29.お泊り会
昨日うっかり前後編時間差アップの記載をし損ねてしまいました!申し訳ありません!
「おい、お前達なんでこんな所でボケっとしてる。通行の邪魔だ」
ーーそう、後から出てきたアディに急かされて、私とユイトはようやく衝撃状態から立ち直った。
時間にしたらほんの数秒。でも随分と長くここに居た気がする。
(あのシスって人は誰? ユイトと何があったの?)
聞きたい。でも、ユイトにはとても聞けそうな状況じゃない。アディが来たから無理に平静を装ってるみたいだけど、まだ動揺が残ってるのは明らかだった。
そして何も聞けないまま、私達は彼のマント、それから軽食を買って宿に戻った。
服は種類が少なかったし、王都で買えば良いかってことで今度のお楽しみだ。
外はもう夕陽の色に染まって、皆が家路を急いでいた。
戻って来た宿は一階に受付があって二階が宿泊スペースになっているタイプだ。二階に上がって奥がアディ、真ん中が私、その次がユイトになった。
窓が付いた三畳ほどの部屋にはベッドが一つと小さなサイドテーブル、それだけでこれ以上入らない狭い。
でも、寝床があるだけで万々歳。
藁布団のゴワゴワ感にも随分と慣れました。元の世界でも煎餅布団だったけど。
ゴロンと横になってるとドアがノックされた。
「はーい。大丈夫だよ~」
「……不用心だな。鍵を掛けるなりした方が良いんじゃないか?」
「オレもハルカ一人は心配だ」
「その点は同感だな。宿とはいっても治安が良い訳じゃない」
「大丈夫。何かあったら魔法を思いっきり光らせて時間稼ぎぐらいはするからさ」
ドアを開けてユイトとアディが入って来る。ユイトは新しい茶色のマントを羽織って少し気持ちが落ち着いて見えた。
私はよいしょ、と起き上がってベッドに座る。小さな部屋に背が高い男性が二人も入るとギチギチというか、ちょっと面白い。私は彼等にちょいちょいと手招きをした。
「ねえ、そこじゃ狭そうだし、二人ともこっちに座ったら? 私が奥に詰めればギリギリ座れると思うよ」
ベッドに乗り上げて、奥にぎゅっと詰める。両隣をぽんぽんと叩くと二人は顔を見合わせて私を真ん中にして座った。
隣同士にしておくと喧嘩しそうだしね。ちょっと狭いけど壁役としてはここが最適。
でも、三人でくっついて座ってると、なんだか子どもの頃みたいでワクワクしてくる。
ぴったりした体温がくっついて温かい。私は思わずクスクスと声を出して笑った。アディが訝しげな顔で眉を寄せる。
「何を笑ってるんだ?」
「別に。人と一緒にこうやって座るの、初めてかもって」
「……確かに、そうだな。俺も記憶に無い」
「オレもだ。不思議な気分がする」
「でしょ?」
私たち、ちょっとだけ似てると思う。
私は二人の事を全部知らない。二人も私の事をよく知らない。それでも一緒にいて心地が良い。気を使わないっていうのかな。職場みたいな下関係も、高校の友達に抱いた羨望も、なにもなくて。ただゆっくり時間が流れてる。
「ユイト、新しいマント似合ってるよ。服は見つからなかったけど、良いのがあって良かった」
「ありがとう、ハルカ。ちゃんとしたのを羽織るのは初めだ。留め具があって着やすい」
「お前の服は服と言うよりボロ切れだからな。傭兵ギルドなら討伐部位さえ渡せば報奨金は出る。次から考えておけ」
「……ああ。それは、助かるな」
ユイトは本当に嬉しそうにゆっくりと微笑んで天井を見上げた。彼の目には何が映ってるんだろう。夢見るような新緑の瞳に長い睫毛がかかっている。
窓の外はゆっくりと陽が落ち始めて、もうすぐ暗くなる。
私は腰に刺してた枝に魔法で小さな光を灯し、サイドテーブルに置いた。
「ねぇアディ。そういえばさっき買った夕飯持ってる?」
「あるぞ。食べるか?」
「うん。ユイトとアディも、折角だから皆で食べよ」
二人が頷く。アディが魔法の袋から包みを取り出した。この袋すごいよね。私も欲しいんだけどレディルボードにはなさそうだったから、王都で買いたいものリストにキッチリと書き込んだ。
包みを開くと中には三人分のクレープ。それを一つバケツリレーみたいにユイトに回し、もう一つを取った。
「ハルカ。こっちも回せ。必要だろう?」
そういって彼が渡してきたのは木のカップ。手にハチミツ酒の瓶を持ってニヤリと笑う。
途中で何か買ってると思ったんだよね。これだったのか。
ユイトにもカップを回して、アディが次々にお酒を注いでいく。全員分が揃ったことを確認して、三人で目を合わせた。
「「「乾杯!」」」
カップを合わせて同時に一口。実のところ、お酒は初めてだ。飲み会の場に行く機会も無かったし、一人で飲もうとも思わない。
ハチミツ酒は華やかな香りがして甘いけど、少し苦いような酸っぱいような不思議な味がした。ユイトも飲み慣れてないのか、目を白黒させている。
「お酒って結構酸っぱいんだね。ハチミツだからもっと甘いかと思った」
「オレもだ。けっこう苦い」
「お子様二人組だな。飲み慣れればウマくなるぞ。たまには酔うのも気持ちが良い」
そんなものなのかな? ユイトと首を傾げながらハチミツ酒を飲む。
お行儀は悪いけど、片手にクレープ、片手にお酒。はむっとクレープを噛むと柔らかな生地の中から炒めたベーコンとキノコが溢れて来る。飛び出しそうになったそれを上手く口の中に押し込んだ。
塩がしっかりきいて体に染みる。さすがに冷めちゃってるけど、それでもベーコンの香りとジューシーな脂身、キノコの歯ごたえはシャキシャキとして、バターの濃厚な味が舌の上で溶ける。
ううっ。やっぱり町のご飯は美味しいっ。
「明日は食料を買ったら王都に向かおう。」
アディの言葉に私とユイトは口いっぱいに物を詰め込んだまま、頷いて答えた。
その夜、隣の部屋で重い物音がした。
寝ていた私は驚いて起き上がり、慌てて右隣の部屋――ユイトの部屋に向かう。そして廊下で反対側から来たアディと合流し、開け放たれたドアの向こう側を見て悲鳴を上げた。
「――ユイトッッ!!!」
窓が開いたその部屋に、彼の姿は無かった。
荒れたベッド、倒れたサイドテーブル。羽織っていた筈のマントは床に落ちて、冷たい風が部屋に吹き込んでいた。
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