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26.魔法が使えない!?


どれだけ頑張っても――

いや、頑張るほどに、私は自分がどうやって魔法を使っていたのか分からなくなってしまった。

体の中の魔力は感じるのに思うように動いてくれない。ナイフに込めようとしても拡散するばかりで、発動しない呪文が力無く零れ落ちる。


こんな所でボンヤリしてる訳にはいかないのにっ。

ユイトとアディはもう戦ってるんだ。森の向こう、激しい魔法のぶつかり合う音が響いてる。


(魔法が使えなくても、きっと何かできることがあるはず!)


私は自分を叱咤して走り出した。


先行したアディとユイトに追いつくと、既に一頭は倒されて残りは四頭。けど、思ったよりも苦戦してる。

土魔法を使う大熊、地割熊(グランドベアー)

二メートルを超える巨体。黒い泥に覆われて、爛々とした目を赤く光らせた姿は間違いなく魔獣化してパワーも上がってる。


グォオオオオオ!


咆哮と同時に地面から無数の鋭い岩が飛び出した。

一頭の咆哮に続いて二頭、三頭。連続して違う場所を起点に魔法が発動。次々に足元が破裂する。

地割熊の魔法は他の個体も容赦なく切り裂いたけど、狂った熊は止まらない。体を引き裂かれながらユイトとアディを爪で狙う。

二人は素早く地面と爪の攻撃を避けながら攻撃を叩きこんでいく。


――私はそれを、震えながら見つめていた。


手元のナイフは光を失ってシンと静まり返っている。

私には何もできない。出たら、また、前で戦う人を犠牲にしてしまうかもしれない。でも「何かしなきゃ」って焦りだけが頭の中でぐるぐると回ってる。

後退った足がカサりと枯葉を踏んで、振り向いたアディと目が合った。


「おい、何をしてる! 戦闘中に強化を解除するなッ。死にたいのか!?」

「ま、魔法が使えなくて!」

「なら引っ込んでろ! 巻き込まれるぞ!」

「安心しろッ。ハルカの方には行かせない!」

「でもっ!」


アディの剣が一閃、電撃が真一文字に走って一頭を倒した。同時、ユイトのナイフが別の熊を十字に切り裂く。

熊は私を弱点として認識したのか、残った二頭の赤い目が全てこちらを向いている。逃げようとしてもゾクリと走った悪寒に足が竦んでその場から動けない。熊は二人を無視して私の方に向かって来た。


「――嫌っ!!!」

「ユイト、左を!」

「分かったッ」


迫り来る一頭の前に燃えるような赤が翻る。再度の咆哮。足元が揺れ、私は思わず後ろに倒れ込んだ。それを狙ったかのように、魔法で生み出された岩が射出される。


ゴガンッ!


響いたのは岩が割れる重い音。ユイトに蹴り砕かれたそれが、欠片になって体の上にバラバラと落ちた。


「俺たちが守るから大丈夫だ。そこにいてくれ」


緑の燐光を纏った彼が微笑む。そして、瞬時に踵を返して魔獣の方へと駆けていく。過る長い尻尾が残像のように映った。


(――私は、何もできない。)


それからしばらく。

戦闘が終わるまで、私は戦場を見つめながら一歩もそこから動くことができなかった。




「……クソッ。ここ最近の出現率は高すぎる。黒の森でもない町の近くでこの有様か」

「森の中より多い。地割熊の群れを見たのは初めてだ」


倒し終えた魔獣の残骸をアディが雷撃で焼却していく。作業を終えた場所には灰がこんもりと山を作って、黒いベタベタはもう残っていなかった。二人は腕で汗を拭きながら、各々の武器を鞘に収める。同時に体から魔法の燐光は消え、疲労の色が濃い横顔が木漏れ日に照らされていた。

