3.奇襲
既に空は白み始めてきた、平地であれば既に夜が明けているだろう。山間に広がる天幕の海はまだ静かで、その間を抜けていく自分達の衣擦れや、鎧がこすれる金属音だけがこだましていた。
徐々に周囲の天幕に人が動く気配がし始めた頃、帝国軍の本陣があると思われる開けた場所に到着した。だが、我々の予想と違い、道からは見えないように木柵で囲まれ、唯一開いている門には衛兵が2人立っている。
「何の用だ」
衛兵は到着した我々を見て、ぶっきらぼうに言った。先頭に変わったエドガーがにこやかに対応している。
「コルテス家から派遣されてきたエドガーと申します。後ろの者達も援軍として派遣されました」
「そんな話聞いていないぞ」
「えぇ……既に先着の伝令がいる筈なのですが……到着の御挨拶と指示の受け取りを、指揮官殿にさせて頂けませんか?」
「ならん!太陽が出ていない時間は、事前に許可のない者は通せないことになっている」
流石は貴族達の陣地を護る衛兵だ。これまでは口から出まかせだけで押し通せたが、今回はそうもいかないらしい。
予定よりかなり早いが、強行突破の選択肢が頭に浮かび、矢筒に手を伸ばし矢を掴んだ。
「そうですか……実は到着が4~5日程遅れていまして、急ぎたいのです。数人でいいので、軍議場近くまで入れて頂けませんか?北方樹海の作戦の失敗によってコルテス家の面目が立たない今、到着予定から遅れて来てしまった我々が、更にヴォダ―子爵様の評判を下げることは出来ないのです」
エドガーがこちらをチラリと見てから語ったのは、今までで把握した情報と、エドガーの持っている帝国貴族の知識を合わせた”嘘”だ。ヴォダー・コルテス子爵がコルテス家の当主というのは、我々も出発前に説明を受けている。
帝国の衛兵もこちらの話は真実だと分かっている上に、当主の面目を潰すと、帝国領でその村がどうなるのか分かっている顔だ。帝国貴族は王国貴族の数倍、面目を大事にする文化で、それを潰されたとなれば、報復は一族に及んで苛烈なものとなるらしい。
「分かった、分かった……中に入るのは2人までだ。こちらの衛兵も二人付く」
「承知しました」
エドガーは振り向き、してやったりという顔を一瞬した後、彼の小隊の一人を呼び出した。あとは何も言わず、衛兵に伴われて陣地の中に入って行った。
辺境伯領と王国の未来を掛けた奇襲は静かに始まる。
「いや~、それにしても寒いですねぇ。ここに立っているのもこの小さい篝火だけじゃ大変でしょう」
「ん?あぁ、そうだな。だがコル・・・」
残った衛兵に獣人の存在が露見しないように、ウィルと彼の小隊、残ったエドガーの小隊が衛兵を取り囲み話している。
「そうなんですかー」
ウィルがこちらをチラリと見て、背中で手をヒラヒラさせている。
エドガーが距離を取ることが出来た合図だ。
隣に並んでいたカンブリーに耳打ちをして、二人で静かに木柵の側に寄った。ここからだと、衛兵2人の首が良く見えた。大柄な獣人達の陰になる場所で音を殺し、矢筒から矢を引き抜き、番える。カンブリーもこちらに合わせている。
引き絞られた二つの弓から飛び出した矢は、二人の衛兵の首を同時に貫いた。
それを見た衛兵の周りの男達が、静かな連携で口を塞ぎ、何度も剣を鎧の隙間から突き刺す。
静かに地面に降ろされた衛兵の死体は、数人がかりで、隣にある空馬車の荷台に無造作に突っ込まれた。そしてエドガーの部下たちがこちらに顔を向けて少し頷くと、門の中に入って行く。大人数が入ることが出来なかった場合の、打合せ通りの動きだ。
「隊長、こちらで」
門の前でウィルが手招きしていて、近づくと木柵の中の景色が良く見えた。
まるでパイの真ん中をスプーンでくりぬいたように、山の間に小さい広場が広がっていて、奥の崖までびっしりと天幕が並んでいた。
まだ少し暗いその広場の真ん中に向かう道で二つの松明が揺れている。エドガーと衛兵だ。
木柵に体を少し預けながら、マジックアローを取り出し、中の様子を注視する。
もう少し明るくなって欲しい所だが、まだ敵陣の中央で燃えている焚火が見えるのが救いか。その周囲、右側には護衛の付いた天幕が一つあった。恐らく指揮官の居場所だろう。
失敗は許されない。
徐々に意識を集中していく。
揺れていた二つの松明が、もうすぐ中央の焚火から見えるという場所で、少し揺れた。そして二つの松明が別々の方向に動き始め、さらに二つに分かれる。中に入ったエドガーの部下たちと合流して、松明の火を分けたのだ。
ひとつ、下から静かに駆け上って来る足音がした。少し警戒して静かに伺ったが近づいてきたのはエドガーの部下の一人だ。
「隊長、エドガーさんより……敵の配置は通常通り、衛兵のいるテントに指揮官。だそうです」
「分かった」
まだ少し見づらい明るさを察したエドガーの配慮だった。
太陽が尾根から顔を覗かせた時、2つに分かれた4つの松明は、次々に天幕に放火し始めた。
太陽の光と、薄暗い中で怪しく光る天幕の火が広がり始めた時、どこからともなく声が上がる。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




