4.狙撃
自分達の天幕に火が上がり、焦った帝国軍高官たちのざわめきは、波のように広がっていく。
この騒ぎにいち早く動き出したのは、指揮官の天幕を警備している衛兵だ。警戒態勢になった衛兵のうちの一人が、焦った様子で入って行った。エドガーが報告してくれた通り、その天幕が敵指揮官の居場所なのだろう。
機会は少ない。
ゆっくりとマジックアローを弓に番えた。
周囲の天幕から着の身着のままで、剣だけ持った帝国兵達が天幕に集まって来る。間違いなく、あの天幕に帝国軍の指揮官が居る。
帝国兵たちが体を寄せながら天幕に寄った。
来る。
重心を意識して、姿勢を整え、弦に指をかけた。
弓を持ち上げ、矢に魔力を込め始めて。
弓を引く時に鏃に向かって流すイメージに変えて引き切る。
帝国兵たちに囲まれながら、一人の男が天幕から出てきた。
丁度、山間を照らし始めた太陽が、かなり仕立てのいい寝間着の上に、貴族らしい派手な鎧を雑に着ている男を照らす。
少し怯えた表情のその男は、衛兵に守られながら移動を始めた。
「風よ」
いつもと違い、体が後ろに吹き飛ぶことはない。短い突風だけを残して凄まじい速度で前進する矢は、空中を疾走する。地面から遠いことで砂埃と雪煙は起きず、軌道を目で追うことが出来た。
身軽に走る矢が少しだけ風に揺られて、最後に行きついたのは指揮官の胴体だ。だが、その威力は普通の矢と比べられないほど高く、矢が命中したと思った瞬間に、帝国軍指揮官の上半身が吹き飛び、下半身だけが数歩走って、倒れる。
「やった」
「やれましたか!?」
「あぁ、やった。間違いなく」
自分より視力が悪い者達は、帝国軍指揮官の哀れな最期を見ていない。彼は自分が射抜かれた事に気が付く間もなく倒れただろう。その周りの護衛も何が起こったのか分からず、慌てふためいている。それでも歴戦の者達なのか、護衛の一人が軍議場へと走っていくと、警鐘をかき鳴らした。
「警鐘が!」
「あぁ、これで騒ぎになるな。おい!エドガーたちが合流したら走るぞ!準備だ!」
警鐘によって周りの天幕がにわかに騒がしさを増してきた。天幕を燃やされた者達や、警鐘に一番近い下の天幕からは、既に何人もの人が出て周囲を見回している。その横を走り抜けるエドガーを始めとする4人は、何かを叫びながらこちらに向かって来た。
「……ぅらぎりぃ!!!ブノワ侯裏切りぃ!!!!」
裏切ったことにされている貴族の名前は、ブノワ侯というらしい。
息を切らしながら坂を駆け上って来たエドガーの小隊と合流する頃には、天幕から天幕へと次々に燃え移る火の粉に追われながら、帝国の指揮官級の者達が逃げ惑っていた。上空に立ち昇る煙が良い具合に狼煙になりそうだ。それに、幾人かが切り合っていたりするのは、エドガーたちのかく乱のお陰だろう。
「戻りました!」
「よくやった。さぁ、帰るぞ!」
エドガーの小隊は連続で走る事になるが、配慮して息が戻るまでこの場にいても、帝国軍に囲まれて死んでいくだけだ。ゆっくりと走り出した我々は、門付近を護る隊形から徐々にカールを先頭とした突破隊形に変わっていく。
起き抜けの帝国兵は天幕から出て来ても、走り抜ける我々を唖然として見つめている。完全に奇襲が成功していて、いい調子だと言える。
「お前ら何者だ!!止まれ!!」
だがある時点で指揮官級の者らしき男とその部下に呼び止められた。それをカールが戦鎚で吹き飛ばしたことで、道中の警鐘がかき鳴らされ敵中突破が始まった。
「ブノワ侯裏切りぃ!!ブノワ侯裏切りぃ!!ブノワ侯裏切りぃ!!」
「「ブノワ侯裏切りぃ!!」」
我々は喧伝するように叫びながら、敵陣を駆け抜ける。
警鐘の意味を、ブノワ侯とやらの裏切りと履き違えてくれたら上々、さらに内輪揉めが起きてくれたら最高だ。今のところは、警鐘と我々の背後で炎上する味方陣地の煙による混乱で、易々と帝国陣地のど真ん中を通過できている。だが、事はそんな簡単に行かないのものだった。
敵の陣地を3分の1ほど突破したあたり、丁度山一つを迂回するように曲がる道を抜けた場所で、味方陣地で上がっている煙を確認できていない帝国軍が増え始めた。そこでは後方で鳴らされた警鐘は次々に伝播してゆき、我々の存在を認めると制止しようとするものも増えてきたのだ。帝国軍陣地の様子が分からない者達は、駆け抜ける我々を不審人物ととらえる。
ある程度は無視しながら走れるが、どこかからか聞こえた「獣人がいるぞぉ!!!!」という叫び声と、太陽が昇ったことによる明るさ、そして度重なる制止の無視が、そこら中に無数にいる帝国兵士が我々を敵と認識するに至らせた。
「隊長!マズイぞ!!これ以上は無視できない!」
前を走るサルキが叫んだと同時に、先頭を走るカールの戦鎚が振り上げられ、帝国兵が空を舞った。
「行くぞお前ら!!!!突破だ!!!!カール薙ぎ倒せ!!」
「任せろ!!」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




