6.処分
どれくらいの時間、地面でうずくまっていたかはわからない。ひたすら惨めだった。
正面でも、不意打ちをしようとしても全く歯が立たなかった。”本物の騎士”と”偽物の騎士”のどうしようもない差がそこにはあった。
騎士団内の内輪揉めは厳罰だ、しかも相手は貴族で自分は平民。クビであればまだ良い。実際の首が飛ぶ確率の方が高い。
家族はもう居ないので、一族郎党皆殺しは避けられそうでよかった。ただ騎士団に入りたいと言った時に、快く送り出してくれた親父には申し訳なく思う。
痛みはまだ残っているが立ち上がれるくらいにはなった。近くの井戸で吐瀉物と土と血にまみれた体と服を洗った。全身ずぶ濡れのまま城壁を登り、南西塔の最上階で風に当たる。
小高い丘にある城からは、緑に色づき始めた平原と開墾された土地が眼下に広がっていた。
「ここから飛び降りた方が楽に死ねるな」
そんな考えが頭の中をずっと回っていたが、自分にはそれを実行する勇気は無かった。どこまで行っても"アーチャー"(臆病者)らしい。
結局すべての仕事を放り出して、地平線に陽が沈むまでそこにいた。
近衛騎士団のテントに戻る足取りは重かった。だが戻っても誰も自分のことを気に留める素振りはない。糧食の配給を貰う時に当番に「遅いぞ」と小言を言われただけだった。
次の日の朝食も任務の説明に集合した時も周りは何も言わなかったし、アーロンとその取り巻きはこっちに一瞥もくれる事はなかった。
次の日から始まった兵站の護衛は単調で、物資を積んだ馬車をスレミア城から味方の野営地まで送り、帰りは負傷者だったりを乗せて戻る護衛を繰り返す。往復にかかる時間と帰りに乗せてくる負傷兵の増加は、王国側の勝利と激戦を言葉も無しで伝えてくる。
補給が片道2日と半日かかる様になった頃、本隊は城を包囲しており、もう一往復するとすでに城は落ちており本隊は出発していた。
物資の集積地はその城になり、また城や砦が落ちると集積地が変わる。その繰り返しが5回を数えたところで、王国は帝国に奪われた土地を全て奪い返し、国境の川を渡り橋頭堡となる砦を奪っていた。
季節は夏へと移り変わる最中だった。騎士ほどの重装備ではないが、アーマーの下は汗ばむ。少しでも涼しくする為に、体の隙間に風魔法で風を吹き込み、体を冷やしながら動いた。
そして本格的な夏に移り変わる前に軍は解散した。
第一王子と同行していた第二から第五近衛騎士団は王都への帰途についた。王子は失った王国領を全て奪い返し、更に敵地の砦を奪う大戦果を挙げた。王都に帰ると王城までの道は民衆で溢れる大歓声のパレードの様だった。
「アルトゥール第一王子万歳」
「オロール王国万歳」
第一王子が城門に到達してもその声が止むことはなく、王都中に響き渡り続けた。
その大歓声から7日が過ぎたころ、自分は第三騎士団長の執務室にいた。
「暑くなる前に戦争が終わってよかったな」
団長は椅子に深く腰掛け、表情もなくこちらを見上げている。
「はい」
「お前は弓兵で装備は少ないし、風魔法が使えるから幾分か楽だろうがな」
「私の風魔法など焼け石に水です」
恐らく嫌味で言われたであろう言葉も気にかける余裕はなかった。弓兵の末端である自分が直接騎士団長から呼ばれることは滅多にない。今回呼ばれたのは間違いなくスレミア城での件だ、冷たい汗が背中を伝わる。
「そうか、それはさておき本題に入ろう」
あぁ、次の言葉は聞きたくない。
比喩として首が飛ぶのか、それとも。
頼むから比喩であってくれ。
「お前には、王国北東部のカーマイン辺境伯領に行ってもらう」
予想外の言葉だった、状況がよく掴めない。
「はい、カーマイン辺境伯領ですか・・?」
「そうだ、ここから30日ほどの場所にある。知っているか?」
「名前くらいですが、期間は?」
「丁度カーマイン辺境伯から、中央の弓兵を技術教官として欲しいという話を貰っていてな。期間は向こうがいいというまでだ」
「分かりました。他には誰が?」
「近衛騎士団からお前1人だ」
おかしい。確かに自分の腕には自信があるし、第三騎士団だったら自分が1番上手いという自負もある。だけど何故1人だけなのか。
そこで理解した、これは体のいい追放だ。
おそらくアーロンの根回しだろう。配下の隊規則違反は団長の責任にもなる。目の前にいる騎士団長は今年で引退で、不祥事で晩年を汚したくないのだ。その為には身寄りのない平民を何処か遠くへ飛ばすのが1番良い。
「了解しました」
「うむ、では出発は明後日、細事は弓兵隊長に聞くこと。以上、質問あるか?」
「ありません」
「ならよし、退出を許可する」
「失礼します」
回れ右をして扉から出ようとすると、呼び止められる。
「自分の身分を考えろ、次の所ではトラブルを起こすなよ」
「失礼します」
さっきの予想は確信に変わった。
自分の居室に帰ると同室のマルセラがいた。
「おう!」
いつも通り陽気に挨拶をしてくる。
「良くなったんですね!」
「腕の方はな!久しぶりに会ったぞ、どこ行ってたんだ?」
「えぇお久しぶりですね。ちょっと野暮用で」
「そうか」
そこまで会話した所で、マルサラの荷物が無くなっていることに気がついた。
「聞いてるとは思うけど、辞めるんだわ近衛。だから一応挨拶しとこうと思ってな」
「・・・やめて、どうされるんですか?」
「まだ決めてないよ。嫁さんもいるしな、とりあえず家の仕事手伝いながら次の事考えるさ」
「そうですか、」
「元気でなリデル。怪我に気をつけろよ」
そう残すとベットから立ち上がり、杖をつき片足を引きずりながら扉へと歩いていく。
「お世話になりました」
「おう!また何処かでな」
自分もこれから近衛を追放されることは言えなかった、言う暇さえもらえなかった。
日が暮れるまでに自分の荷物を片付けようと、テキパキと荷造りをしていると弓兵隊長が入って来た。
「リデル、今時間あるか?」
「はい」
「これが紹介状とかの書類、絶対に無くすなよ。貸与品は明日返せば良い。あとこれが・・・」
隊長は淡々と必要事項を伝えてくる。
「あと、なんだ、まぁ向こうに行っても頑張れ」
「ありがとうございます」
短いが珍しい激励の言葉を残して、隊長は去って行った。
次の日は両親の墓に行った。母は自分を産んだ時に、父は去年亡くなった。訓練騎士団にいて死に目に会えなかったのは今でも後悔している。
「それじゃあ、行ってくるよ」
短く挨拶し、帰り際に街中で買い物をして次の日を迎えた。
出発の見送りは無かった。乗っていく馬を引っ張り出す為に厩舎に行ったら、飯をくれと催促してくる。結局城門の衛兵以外でこちらに声をかけてきたのは世話をした馬達だけだった。
貸与品のプレートアーマーだったりは全て返した。唯一持ち出しを許されたのは馬のみだが、辺境伯領に到着すれば辺境伯の物になる。
自分のものである着替えやテントを馬に縛り付けて、胸当てを付け外套の上から弓を背負う。
歩き出した馬の背中から、第三騎士団兵舎や演習場、一つ一つを見ていくが名残惜しさは感じない。"ここを離れられてよかった"という気持ちの方が大きかった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。