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6.束の間の休憩


 会話をしていた自分の後ろで黙って控えて居た9人が、指示を待つように立っている。出発時とは様子が違えど、全員が無事に帰ってこれた事で安堵の表情を見せていた。


「明日の日の出と同時に出発する。各々体を休めておいてくれ。まだ城内に残党がいるかも分からない、常に2人以上で行動するように」


 指示を聞き、静かに頷き別れていく男達の後ろ姿を見送り。自分のすべき事を考えた。

 取り敢えず大事な右腕の感覚を確かめてみる。右手を握り込む時の痛みに思わず顔をしかめて、声が出てしまった。今の自分では戦場で何もできない。


 「5日だ」


 5日あれば包帯越しに弓矢を握れるようにはなるだろう。近衛で訓練した時はこれくらいの傷なら5日で治った。だがそれも優秀な近衛付医療団がいたからだ。忙しそうに働くノルデン城の医療班達には、今声を掛けることができない。自分よりよっぽど重症な者たちの看護に動き回っている。

 この怪我は少し長引いてしまいそうな予感がした。


「リデル隊長」


 声の元を振り返るとさっき出て行った筈のフレディがいた。その後ろには騎士団の3人もいる。


「一緒に来ないと、一人なので大ホールから出れなくなってしまいますよ?」

「ハハッ確かに。俺の指示だとそうだな!」

「行きましょう!皆で傷の治療をしましょう」

「うん。行こうか」





「準備できましたよー」


 敵の手が及んでおらず綺麗なままだった兵舎の中で、エドガーとカレリア砦までのルート取りを話していると、フレディとアントン、ウィルの3人が湯船の準備をしてくれた。

 湯船の水はただの水だが、右腕の傷によく沁みた。傷と体を綺麗にして上がろうとすると、突然フレディの笑い声が浴室内に響く。


「どうした?」

「いや、これ見てくださいよ」


 指さす先には入る前と似ても似つかない、私たちの体から染み出した汚れで黒く染まった湯船があった。自分たちの頑張りを写した様なその黒さが何故か笑えてくる。


「これじゃあ、入った意味ないですね」


 疲れているからなのだろうか、安心したからなのだろうか。5人の男達はくだらない事で大笑いした。



 昨日の夜、男だらけで「恋人にやって貰いたい」などと冗談を言い合いながら巻き合った包帯には、血が滲んでいて、怪我を忘れさせないように鈍く時々鋭い痛みが襲って来ていた。

 陽はまだ登っていないが、夜明けが近く窓の外に見える空は白んでいる。傷の痛みでひと足先に起きた自分には、行かなければならない場所があった。


 城内の研究室で”マジックアロー”を補充しなければならない。


「どぉわぁ!」


 ボロボロになった研究室の扉を開けると、暗がりの中明かりもつけずに座り込んでいる女性がいた。人がいるとは思わず入ったことで素っ頓狂な声が出てしまう。


「えっ…と」


 目が慣れ始めて見えた横顔には見覚えがあった。ルーシーだ。


「こ、こんな時間にどうされたんですか?」

「父の容態が優れないのです」

「そうなんですか...」


 何か気の利いた事を言う事が出来れば良かったのだが、これ以上の言葉を自分は持ち合わせていない。


「傷は治癒魔導士に塞いでもらったのですが、血を失い過ぎているようです」


 頭の中に大ホールに運ばれて、担架の上に横たわるマクナイト男爵の姿が浮かんだ。全身が血に塗れて血の気はなく、ひどい顔色だった。


「ここ2日3日が山場だと」

「それは...心配でしょう。ですが、男爵なら何事も無かったかのように戻って来てくれそうだと思います」


 軽い気休めにしかならない言葉ではあるが、それが自分の中でのマクナイト男爵の印象だった。少し会話をしただけだが、あの飄々とした口調で「いやー、大変でした」なんて言いながら、一月後には元気にしてそうな気がするのだ。


「そうですね。父ならばという気もします」

「えぇ!きっとそうですよ!」


 静かに頷いている彼女は、昨日まで男爵の側を離れるのを断固として嫌がっていた。そんな彼女がここで何をやっていたのか気になった。


「ところで、ルーシー様は朝早くからここで何を?」

「ここで研究したもので、父の治療に役立つ物を。と思ったのですが、私が研究していたのは、結局人を殺める技術だけでした」


 その表情は暗く、自分自身を攻めているかのようだった。


「その研究のおかげで、自分はここまで生きて帰ってこれましたし、お二人を、辺境伯を救うことが出来ました。感謝しています」

「そうですか...それは...よかった」


 以前、実験に付き合った時のルーシーならば、「どうでした!?マジックアローは!?」という声と共に、太陽のような笑顔でこの会話に食いついて来ただろう。だが、今は心ここに在らずと言った感じで、頭を抱えている。

 聞いた話だと男爵はルーシーを守る為にあんな状態まで戦っていたのだ。そこまでしてくれた父に対して何もできない自分を攻めているのだろう。その姿を見ていると、ふと病床に倒れた自分の父の言葉を思い出した。


「もし、ご自分の無力さを感じていらっしゃるのであれば。『なにも出来ることがなくて、そばにいる事しか出来なくても、それだけで良い』と昔、亡くなった私の父が言っていました」

「そうなのでしょうか」

「そういうものなのかと思います」


 しばらく無言の時間が過ぎた。

はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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