13.1 on 1
そんな訳で、ついに私の初陣です!
魔法の初成功でコツを掴んだ私はナイフの強化をあっさり習得した。
今まで通り発動に時間はかかるけど、あれから練習では一度も失敗していない。
「絶対できる!」って思うと気持ちも落ち着くのかな。
持続時間も伸びて、もう勝手に消えるような事もなくなった。
「――《武器強化》!」
「ハルカ……いけるか?」
「勿論っ。当たりさえすれば良いんだから。的は大きい方が楽!」
構えたのはユイトが剣角鹿の鋭い角で作ってくれたナイフ。
剣角鹿の角は名前負けで切れ味は鉄製に及ばない。
けど、強化すれば切れ味なんて関係ないし、私にとってはサイズ感が大事だ。
灯火草から離れた森は暗い。
木々が重なり合って陽の光さえ遮っているみたいだ。
足元には折れた枝葉が積もって、倒木が目の前を塞いでる。
――そして、目の前には黒い靄に包まれた獣
以前、私が追いかけられたのと同じ、グレイウルフ。
ただし、大きさは二倍ほど。
生気を感じない濁った目、足元から湧き出すマグマみたいな黒い靄、体も歪に肥大して、別のナニカに変貌している。
ユイトが構えた。
「あの黒い靄……魔獣化してる。気を付けて」
「ちょっと気持ち悪いけど大丈夫。一匹だし。あの時とは違うから」
異世界に来たばかりの時は逃げるしかなかった。
けど、今、私の手には魔法で強化したナイフがある。
彼が一歩下がる。
何かあれば助けられる距離。
けど――これは私の戦いだ。
この程度、一人であしらえないと独り立ちできない。
ウオオオオン
狼が吠えた。
虚ろな目が私を捉えて駆ける。
――遅い。
あの日より、全然怖くない。
纏わりついた泥とバランスが崩れた体で、めちゃくちゃに突っ込んで来た。
(まずは様子見っ)
避けるのに徹した私は危なげなくその突進を回避した。
グシャ、と避けた先で倒木が折れる。
――グオルルルル
振り向いた狼は、牙の間から噛み砕いた木片と黒い泡を吐き出している。
「うわぁ……絶対噛まれたくない」
変な病気にでもなりそう。
実際、威力は凄いけど、スピードは通常のグレイウルフより遅いし単調だった。
――いけるッ!
狼がグッと体を縮める。
飛びかかってくる巨体の前に、私はナイフを一閃した。
ヒュン――闇に白い軌跡が過る。
ギャオオオオオンッ
「えっ!!?」
黒い獣が叫ぶと同時、私も息を呑んだ。
両断された獣の腕は、落ちることなく光の粒になって虚空に霧散していく。
ドサッと落ちた体は起き上がる事すらできず、地面に転がった。
「嘘。これ、どうして……」
「ハルカ! 油断するなッ。とどめを!」
「あ! そうだっ」
(狼さん、ごめんなさいっ!)
転がった黒い塊にナイフを突き立てる。切っ先が触れた場所から魔獣の体は光に変わって、キラキラとした粒子を溢しながら弾けて消えてしまった。
切った刃にも黒いドロドロはついていない。ほっとした気持ちでナイフを腰のベルトに戻す。
「はぁ……緊張したぁ。初陣が動物じゃなくて魔獣になるとか、やっぱり私、ついてないなぁ。――魔獣って、倒すとこんな風になるんだね。ビックリしちゃった」
「いや……オレが倒してもこうはならない。魔獣化した獣は食えないから、いつもは倒したまま放置していたんだ」
「え? そうなの?」
「ああ。これはハルカの魔法じゃないか?」
「うーん。よく分からないけど、そうなのかなぁ?」
「きっとそうだ。ハルカは、いつも凄い」
ユイトが私の体を正面からギュッと抱きしめた。
草と、男の人の匂い。
顔に寄せた胸板が厚くて、体温がぽかぽかする。
「~っ。ちょ、ちょっと! ダメだって、ユイト! 気が抜けちゃうから!」
「オレが警戒してるから、気を抜いても大丈夫だ」
「そういう意味でもなくて!」
珍しく強引な彼に心臓がバクバクする。普段は可愛いのに、こうやっていると男の人みたいで落ち着かない。
背が高すぎてすっぽりと腕の中に入っちゃったみたいだ。逞しい腕に力が入って、足が少しつま先立ちみたいになる。
「ユイト。ねぇ。どうしたの?」
「……」
彼は無言のまま私の髪に鼻をうずめてる。なんだかそれが泣いているみたいで、私は手を伸ばして彼の背を撫でた。
「大丈夫?」
「……ぁあ。ごめん。……重かった?」
「ううん。ただ、ちょっと心配で」
手を放してくれた彼は項垂れて、長い睫毛が影を落としてる。
距離は近いのに、なんだか彼の表情が遠い。
覗き込んだ視線が合うと、ユイトは新緑の瞳に私を写して微笑んだ。
「もう、ハルカは、オレが教えなくても大丈夫だな」
「……ッ!」
気付いて、私は言葉を失った。
――そうだ。そうだった。
私、もうこれで、独り立ちできるんだ。
その意味をようやく思い出す。
最初に言ったんだよね。
私、一人で森から出られるようになったら、ちゃんと出て行くって。
なんだか、毎日が楽しくて、明日も同じような日が続くような気がしてた。
―― 二人で、無言。
ここにいる、とも、行くとも言えない。
帰らなきゃって思う。同時に、寂しいって気持ちもある。
でも、どっちを選ぶかなんて決まってて……。
口に出したら何かが壊れてしまいそうで、私は彼の服を強く掴んだ。
「……ぁ、ほら! 狩り、まだ終わってないから。お肉切れてるし、こんなんじゃ帰れないよ。別の夕飯を探さないと!」
「……そうだな。ハルカは何が食べたい?」
「うーん。兎かなぁ。しばらく鹿が続いたから」
努めて、いつも通りの会話。
空元気なのは丸わかりだけど、付き合ってくれる彼に甘えた。
こうしてる間は、答えを保留にしておける。
そんな気がして。
それから――
魔獣がいたせいか、あの後はなかなか獣が見つからず、戦果は槍鳥一匹になってしまった。
鳥にしては大きい体を生かして風の魔法で突進してくるのが厄介だったけど、逆に言えば向こうから来てくれるので、特に苦戦もしなかった。
そういえば、スピアバードを切った時は蒸発したりしなかったんだよね。薪と同じ。魔獣だけが消えるみたい。
私の魔力はイル様から授けられたものだし、召喚された時「闇の」どうこう言ってた気がするから、もしかしたら関係あるのかもしれないけど……
いかんせん、色々ありすぎたせいで何言ってたのか全然覚えてない。
(後でイル様に会ったら聞こうかな)
いつになるか分からないけど。
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