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28.レディルボードの町<後編>


門をくぐり、町に足を踏み出そうとすると、後ろを歩いていたユイトの手が腕に触れた。


「……ハルカ」

「ユイト、どうしたの?」


いつも力強く感じる彼の手が震えてる。大きな体を小さくして、顔色は真っ青だ。

人が多いから緊張してるのかと思ってたけど、この様子はそれだけじゃなさそう。

イベドニ村の時と違って門番さんに何か言われた訳じゃない。むしろ、周囲には獣人さんが多く歩いているし、毛を赤茶に染めたユイトが目立ってるようにも見えない。


「何かあった?」

「い、いや。……すまないっ。何でもない」

「でも、ユイト震えてるよ」


見上げた彼の額には脂汗が浮いている。ここまで具合が悪そうなのは初めてだ。

拭いてあげたいけど、私の身長では難しくてそれがもどかしい。彼は口元を押さえながらハァハァと荒い息を吐いて、新緑の瞳には薄く水の膜が張っている。

ユイトが噛み殺した声をぼそりと吐き出した。


「……ハルカ。手を、繋いでくれないか?」

「それは勿論良いけど」


ギュッと縋るように握られた手。大きくて力強いのに、なんだか弱々しく感じて心配になる。握った手を両手で包み込んで何度か柔らかく撫でる。

そうしていると、少し落ち着いたみたいで、彼はホウっと大きく息を吐いた。


「もう大丈夫だ。行こう」

「うん。分かった。また具合悪くなったら言ってね? 病気かもしれないし」

「……病気じゃない。少し、嫌なことを思い出して。それだけで」

「そう……なんだ……」


私は彼の重苦しい声に何も返せなかった。


(もしかして、この町で、何かあったの?)


思っても、それを口に出す勇気がない。

私たちを何も言わず見つめていたアディは怜悧な瞳をより鋭く細めて、視線で行き交う雑踏を指した。


つられて私もそちらを見る。

さっきと何も違わない。普通の光景だ。

整った街並み。人や、耳が生えた獣人さんたちがざわめきながら通り過ぎていく。元の世界みたいに綺麗ではないけど、イベドニ村よりは活気があるし、道行く人の服装も少しだけ小奇麗だ。

私はまるで道にでも迷ったみたいに景色を見回し、そして、ようやく気が付いた。


元気そうなのは人間だけ。

獣人さんたちは皆、ユイトや辺境の村の人みたいな粗末な服を着て、そして――


全員が、首輪を付けていた。


現代人の感性がぞわりと総毛だつ。理解できないものを見たような。「許されない」と、そう教育されてきた価値観が悲鳴を上げる。


「ねえ。アディ……これって」

()()()()()()()。王都はここより悪いぞ」


――『獣人に首輪もさせてねぇんか?』


イベドニ村で最初にそう言われたヤニクさんの言葉が脳裏に響いく。そう、この王国の常識はこれなんだ。私は繋いだ手にぎゅっと力を込めた。



それから、宿に部屋を取って、私達は傭兵ギルドに向かった。

歩いている間、目立って酷い態度を取られる事はなかったけど、代わりに嫌な光景は頻繁に目に入る。直接向けられない悪意ってこれはこれでタチが悪い。


――ガコン、と建て付けの悪い木の扉が開く。


傭兵ギルドはまるで西部劇のバーみたいだった。

木製の狭い室内に筋骨隆々の店主らしき男性。お客さんもガラが悪そうな人ばかりで、使い込まれた鎧を着てジョッキで酒をガブガブと飲んででいる。正に荒くれ者の酒場だ。


明らかに浮いている私はアディにくっついて店内に入る。ユイトも私と手を繋いでるし、まるで電車ごっこでもしてるみたい。

アディは明らかに嫌そうにしてたけど何も言わなかった。こういう所は本当に優しいんだよね。

お団子状態の私たちをニヤニヤ見てる店主さんの前で、彼は袋の中からグロテスクな黒い塊を五個取り出しカウンターに置いた。


「町の周辺で魔獣化した地割熊(グランドベアー)が出た。情報共有と報奨金を貰いたい」

「……何だって? これが、全部……? 確かに、この泥は魔獣化固体、討伐部位も間違いない。分かった、手続きをしよう。他にはあるか?」

「他に俺が持っているのは王都の依頼だけだな。……お前は、何かあるか?」

「え、私?」


急に話を振られて素っ頓狂な声が出る。アディだけが何かすると思ってたから、まさか私に関係あるとは思ってなかった。焦る私にアディが続ける。


「魔獣は放置すると町にやってくるからな。討伐すれば報酬が出る。討伐部位は持っているか?」

「……倒しはしたけど、全然知らなかった」

「だろうな」

「あ! でも、そうだ。ちょっと私のカバン貸して」


不思議そうな顔をしてるアディに、カバンを出してもらって中身を探る。


(あった!!)


