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30.ユイト<前編>

前編:12時頃公開 後編:20時頃公開


「クソッ。ハルカ、何があった!?」

「アディ! 寝てたら大きな音がして、様子を見に来たら、ユイトがっ!」


急いで窓の外を二人で確認したけど彼の姿は見つからなかった。私は落ちていたマントを拾って胸に抱く。アディは狭い部屋の壁に凭れ、ベッドから剥がれたシーツを爪先で蹴った。


「一人で出て行ったにしては荒れてるな。俺はともかく、ハルカに何も言わずに出て行くような奴じゃない筈だが」

「ねえ、アディ……。攫われた、って事はないかな」

「アイツが? そんな事をして何の得がある。襲われたとしても、いくらでも返り討ちにできる筈だ。無抵抗で連れて行かれるとは考えづらい」


――そう言われればそうなんだけど。

今になって、私の中には昼に見た光景がフラッシュバックしている。シスと呼ばれていた人。「許さない」、そう、叫んだ目は本気だった。


「同じ獣人さんだったら、ユイトに勝てる人もいるんじゃないの? 複数人で来たら、ユイトでも敵わないかもしれないし。……もしかしたら、その、抵抗し辛い相手だったとか」

「……俺はアイツの事情を聞いていない。ハルカ。お前は、何を知ってるんだ?」

「……っ」


私は言葉に詰まる。あの時アディはいなかった。ユイトは彼に自分の事を話してない。だから……、私が勝手に言ってしまって良いのか、迷う。

私だって彼の事情を全部知ってる訳じゃない。もしかしたら、一人で黙って出て行かなきゃいけない事情があったのかも……。


(……でもっ!)


私は胸に抱いた布地をぎゅっと握る。私が知ってるユイトはきっとそんな事しない。

あんなに喜んでたマントを、彼が乱暴に床に置いて出て行ったなんて、そんなの有り得ない。

そう、思う。

きっと何かがあったんだ。彼がこれを残していくような何かが。嫌な汗が背中を伝う。


シス(六番)――


あの時、なぜか私にはその名前の意味が分かった。人間を番号で呼ぶような場所に、もし、彼が連れて行かれたとしたら?

今私が決断しないと、もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。

私は覚悟を決めてアディに向き直った。


「私がユイトについて知ってる事、全部話す」



「――ユーウィト(八番)。つまり、脱走奴隷だった訳か」


全てを話し終わった私に、彼は頭を抱えて呟いた。

ユイトの名前、初めて聞いた時は分からなかったのに、彼が口にした途端、シスの時と同じようにその意味を理解できる。


(八番――なんて。そんなの名前じゃないよッ!)


アディは本当に博識だ。

ユイトについて私が知ってる事もそう多くはない――彼の名前、生まれた時から奴隷だった事、この町で揉めていたこと、それだけなのに。アディはもう全てを把握してしまった。

分かってないのは当の私だけ。


「脱走奴隷って、どういうことなの?」

「そのままの意味だ。奴の所有権を持つ人間がいて、その契約が解除されない状態で所有者から逃げた。この町に戻って来た事がバレたから回収されたんだろう。奴隷は契約石を持っている相手に逆らえないからな」

「回収!? 人は物じゃないのに、勝手すぎるよ!」

「認識を改めておけ。王国で奴隷は物だ。契約がある以上、奴の正当な所有者は向こうになる」

「そん……なっ」


目の前が真っ暗になる。それが常識?

そんな酷いことが認められてるなんて、私には信じられない。

でも思い出してみれば、町に入る前から彼の様子はおかしかった。体を隠す布が無かったから、人が苦手だから、そう……思ってたけど。違かったんだ。

捕まるかもしれないから、あんなに怖がって。


「……私がっ。アディ、私のせいだ! 私がユイトを森から連れ出したりなんかしたから!」


勢いのまま、彼の服を掴む。頭の中がぐちゃぐちゃだ。涙がぼろぼろと溢れて来る。

私のせいでユイトは攫われた。私がちゃんと理解してなかったから。せっかく逃げたのに、また捕まって、奴隷に逆戻りなんてそんなの酷すぎる。

私が、彼に軽率に「一緒に行こう」なんてっ。


「私が、あんなことっ……言わなければ……!」


嗚咽する私の腕をアディが掴んだ。


「――違う。アイツは自分の意思でこの町に来たんだ。強制された訳じゃない。それだけは、お前が歪めるな」

「……っ!」


真剣な目。アイスブルーの瞳が私を射抜く。真摯な視線に気圧されて私は目を伏せた。アディが続ける。


「契約石は契約者が契約を破棄しない限り壊れない。魔獣も日に日に増えていく一方だ。お前が連れ出さずとも、森で逃げ隠れしながら暮らすには限界があっただろう」

「じゃあ、ユイトは戻るしかなかったっていうの?」


ほとんど八つ当たりみたいに彼を睨み付ける。けど、アディは一転して余裕の表情でニヤリと笑った。


「いや。お前が連れ出したから、助かる見込みがあるって事だ」

「!」


その言葉に私は目を見開く。


「どういうこと!? ユイトを助けられるの!?」

「ああ、ハルカ。()()()()な」

「どういうこと?」

「この王国で奴隷は資産だ。なら、逆に金を積めば交渉の余地はいくらでもある」


そう言って、腰の魔法袋から私が預けた皮袋を出した。

買物をしてもお金はほとんど減らなかったし、受け取った袋はズッシリと重い。


「銀貨はまだたっぷり残っているだろう?」

「――! そう、だね。私、ユイトの契約をしてる人と話し合ってみる」


人をお金でやりとりするなんて良くない事だ。でも、ここは異世界。郷に入れば郷に従うしかないっ。

幸いな事に、イヤリングを換金したばかりでお金は沢山ある。

私は革袋を強く握りしめた。


「ユイトを攫った人を、この銀貨の詰まった袋で思いっきりブン殴ってやる!」


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