私はようやく体に力が戻った気がして、慌てて起き上がりスカートに付いた砂を払う。


「あ……その、お疲れさま。怪我とかない?」

「オレは大丈夫だ」

「俺の方も問題は無い。……それよりお前だ。何だ? 魔法が使えなくなったというのは」

「……それが――、」


ユイトの前では言いづらい。でも、言わない訳にはかない。ぽつぽつとあった事を話すと、アディは溜息を吐き、ユイトはギリッと歯噛みをして私の手を取った。


「すまない、ハルカ……オレが守りきれなかったから」

「違う。私が、足を引っ張ったの」


ユイトは私を守ってあんな酷い怪我をした。

でも、大神殿まで行きたいって彼を連れ出したのは私だ。魔獣や魔物が歩き回るこの世界で、守られてるだけなんて足手まといと変わらない。

アディは王都までは一緒に来てくれるって言ったけど、その先は? ユイトだけに戦わせるなんてできないっ。


「私、町に着いたらアディみたいな剣を手に入れる。それなら魔法が使えなくても、きっと戦える」

「……無理だな。魔法も使えない人間が武器の力だけで街の外に出るのは自殺志願と変わらない」

「だって! 私は大神殿まで行かないといけないのっ。だから、戦えもしないままなんてできないよ!」

「オレは最後までハルカを見捨てたりしない」

「でもっ」

「守ったつもりで自分が倒れてるバカ犬に発言権は無いだろうな。またお前が先に倒れたら、ハルカはどうなる?」

「ぐっ」


ユイトが下を向いて拳を握る。何も言えない私たちにアディは背を向けて、――それから、拾った何かを私に向かって投げつけた。


「何!? これは……枝?」

「魔法は使えなくなった訳じゃない。単に、魔物にやられた記憶が足枷になって上手く発動できないだけだ。歩いている間、これに付与をかけ続けろ。戦闘時に関わらず、息をするように魔法を使えるようになれば戻る」

「……そ、それなら使い慣れたナイフの方が」

「歩きながらナイフを構え続ける人間に、後ろに立たれたいと思うのか?」

「う。そう、だよね……」


貰った枝を握りしめて慎重に魔力を込めてみる。さっきは混乱して感覚がバラバラになってたけど、落ち着いて見ると、なんとなく魔力が不安定に揺れている気がする。

枝の方も切れかけの電灯みたいに、頼りなさげに光っている。


(この光景、見たことある)


私が魔法を練習し始めた時と一緒だ。あの時、付与魔法はすぐに成功して、それから失敗したことなんて無かったんだけど……うん。三歩進んで五歩くらい戻っちゃった感じだ。


「ねえ、本当に戻ると思う?」

「俺は嘘は言わない。実際、戦闘に入る前までは使えていたんだ。無駄に考え過ぎる事さえ止めれば、すぐに戻るだろ」

「そうかなぁ……別にそこまで考えこんでないと思うけど」

「考え過ぎてる人間ほどそう言うんだ」


鼻で笑って、彼の骨ばった手が私の頭に伸びた。

一瞬、髪のてっぺんにちょっと触れたかなって感触。ふと彼の方を見るとなぜか固まって、それから慌てて手を下ろした。


(これって、励ましてくれた……のかな?)


ふわりと胸の中が温かい気持ちに――

なったのも束の間。ユイトの腕が私を引っ張って、ぼすんと彼の胸に体が収まる。彼はぎゅっと私を抱えてガルガルとアディに唸った。


「ハルカに触るな赤髪っ」

「誰が触った!? 俺は何もしていない。お前が自分を客観視しろ。このバカ犬!」

「オレは犬じゃない」

「俺も赤髪と呼ばれるのは嫌いだ」


さっきまで共闘してたのにアッという間にこの有様だ。頭の上でぎゃんぎゃん言い争いをされると耳に響く。

というか、百五十二センチの私。それが二メートル近いユイトに掴まれて、百八十以上ありそうなアディに迫られてますとね。

もう圧迫感が半端じゃないッ。


「あつっっっ苦しい!!! 喧嘩そこまでっ」


もぞもぞと腕から抜け出して二人を引き離す。アディは不満顔、ユイトは尻尾を丸めてしょんぼりしてる。かわいそうだけど、先にやったのは二人なので同情の余地は無いのです。


でも、二人のおかげかな。あんなに落ち込んでたのに元気が出てきた。

よしっ。ちゃんと気持ちを切り替えて練習しないとね!

それはそれとして……


私はアディに向き直って手を差し出した。彼の赤い髪が風に靡いて、アイスブルーの瞳が私を写す。少し驚いた顔をして、それから、彼の手が私の手に重なった。大きな手をぎゅっと握りしめる。


「励ましてくれてありがとう、アディ! 私、がんばるね!」

「……まあ、好きにしろ」


私は感謝の気持ちで一杯なのにアディはクールな対応でふいっと視線を逸らす。もうちょっと感動を分かち合ってくれても良いと思うんですけどね?

ただ、握った手だけはそのままで……。戦闘が終わったばかりだからかな。少し、熱いような気がした。


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