1.こんにちは異世界!<前編>
ーー突然のことながら、私の命はあと1分ほどのようです。
現在の居場所は上空数千メートル!
バイト帰りに異世界に召喚されたと思ったら、これは一体何の冗談ですか!?
突然、青い空のど真ん中に投げ出され、足元に広がるのは一面の雲! 強い風が髪をなぶり、煽られた服がバタバタと音を立てる。
バイト帰りでたまたまパラシュートなど付けてる筈もなく、自由落下中の私は、なすすべもなく雲の中を超スピードで突き抜けていく。
『お前の冒険はここで終わりだ』
召喚1秒で、そうラスボスに宣言された私。
この世界、殺意が強すぎませんか!!!!!?
* * *
子どもの頃に思い描いた夢、それは絵本の中のお姫様。ドレスとお花、綺麗なお城や動物たち。キラキラと輝くファンタジーの世界を夢に見た。
けど、そんなのおとぎ話。大人になる間に卒業して、灰色の現実を見なきゃいけない。それが現実だ。
「湊さんお疲れさまでーす」
「お疲れ様です!」
スーパーのバックヤード。先にあがるバイト仲間に挨拶をしながら、私はエプロンを脱いで三角巾を取った。
「あ~頭が蒸れる~っ」
「湊さん、今日は閉店まで通しでしたっけ。大変ですね」
「あはは。社員さんよりは全然ですよ。私は少しでも稼ぎたいのでシフト入れて貰えて助かります」
「うちも助かってますよ。商品のポップも書いてくれるし、今日みたいな土日の夜まで出てくれて」
「土日って、なかなかシフト決まらないですもんね~」
「ホント。来週もまだ決まってないんで店長に嫌味言われちゃって。もう私も辞めちゃおうかなーって感じですよ」
「アハハ、大変ですよねぇ」
乾いた返事が無機質なバックヤードに響く。でもバイトの私には気の利いた事は言いえないし、パソコンの画面に向かい続ける彼女の顔色は確かに悪かった。店長も早朝から閉店まで出ずっぱりだし、皆が皆、疲れ切ってるんだろう。
世間のご多分に漏れず、私のバイト先もなかなかにブラックだ。
「すみません、私もお先に失礼しますね」
「お疲れ様でーす」
申し訳ない気はするけど、私がいてもできる事はあまり無い。重い空気を振り払うようにカバンを掴み、足早にタイムカードを押して部屋を出た。
開店時間中は騒がしいくらいなのに、お客様がいなくなったスーパーはシンとして少し不気味な感じがする。関係者用の古びたドアを開く音がガチャリといやに大きく響いた。
「ーー寒っ」
外に出た途端に冷たい風が首を撫でる。春先とはいってもまだ風は冷たいし、下手に暖かい日を挟んだせいで余計に体に堪える気がする。
腕を組んで、半ば猫背になりながら私はアパートまでの帰り道を歩く。暗い夜の街。殆どの店にはシャッターが下りて、カラオケボックスや居酒屋さんの入り口だけが煌々と光を灯している。
すれ違う人たちも飲み会や二次会の帰りばかりで、楽しそうに話す彼等の間には独特の熱気が満ちていた。
(私とは、まるで別の世界みたい)
女の子は皆かわいい服を着て、キラキラとお姫様みたいに輝いている。カラオケのネオンだって煌びやかな宝石みたいに見えた。白いシャツと黒いズボンにスニーカー、黒い髪を一本に縛っただけの私は、あの中にはきっと入れない。
「……はぁ。もう十一時だもんね」
夕食時はとっくに過ぎて、皆さん楽しく一杯飲んだ後。一番テンションが上がる時間ってやつじゃないかな。経験が無いから分からないけど。寒さなんて感じていないみたいに楽しくげに歩く大学生の一団をほんのちょっぴりだけ羨ましく思う。
華やかな服を着たり、男の子と笑い合ったり、私には縁が無い日常ーー
なんて。
「よし! 今日は頑張ったし、帰ったらロイヤルミルクティ―でも作ろう!」
カバンを背負い直して、沈みそうになった思考を切り替えた。落ち込んでたってお腹は膨れないし、一人で泣いても悲しいだけ。現実は変わらない。それなら、目いっぱい楽しいことを考えなきゃ!
