14.大事な話<前編>
前編:12時頃公開 後編:20時頃公開
初めて一人で魔獣を倒した夜――
私はなかなか寝付けなかった。
食欲もあまり沸かなかったし、ユイトも同じようで、なんとなくギクシャクしたままベッドに入った。
(落ち着かないな……)
何度も寝返りして目を瞑ろうとしたけど、いっこうに眠気はやってこない。
原因は分かってる。
でも、それを直視したくない。
(もう、行かなきゃいけないんだよね)
分かっていたのに。
でも、ユイトと過ごした時間は楽しくて……少しだけ、忘れちゃいそうだったんだ。
私はいつまでもここにはいられない。
(日本に帰らなきゃ)
そう、強く思う。
バイト先はクビになっても仕方がないし、部屋に置いて来た物だって諦められる。だって、そういうものって生活に必要だっただけで、なきゃいけないものじゃない。
でも、
――きっとお母さんが心配する。
それは、嫌だ。
女手一つ、私を高校まで行かせてくれた。
いくら一人暮らしでも、一月くらいならまだしも、ずっと連絡が取れなかったらどう思うだろう?
(失踪……、なんて。そんなこと、できないよっ)
それに、やっぱり現代日本で育った私は、異世界で生きていくなんて自信がない。今は森の生活が新鮮だけど、きっとすぐに便利な生活が恋しくなくなる。
(大神殿に行って、イル様に日本に帰してもらう)
その気持ちは変わらない。
目標だった魔法を覚えて、森の生活にも慣れた。
自分の力で歩ける。
だから、いつまでも甘えてる訳にはいかない
(私は、一人で生きていける。寂しくなんてない。怖くない。前に進まなきゃ。いつだって、そうしてきたんだから!)
強く目を瞑って、両頬を叩いた。
――……よしっ。切り替え完了!
これ以上はもう考えない。考え込んでたって勝手に明日は来るし、お腹がすくんだから。
明日の為にも寝るべし、寝るべしっ。
くるんと布団代わりの布に包まって鼻の上まで引き上げる。これがいちばん落ち着くんだ。
見上げれば真っ暗に見えた夜空には、屋根の隙間から月明かりが差し込んでいた。
――コンコン
扉を叩く音。
「はーい?」
「今……大丈夫か?」
「うん。まだ起きてるよ」
いつも外で寝ているユイトが珍しく入って来た。
彼がベッドに腰かける。
しばらく、無言。
何の話をしに来たか、なんて分かってるから、私もじっと彼が口を開くのを待った。
この小屋だけ別の世界になったみたいに、遠くに森のさざめきが聞こえる。彼の尾が、ぱたんと力無く揺れた。
「……もう、行くのか?」
「うん……。私も、いつまでもお世話になってる訳にはいかないから。魔法も覚えたし、自分で食べ物も調達できる。もう一人立ちかなって」
「ハルカ……」
「心配しないで! 森を抜けたら村を探して、それから大神殿を目指すの。きっと、すぐに家まで帰れるよ」
実のところ、本当は、ちょっと怖い。
無事に着けるのかなって不安が、お腹の中に燻ってる。
大神殿まで辿り着けないかもしれない。
辿り着いたって、もしかしたら、もう家には帰れないのかも……。
そんな不安は、沢山ある。
でも、それを顔に出したら、きっと引き止められてしまうから。
私は努めていつもどおりに笑った。
これでも接客業。笑顔で取り繕うのは得意技だ。
「どうしても……帰る、のか?」
「だって、私の家だもの。家には、帰らなきゃ。何も言わずにここに来たから。きっと、家族が心配してる」
「……家族」
彼が押し黙った。
誰かのせいにする私は、きっと凄くズルい。優しい彼が何も言えなくなるのを分かってる。
彼の目に水が膜を張って、キラキラと輝く瞳で私を見つめた。
「ハルカには、家族が、いるんだな……」
「……うん。お母さんだけだけど。優しくて、いつだって私の味方をしてくれたの。だから、心配なんてさせられないよ」
理不尽な叱られ方なんてしたことない。一人で働きながら子育てなんて大変だった筈なのに、いつも、私の話を聞いてくれた。
なんだか、遠い昔の話みたいだけど。
彼は、少しの間天井を見上げていた。
静かに息を吸って、それから、泣きそうな顔で微笑んだ。
「――そうだな。家族は、大切だ。起こして悪かった。おやすみ……ハルカ。無事に家に帰れるといいな」
「ありがとう。おやすみ……」
彼の足音が遠くなる。そして、扉の向こうに消えて、見えなくなった。
大きな背中は逞しくて、一緒に居るだけで安心する。
そんな、人だった。
(ばいばい。ユイト)
――明日、この家を出て行こう。
これ以上ここにいたら、どんどん別れ難くなりそうだから。
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