12.これが私の魔法!<後編>
前編:12時頃更新 後編:20時頃更新
昼食を食べてから、しばらく。
片付けを終えた私達は、果実水を飲みながらのんびり空を眺めていた。
日本では昼休憩なんて碌になかったし、早食いスキルが高くなる一方だったけど。これがスローライフってやつなのかな。
やることは沢山あるけど急いでないカンジ。
「ハルカ」
ぼんやりした私をユイトが呼んだ。
腰には彼が狩りに使っている大振りのナイフ。
つまり――
「そろそろ魔法の練習をするぞ」
さっきまでの高揚感はどこへやら。
やる気がしおしおと萎えていく音がする。
――そう。森の暮らしには慣れてきた。
なのに、肝心の魔法はといえば……
「――全然ダメ!」
練習場にしている広場。
今日も余りの上達のなさに私は盛大に弱音を吐いた。
当然ながら、この広場は自然のものではなく、私が吹き飛ばした森跡地の有効利用である。
あれから二度ほど爆発させたので、一発目の後よりかなり広々としてしまった。
「でも、最初よりは上手くなったよ。暴発させてないのはエライと思う。オレも安心して教えられる」
「最低限だよ~」
度重なる失敗で声にも泣きが入る。
良かった事といえば、マンツーマン指導で彼の緊張が解けたのか、拙かった話し方が大分慣れてきたことかな。
手の平に意識を集中させると手の平が中からじわりと光る。
あんまりいい表現じゃないけど、汗が染み出すみたいなイメージ。
懐中電灯の代わりにするにも不安なくらい、ジリジリと覚束ない光が瞬いてる。
「そのまま。そのまま、魔力を少しずつ動かすんだ」
「魔力を……少しずつっ、あ!」
途端、バシュっと霧散してしまった光に溜息を吐いた。
はぁ。もう何回目だろう。
気絶覚悟で思いっきり出すことはできるようになったけど、マトモな魔法の習得はまだ先が見えない。
「……もう一回ユイトの魔法見せて?」
「分かった。――《身体強化》」
彼の体から見慣れた燐光がふわりと漏れる。
「発動に使う言葉は何でもいい。無くてもできる。というより、できないのに真似しても発動できない」
何度目かの説明。
私の理解だと、たぶんエクセルのマクロと同じ雰囲気なんだよね。
既に組んでればボタン一つだけど、ボタンの表示文字だけ入力してもマクロはついてこない。
そんな感じ。
「魔力の調整ってどうやるの?」
「こう、体の中の力をじわじわ外に出して、それをギュッとそのままにしておく感じだ」
(うーん。相変わらずの感覚派)
なんとなくは分かるんだけどね。
必要な分を出して留める。
ただし、私の場合、これが一番の難問だ。
鍋に作ったミルクティーをカップに注ぐような繊細さが必要、っていうのかな?
少し傾けただけでダパっと出てくるし、ぶちまける方が圧倒的に楽。
安全にやろうと思うとチョロチョロしか出せない。
「ユイトは独学なんだもんね……。凄いなぁ」
「いや、オレはこれくらいしかできないから」
「そんなことないよ! 魔法が使えるだけで十分すごいから!」
「ハルカの料理の方がオレは凄いと思う」
「だって、料理は慣れてるからさ~」
一人暮らし長いし、母子家庭だからね。
物心ついた時には包丁を握ってたし、お母さんの料理を手伝っていたと思う。包丁なんてもう体の延長みたいなものだ。
もしかしたら、ユイトはこの世界の人だし、彼にとっては魔法がそうなのかな。
――ん?
体の延長?
「あーーーーーッ!!!!」
そうだ! 体の一部!
「ハルカ!?」
「ユイト! どうにかなるかも!」
目を白黒させる彼を尻目に小屋へ走る。
洗った食器と一緒に、彼に借りている小振りのナイフがあった。
ひったくるように拾って、目を瞑り、柄の握りを確かめる。
(いける!)
