22.アディ先生の魔法指導<前編>
前編:12時頃公開 後編:20時頃公開
皆の前で思いっきり宣言した私の背中に、ユイトがぎゅっと抱き付いた。
濡れた髪に擦りつける勢いで鼻を埋めて、ぬいぐるみにでもなった気分だ。彼の腕をよしよしと小さく撫でる。
「……ありがとう、ハルカ」
「単に私が我慢できなかっただけだよ。ユイトは大丈夫だった? その……急に皆の前で目立たせるようなことしちゃって」
「驚いたけど……うん。良かったと思う」
腕から解放されて振り向くと、少しだけ泣きそうに目が潤んでいた。
でも、スッキリしたみたいな爽やかな表情だ。
私が村長さんの願いを聞いてあげたいって気持ちでユイトを巻きこんじゃったし、その間ずっと嫌な目で見られるなんて申し訳なさすぎるもんね。
遠くで傍観者を決め込んでたアディがようやく合流して隣に並ぶ。
「なかなか愉快な催しだったな。気は済んだのか?」
「済みましたよ? ちゃんと謝ってもらったしね。別に心の中で何考えてたって良いけど、外面くらいは取り繕って貰わないと。私、イライラしながら人の為に頑張れるほど人間できてないの」
「ハハッ、それは違いない。ハルカ……だったか。お前、面白い考え方をするな?」
「そうかな。普通だと思うけど」
接客業だし。真っ先に指導されるのは笑顔。心の中では当然ムカついてる時もあるけど、それをわざわざ顔に出したりしない。それが社会人ってもんじゃない? 異世界の常識は知らないけど。あからさまに機嫌悪い社員さんとかいる時ってモチベ下がるもん。職場の雰囲気は大事なのです。
「よし! 気になる事は片付けたし、治癒魔法を頑張りますか!」
「ちょっと待て」
「ん?」
アディに肩を掴まれて、歩き出そうとした体が後ろにひっぱられる。何かと思って振り返ると、彼の体から赤色の燐光がフワリと漏れた。
「――《水分抽出》」
詠唱と同時、びしょ濡れだった私の服や髪から、雨を逆戻しみたいに水滴が浮かび上がって中空に水の玉を作る。そして、ある程度乾いたところでその水球を地面に払った。落ちた場所の土がびちゃっと濡れる。
「すごいっ。こんな魔法あるの!? 助かる~っ」
「治癒魔法を教えるにもズブ濡れの人間を相手にするのは気が散るからな。しかし……まさか、ドライの魔法も使えずに水を被ったのか?」
「笑わないでよ~っ。勢いでやっちゃったんだから仕方ないでしょ! もう、治癒魔法、始めるから! 村長さんっ」
「は、はいっ! では最初に私をお願い致します。この老いぼれ、何があろうと悔いはありませんッ」
えーと。もしかして、人体実験の志願者みたいに思われてる?
村長のゴーチェさんが服を捲るとさっき見たばかりの傷の痕。治癒魔法をどう使ったかは分からないけど、取りあえず傷口に手を伸ばしてみる—――
と、
その手をアディに掴まれた。
「どうしたの?」
「一応聞くが、他人に魔力を流した経験は?」
「……えーっと。言い辛いんですけど、それって何?」
彼がいかにも呆れたとでも言いたげに特大級の溜息を吐く。
ちょっと酷くないですか!?
私だってなんで治癒魔法なんで使えたのか分からないんだから。応用編みたいなことを言われても困る。
掴まれた手をギュッと引いたら、逆にキッチリと指を絡めて握られ、私は悲鳴を上げた。
瞬時に顔が真っ赤になる。
「ちょっ!!!! 何するのっ」
「おい、赤髪ッ。ハルカに何してる!」
「お前らぴーぴー騒ぐな鬱陶しい! 誰が好き好んでやるかッ。治癒魔法の補助だ! 魔力を他人に流すには繊細な調整が必要だ。俺が中継に入って負担を肩代わりする」
「え、そんなことできるの?」
「やりたくはないが、素人に病人を量産されるよりはマシだからな」
私と恋人繋ぎをしたアディは憮然とした表情で村長さんの前に膝を付き、その傷口に触れる。ゴーチェ村長も私が触ろうした時より少し安心した顔だ。むぅ……解せない。
「ねぇ、治癒魔法ってそんなに危険なの? そんな危なそうに見えないけど」
「ハルカ様、信心が足りなければ治癒の奇跡は成されず、原因不明の病になると私も聞いたことがあります」
「ありがちな治癒の部位や出力のミスだな。新人の練習台にされたって所だろ」
(なんて身も蓋もない話っ!)
