8.抜け道
この日は曇り、雪が降るの日が多い北方樹海では珍しく快晴だった。お陰で朝一番の空気は吸い込む度に体の中の水分を凍らせる感覚がする。雪が降っていた方が寒く感じないという事を、このカーマイン辺境伯領がある北方地域に来てから初めて知った。だがその寒さのお陰か、アーマードウルフの肉はあっという間に凍り、持ち運びしやすくなっている。
半日が経過して山の斜面に近づいているのが、実感できるほど足元は傾斜を始めていた。斜面を歩いているとどうしても休憩回数が多くなってしまうのだが、歩き続けていつしか汗ばんだ体は休憩で止まらない方が暖かく感じる。
「斜面がきついな、これからは登山か……」
「パウラは本当に冬のアイボリー山脈を超えるつもりなのか?かなり……厳しいぞ……」
隣で腰を下ろしながら呟いたカールの疑問は自分も思う所だった。
アイボリー山脈は、カーマイン辺境伯領を取り囲む東側から合流するエクリュ山脈と合わせて、この大陸の高峰として有名な山々が連なる。特に西側のアイボリー山脈はこの大陸でもっとも高い山々で、冬は厳しい寒さと目まぐるしく変わる天気に晒されており、超えることは困難というのが通説だ。
もし、エルフが寒さに強いから自分達人間にも超えられるという予想の元動いているのであれば、それは訂正しなければいけない。撤退の判断もありうる。
会議の時は風魔法の使い手である自分にだけ共有すると言っていたが、結局今まで山越えルートの話は一度も出てきたことはなかった。もしかしたら、今朝共有するつもりだったのかもしれないが、朝の一件以来一度も話せていないのだ。
「今日の夜には、どういうルートを通るのか聞いておくよ」
「頼むよ、隊長。みんな不安なんだ」
そこから幾度かの休憩を挟み、日没手前には野営の準備を開始した。周囲に見える木の高さと数の少なさから、既に山を大分登っているのが分かる。
風が直接当たらない窪地となった場所にある、木の一つの近くに円形に広がる天幕は急変した山の天気によって、あっという間に雪が積もり始めた。外での調理と食事はすでに終わっていたから良かったものの、この空の調子では明日も身動きを取ることが出来るかどうか不明だった。
その夜明日からの動きについて話すために、気まずさを押し殺してパウラの天幕に出向いた。
「リデルだ、入っていいか?」
「どうぞ?」
パウラのぶっきらぼうな声が天幕の中から聞こえた。
「なに?夜這い?」
「違う、明日からの動きの話し合いだ」
「それなら、私についてこれば大丈夫っていったよ?」
「パウラはカレリア砦の会議の時、自分にだけアイボリー山脈越えのルートを話すと言っていただろ?もうそろそろ教えてくれても良いんじゃないか?」
「今朝教えようとしたのに、天幕から叩き出したじゃない?」
「今日の朝に、本当に教えようとしてくれてたなら謝るよ」
「そう、別にいいけど」
明らかにパウラの機嫌が悪いのが分かるが、こちらもおずおずと引き下がるわけにはいかない。私の双肩には隊員50人の命、ひいてはカーマイン辺境伯領が乗っている。
「では、教えてくれるか?」
「……秘密の通路があるの。もう少し登ったところに岩肌が割れているところが有って、そこを通り抜けると山間の標高が低いところを通れる。そこは両側が急な崖になっているから、落石がよくある危険な場所なんだけど、その落石さえ避けることができれば安全に反対側に抜けることが出来る。最後は少し複雑な洞窟を抜けると、貴方たちの区分けで言う帝国領側」
パウラが言うには、山越えを行うわけではなさそうで安心した。両側が急な崖ということは、今吹き荒れている雪と風もその場所だと避けられそうだ。
「その場所を抜けていくのにどれくらいの時間がかかるんだ?」
「そうね、基本は一泊を挟まなきゃいけないと思ってくれていいよ。明日の朝一番から動けたとしたら、超えることはできるけど、到達できる範囲で野営するのに適切な場所がないから、最初から洞窟とかで野営した方が良い」
「なるほどな、理解した。帝国側はその抜け道を知らないのか?待ち伏せされている可能性は?」
彼女はすこし諦めたような、悲しみを隠すような笑みを浮かべた。
「多分それぞれの種族で異なる抜け道を持っている筈だけど、今説明した場所を知っているのは私のエルフの一族だけ。つまりもう私一人。他に知っている人は、皆あなたたちが殺したでしょ?」
「……そうだな。じゃあ、また明日頼むよ」
「お任せを”隊長”」
彼女の天幕から自分の天幕に戻り、明かりもつけず闇の中で一人考えた。
パウラがあまりに普通に過ごしているので、彼女の身に起こった事を忘れていた。彼女がエルフと同じように風魔法が使えて、弓の扱いに長けている自分に拘るのも、今朝の自分の寝袋に潜り込んできたことも、彼女にはもう身寄りがない、頼れる人が居ない事が原因なのだろう。
そう考えると、彼女はただ心を開ける人を求めているだけだったのかもしれない。今となってはパウラにどう思われているかは分からないが、一人の男として隊員たちと共に彼女も守らなければいけないという使命感が湧いて出てきた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




