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18.治癒魔法


ーー現場に近づく程に、悲鳴と獣の唸り声が大きくなる。


子どもが泣いている。母親らしき人がその子の上に覆い被さって、男性が震えながらクワを狼に向かって振り回す。

着いた瞬間、私は彼らの前に飛び出した。


「ユイトッ! 怪我人を運んで!」


叫んでナイフを振るう。

成功した不意打ちで一頭が土の上に倒れていった。彼なら怪我人や逃げ遅れた人を早く安全な場所に運べるだろう。

その間、私は狼をここで引きつける!


グレイウルフは残り十頭。見たところ魔獣化はしていない。

腰が引けそうになるのを叱咤して、私は必死で大地を踏みしめた。見慣れているとはいえ単体を十回ならまだしも、同時に相手取るのは私一人では分が悪い。


(でも、やるしかない!)


彼ならすぐに仕事を終えて戻ってきてくれる筈だ。それまでの間、耐えるだけだと思えばいい。


冷静に後ろに飛び退って狼の群れから距離を取る。

絶対に勝てる時以外は無理をしない。これが戦闘の鉄則だ。なるべく視界に狼を全て収めて、自分を守る事に集中する。

いきなり飛び出して来た私に狼は警戒してるから、すぐに襲いかかってくることはないだろう。


回り込もうとする数頭をナイフで牽制しながら、視線は固定しないように、視界から常に外れようとする狼たちを警戒する。


――シュンッ


飛びついた狼に向けて右に、左に、光の軌跡が走る。強化されたナイフが飛びついて来た二頭を簡単に両断した。

魔法で強化された私のナイフに鍔迫り合いという概念は存在しない。顎でも牙でも、ゼリーより簡単に切り裂ける。


(よし、いけるっ!)


「ッッ!!!!?」


切った狼の背後にもう一匹!?

光の向こう側から現れた灰色の影に、思わず目を瞑って顔を背ける。庇った両手に衝撃は来ない。

その瞬間、見慣れた大きな影が私の前を遮った。


「待たせたッ! 人間は全員避難させた!」

「――っ。ありがとユイト!」


見回せば残りは五頭。

流石ユイトだ。

追いつくと同時に三頭が地面の上に倒れている。


(……最後まで気を抜かず、安全を第一にっ)


並ぶように前に出てナイフを構え直す。


――と、


ギャア ギャア ギャア ギャアッ!!


急に前方の森から、けたたましい羽音と鳴き声が響き渡った。森から無数の鳥が激しく飛び立ち、狼が、弾かれたように逃げていく。


次いで、ズゥン、ズゥゥゥンと重い、重い、

ナニカの、足音――


「これ、なに……?」

「時間を稼ぐ。逃げろ、ハルカ」


緊張した彼の声。ユイトがマントを脱ぎ捨て、牙を剥いて、森の向こうを睨み付けた。


私は、咄嗟に動けなかった。


(――え、何? 逃げろ? ユイトを、置いて?)


そして、反芻する間に、森からは黒いヘドロが溢れ出し、びちゃびちゃと不快な音を立てて吹き出した。


オオオオオオォォォォォオオ!!!!


恐ろしい咆哮と共に見上げるような巨人が姿を現す。

ううん。巨人というには余りに造形が歪で人間にはとても見えない。爛々とした目は赤く、頭から黒いヘドロに包まれて肩との境目は分からない。腕らしき物は太く、長く、地面にまで届いている。その手には、痛々しく根元から引き抜かれた木が――

体格の割に俊敏な動きで、怪物はそれをブンと振り回した。


「ハルカッ! 早く!!!」


彼が駆けて怪物を引きつける。私は我に返ってナイフを構えた。


(援護をッ!)


――でも、何を?


見上げて呆然とする。ヘドロに塗れた巨大に飛びかかるユイトは余りに小さく、無力に見えた。私の手の中にあるナイフは包丁サイズで、いくら当たれば切り裂けるといっても何十メートルもありそうな巨体に刺してどうにかなるとは思えない。


(全力で魔法を撃つ?)


いや。ここは村だ。家がある。人が居る。それに、彼は巨体に取り付いて戦ってる。もし、逃げおくれて……直撃したら?