それが私のモットーだ。
私は湊 春花、スーパーのしがないバイト店員。
母子家庭の一人っ子。高校を卒業してから、一人暮らしでバイトをしながら暮らす日々。
人並みに夢を見たいと思ったこともあったけど、今は今日を過ごしていくのに精一杯で先の事なんてよく分からない。恋も友達も、嫉妬するには遠すぎる世界の出来事だ。
いつも胸に過る、ちょっとした不安と、微かな希望。明日が今日よりちょっとでも良い日なら良い、なんて。
「あっ!」
ゴリ、と不意に靴底に石の感触。踏みつけた爪先が滑る。慌ててコンクリートに手を付いて、躓いた膝の痛みに我に返った。
「痛たた……何これ。玉砂利?」
拾い上げた石はつるつるとして、視線を動かせば、電気の消えた建物と建物の間に押しつぶされるみたいに小さな神社がひっそりと建っている。
「こんな所に神社なんてあったっけ……」
商店街から外れてアパートに向かう静かな住宅街。
窓から明かりが漏れる家々に囲まれて、ここはまるで雑踏の中の私みたいだ。
(これ、返してあげた方が良いかな?)
拾い上げた石を持って鳥居を潜る。
――瞬間、
「えっ!!?」
眩い光に包まれて目を瞑った。
(防犯ライト!? もしかして、ここ私有地だったのかな。警察とか警備員さんが来たらどうしよう。私、捕まっちゃう?)
「あの、私っ、不審者じゃなくて、」
必死で言い訳して、手で目を庇いながら薄目を開ける。すると――
「ええっ!? 嘘嘘嘘嘘っ! なにこれ!?」
静かな住宅街が一変。一面の真っ白い光景に声を上げた。
拾った筈の石も、警察も、警備員も。それどころか、さっきまであった神社も鳥居も、見慣れた街並み一つさえ何も無くなっている。
視界の全てが修正液に塗りつぶされたみたいに何も見えなくて、手を伸ばしても、足を踏み出しても地面の感触一つ返ってこない。
「ここどこ? 私、もしかして転んで死んじゃったの?」
手を付いたと思ったけど、まさか、本当はぼけっとしたまま頭を打ち付けてそのまま!?
神社を見つけたのって、もしかして。死者しか見えないとか、そういう。
――『ハルカ』
「え?」
唐突に聞こえた声に振り向く。
何で私の名前を?
そんな疑問も浮かばないくらい、綺麗で、落ち着いた、優しい……男性の声が静かに響く。
『ハルカ』
また呼ばれる。誰かが、私を呼んでる。
真っ白い世界の中、声の呼ぶ方に明るい光が見えた。
「誰? もしかして……神様?」
『ハルカ』
声は私の名前を呼ぶだけ。夢の中みたいな世界は現実感が無くて、他に出口らしきものも見えない。
『ハルカ』
「っ」
心を決めて、私は何も無い世界を走り出した。
不思議だけど、地面の感触は無いのに蹴り上げればしっかりと前に進む感覚がある。
迷ってたって仕方がない。こんな場所に取り残されるのも嫌。何が起きてるかも分からない。
今はあの声を追いかけるしかない!
『ハルカ』
声と光が徐々に近づいていく。白い世界に一つ、キラキラと輝く大きくて透明な宝石が浮かんでる。その中に、白い石でできた神殿みたいな場所が見えた。
「すごく、きれい……」
見惚れてつい手を伸ばす。指が触れる、と思ったその時――
『おっと。そこまでにしてもらおう』
そう、謎の声とは別の誰かに、手を掴まれた感触がした。
『ふむ、私と同じ黒髪か。興味深いが……悪いな。お前の冒険はここまでだ』
「え? それって、どういう、」
一瞬見えたのは私よりずっと長い、長い黒髪。
同時に、腕を持って放り投げられたような、全身に強い浮遊感。
彼が全てを言い終わる前に、世界が切り替わった。
ヒーロー沢山、ヒロイン愛され、戦闘しつつもギャグテイストで進行いたします!
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