1.向かう道
貴族に食って掛かったことで近衛騎士団を追放されたアーチャーのリデル
リデルは新天地のカーマイン辺境伯領へ向かう
南から来る暑さから何人も、逃げることはできない。2週間ほど雨が降り続いた後、茹だる様な暑さに追いつかれてしまった。首元に手をかざし、魔法と言うにはおこがましい程の微風でなんとか体を冷ます。それでも毎日水浴びをしなければ不快なほどの暑さだった。
暑さのほかにもう一つ自分を萎えさせるものがあった。
これから辺境に向かうという事実だ。
最初は道の両脇を畑が占める割合が多く、人にもよくすれ違う。知らない土地に冒険に出るような心持でいることができた。だが、10日ほど降り続いた雨が止んだ辺りから、段々と原野や森が増え、村や宿のある場所の間隔が広くなり、すれ違う人も減ってきた。それが王都から離れていくという現実だった。
平民は普通生まれた街から出ないで一生を終えることが多い。自分は王都のはずれの出身だったから、戦う以外の目的で王都周辺を出たことが無かった。生まれ故郷から離れるのはやっぱり寂しいものだ。
それに、宿や酒場でこれから辺境伯領に向かうことを言うと、帰ってくる言葉はいつも同じだった。
「どこ?」
「かわいそうに」
「大変だな」
「エルフや獣人とかいるところ?」
同情する視線や憐れむ視線と共に、大体この四つの言葉が返ってくる。
そんな哀憫の目を向けられるような事だとは思っていなかった。自分は王都と周辺の森くらいしか知らない、物知らずなのだと思い知る。最初は近衛騎士団離れられることを嬉しく思っていたが、今では不安の方が大きい。
だが、辺境伯領まで7日程にある街に泊まった時、今までと違うことが起きた。
「よかったな」
「良いところだぞ」
その街では辺境伯領に行くことを言うと、好意的な反応だった。
それ以降の街や村でも辺境伯領に近づくにつれて、段々と好意的な意見が増えてきた。最後には"羨ましい"という言葉まで聞こえてきたのだ。よく分からない。
そもそもカーマイン辺境伯領は、北側を大陸北部を覆う北方樹海に面していて魔物の侵入が絶えないし、西側は山を挟んで帝国と領地を接している。更に王国側である南と東を山が隔てている盆地だ。
つまり四方を山か森に囲まれ孤立した、何もない場所という話だった。
そんな場所に行くのになぜ羨ましがられるのだろうか、という疑問を抱きながら王都を出発して32日目で辺境伯領の入口に到着した。
辺境伯領に入る方法は三箇所ある山の切れ目の、砦のどれかを通過する必要があるのだが、そこの様子が明らかにおかしかった。
随分と賑やかで人が多いのだ。
砦までの道に露店があり、商品を見る人の中には王都でほぼ見ることのない獣人までいる。こんな所で祭りでもやっているのだろうか?
疑問は尽きない上に、美味しそうな食べ物の匂いに釣られそうになるが、取り敢えず到着予定に遅れているので、辺境伯領に急いで入らなければならない。入領の審査列に並び順番を待つことにした。
「出発手形か身分証をお願いします」
出発手形は自分が出てきた都市を証明するもの、身分証は何らかのギルドに入っているともらえるものだ。自分はどちらも無い。
「両方ないのですが、これが紹介状です」
「確認しますね」
弓兵隊長から持たされた紹介状を渡すと、審査官は中身を確認し時々頷いている。
「確認しました。別室でお待ち下さい」
そう言われて奥の部屋に通される。応接間にでも通されるのかと思ったら、どちらかといえば取り調べ室のような殺風景な部屋だった。
紹介状がある位なので、普段受けないような丁重なもてなしを受ける期待をしていたが違うようだ。
やる事もないので椅子に座らず、外の露店と買い物をする人々を眺めていると、6フィートを超える大柄な、黒髪のよく似合う男が入ってきた。
鍛えられた筋肉がプレートアーマー越しにも伝わってくる40くらいの男だ。
「どうも、どうも!私はカーマイン辺境伯のもとで騎士団長をしているヴェンツェル・ナッフート騎士爵です」
握手を求めてくる、見た目に似合わない軽快な口調と、優しい笑顔のこの男は騎士団長だった。
つまりこれから直属の上司になる人だ。
「初めまして、第三近衛騎士団から来ましたアーチャーのリデルです。よろしくお願いします」
「お待ちしてました、早速ですが城にむかいながら話しましょう」
爵位持ちなのにも関わらず、平民の自分に対して丁寧な人だ。
審査の時に衛兵に預けた馬は内側に繋がれていた。入り口に戻ると、ナッフート団長も馬に乗っている。
「それでは行きましょう」
一歩後ろを着いていこうとするが、ナッフート団長に促され隣に並び歩き始めた。
「おいくつなんですか?」
「秋で19になります」
「若いですねー、ちょうど私の半分ですか」
騎士爵は38らしい。年齢の見立ては間違ってなかった。
「38で騎士団長もお若いんじゃ?」
「そうですねー、若い方かもしれないです」
今まで会ったことのある騎士団長は、若くても40後半だった。30代でなるという事は相当優秀なのだろう。
「敬語はやめて頂けませんか?騎士団長と団員ですし、自分は平民です」
いくら近衛から派遣されたという名目があるといえど、平民の自分が爵位持ちから敬語を使われると違和感がある事この上ない。
「うーん、まぁ、そうですね。これからは普通に行かせてもらうよ。あと、俺も平民の出なんだ。身分とかは気にしなくて良い」
これには驚いた。平民から爵位持ちになるには物凄い運と実力が必要だ。しかもそれを30代で達成している。
「それは、、すごいですね」
「色々あってな」
また、優しげな笑顔で答えが返ってきた。
「そういえば砦前の露店はいつもなんですか?」
「あーあれか、いつもだよ。砦の前1000フィートまでは辺境伯領でな、辺境伯領は税が安いんだ。だから周りの村からああやって店をやりにくるのさ」
「成る程」
「辺境伯がいるノルデン城下を見たらもっと驚くぞ」
そこまで言われると、ノルデン城下がどうなっているのか期待せずにはいられなかった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。