嫌な想像に全身が冷たく凍っていく。


(もしかして、私には、なにも……できないの?)


魔法が使えるようになって、私は戦えると思ってた。なのに、見上げた本物の怪物の前ではそんな自信は紙屑より脆くて、残酷な事実の認識に、はくはくと口を震わせることしかできない。


ーー心臓が煩い。視界がぐらりと揺れるている。


彼が大木を避けながら俊敏に飛んで、その度に煽られた風がブワリと髪を撫でた。


「ハルカッ!!!!!」


声が、どこか遠く聞こえる。


瞬間――

大木と反対側から繰り出された大きな拳が、ユイトを吹き飛ばした。


「おぶっ」


ボグリ、と鈍い音。大きな音ではないのに、それがやけに響いた。

彼の体が小石のように舞い上がり、一度、バウンドして、目の前に落ちる。彼はピクリとも動かない。

半開きになった口から、ごぶりと、赤黒い血の塊が溢れ出した。


「……ゆ、いと?」


彼の隣に膝を付く。乱れた髪で綺麗な緑色の目が見えない。でも、私はそれを見る勇気がない。


「お、起き……て?」


ただ無力に体を揺する。意志の力を感じないソレはズシリと重く、まるで――

解体を待つ、ただの、肉のようで。


「……う、そ。嘘っ。嘘。嘘ッッ!!!」


私は彼の体に縋り付いた。

真っ赤な血はもはや疑いようもない程に至る所から漏れ出して、地面に血だまりを作っている。


「やだ。ヤダヤダヤダ! 死なないでッ。一人にしないでっ!」


ただボロボロと涙を溢しながら、闇雲に彼の服を引き、温かい筈の胸に頰を寄せる。まるで生のカケラを掻き集めるように、体を手繰る。


そして重なり合う私達の真上に、ズゥンと重い音を立て、黒い影が落ちた。


地面の赤にぼたり、ぼたりとヘドロが垂れる。

世界が割れるような怪物の咆哮と共に、また、びょうと風が舞い上がった。


「ユイト、お願いっ! 目を開けて――ッッッ!」



――叫ぶと同時、全てが白く塗りつぶされた。



熱い。心臓が灼けそうに熱を持ってる。


体から溢れ出した白い光は金色の燐光を伴って、炸裂した花火のように降っている。

体の中の魔力が抜け落ちていく馴染んだ感触。それに、これが自分の魔法だという事を理解した。

そして、いつもなら小出しにするよう制御するところを逆に、思い切り手を翳して、押し出すように中から絞り出す。


(お願いっ。これが治癒魔法なら、彼を助けて! イルシェイム様ッ!!!!)


同時、燐光が指向性を持って彼の体に吸い込まれてていった。


ーーそして、カッと光が一際強く輝く。


光が収まったその後には、痛々しい血も、黒いヘドロも、全てがかき消され、何事も無かったような彼の横たわった姿だけが残された。


「……ぅ」

「ユイト!」


彼が呻いた。睫毛が震え、まだ覚束ない視線が私を見上げている。


(生きてる!)


振り向けば怪物は花火に目を焼かれて呻きながら立ち尽くしていた。


私はそれに手を翳す。

視線に力があるなら、それだけで怪物を切り裂けるかのように、目の周りにバチバチと火花が弾けている。


今にも光線を放つかというその時、誰かの手が、私の肩を叩いた。


「――おい女、そのまま動くなよ」


男性の声に炸裂しかけた魔力が霧散する。

怪物の向こうにある民家が、人が、ブレて映った。


そして――

風が、隣を通り過ぎる。紫色の燐光を纏った人影が、黒い怪物めがけて跳躍した。


「切り裂けッ――《雷刃(サンダーエッジ)》!!!!!」


――轟音。


天から降ったような巨大な落雷。それは怪物を真っ二つに引き裂いて焼き焦がした。ズゥンと重い音。巨体が地面にゆっくりと倒れていく。


(助か……った……)


張り詰めていた緊張の糸が切れ、急激に視界が暗くなる。

遠くなる意識の向こうで赤い、赤い髪が靡いていた。


毎日投稿がんばります!


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