32.その夜
「――さて、ハルカ。そろそろ事情を聞きたいんだが?」
ユイトを連れて宿に戻った後、アディは私にそう切り出した。
あんな事があったので、私達は三人で同じ部屋に集まっている。ベッドを使っているのは怪我をしたユイト。私は彼の隣で治癒魔法をかけていた所だ。念の為に彼の体を魔力で再チェックしていた作業が終わった私はアディに向き直った。
「分かった。もうかなり巻きこんじゃったし……私の事情、全部話すね」
そうして、私は異世界から召喚された事、謎の誰かに邪魔をされて辺境に飛ばされ大神殿を目指している事、アディに会うまでの顛末をなるべく詳細に話した。
ユイトの件でもう完全に一般人としての言い訳はできない状況だし、それなら知識が豊富なアディの意見を聞きたい。
「……ハァ。ある程度の予想はあった。予想はあったんだが……」
本日二度目の盛大な溜息。そして頭をガシガシと掻きながらアディは完全に言葉を失っていた。
まあ、そうだよね。私も荒唐無稽な話をした自覚は有る。
ユイトはなんとなく「そういうもの」として受け止めてくれたけど、アディは知識がある分、自分の常識との擦り合わせが大変みたいだ。
とりあえず、誇大妄想の変な女だとは思われてないみたい。
私はベッドに座り、眠っているユイトを撫でながらアディを待った。
痛々しい痣は消えて、彼の寝顔はとても柔らかだ。随分と落ち着いたみたいで良かったと思う。
しばらくして、ようやくアディは折り合いが付けられたみたいで、私の隣――ユイトの足元あたりにボスンと腰かけた。
「アディ、ユイト起きちゃうよ。折角寝たのに」
「この程度で起きるか。それよりハルカ、光神イルシェイムに召喚されたというのは本当なんだな?」
「嘘ついても仕方ないよ。何話したかもあんまり覚えてないし、私が浮かれてうっかりこんな服で森に放り出されたとか、ただの赤っ恥エピソードじゃん。そんなの好き好んで話したいと思う?」
「それはそうだ」
アディがくっくっと喉で笑う。そこで納得されるのも釈然としないんだけどね! 実際この服のせいでさっき酷い目に遭ったから否定もできない。アディがふと、視線を上げる。
「そういえば、王都の神殿で伝説にある光の柱が昇ったと、少し前に噂になっていたな……。眉唾話かと思っていたが」
「えっと、その伝説とか光の柱って何?」
「ああ。古い神話だ。
何百年だか前、世界に闇が溢れた時、各地の神殿から光の柱が天に昇り神が聖女を使わした。聖女が闇を浄化したおかげで世界は平和になりました。めでたしめでたし、ってな。
余程信心深い人間しか本気で信じてる奴はいない……が、」
「自分の事だし、肯定しづらいけど、確かに空から落とされてる時、光の柱って見たかもしれない」
きらきら光る柱が沢山あってキレイだな~とか暢気なこと思ってたんだよね、悔しいけどおかげでよく覚えてる。
「だが、伝説では聖女は大神殿に召喚されるんじゃないのか?」
「その予定だったみたい。でも、黒い髪の人に邪魔されちゃって。イル様も想定外だったみたいなんだ……。だから、とにかく大神殿に行かないとって思ってて」
「それは正解だな。それにしても、最高神と謳われる光の神の召喚を妨害する存在か。九割九分、人間が対処できるモノじゃないぞ」
「う……。会ったら絶対に一発殴ってやろうかと思ってたんだけど」
「ハハハっ。やってみるか? ハルカが本当に伝説の聖女様なら可能かもな」
「ちょっとやめてよ! なんかそれ、背中が痒くなるっていくか。急に異世界から召喚されて、何も分からないのに聖女様とか無理だから! 私は大神殿まで行って、日本に帰るの。それだけだよ」
聖女様なんて柄じゃない、それ以前に不可能だ。
アディに伝説なんて聞いちゃったからには余計そう思う。二人に頼らなきゃここまで来れなかった私が、世界を救う? 無理無理。できるなんて全く思えない。
でも……アディ、この世界の人は、どう思うんだろう?
