10.医務室
夢も見ずに随分と長いこと寝ていたのだろう、目を開けた時には冷たい雪の地面ではなく、暖かいベッドの上だった。体を起こそうとすると全身に激痛が走り、自分が包帯が巻かれていることを知る。
痛みの走らない体の起こし方を探すのに、随分と時間と苦労を掛けて上体を起こすと、左から大きな熊の唸り声が聞こえた。思わず勢いよく振り向いてしまい、激痛に顔と視界が歪む。
視界の焦点が合ってくると、そこにいたのは自分と同じように包帯で全身を巻かれたカールだった。時々熊の唸り声のようないびきをかきながら、深い眠りについている。反対側のベッドに目を移すとエドガーが静かに寝ていて、部屋の中の他のベッドも全て一緒に戦った者達が横になっていた。
状況から見るにここはカレリア砦の医務室のようで、他の兵士たちが外の医療天幕に何十人と詰め込まれてしまう事を考えると、かなりの好待遇であると言わざるを得ない。
「おうおう、起きるな。寝とけ」
自分を寝かせようとするのは、部屋に入ってきた騎士団長だった。
「騎士団長こそお怪我とかはないんですか?」
「かすり傷が数か所だ。あれだけのプレートアーマーに守られているからな」
「それは良かったです。自分は結構寝ていたんでしょうか?」
「あぁ、お前ら全員ほぼ丸一日寝てるぞ」
どおりで随分と寝た感覚があるのに、外の明るさが変わらないはずだ。
「帝国軍が撤退を始めた」
「本当ですか!?」
「昨日お前らが医務室に運ばれた後すぐ位からだ」
「完全撤退でしょうか?」
「いや、そう簡単にはいかないだろう……が、取り敢えずしばらくは戦闘が無さそうだ。ゆっくり休んでてくれ」
「ありがとうございます」
労いの言葉を残し、騎士団長は退出した。
「獣人が傷の治りが早いってのは本当だったのか」
「隊長、それは人間が遅すぎるんですわ」
自分が目を覚ましてから10日程経った医務室は、随分と活気があった。自分とカール、エドガーはまだ体中の傷が癒えておらず、動く度に顔をしかめるのに対して、森の手の獣人達は既に動き回るくらい元気だった。
「獣人が野生過ぎるのかもしれんぞ?」
サルキが無言で自分の左腕の包帯を叩いた。
「いってっぇ!!!!おい、隊長だぞ!?」
「人間が弱っち過ぎるんですわ!随分軟弱な隊長ですねぇ」
ニヤニヤ笑いながらからかってくるサルキを見て、他の森の手の男達も笑っていた。
最初こそ失った者達を思い出し暗い雰囲気になる事もあったが、戦乱の世を生き続けてきた自分達は、嫌なことに仲間の死に慣れて、随分切り替えが早くなってしまっている。
「ははっ、治癒魔法とか誰か開発してくれないかな?」
「確かに、そんな便利なモノあれば良いんですけどね。隊長が作ってくださいよ」
「そんなことが出来たら俺も一生安泰なんだがなー」
そこから無駄話やら世間話をしていると、突然医務室の扉が開いて騎士団長が部屋に入ってきた。
「随分元気そうじゃないか?そろそろ元居た部隊に戻るか」
「……いやぁ」
森の手の者達はもう少し休みたいようで、頭を掻いている。
「ほら、パウラはもう元気だぞ?」
後ろの扉からひょこりと顔を出したパウラは、衣服のあちこちから包帯が見え隠れしているが普通の表情だ。
「人間も獣人も随分貧弱だこと」
パウラの元気な様子を見せられては、なかなか自分達が情けなくなって来る。さっきまで人間側をからかっていた森の手も、情けない顔をしている。
「嘘だよ。あんたたちが必死で守ってくれたから、もともと傷が少なかったの」
「あぁ冗談だ。もう少し休んでくれて構わない」
空気が弛緩した所で、少しばかりパウラと騎士団長を交えて世間話をした。
「ところで、騎士団長は何の用でいらしたんですか?」
「ん?あぁ!完全に忘れていた。帝国軍の近況が伝わって来たのでな、伝えておこうと思ったんだ。密偵からの報告なんだが……」
そこから騎士団長は、今の戦況について説明してくれた。
帝国軍は自分達の奇襲で総指揮官である公爵を失い、更にエドガーの策略で、序列でいうと3番目にあたるブノワ候爵が同士討ちによって命を落としたらしい。さらにブノワ侯の配下が打ち取られた主人の仇として他の帝国兵に襲い掛かり、多大な被害が出たそうだ。その結果、帝国軍は指揮系統の立て直しと、軍の再編成の為にやむなく帝国側のカレリア砦まで退却した。
「まさか同士討ちまで行くとは……」
「実際に総指揮官が打ち取られた上に、本陣が炎上だからな。混乱もあったのだろう」
ここまで上手くいったのは、エドガーのお陰と言っても過言ではない。
「という事でだ、ここでもう少しサボっていても、文句を言うやつはいないから安心してくれ。コルソ団長にも言わないでおいてやる」
「ありがとぅ……いや、サボってないです」
森の手たちが騎士団長に翻弄される姿を見て、皆が笑っていた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




