体に治癒をかける。命はある。まだ治せる。大丈夫だッ。褐色の肌を濡らす血に浮かびそうになるトラウマを振り払う。

陽の光をさえぎって、重なり合う私たちの上に黒い影が過った。


「……あら、ここにいたのね。聖女様」


そこには紫色の髪を靡かせた美女の姿。黒い衣装、角と尾。泥でできた黒い翼。

ただ、長い髪が後ろだけ切れて短くなっている事だけがあの時と違う。


(まさか、髪を盾にして逃げられた!?)


全力の魔力放出は私の最後の切り札だった。あれを使えば昏倒する。でも、使えば絶対に切り抜けられる。そう思ったから使ったのに。

背中に嫌な汗が伝って来る。彼女は勝利を確信するように、壊れた神殿の上空で高らかに宣言した。


「光の神の加護は消えた。滅びの時だ!」


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