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36.王都へ


ゆらゆらと体が揺れている。耳元をゴウゴウと風が通り過ぎる。ぴったりとくっついた体の感触、これはたぶんアディの背中かな……。

頬に当たるジャケットと甘苦いレザーの匂い。あと、変な表現だけど首筋から塩気がある石鹸っていうのかな……色っぽい、男の人の香りがする。頬に当たる彼の肌は少ししっとりと汗ばんでいた。


「……アディの匂いってさ、大人の男の人って感じだよね……」

「〜〜〜ッ!? おい、ハルカっ! お前、起き抜けから人の耳元でっ。寝惚けた事を言ってる元気があるなら放り出すぞ!」

「やめてよぉ。まだ眠いし……このスピードで落とされたら、私たぶんグチャグチャになっちゃう。ハルカのムースだよ」

「……イヤな想像をさせるな。気持ちが悪い」

「赤髪がハルカを放り出すならオレが乗せて行く」


私が起きた事でスピードを緩めたアディに少し後ろを走ってたユイトがムッとした顔で隣に並んだ。いつもはアディより早いくらいなのに、なんか珍しいな。

そう思っていると、アディが彼の方を見て鼻で笑う。


「自分の体力も把握してない駄犬が他人の世話をしてる場合か? 身体強化を維持しきれてないだろう。重量物を乗せるのは無理だ」

「ちょっと、重量物扱いって。ユイト、もしかして体調悪いの?」

「いや、悪くはない。少し、強化のかかり方が弱いだけだ」


強がってはいるけど、その表情は険しい。

やっぱりなんか違うと思ったのは間違いじゃなかったんだ。普段なら、むしろユイトの方がスピードを合わせている感じだけど、今は逆で着いてくるのが精いっぱいに見える。


「……アディ、強化のかかり方が弱いって、」

「ああ。昨日治癒で体を治したいばかりだからな。傷ついた体を無理やり繋ぎ合わせた後に負荷をかけたら普通はそうなる。だから歩きで行くと言ったんだ。そいう場合でもなくなったが」

「あ。そういえば、クレイオって人は大丈夫だった?」

「今のところは、な。……お前がとんでもない魔法を放ってくれたおかげで、楽しい着陸作戦を敢行すらハメになっただけだ」

「あれ? アディは私のビーム知らなかったっけ?」

「……知らん」


明らかに不満そうな雰囲気!

あれ? アディに言ったような、言わなかったような。説明はしたけどアディの前で使った事は無かったかも。

どうにかしてくれると思って二人にブン投げちゃったけど、もしかしてかなりのキラーパスだった!?

私はアディの背の上で体を小さくする。


「えーっと。着地、任せちゃってごめんね。大丈夫だった?」

「赤髪が風魔法でスピードを殺して、オレが二人を抱えて身体強化で着地した。けっこうギリギリだったな」

「城の尖塔より高く飛ばされて、人間攻城兵器にでもされた気分だ。風魔法も何発撃った事か。気を失った人間を抱えて無事だったのは奇跡に近いぞ」

「うわああああっ。本っ当にごめん二人とも! で、でも! 他にどうしようもなかったし、結構良い判断だったと思うんですけど!?」

「それは否定しない」

「ハルカの魔法が無かったら今頃全員串刺しだ。助かった」


うう。私のやらかしだけど、ユイトの柔らかい笑顔が癒される。

次からちゃんと着地の事を考えよう。気絶しちゃうから無理かもだけど。せめて、事前申告くらいは。

反省しきりの私にアディが振り向く。


「そういえば、お前は何で襲撃に気付いたんだ?」

「なんか甘い匂いがして、振り向いただけなんだけど、二人とも気付かなかった?」

「いや……俺はそんな匂い感じなかったが。お前はどうなんだ?」

「ああ。オレも匂いは分からなかった」

「え、ユイトも? あんなに充満してたのに、なんでだろう」


湿った苔とダークチェリー、乾いたバラのような不思議な香り。

あんなに特徴的で濃い香りに気付かないなんてあるのかな?

