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スワロー

作者: mikiri

どれくらい沈んだのだろう。かすかにでも届く光がずっと僕を照らし続けている。仰向けのまま没む僕の体を。無重力のよう。沈む。ただひたすら、何も起きることなく沈む。ずっと長い間、それだけ。それだけだったと思う。気がつけば僕の体は何かに呑み込まれ、消化されるように沈んでいた。

やっと助けを求める機能が働いてきた僕の頭を、僕の本能がフル稼働させ始めた。まず何をするべきなのだろう。なにもない視界。薄暗い、ずっと薄暗いまま。もしかして、もう真っ暗なのだろうか。明るさの基準が僕の体からはとうになくなってるのかもしれないと僕は思う。僕の目が勘違いをしているのかもしれない。僕は思考の方向を正すために頭を振る。そんなことはどうでもいい。まずは自分の状況を確かめるヒントが欲しい。ここがどこなのか、何なのか。だから、そう、体をうまく動かせるようにしないといけない。辺りを見回したり移動できれば何か見つけられるかもしれないだろう。僕は手足をクロールでもするように回し始める。もがく、足掻いてみる。しかし、手足は空間を滑る。手足をばたつかせる。ぐちゃぐちゃにかき回す。体全体をありったけのエネルギーで動かす。ぐわんぐわんと僕の頭が揺れる。首が少し嫌な音を立てるのを僕は聞く。しかし視点は変わることがない。姿勢をもとに戻せば初めと同じありようだ。だいぶエネルギーが減ったこと以外は何ら五分前と代わらない。僕は少し体を丸めてみることにした。腹を見るように首を曲げ脚を引いて頭と近づけてみる。僕に届く僕の鼓動が大きくなる。でもこれは耳から届くものではない。体の内側から届く鼓動の音。今更気づく。光がかすかにしか届かない上、僕は何も聞こえていなかった。そのまま体をひねるようにして一気に体を広げる。少しの抵抗が僕の体にかかる。体の軸が回転したような気がする。しかしすぐにとまる。止まるだけでなく戻る方向に回転し始める僕の体。磁石がついているような、紐で縛られているような。何回か繰り返して止まった。僕の体はもとのまま、上を見上げていた。

それから僕はただ全身をかき回していた。しばらくの間、全身でもがいていた。それでも、光のある方向を見る僕の体を動かすことはできなかった。

だんだんと全身が疲労で動かなくなってきた。ぐったりとしている。高熱を出したときに似ているだろうか。僕の体に粘りつく疲労。僕は身体を動かすことをやめる。仕方がないだろう。僕はまた、数十分前と同じように、光の出どころを探すように上をただ見つめる。この無重力のような環境のせいだろうか。体を動かすことを止めても全身が休まっている気がしない。僕の体の上になにか重いものがのしかかっているよう。しばらくはこの疲労が回復しそうにない。そう僕の脳は判断する。仕方ない。別のことを考えてみることにした。

僕はなぜここにいるのだろう。僕がここにいる理由。エネルギー不足でで鈍くなった頭で考え始めた。そういえば、ここは夢の中のような気がする。僕はベッドに入ってから目が覚めた覚えがないことに気づく。疲労のせいだろうか。少し頭が痛み始める。少しの間考え事もやめるべきだろうかと僕は思う。しかし、眠った後目が覚めたような気もする。僕の体に新しい朝の記憶の欠片が残っている。朝の憂鬱さ。朝日の眩しさ。朝の街の煩さが体に染みついているようなのだ。頭の痛みが一段階大きくなる。それにつれて光がまぶしく感じてきて僕は横に目をそらした。

今更僕の体が不安を覚え始めた。そうか、夢でないならずっとこのままなのか。沈む。ずっと、沈む。ただ何も起きずに体も動かすことが叶わないままずっと沈む。ひたすら。微かな光を浴び続けるのだ。けれども頭が回らないせいで僕は恐怖をゆったりとしか感じない。丁度、日が沈む頃ににふと感じる怖さと同じだと気づいた。

心臓の裏で生まれた恐怖が血管を通って僕の全身にじんわりと送られていく。ゆっくりと、ゆっくりと。心地よい感じもする。

頭は痛いまま。

体は動かすことができない。

知らない怖さで満たされる僕の体。


沈んでいく、僕。

このまま、下へ、下へ。

止まることなく、沈む。


意識が遠のいていく、僕。


その上をぼんやりと光る何かが通った。

海月だ。

青い、淡い光を出す海月。ああ、きれいな海月だ。この怖さにぴったりだと僕は思う。回らない頭でも分かるほど、目の前で光る海月は美しい。

無意識のうちに僕は海月に手を伸ばしていた。ちょうど僕のエネルギーが底をつくと同時に右手が海月に届く。


目が覚めた。僕は、恐怖に追われてすぐさま飛び起きた。全身が異様なほどの量の汗でぐっしょりと濡れていた。

何も無い日曜の朝だった。

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