この数日で慣れた私の包丁。
刃先の長さも切れ味も、見なくたって全てが分かる!
なるべくいつもどおり、俎板にしてる木切れの前に座り、ナイフを構える。
(これは包丁。包丁。さっきも使ったし、千切りも、みじん切りだってできるんだから!)
そう――
手の延長なら、手の平に魔力を灯すしかできない私にだって!
「ここに、魔力をッ!」
目を瞑って、体の中に意識を集中。
さっきと同じように、手の平に魔力を集めていく。
ただし、今回は手の平の範囲を包丁まで含める!
魔力が動く特有の感触が手の平から外側に広がって、綺麗にナイフの刃先にまで染みていくのが分かる。
――恐る、恐る、目を開ける。
そこには、想像どおり、金色の燐光を纏った私のナイフ。
「できた――――っ!!!」
さっきまで、手の平がちょっと光るだけだったのが、ナイフ全体が光ってる!
「ユイト、できた! できたよ!」
「ハルカ! 凄いっ、ちゃんとできてる!」
刃物を持ってるのに思わず飛び跳ねそうになる。
彼の顔を見たら気が弛んで、せっかくの魔法が消えそうに瞬いた。
「だめだめ! 消えないで。包丁、これは包丁っ」
なんとか光を安定させて、周りを見回す。
次にまた成功するとは限らないし、今のうちに何ができるか検証しておきたい!
だって私の初魔法だもん!
試しに……貴重な食料にやるのは勿体ないよね。
でも、今下手に動いたら魔法が弾けちゃいそうだし……。
「ユイト! お願い! 何か、何か切るもの! 切るものここに置いて!」
「分かった! 薪でいいか?」
「大丈夫! ありがとう!」
彼が俎板の前に薪をセットする。
「……よしッ」
気合十分。
心臓がドキドキする。
息が荒い。吸い込んだ息が肺に流れ込む感触までハッキリと分かる。
ナイフの光はまだ安定してキラキラと光ってる。
息を止めて、スッとナイフを振り下ろした。
「いけーーっっ!!」
金の帯が煌めく。
薪に食い込む感触はない。
スルりと刃が通った軌跡が光に変わって弾けた。
――ドサっ
一抱えあった薪は簡単に両断されて地面に落ちた。
「~~っやった――!!!!」
叫んだと同時、魔法がぱちんと弾けて消える。
ナイフを置いて、ユイトに駆け寄った。
ニッコリ笑った彼が手をパッ上げて、私は勢いよくハイタッチ。それから両手を繋いでぴょんぴょん跳ねた。
「魔法、使えた! 戦える! これで一人でも森に入れるよ!」
「うん。良かった。おめでとう、ハルカ」
あんな固そうな物を切ったのに、プリンでも切ったような感触だった。刃こぼれもしてないし、これなら私でも一人前に戦える!
「ね、見たよね!? 凄かった!」
「ああ。凄かった。身体強化より武器を強化する方が難しいんだ」
「そうなんだ! でも、薪が切れたんだもんね! もう、モンスターでも何でもかかってこいって感じ!」
「いや、戦うのは早すぎると思うが」
彼が苦笑して、困ったように眉を下げる。
うん。確かに、有頂天になっちゃったけど、これで森に突入して、いざ本番で失敗しましたじゃシャレにならない。
「そうだよね。まだ一回しか成功してないし」
「ああ。慣れられるように、頑張ろう」
そう、呟いた声は少し掠れてる。
彼の顔が近づいて、頭を私の横顔に擦りつけた。
「ふぇ!? ど、どうしたの!?」
「いや。なんでもない。良かったなって思って」
「そ、そうなんだ! ありがとう! 私、頑張るね!」
平常心を装って返したけど、今度は別の意味で心臓がバクバクだ。
すぐに離れたのに、至近距離まで近づいた彼の匂いが鼻腔に残ってる気がする。
獣人特有のコミュニケーション、なのかな……?
異文化って心臓に悪い。
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