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15.落下


 口から吐き出す息は真っ白で、スノーシューを履いている足元は重く、全力で走っていても前に進まなかった。時々後ろを振り返る度に変わらないウィルとの位置関係と、徐々に大きくなっていく真っ白な巨体が自分達の足の遅さを際立たせた。


 ゆっくりと近づく最初の雪庇と、背後から迫る樹海熊の速さが明かに釣り合っておらず、このままいくとウィルが雪庇に到達する前に手が掛かってしまいそうな状況だ。このままだとウィルがまずい。

 

「先に行け」

「えっ!ちょ!隊長!!」


 いきなり止まって振り向いたことで、驚きの声を出した味方を先に行かせて、腰から一本普通の矢を引き抜いた。ウィルの少し後ろまで迫った樹海熊の巨体に普通の矢が効くとも思えないが、完全に目の前を走るウィルに意識を向けた樹海熊には、先程のように矢を避けたり叩き落としたりするようなことは出来ないだろう。


 狙いは……目だ。


 狙いに意識を集中すると、雪原を走り回っていた先程まで意に介していなかった場所に、注意を持っていかれる。寒さ対策に口元まで上げた布の中は荒い息をし続けた後、急に止まったことで凍り付いてしまったようだ。随分と水分を含んで冷たくなっている。更に鼻の横から漏れた吐息が、自分の睫毛を濡らし凍り付かせている。瞬きの度に随分と瞼が重たく感じた。


 意識を戻せ。ウィルに余裕はない。


 分散していた注意を無理やり目の前に戻し、ゆっくりと弓を引き絞り狙いを定めた。


 空中に放り出され、寒空の中を風切り音と共に前進する矢が、ウィルの頭上の空気を引き裂き白い樹海熊の額に中った。

 巨体は意識外からの奇襲に対して、一瞬驚いたように動きを止めたがそれだけだ。熊特有の分厚い皮膚と分厚い頭蓋骨によってかすり傷も与えれていないのだろう。

 そもそもが弓矢で弱点を狙って仕留めるのは至難の業であるのに、この距離で尾根の上を吹き抜ける風をかいくぐり、目という小さい的に命中させるのはもはや神業に近い。

 一瞬言い訳が頭の中を巡るが、恐怖を隠すこともせずこちらに縋るような視線を送って来るウィルを見て、頭の中からすぐに追い出した。


 狙いの雪庇は自分の少し後ろだ、もう少しだけ時間稼ぎを出来ればいい。

 一歩ずつ後退しながら、矢を番え、狙いを定めて、放つ。

 別に弱点を射抜いて仕留めようとしなくてもいい。今度はまだ少し大きい鼻っ面を目掛けて矢を放った。白い樹海熊はこちらにも意識を向けるようになったようで、鼻先に迫る矢を避けたり、手で払いのけている。


 これが狙いだ。


 先程まで縮まる一方だったウィルと樹海熊の距離が、ほぼ一定で変化していないと言っていい状態になった。徐々にこちらに近づいて来ているウィルを雪庇の方に誘導し、自分は先に定位置に付いた味方が待つさらに先に向かった。

 肝心の樹海熊は自分を追いかけるか、ウィルを追いかけるか迷っているようだった。これで自分の方に向かってくるようなことが有れば……マジックアローを使うほかに方法はないだろう。


「隊長!無茶しないでください!」

「あぁ、すまん」


 樹海熊が逡巡している間に徐々に後退し、味方の元に戻って来たのだが、掛けられた言葉は労いではなく注意なのが残念だ。

 振り返ると、地面を蛇行するロープの先にウィルが見える。ウィルも既に雪庇の先に到達していて、恐怖心を隠そうともせず、樹海ぐまを見つめていた。

 彼は足元に全く意識を向ける様子はなく、本人は安定した足場の先にいるような感覚なのだろうが、こちらから見ていると今にも崩れそうな不安定な場所にいた。


 肝心の樹海熊はというと、こちらではなく手近なウィルの方を獲物に決めた様子で、既に自分から追い詰められに行っているウィルに向かって、じりじりと体を寄せていた。その様子は左右どちらに飛び出されても、必ず仕留めるという自信の表れだった。


「頼む」


 作戦の成功を祈るような言葉が聞こえて来る。ウィルに到達する前に雪庇が崩れ落ちてくれなければ、ウィルは自ら崖下に向かって身を投げなければならない。そして次に矛先が向くのは、自分達に向かってだろう。

 

 樹海熊が歩みを進める度に、雪庇から尾根の下に向かってパラパラと雪が舞い落ちている。その様子を見ていたパウラが少し手を上げ構えた。


「もうすぐだよ」


 全ての出来事は静かに始まった。遠目に見て分かるほど大きな亀裂が雪原に走り、尾根から飛び出した雪庇が斜め右下に滑り始めた。その上にいたウィルは徐々に体勢を崩して、必死に地面にしがみ付こうとするが、細かい雪の集合体はあっという間に四散して、ウィルの姿は尾根の向こう側へと消えた。

 尾根の下を覗き見る位置に移動していたパウラが、ウィルの落下を押さえるために魔法を使っているのが横目に見える。更にいきなり雪から出現した命綱が張り詰め、ウィルが崖下に落ち切ったことが分かった。


「やれたのか?」

「た……たぶん」


 雪庇の落下の範囲は広く、慎重に移動していた樹海熊をしっかりと巻き込んで落下していた。その証拠にあれだけ大きな巨体は何処にも見えなかった。


「パウラ!ウィルは!?」

「大丈夫だよ!一応風魔法掛けたから、体が打ち付けられていることはないと思う」

「樹海熊は?」

「多分落ちた!雪が舞いすぎて、向こう側がよく見えないんだ」

「分かった!皆、ウィルを引き上げるぞ!」

 

はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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