そろそろと彼の表情を覗き込むと、むしろ合点がいった表情で一つ頷いた。
「……まあ、そうだな。それが普通だ。確かに魔獣の発生頻度は増えているし、あの泥が神話に出て来る「闇」なら、溢れていると表現すべきかもしれん。
――だが、アレは俺たちの日常だ。何十年以上も前から、傭兵ギルドが情報網を使って駆除を続けてきた。王国の騎士が碌に使えないのは事実だがな。
とにかく、お前一人に背負い込ませるような問題じゃない」
そう、アディに断言されて私はポカンとしてしまった。
村長さんに頭を下げられて、獣人さんたちの目を見て……。なんとなくだけど、徐々に、この力から逃げられないんじゃないかって、そんな気がして。
話したら、アディにも「戦え」って言われるかもしれない。そう、思ってたのに。
ぼんやりとしている私を、彼が心配そうに覗き込んだ。
「どうした?」
「アディは変だね。世界が救われるなら、私に救って来いって言わないの?」
「……そうだな、」
彼の手が優しく私の頭に伸びて、くしゃりと髪を撫でる。
「魔物相手に震えて、人間に手玉に取られて。こんな小さくて弱い女に任せるしかないなら、そんな平和、俺は願い下げだ」
「……もし、ほんとうに、私がやらなきゃダメだとしても?」
「そうだ。そこで寝てるバカ犬もだ。お前に無理に戦えとは言わないだろう。ハルカ。帰る場所があるなら帰れ。少なくとも、俺たちは止めはしない」
その言葉が何かのスイッチだったみたいに、今度は私の目からぽろりと涙が溢れ出した。
一度涙が零れてしまうと、もう止まらない。咳を切ったみたいにぼろぼろと溢れ出して、ついに私はしゃくりあげて泣きだした。
優しい手が何度も何度も髪を撫でる。
(そんなこと言われたら、逆に帰りづらくなっちゃうよっ)
私は心の中で叫ぶ。いつも意地悪なのに、こんなにも柔らかい声で言うなんて卑怯だ。彼の言葉に甘えたくなる。アディは王都までしかいないのに、頼ってしまいたくなる。
そんなのダメだ。誰かに甘えたら、きっと私は一人で立てなくなる。寂しくて動けなくなる。
今だって、「日本に帰る」って言いながら後ろ髪を引かれてる。
私には、向こうに二人みたいに優しい人なんて……
(――ううん。ナシナシ! マイナス思考はダメだ)
常識が違う、生活が違う、何もかもが違う。私はこの世界で暮らして行くなんて無理。それに、失踪して親を悲しませるなんてしたくない。
私はぎゅっと目に力を入れ、上を向いて涙を引っ込める。パンと頬を叩けば気合も十分だ。急な私の行動に驚いた様子のアディの手は妙な形で宙に浮いている。私は二カッと彼に笑いかけた。
「心配かけてごめん! ありがとう、アディ。私はもう大丈夫だよ!」
正直、空元気も良い所だけど。それでも元気に振る舞えばメンタルもついてくる。私の持論です。
アディも安心したのか肩を竦めて、一度天井を見上げ息を吐いた。
「……そうか。王都の神殿にも聖石がある。伝説によれば、聖石は聖女の声に応えるらしい。きっと何か手がかり位は掴めるだろう」
「王都までもう少しだね。短い時間かもしれないけど、最期まで宜しくね、アディ」
「ああ。これ以上の問題が起きないことを祈る」
「酷い! 私のことトラブルメーカーか何かだと思ってる?」
「わりかしな。お前と会ってから飽きる暇が全く無い」
またいつもの意地悪顔でニヤニヤ笑う彼の腕を軽く叩く。そう、私達の関係はこれで十分。付かず離れず、心地いい関係。
どうせなら笑ってお別れしたいもんね。
それに、王都に行けば、ついにイル様にも会えるかもしれない。
あの神様には聞きたいことがたっっくさんあるんだから!
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