村長さんもビックリだ。それは納得したけど、
「で、でもっ。こんな恋人繋ぎ……じゃない。ガッチリ手を繋ぐ必要はないんじゃない?」
「治療中に手が離れたら魔法が中断されるぞ。絶対に離さない保証ができるなら構わんが」
「――ハイ。失礼しました」
「分かったならとっととやるからな。俺の手に魔力を流してみろ」
しおしおとなってしまった私は、大人しくアディに従って頷いた。
(この世界の魔法って結構複雑……)
はぁ。なんだか自信喪失だ。彼と同じように座って、魔力を繋いだ手の平に集めてみる。そして、武器強化と同じ要領で魔力を押し込む。
これで良いのかな? またアディに怒られるんじゃ……。
そろそろと彼の方を伺うと、想像とは裏腹に見開いた氷の瞳がキラリと煌めいた。
「……使い方はめちゃくちゃだが、質が良い魔力だ」
「え、それって褒められてる?」
「褒めてはいない。使い方は最悪だ」
「ちぇー……」
褒めてくれたのかと思ったのに。
一度魔力を流してみると、まるで彼と魔力を通して一つになったみたい、アディの感触を近くに感じて、彼が何をしているのか自分の事みたいに分かる。
私の中の温かな魔力が川のように流れていく。
白い光と金の燐光が混じり合って波みたい。それを彼が柔らかく汲み上げて、緩く塗り拡げるみたいにゴーチェさんの方に流す。
傷口の深さや引き攣った皮、そういうものを細かく認識して魔力で優しく補っていく、繊細で、優しい手つきだ。
言葉遣いは荒いのにね。
「でも、これって私がいる意味あるかなぁ」
「ある。俺には治癒魔法適正が無い。あくまでお前が魔力を使う補助をしているだけだ」
「……だけっていうか、怪我に合わせて調整したりしてるのはアディだよね?」
「驚いた。分かるのか」
「分かるよ。自分の魔力だし」
「聡いのか鈍いのか判断し難いな」
いちいち棘があるんだから。イル様に使われた時は分からなかったけど、今回はちゃんと自主的に流してるし、使い方にも慣れたからね。
これが成長ってやつです。
ユイトが心配そうに私の空いている方の手を握った。
「……ハルカ、大丈夫なのか」
「心配してくれてありがとう。私は大丈夫。というか、実際何もしてないからむしろ無力感で落ち込みそう」
私の役割ってほぼ魔力タンク扱いなんだよね……はぁ。
それにしても、三人で手を繋いで、なんだかおかしな格好になってる。ちょっと笑っちゃいそう。
「……オイ、魔力に集中しろ」
「すみませんっ」
反射的に言葉が口から飛び出していく。これはまるでバイトの初日だ。ユイトの手を離し、改めて魔力を送る事に集中した。
金と白の魔力が染み込むたびに徐々に、徐々に、村長さんの傷口の抉れた肉が盛り上がり、皮が綺麗に張っていく。
そして、ふわりと一度光が強く瞬いた時には、傷口はつるりと何事もなかったかのように綺麗な皮膚があった。
村長が静かに涙を流して、ワッと村の人が歓声を上げる。
「……おお。なんという奇跡っ。ありがとうございますハルカ様、アーディエント様!」
「礼は良い。もたもたしてたら幾ら時間があっても足りん。軽傷の人間から並ばせろ」
「はい! 仰るとおりに!」
村長さんは涙声でそう答えた。
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