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39.黒い泥


「……ふぁ~。あれ、もう朝? 私、寝ちゃったのかぁ」


考え事をしていたら、いつの間にかしっかり眠ってたみたい。両開きの窓の隙間から明るい日差しが差し込んでいる。

やっぱりダメだな。私は難しい事を考えるのは苦手だ。

考えたって魔族の事なんて分からないし、奴隷を見るのは怖いけどそれがルールって言われたら私にできる事なんて何も無い。

所詮、私は一般人。この世界の人間でもないしね。


目下の問題、金策に集中しなきゃ。

途中で魔獣を狩って来れれば良かったけどそれどころじゃなかったし……。

やっぱりイヤリングをもう片方売るしかないかなぁ。

非常用に取っておきたい気持ちもあるけど、アディにお金を返さず別れる訳にはいかない。


(アディは、いつまで一緒にいられるんだろう?)


最初に王都まで送って貰う約束をした日から、彼の方から期限を明確に区切られた事はたぶん無い。

けど、「神殿まで」って私が頼んだ以上、これ以上に引き止めるのも悪いよね。


「よしっ。ご飯を食べたら今日は傭兵ギルドに行こう!」


もしもの備えは無くなるけど、王都でなら金貨で売れるって言われてたし、形が変わるだけだと思えば良いかな?

解決の糸口が見えてきたと思ったら、途端にお腹がグゥっと鳴る。そういえば、昨日は夕飯も食べずに寝ちゃったんだ。


私はベッドから下りて部屋の外に出る。両隣の部屋は閉まっていて、二人はまだ寝てるみたいだ。寝汚いアディはともかく、ユイトは病み上がりみたいなものだし、二人とも全力で走ってきたもんね……。私は完全にお荷物だったケド。

一階の食堂からは既に賑やかな話声が響いてる。


(あんまり遅起きも良くないし、朝ご飯でも持って行ってあげようかな)


目測だけど、たぶん朝九時くらいかなぁ。朝日と共に活動するこっちの世界ではかなり遅い。日本だとしても皆出勤してる時間だ。

私はタッタッと軽快に階段を下りていく。

朝ご飯はシチューかな? クリームソースの良い匂い。

私の姿を見つけた威勢のいい女将さんが、カウンターで鍋を掻き回したまま、こちらに振り向いた。


「いらっしゃい! お嬢さん、よく眠れたみたいだね」

「あはは。けっこう寝坊しちゃいました」

「お連れさんは?」

「今から起こすつもりです。朝食を持って行ってあげようかと思って」

「そうかい。じゃあサンドイッチの方が良いかな?」

「あ、トレーって借りられます? できれば温かい物を食べさせてあげたくて。サンドイッチ三つと、小さい器でシチューも三ついただければなーって」

「構わないよ!」


サンドイッチも良いけど、やっぱり疲れてる時は温かいものだと思うんだよね。二カッと笑った彼女が器に手際よくシチューをよそっていく。

そして、少し声を落して、ヒソヒソ話をするみたいに身を乗り出した。


「……あのさ、もしかして、あの赤髪さんがお嬢さんのイイ人? お貴族様の駆け落ちとか」

「ち、違いますよ! 普通に旅の仲間ですっ」


わたわたと両手を思いっきり振って否定したけど、女将さんのニコニコ顔は変わらない。

……うう。何を言っても既に彼女の中ではロマンチックなストーリーが展開してるみたいだ。

そんなんじゃないのに、生暖かい目で見られてると顔が熱くなってくる。


(サンドイッチが来たらすぐ上に行こうっ)


そう、思っていると、


ガンッ! ガラガラガチャンッ!

激しく皿や調理器具が落ちる音が響いた。私は思わず厨房の方に視線を向ける。店内で談笑していた人たちも、何だ何だと皆で同じ方を向いた。


その瞬間――

「助けてくれぇッ!!!!」


厨房から這い出てきた店主は血まみれの姿で叫んだ。

「ドミニクッ! どうしたんだいっ」

女将さんが血相を変えて彼に駆け寄る。

「来るな、デボラッ! 逃げろ!!!」

血まみれの彼が叫んだ。


途端、その後ろ、厨房の中からゆらりと現れたのは首輪を付けた獣人の姿。けど、昨日見た時とはどこか様子がおかしい。目が爛々と赤く光って、体に黒い、泥が――


「ギャアアアァァァァアぁアアッッ」


認識したと同時、背後から叫び声が上がった。そこには、さっきまで給仕をしていた別の獣人さんと、腕から血を流す人の姿。彼も灰色だった目が赤く染まり、足元から黒い泥が這い上がっている。苦しみもがきながら牙を剥き出しにして、首輪を引きちぎり、鋭い爪を振り回す。

客たちは悲鳴を上げて出口に殺到していく。


「《武器強化(エンチャント)》ッ!」


阿鼻叫喚となった食堂で、私の動きは早かった。流れるように武器に強化をかけ、泥がより濃く巻き付いている厨房の獣人さんの腹に思いっきりナイフの柄を叩き付けた。

イル様の力を付与した剣は刃を通さずとも十分に力を発揮した。私より圧倒的に体格の良い体が一発で床に膝を付く。けど、


(人間を切るなんて私にはできない!)


