16.辺境イベドニ村<前編>
前編:12時頃公開 後編:20時頃公開
「ねえ見てユイト! 村だ!」
「ああ。あそこが黒の森から一番近い村、イベドニ村だ」
ユイトの小屋を出て数日、私達はようやく丘の向こうに民家の影を見つけた。
ルートは聞いてたけど、実際に歩くとなると、これが大違い!
黒の森を抜けて、草原を通り、川を辿りながらまた別の森を抜けて……。
大変だったなぁ……何日かかったんだっけ?
途中から気が遠くなってよく覚えてない。
魔獣も出たし、獣にも襲われた。
休みながら来たとはいえ、もう現代人の体力は限界だ。
(なんであの森が「黒の森」なのか、嫌ってほど分かったよ)
灯火草から離れて以降、何度魔獣に襲われたことか。
あの黒いドロドロが沢山いるから黒の森、単純明快だ。
私も、もう一回抜けろって言われたら断固拒否したい。
(ビームで道を作っちゃう案もあったんだけどね……)
極少であったとしても、人間がいる可能性がある方向に撃つのは私の良心が許さなかった。
おかげで戦闘には慣れたし、もう「いつもの魔獣ですね」くらいの感覚だ。異世界慣れしたなーって思う。
振り向いたユイトが川沿いの、少し木が密集した場所を指した。
「少しあそこで休んでから行こう」
「さんせ~い。村に行っても休めるとは限らないもんね」
むしろ、石を投げられる覚悟とかした方が良さそうだし。
川の近くに腰を下ろす。
ぐったりとしている私と違って、彼はまだ元気みたいで、背負っていた大きな布を開いて、木製の小箱を渡してくれた。箱の中身はハチミツ。巣の形が残った金色の塊がみっちりと中に詰まってる。端を割って、口に放り込んだ。
「ん~っ、生き返る~! 甘いものってなんでこんなに美味しいんだろうっ」
薄く白いミツロウでできた巣を噛めば、口の中にじゅわっとハチミツが溢れる。これがたまらない。
異世界だからかな?
なんだか普通のハチミツより美味しい。
――あの日、ユイトが早朝から出かけてたのは、日持ちするハチミツを探しに行ってくれてたからだ。
おかげで私はこうして甘いものを楽しめている訳で。本当に頭が上がらない。守るだなんて啖呵切っちゃったけど、現状お世話のされどおしだ。
「ねぇユイト。ユイトもハチミツ食べようよ」
「ああ……少し、待ってくれ。村に行く前に荷物を整えたい」
彼が持ってる荷物は多い。私のカバンと、果実、ハチミツも入ってたし、干し肉もある。それから、少し前に狩ったばかりの鹿と兎。
その場でしっかり解体して血抜きもしたし、防腐効果があるらしい葉にも包んである。それを、数を数えながら毛皮と一緒に別の布に包む。
「それ、交換してもらうんだっけ」
「できればだけど。話ができるか分からないが、用意だけはしておく」
道中、村に行ったら肉と交換に野菜やパンが手に入れば良いな……って話をしていたんだよね。私たちは肉の方が手に入れ易いけど、村の生活はそうではないらしい。上手くいけば食卓が豪華になるかも。
ちなみに、大変申し訳ないことに私は手ぶら。
最初の半日くらいは自分で持ってたんだけどね……。
体力に差があり過ぎて、もうユイトが持っていた方が逆に早いってことで、甘えている状況です。
荷物の整理が終わった彼は、近くにあった茂みの枝を豪快に何本か折って持ってきた。
「ハルカ、ハチミツもらって良いか?」
「うん。ちょっと屈んで?」
「ん」
両手の塞がった彼は大人しく屈んで口を開ける。そこに、ぽいっと割ったハチミツを放り込んだ。
同じように割った筈だけど、尖った犬歯が目立つ口は大きくて、ハチミツが小さく見える。
ユイトがぴるぴると耳を震わせた。
「うん。甘くておいしい」
「やっぱり甘い物食べると疲れが取れるよね~。そういえばユイト、その枝ってどうするの?」
「ああ。これは実と葉を潰して混ぜると、髪の色を染められる。これでハルカの髪を染めてから村に入ろう」
「そんなことできるんだ! ユイトも染めるの?」
「俺は獣人だから。染めたって扱いは大して変わらない」
「ねぇ……それって、私だけ安全圏に逃がすってこと?」
彼が気まずそうに視線を逸らす。
座って葉っぱを毟り始めたけど、そう簡単にごまかされないからね!
