18.北方樹海(西)
樹海の中で迎えた朝は、やけに重たい雲が頭からのしかかる不穏な天気だった。その不穏な空気は徐々に実体を伴い、雪として我々の頭上から降り注いでいる。その分朝食の調理に火を使うことが出来るのだけが救いだ。これからしばらく続く冷たくなった肉と、硬くなったパンに憂鬱を感じながら最後の暖かい朝食を食べた。
「出発だ!」
部隊のかけ声に対する反応も悪いが、それが天気による物なのか、接敵が近い緊張からなのかは分からない。
「ちょっと待って。ここから少し西側に回るよ」
「ん?分かった。なにかあるのか?」
「これ見て」
昼が過ぎて雪が止んですぐ、集団の先頭を歩いていたパウラが立ち止まった。追いついた所で報告を受けたが、理由が分からず戸惑っていると、彼女がゆっくりと先の雪原を指をさした。
「あそこの木の下、すこし雪が盛り上がっているのが見える?」
近い所を探してみるがパウラが指さす先は、かなり先だった。そこには大きな松の木があり、その下は雪が積もっているが、微かに一部に木の幹が隠れるほど雪が盛り上がっているのが見える。
「あぁ、確かにあるな」
「あれは、帝国の簡易哨戒のポイントだよ。ああやって一晩を越す場所を木の下に構築するの。今回は居なさそうだけど、これから注意してみて欲しい。いたら倒さなきゃ……」
「わかった。ありがとう」
帝国の簡易哨戒ポイントを遠目に見つける作業は、自分の視力の活かしどころだった。教えて貰った特徴を基に、森の中を見てみると意外に多くの場所が存在している事が分かる。もちろんただ雪が偏って積もっているだけの場所もあるが、それを抜いても間違いなく森の手が用意している哨戒ポイントの数より多かった。
サルキにその理由を聞いてみると、”人間の誇り教”を国教としている帝国は、軍事面においても人間以外を活用することができないので、鼻や目のいい種族を使うことが出来ないそうだ。それによって余計な人員を広範囲に使わなければいけない、というのは常識らしい。
「またあった。今度は……いるな」
「本当に隊長は目が良いですね。全然見えませんよ」
かなり遠く、今日初めて遭遇した帝国の哨戒兵だった。樹海の間を縫って見える木の下に、二人の兵士が見えた。樹海の中では距離は良く分からないが、向こうは全く気付いた様子無く喋っている。
「パウラ。みえるか?」
「いや、見えない。遠すぎるよ」
「どうやって処理する?」
「静かに、ゆっくりと近づいて、倒すしかない」
「随分難しい事をするんだな」
「仕方ないんだよ。今は雪も降ってないし、隠れて突破も出来ない」
「そうでもなさそうだ」
空からは大きな粒の、雪が落ち始めている。また視界も十分に取れないほどの大雪が来るだろう。
この予想は間違いではなかった。
昼休憩も兼ねて立ち止まった我々は食事と休憩のために、帝国の斥候の真似をしてそれぞれが木の幹と雪の間で体を隠し、しばらくの待機となった。
小さい雪の結晶がまとまり、大きな粒となって我々の目の前に降り注ぎ始めてから、そう長い時間も経たず、辺りはあっという間に白い世界となった。先程まで絶え間なく聞こえていた味方の衣擦れや鎧の当たる音が、雪ですべて吸収され、無音の世界となり、わずかに聞こえるのは、隣にいるサルキとパウラの呼吸音だけだ。
「そろそろ、出るか」
「そうね、これならたぶん視界も通らない」
「帝国の哨戒ポイントは、更に奥にもあるのか?」
「いつもなら3、戦時は4重って感じね」
「森の手でもそう聞いています」
「では、これから最低で4回もこんなことを繰り返さないといけないのか」
このまま、この動きづらい状況が続くのであれば、少し予定に遅れが生じそうだった。時間を掛けたくないという思いが、すこしの不安となってが口に出た。
「でも、見つかるよりはいいかと思います。パウラ殿もいらっしゃいますし、我々だけで向かうよりは早く敵の背面に到着できるでしょう」
「そうだな」
静かに出発した我々は、敵の間を慎重に抜け、更に樹海の浅い所へと向かって行った。途中何度も敵の哨戒部隊と遭遇するかと思ったが、結局その後は2回ほど迂回したのみで済んだ。迂回に大して時間が取られる事はなかったが、それは次の日の昼前まで丸一日降り続けた雪のお陰でもあった。
「眠たいな」
隣で休憩していたカールが、しばらくぶりに出した言葉がこれだ。雪が降り、視界が通りづらく痕跡も残りづらい状態になっている間に、なるべく大きく移動しようとした結果。昨日の朝からほぼ止まることなく動き続けていた。深夜でさえ細かく休憩することで移動時間を短縮した為、睡眠時間はいつもの半分以下だった。
それに敵がいつ木の陰から飛び出してくるか分からない状況は、精神的な疲れを蓄積させるのだ。誰も彼もが疲労を顔に出している。こういう時に少し足を止めて休む指令を出すのも部隊を率いる者の役目だろう。
「いっかい休むぞ。各自数人で組んで分散、また夜に動き出す」
静かに頷いた部隊が、散り散りに木と雪の間に入って行った。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