もう一度、アディの体に鼻を埋めてクンクンと匂いを嗅いでみる。うん。革と汗と男の人の匂い。私の嗅覚はたぶん正常だ。検証作業をしてただけなのに、くっつけてた鼻をアディに手でしっしっと払われた。


「~ッ、や・め・ろ! おしゃべりはそろそろ終わりにして先を急ぐぞ。少しでも早く王都に入りたい」

「王都に何かあるの?」

「サンベーニュ王国、王都ベネディスシア。あそこには光の神の神殿と結界がある。あのクレイオとかいう奴。名乗った内容が事実なら、そう簡単に死んでくれるとは思えんからな。だが、少なくともハルカのナイフは利いていた。結界の中は安全な筈だ」


あれだけのビームが、たぶん直撃したのに?

アディは頭が良くて色々知ってるし、かなり慎重派だから彼の言う通りにすれば間違いは無いと思う。けど、目の前を真っ白に染めたあの光。いくらなんでも逃げたとか、耐えたとは思えないんだけどな。後でゆっくり聞いてみないと。


(――あ。でも、アディとは王都でお別れなんだっけ……)


思い出して、急にギュッと心臓を潰されたような気持ちになる。なんだか、三人で一緒にいるのが当たり前みたいになっちゃってた。あの人が追いかけて来るかもって思うより、アディと別れる方がずっと怖いような気がする。


(異世界に来てから私、なんか変だ。人と別れるのがこんなに怖くなるなんて)


ユイトの時だってそう。別れるかもって思った時は涙が止まらなかった。向こうの世界ではそんなこと、全然なかったのに。

だって異世界に飛ばされても寂しくなかったし、高校だって、大学に進学する友達を私は笑って見送れた。


(ずっと一人で強く生きていられたのに)


異世界に来たらメンタルが弱くなっちゃった気がする。ダメだよね。思わず首に回す腕に込めてた力を緩めた。私、いつからこんな寂しがりになったんだろう。カッコ悪いなぁ。

アディはユイトの方を検分するみたいにジッと見つめて声を掛ける。


「おい。話している間に少しは足が戻ったか?」

「お前に心配される程じゃない。あと半日程度は余裕だ」

「なら上々だ。あのバケモノに再度襲撃される事態は避けたい。王都まで駆け抜けるぞ。ハルカは口を閉じるかもう一度寝ておけ。舌を噛むからな」

「はいっ。よろしくお願いします!」


返事をしてギュッと口を閉じると同時、二人の速度が上がるのが分かった。

こういう時、悲しい事に私は完全に無力だ。せめて体重軽減の魔法でも使えたら良かったんだけどね。今後の為に王都に着いたら探してみようかな。


二人は無理してでも王都に着く方を優先したみたいで、休憩ナシの凄い速度でびゅんびゅんと景色が過ぎ去る。

私はお言葉に甘えてアディの背中でうとうとと眠りについていた。ビームを撃った時の反動と言うか、異常な眠気がまだ残ってる。

途中起きた時は夜。

暗闇にちらちらと村らしき明かりが過ぎていくのが見えた。


――そして、ちゃんと目を覚ました時にはもう王都の門の前。

見上げるような立派な壁と、その先にキラキラとしたドームが光っていた。


「あれが結界だ」


彼の背中から下りた私にアディが教えてくれる。

クレイオが作った結界は禍々しかったけど、流石イル様の結界。まるでダイヤモンドを薄く削って作ったみたいで、朝日に反射して大きな宝石みたいにプリズムが煌めいてる。

ユイトとアディは大分疲れたみたいで息が荒かった。私ばっかり元気でなんだか申し訳ない。けど、疲れを感じさせない足取りで、アディは私の腕を取ってずんずんと門の方へ歩いて行く。


門にはレディルボードの町と違って並んでいる人が多かった。荷物を担いだ人、荷馬車、色々だ。

アディはその列を無視して門番らしき人に何かを渡し、そのまま門を潜る。私は慌てて彼に小声で話しかけた。


「な、並ばなくていいの?」

「衛兵に余分に金を握らせた。並んでいる間にアイツが来たらどうする。並んでる人間まで巻き込むぞ。早く結界の中に入れ」


流石アディだ。そう言われるとなんだか嫌な想像が湧いて私も小走りになる。壁の中は存外広くて、門を潜ると言ってもなかなか距離がある。暗い洞窟みたいなそこを通り抜けると、馬車が擦れ違えそうな大通りが真っ直ぐに伸びていた。

そして視界のど真ん中、大きな広場とそこに聳える真っ白で荘厳な建物。もしかして……


「そうだ。あれが光の神イルシェイムを祀るこの国最大の神殿だ」


ようやくイル様に会える。アディの指差す方向を見つめて私はゴクリと唾を飲み込んだ。


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