「ねぇ、私、『辛い目に遭う時は一緒』って言ったよね?」
「それは……嬉しかったけど。それとこれとは話が別だ。オレはハルカが安全な方が良い」
「私が嫌って言っても?」
「染めないなら、オレは全力でハルカが村に入るのを止める」
その言葉は頑なで、作業の手も止まらない。
(はぁ……。これは絶対に譲ってくれない時の顔だ)
実際、ユイトに実力行使されたら私は為す術がない。
それに、彼が強く言う時は私の安全を考えてくれてるんだよね……。
無理に意地を張るべきじゃない。頭では理解してる。
でも、なんだかこれって不公平だ。
「わかった。なら、私が村で話をするから、ユイトはなるべくマントを被って隠れてて?」
「ああ。それで良い」
彼が頷く。これが妥協点だ。
私もユイトを守るって言ったんだから、私ばっかり守ってもらうなんてできる訳がない。
特に、こんな綺麗で優しい人を悪い目で見られるとか絶対に認められないよ。
(体力は無理だけど、視線からなら、私だって守れるんだから!)
心の中で息巻いていると、作業が終わった彼が手招きをした。
私はハチミツを置いて、草を山盛りにした彼の前にぽすっと座る。彼が櫛を通すみたいに私の髪を指で梳いた。
「ハルカ、髪の飾り、取っても大丈夫か?」
「もちろん。よろしくお願いします。綺麗に染めてね?」
「う……。綺麗には、できるか分からないが。努力するっ」
真剣な声に思わず笑ってしまった。
ユイトは宝石でも触るみたいに私の髪飾りを取って丁寧に横に置いた。
それから、髪を何度か梳いて、毟った葉っぱと実をグシャグシャと手で揉みながら、頭の上にその粉を落とす。
ーーなんだか不思議な匂いだ。
薬品っぽいような、甘いような。変な話だけど、ちょっと生八つ橋の匂いにも似てる。粉ついてるしね。
彼はそれを丹念に私の髪に揉み込んでいく。
骨ばった手が繊細な動きで地肌を撫でて、指が髪を通る。少しくすぐったいけど、毛先まで神経が通ったみたいで、気持ちが良い。
人に髪をいじってもらうのって、どうしてこんなに気持ちいいんだろう?
時々、両手の指の腹がぎゅっと頭を押してくれるのがまた絶妙だ。ヘッドスパかな、なんて思ってしまうくらい。
向こうの世界ならユイトは美容師にだってなれるかも。
そして、しばらくして。
「――よしっ。綺麗にできたと思う」
ユイト声と同時に、パッと手が離れた。
うーん。ちょっと残念。
振り向けば自信満々のキラキラした表情。きっと綺麗に染めてくれたんだろうな。
頭を振ってまだ残ってる粉を落していると、彼も手伝ってくれた。服は染まってないみたいだから、便利な植物だ。
髪留めを直して、川の水に自分の顔を写してみる。
「……あ! 本当だ! 私の髪、赤くなってる!」
「オレも上手くできたと思う。これでハルカは貴族のお嬢様にしか見えない。すごく、普通だ」
満足げなユイトは尻尾が後ろで楽しげに揺れている。
貴族のお嬢様が普通かは疑問が残るけど、服はイル様に変えてもらった物だしね。相当酷使した筈なのにまだ綺麗だし、立派に見えるのは間違いない。
自分の髪をひと房とってみる。人生で一度もカラーリングなんてしたことなかったけど、向こうの世界の赤毛と似た色。濃い目のオレンジといった感じ。
「凄いね。これって何かの魔法?」
「うーん、どうだろう? オレはこの草を使うと毛が染められる事しか知らない」
そうだよね。原理をよく知らないけど使ってるものって結構よくあるよね。使えれば良いし。
「ありがとう、ユイト。これで村に突撃だねっ!」
「ハルカ、目立たないようにするのが第一だ」
……釘を刺されてしまった。
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