元神童はメイドに押しかけられる
短編企画への参加、楽しかったです!
ある夜、森の中にある屋敷のリビングで、一人の男が酒を飲んでいた。男はウェーブがかった長い白髪を束ねていて、目鼻立ちはすっきりしている。酒を飲んでいるせいか、緑色の瞳を持つ男の目は虚ろだった。
「サミュエル様、今日はもうお酒を飲むのを控えた方がよろしいのでは?」
部屋に入って来たメイドのクレアが、心配そうに言う。サミュエルは、ジロリとクレアを睨むと言った。
「俺の勝手だろう。そもそも、俺はお前をメイドと認めていない。さっさと出て行け」
「そんな事言って、いつも結構な額のお給料を下さるではありませんか」
「お前が勝手に食事の用意とかするからだろう。人にタダ働きをさせる趣味は無い」
クレアは、溜め息を吐いて部屋を後にした。
勝手に自室にしてしまった客室に入ると、クレアはベッドに倒れ込み、これまでの事を思い出した。
クレアがサミュエルと出会ったのは今から十一年前。クレアが八歳の時だ。クレアは当時男爵家の娘で、付き合いの為侯爵家に出入りする事があったが、集まる令嬢達の中では地位が低かった為、周りから虐められていた。そして、虐めから守ってくれたのが当時十歳だったサミュエルだ。
彼は侯爵家の長男で、魔力が並外れて強く、神童と呼ばれていた。彼は強く、弱き者に優しく、輝いていた。
しかし、彼は十四歳の時原因不明の病に罹り、魔法が使えなくなる。彼が魔法を使えなくなると、今までチヤホヤして来た周囲の人間が、手のひらを返したように去って行った。
彼の両親も、魔法を使えない人間は恥とばかりに森に隔離した。そして、彼は段々とやさぐれていった。
クレアはそんなサミュエルを放って置けず、十八歳の時、サミュエルの住む森の屋敷に押しかけた。
サミュエルはクレアの来訪に驚き、クレアを追い返そうとした。しかしクレアはいくらサミュエルがきつい言葉を言ってもめげない。
元々貧乏で家事を自分でする事もあったクレアは、強引にサミュエルの世話をした。サミュエルも根負けしたのか、今では出て行けと言いながらも高給を彼女に与えている。
ちなみに、サミュエルの両親はサミュエルに大人しく屋敷に籠ってもらう為、結構な額を彼に仕送りしているそうだ。
いつか、サミュエルが自分に心を開いてくれる日はくるのだろうか。ベッドでそんな事を思っていたクレアだが、ドカンという音が聞こえて飛び起きた。
慌てて玄関に向かうと、玄関のドアが壊れているのが目に映る。そして、外には数人の兵士と一人の女性がいた。黒いロングヘアを靡かせ不敵な表情を浮かべるその女性を見て、クレアは呟いた。
「エイダ様……」
エイダはサミュエルの姉で、現在二十四歳。今、侯爵家は彼女が継いでいるはずだが、何故こんな所に。
エイダは、クレアを見ると蔑んだ目で言った。
「あら、あなた、もしかしてここのメイドかしら?だったら、新しい働き口を探した方が良いわよ。だって、サミュエルは――今ここで、死ぬんだもの」
「……どういう事でしょうか?」
クレアは、険しい表情で聞き返す。
「言葉の通りよ。……お父様ったら、サミュエルを追い出した癖に、今頃『私が死んだらサミュエルに遺産の八割を渡す』とか言うんだもの。そしたら私が困るわ。だから……サミュエルには死んでもらう事にしたの」
エイダが家の中に入ろうとする。クレアは、咄嗟に両腕を前に出して魔法陣を浮かび上がらせた。
「あら、結界?あなた、なかなかやるのね。でも……」
エイダがパチンと指を鳴らすと、大きな風が巻き起こり、クレアを吹き飛ばした。大きな音を立てて、クレアは壁に激突する。
「う……!!」
「あなたと私じゃ格が違うのよ。……さて、サミュエルはどこかしら」
エイダがリビングに近付く。クレアは、床に倒れたまま唇を噛み締めてリビングの方を見つめた。お願い、逃げて、サミュエル様……。
エイダがリビングのドアを開ける。しかし次の瞬間、エイダの身体が吹き飛んだ。爆発に巻き込まれたのだ。
「ああ、私の、私の足がっ!!」
壁に激突したエイダの足から、大量の血が流れている。
「安心しろ。今すぐ治療院に行けば、足を切断しなくて済むはずだ」
そう言って、サミュエルがゆっくりとリビングから出てきた。
「サミュエル様、どうして……!!」
クレアがよろよろと立ち上がると、サミュエルが言った。
「玄関の会話、全部聞こえてんだよ。それで、姉さんが部屋に入るタイミングを見計らって爆弾を爆発させた」
「そんなもの仕掛けてたんですか……」
「ああ、仕掛けは他にもあるぞ。魔法は使えなくなったが、俺には科学がある。お前を守る努力くらいしてみせるさ」
その後、兵士達に運ばれていくエイダを見送りながらクレアは言った。
「サミュエル様、やさぐれてるように見えたのに、私の事を守ろうとしてくれてたんですね」
「ああ、俺を見捨てなかったのはお前くらいだからな」
空を見上げると、綺麗な月が輝いていた。
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