探してたのはイル様に服を貰った時に一緒に付けてたイヤリングの片方だ。邪魔で外しちゃってたんだけど、これをついに使う時が来た。

実のところ私とユイトは無一文。取ってもらった宿の支払いをどうしようか、最悪肉で現物支給とか色々考えてたんだ。


ここで買い取って貰えればお財布事情は解決。

イル様には悪いけど、あの時にアクセサリーまで思い浮かべた私、グッジョブ!

金色にキラキラ輝く石はきっと二束三文ってことは無いと思う。

コロンとイヤリングをカウンターの上に置いた。


「これ、換金できないですか?」

「宝石!?」

「宝石だと!?」


出した瞬間、ギルドの強面のオジサンとアディが目を剥いて叫んだ。

周囲の強面のお客さん達までザワザワと騒ぎ出してちょっと怖い。


(ーーあれ? まずかったかな?)


恐る恐るアディを見上げると、ちょうど彼が店内の人たちを睨み付けた所だ。

アイスブルーの瞳がまるで剣を抜かれたみたいに冷たく光って見える。私の方を見ていた視線はあっという間に散らされて、代わりに「赤髪だ」「血濡れの赤髪だ」と、囁き合う声が広がっていく。血濡れだなんて随分と物騒な。

アディは気にもしてないみたいで、何事も無かったみたいにカウンターに向き直った。

店主さんがゴホンと一つ咳ばらいをする。


「すまねぇな、驚かせて。それにしても、どこで手に入れたんだ? 見たところ貴族のお嬢さんみたいだし、疑ってる訳じゃないんだがね」

「えーと……、ずっと持ってたものなんです。価値はよく分からないんですけど」


嘘は吐いてない。私が異世界に来てからずっと持ってたものだし、イル様の魔法で虚空から生えてきた、なんて言うよりはずっとマシな説明だ。

アディと店主さんは手に取る事も躊躇するみたいで、微妙な距離でイヤリングを吟味している。


「ハルカ、装飾品は庶民は手に入れられない高級品だ。装飾品である時点で安物は存在しない。最低でも金貨の取引になる。こんな所にそんな大金は置いてないぞ」

「うーむ、そうだな。赤髪の言う通りだ。王都にでも行かないとマトモな鑑定はできないし、うちで買い取っても正規の金額は出せない」

「俺も王都で換金すべきだと思うが、そんなに売りたいのか?」

「うん。そんなに沢山お金が欲しいって訳じゃないし、ユイトのマントと服も一式揃えたいんだ」


この世界で貯金したって使い道もないしね。

深い意味は無いんだけど、ユイトが抗議するみたいに腕を引いた。彼が小声でこそこそと耳打ちする。


「(ハルカっ。そんな高価なものを売ってオレの服を買うなんて)」

「別に大したものじゃないし、ユイトにはお世話になってるから気にしないで。というか、命も救ってもらってるので服じゃ少ないくらいだよ」

「まあ、確かに酷すぎる格好だしな。そこは同意する」


ユイトはまだ不安そうにしてたけど、アディも賛成したことで意見は纏まった。地割熊と一緒にイヤリングを渡して一安心だ。



ジャリンと皮袋に入ったお金を握れば、ズッシリと重い感触。

中身は銀貨五十二枚。物価は分からないけど服が買えない程じゃ無い筈だ。お金を受け取り終わって私達は傭兵ギルドを出た。

アディは袋に入れてくれるって言ったけど、皮袋に入った銀貨なんてロマンすぎる。せっかくなら買い物の間だけでもこのジャラジャラ感を楽しみたい。

なんて。

初めて持った皮袋にうきうきしていると、ドンっと通行人にぶつかってしまった。

私は慌てて頭を下げる。


「すみませんっ! 私の不注意で」

「いえ、ごめんなさい。僕が避けなかったから」


そう答えたのは小柄な獣人さん。私より少し背が高いくらいかな。耳が尖ってて、長くて細い尻尾が揺れている。薄い金の髪と青い目。細い体に大きい首輪が重々しい。

ユイトが息を呑む声が聞こえた。


「ぁ。し、シス……?」


その声を聞いた瞬間、シスと呼ばれた彼は目の色を変え、牙を剥き出しにして、ユイトの服を掴んだ。


「――ユーウィトッ!! テメェ、こんな色なんか染めても誤魔化されねぇぞ!」

「ご、ごめん。オレは」

「一人で逃げやがってッ。よくも顔が出せたな!?」


体格差があるのにユイトはされるがままだ。噛みつきそうな勢いで食い掛かるシスを引き剥がす様子も無い。慌てて私が間に入ろうとすると、通りの先から低い怒号が聞こえてきた。


「遅ぇぞシス(六番)ッ。何やってんだ! 直ぐ来いって言っただろ! 仕置きされてぇのか!?」

「――ぐうっ!」


途端に、シスは呻き声を上げて蹲る。胸を押さえてハァハァと苦しそうに息を吐く。

それから射抜くようにユイトを睨み付けた。


「絶対に……許さねぇからなッ」


そう言って、胸を押さえたまま転がるように走っていく。

ユイトと私は、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。


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