4.犬系男子に助けられて<前編>
前編:昼更新、後編:夕方更新
手の平から謎のビームを炸裂させた私は案の定、二度目の気絶をして花畑に横たわっていた。
目覚めた時には既に夕方。
イル様に勝手に使われた時といい、魔法を使うと大体六時間くらい気絶してしまうみたいだ。
「はぁ……とりあえず、助かったんだよね?」
黒くて大きな靄に包まれた何かが居た気がするけど、パニックになっちゃったせいかよく覚えてない。地球基準の動物は謎の靄を出さないから、この世界特有のナニカだったことだけは確かだ。
木を薙ぎ払ったあの轟音。どう控えめに考えても無事だとは思えない。
「カッターも軍手も無くなっちゃったし」
空に翳した手に嵌めてた筈の軍手は無い。手首に申し訳程度に引っかかっていた焼け残りの黒いゴミがポロポロと落ちた。
イル様の言う通り、私は力を授かったらしい。
ただ、それが自分では制御できないってだけで。
「あーーっ、もう! 自分で使えなかったら意味ないからね!?」
いつか使いこなせる、みたいな話だったけど、イル様の「いつか」が人間基準なのかはかなり疑わしい。
もしかしたら、一千年後とかの可能性もある。
気絶していたせいで陽は今にも落ちそうだし、お腹の具合も限界になってきた。こんな所で夜を越すなんて絶対に嫌だ。よいしょ、と気力を振り絞って体を起こす。
「とにかく、もう一回チャレンジだ」
カバンの中を探る。軍手とカッターは蒸発したので、ついに武器にできそうな物はハサミだけになってしまった。
【装備しますか?】
→はい
→いいえ
なんて、
「やっぱり無理だよッ。ハサミ一本で異世界!」
現代人を舐めないでほしい。モンスターどころか、動物と戦った経験だって皆無だ。カラスにも負ける自信がある。さっき一瞬見た大きな何かにまた会ったとして、今度こそ立ち向かえるかというと、そんな直ぐに勇気なんて湧いてこない。
それ以前に、びっくりしたらまたビームが漏れるかもしれない。
「ダメだ。できる気がしない。大人しくしまっておいたほうがマシかも」
持ち物は今持ってる分しかないんだ。何があるか分からないし、少しでも残しておきたい。
「手ぶらは怖いけど、何かあったら最悪、ビームは出るんだから。何とかなる。何とかなる。だいじょうぶ」
お腹がぐるぐる唸ってる。もうフラフラだ。気力だけで歩き出す。
そんな気はしてたけど、私が寝ていた場所より前の花畑は吹き飛んで土が露出していた。木も随分スッキリとして田舎のだだっ広い道くらいの雰囲気だ。
ビームが薙ぎ払った跡が遠くまで真っ直ぐに続いてる。
「どうせ行くあてもないんだし、ここを歩いて行こう」
少なくとも森の中を進むよりは歩きやすいし安全な筈だ。
と、――――
思った時もありました。
「キャーーーーーーーーッ」
一時間もしない内に、私はその選択を後悔していた。
しばらくは、それなりに順調に歩いてた。けど、いつまで経っても民家の明かりは見えないし、容赦なく太陽は沈んで地面に吸い込まれる寸前。
オォンオォンと遠吠えのような声。ザワザワと風に鳴る葉擦れの音、何もかもが怖い。せめて道路の真ん中にいれば、見通しも良いし、大丈夫、大丈夫、なんて。
何でそんなこと思ったんだろう。
グルルル ガルルルル
気が付いた時には遠吠えの主が目の前に居た。しかも、複数。道を塞ぐみたいに、目の前に三匹。森の中にもたぶん、何匹か。ガサガサする音が近くで聞こえる。
私は気付いてなかったんだ。
障害物が無いという事は、森から私は丸見えだってことを!!!
「ヤダッ、助けて! 誰か――――ッ!」
叫んで、今まで歩いて来た道を逆に駆け出した。
足がもつれて、ヒールが滑る。真新しいブーツが足の皮を擦った。ハァハァと自分の息が煩い。
ウォン ウォン ウォン
吠え声。足音が追い駆ける。自分の走る音が遠くで響いた。
怖い。怖い。怖い!
立ち向かうなんてできる訳ない!
肺が痛い。喉から血の味がする。
走っても、走っても、距離が空いた気がしない。
元々疲れ切っていた体力はあっという間に尽きて、ついにズルリと土に足を取られて地面に転がった。
「っやだ、やだッ。あっち行って!」
木の幹を背にして必死でカバンを振り回す。
空は既に真っ暗で月明かりに黄色い獣の目だけが光る。どこに何匹いるのかも分からない。ここでビームを撃てたとしても、きっと倒れている時間は無い。
ゾッと全身をリアルな悪寒が包み込んだ。
「やだやだ、やだッ! 誰か、誰か助けてッ! お願いっ。誰か、誰かーーーっ!!!」
ガサガサと、背にした茂みが揺れる。
「ひッ」
思わず目を瞑って、カバンをぎゅっと抱いた。
至近距離に獣の匂いが過る。
ヒュウッと長い何かが空を切った。
それから、低く轟くような吠え声が響く。心臓が煩い。狼よりずっと大きな獣の声だ。
瞼の向こうで何が起こっているのか、知りたくない。
ガタガタと歯が鳴る。目を瞑っている間に、恐ろしいナニカが運よく通り過ぎてくれることを願った。
何分くらい経っただろう。ほんの一瞬だったかもしれない。
しばらくすると、音が消えて、静かになった。
森の葉擦れの音がやけに響いてる。
「!」
何かが肩に触れてビクッと体が跳ねた。
「……おい。大丈夫か?」
――人の、声?
そろそろと目を開ける。
逆光の中、背の高い男性が私を覗き込んでいた。
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