倒れた店主さんを女将さんと引き摺って、その場から離そうとする。でも、力が抜けた体は重くてなかなか思うように動いてくれない。


「ドミニクさんッ、立って、逃げて!」

「早く逃げるんだよドミニクッ!!!」


やっぱり、女二人じゃ怪我をした成人男性を持ち上げるなんて不可能だ! 魔獣化した彼は既にダメージから立ち上がろうとしてる。私がもう一度ナイフを構えた時、馴染んだ足音が聞こえた。振り向いた視線が二人を捉える。


「ユイトッ、アディ! 助けて!!」

「おい、ハルカ! ここで何があった!」

「獣人が……魔獣化を? そんな」


困惑の色が強いユイトはそれでも動きに迷いはなかった。私の目の前で黒い泥を纏って起き上がろうとしていた獣人鋭い蹴りで瞬時に気絶させる。一拍遅れて、アディがフロアで苦しんでいた人を剣で制圧したのが見えた。徐々に黒く染まりつつある彼を抑えつけながらアディが叫ぶ。


「これは、魔獣化じゃない。()()()だッ! 角が生えかかってるぞ!」

「えっ! 魔族化!?」

「そんなっ、俺たちは、魔族になんてならない筈じゃッ」


ユイトが気絶させた人を仰向けにひっくり返す。そして、額の泥を拭うとそこには小さいけど鋭い角が光っていた。

女将さんが青褪め、店主さんが唇を震わせる。


「呪いだ! だから、獣人なんぞ奴隷でも雇ってやるべきじゃなかったんだッ」


聞きたくない言葉が彼の口から吐き出される。訂正させたい所だけど、この状況じゃ!

宿だけじゃない。お客さんが逃げ出し開け放たれたドアの向こうからも悲鳴が響いてくる。


――いや、それどころか。

泡を吹く程に怒り狂った店主さんの足元からも、泥が噴き出してくる!?

触手のように伸びたそれを、私は慌ててナイフで切り裂いた。


(今のはドミニクさんを狙ってた!?)


一本を切り裂いても彼が床に付いた手に、足に、次々と泥が床から溢れて来る。


「ひっ!!?」

「止めろッ。なんだ、こっちに来るなッ」


女将は恐怖に腰を抜かして、ドミニクさんはめちゃくちゃな手つきで触手を千切る。その時――

私には彼の胸元が、ぼんやりと黒く光っているように見えた。魔法が発動されている時によく見る燐光。アレが、小さいけれどチカチカと弾けている。


「ドミニクさん、失礼しますっ!」


倒れた彼のシャツの胸ポケットに手を突っ込む。そこには予想通り、シャリエ氏の店で見た物と同じ隷属の魔法石があった。

あの時は枝に魔力を込める練習をしていたから、とっさにこれに魔力が流れてしまった。ということはッ。

思い出しながら石にギュッと魔力を流す。


「お願いッ、隷属の契約を解除して!」


白い魔力と金の燐光が手の中で迸る。

予想通り、石は一度白く輝いて粉々に砕け散り、灰色の粉になった。同時、ドミニクさんに絡みつこうとしていた泥も、ユイトが気絶させた彼に纏わりついていた分も、同じように灰になって消えていく。


「ハルカっ。角も消えてる!」


泣きそうな顔で振り向くユイトに私は笑いかけた。

アディの方も消えてくれたみたいで、彼が向こうから叫ぶ。


「ハルカ、今何をした!?」

「隷属の魔石ッ! 店主さんが持ってたのを壊したの! たぶんこれが獣人さん達を魔族化させようとしてる!」


私が立ち上がろうとすると、女将さんの手がスカートを掴んだ。彼女はドミニクさんを抱きしめて、不安そうに目に涙を浮かべている。


「あの、ありがとうございます。私たちは……」

「ここはもう大丈夫です。宿のドアを閉めて隠れててください!」


私は言って、彼女の手を離してもらう。ついでにドミニクさんの背に手を当てて、魔法で止血をした。一時凌ぎだけど、ゆっくり治癒をかけてる時間はない。それは後で戻って来てからの話だ。

ユイトと視線で頷き合って、アディの所に合流する。こっちで倒れた人の体からもちゃんと泥は無くなっていた。外からは悲鳴と怒号、物が壊れる音が絶えず響いてる。

王都には獣人の奴隷が多かった。それこそ、数えきれないくらいだ。もし、その全ての人が魔族化していたら?


――隷属の魔法石は契約を解除しない限り壊せない。

そう、シャリエ氏は言っていた。つまり。


(契約を無視して強制解除できるのは、イル様の魔力が使える私だけかもしれない)


「ユイト、アディ……。二人とも、一緒に来てくれる?」


見つめた二人は力強く頷いた。


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