5.怒り
テントに戻り他の弓兵達と雑魚寝で休憩していると集合がかかった。テントを出てすぐの集合場所では涼しげな表情の団長が立っている。
「皆、ご苦労。これより命令下達を行う」
マルセラ曰く、いつも威力偵察を行った部隊は後方に回るという話だった。いつも通りであることを祈りながら、話の続きを聞いた。周りの者たちも同じようで、表情から期待が見て取れる。
「王国近衛第三騎士団は、ここより1日のスレミア城に後退する。そこで1日休息を取った後に、物資集積地であるスレミア城から本隊への補給護衛を行う。出発は1刻後、準備かかれ」
「「「おう!」」」
本当に後方任務になった為、団員の表情は明るい。自分も口角が上がるのを抑えられなかった。
マルセラに伝言し、自分の荷物を撤収し馬に括り付けた。あとはテントの撤収を手伝おうというところで、弓兵隊長に呼び止められる。
「リデル、撤収はいい。マルセラを連れてきてくれるか」
「わかりました」
返事をして、向かおうとするとまた止められた。心なしか何かを言いづらそうにしている弓兵隊長の表情が気になる。
「なにかありましたか?」
「マフセラは自分の怪我について、お前に何か言ってたか?」
「いや、特に何も」
確か治療がきつかった話と、隊長が来た時に暫く安静するという話しか無かったはずだ。
「マルセラは、恐らく騎士団を辞めることになる」
いきなり驚く話が出てきた。うまく言葉が出てこない。
「えっ!何故?」
「魔導士曰く足の骨が砕けていたらしい。歩けるようにはなるかもしれないが、騎士団を続けることは不可能だろう」
「いや、でも歩ける様になればまた」
「騎士団はキツイ、健康な者にしか務まらん。それに俺もお前も、マルセラも平民だ」
隊長の話してることに間違いはない。訓練や戦闘で走り回り、自由に動けなければ自分や仲間が死ぬ。そして完治まで長くかかるような怪我を負った場合は、貴族でさえ近衛騎士団に籍を置き続ける事は難しい。それが平民だと尚更だ。
「納得してない顔だが仕方がない。お前の心のうちに留めて接してやってくれ」
マルセラを迎えに行き皆と合流するまでの間、マルセラはいつも通り軽口を叩いていた。だがそれにいつも通り笑い返せていたのか、自分では分からなかった。
スレミア城への後退は迅速に行われ、2日目の昼に入城できた。その間、負傷者は馬車にまとめて乗っていた為、マルセラとはご飯を持って行く時しか会話する機会はなかった。どういう顔をして話せば良いのか分からなかったので、丁度良かったと思ってしまっている自分がいる。
次の日は騎士団は丸一日休みだったが、下っ端の自分には雑仕事があった。ある程度雑用をこなして馬にカイバをあげていた時、近衛騎兵達が馬鎧の手入れをしに厩舎に来た。3人それぞれ馬鎧を持ち寄ると汚れを落としている。彼らはいつも通り随分と大きい声で会話している、自然に声が耳に入ってきた。
「俺は今回5人はやったぞ」
「相変わらず強いっすわ」
会話の中心にいる男はクレース侯爵家の次男坊アーロンだ。ことあるごとに絡んで平民出身のやつをイビリに来る嫌なやつだ。どうやら自分の手柄を周りに自慢しているらしい。
「でも本当だったらもっとやれたんだよなー」
「そうなんすか?」
「いや最初の突撃の時によー、ゴミ吹き飛ばしちまってさ、馬の行き脚が付かなかったんだよなー」
思わず手が止まってしまう。話の流れから察するに、ゴミ呼ばわりしてるのはマルセラの事ではないのだろうか。思わず作業の手を止め振り向いてみると、3人でこちらをニヤニヤして見ている。
こちらを怒らそうとしてるのはよく分かった。今すぐにでも飛び掛かりたかったが、貴族にくってかかれば平民の自分の首が飛んでしまう。
「そういや自分もゴミが転がってたんで、馬が踏んじまったんすよね。馬が脚を壊さなくて良かったすわ」
周りの金魚のフンがニヤけ顔で更に続ける。
気付いた時には、3人に向かって歩き出していた。戦場で味方の馬に吹き飛ばされる事故はよくあるから仕方ないとしても、わざわざこちらをいびるために世話になった先輩を馬鹿にされるのは許せなかった。
「何か用か?荷物持ちの平民風情が」
アーロンが自分を見下す視線に侮蔑が混ざっているのがわかる。6.3フィートの大柄な男に見下されても怖気付くわけにはいかない。
「アーロンさん、俺たちはゴミか?」
「なんの事かわからんなー」
「さっきのマルセラさんの事だろ」
「あのゴミ、名前あったんだな」
そう言って笑いあっている3人にどうしようもない怒りが湧いた。
「てめぇ!!!」
次の瞬間には殴りかかっていた。
力を込めて振り上げた拳は、相手の体に届く前に、事もなげに受けられた。
「教育を受けてないとすぐに暴力に頼るんだよな」
アーロンがそう言うと同時に、自分の身体に衝撃が走った。間髪入れずに、物凄い吐き気を催しうずくまる。
たぶん膝蹴りを入れられた。見えなかった。
「ハッ、雑魚が。アーチャーが本物の騎士に勝てるわけねーだろ」
言葉と唾を吐きかけて「すっきりした」とか、「さっきの蹴りが」どうとか言い合いながら、アーロンと金魚のフン達が厩舎から出ていく。
なんとか吐き気を抑えながら立ち上がり、厩舎の出入り口にあったスコップを手に取る。
「絶対に殺す」口に出ていたかも分からないほど、強い殺意が芽生えた。
駆け寄り、渾身の力を込め振り下ろしたスコップは、またもや空を切って地面に突き刺さる。
自分が前を向いた時にはアーロンはこちらを向いていて、前蹴りをしているのがゆっくりとした世界の中で見えた。
鳩尾に突き刺さったつま先による吐き気は、今度は抑えることができなかった。朝飯が滝のように出てきた。
その後はひたすら3人からボコボコにされた。頭を守るのに必死で、何回殴り蹴られていたのかわからない。
「このまま近衛に居られると思うなよ」
朦朧とする意識の中でそんな声がした気がする。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。