5.貴族令嬢
「ルーシー様の部屋は?」
自分の問いかけに答えることなく無言で歩き出したルーシーは、階段を挟んで反対側の部屋に向かって行った。自分からかける言葉も思い付かず、何か起きた際に守れる程度の距離を保って付いていくことしかできない。
「少しお待ち下さい」
ルーシーの部屋に到着したのだろう。彼女は不用心にドアを開け、入って行こうとするので慌てて止める。まだ潜伏している敵がいないとも限らない、短剣を手に持ち先に部屋に入った。敵が隠れそうな場所やクローゼットを見てみるが大丈夫だ。これでルーシーも安全だろう。
「ルーシー様、私は部屋の前におりますので」
「えぇ」
気落ちした彼女は短い言葉を残して、部屋に入って行った。警戒のために部屋の前に立つと、静かな空間に彼女の着替える衣擦れの音が響く。ついつい意識してしまうが、そんな場合ではない事は重々分かっている。意識を逸そうと質素だが作りこまれた室内の飾り付けを見たり、外の喧騒に集中することにした。
「リデル殿」
唐突に部屋の中のルーシーから話しかけられて、思いがけず体が跳ねた。
「ここに」
「何故、私が先程の様な格好、地肌が見える格好で外を歩いてはいけないか、ご存じで?」
「...貴族だから。でしょうか」
「そうとも言えるわ。貴族の令嬢はね、清廉と純潔を重んじられるの、つまり私があいつらに乱暴されてようと、されてまいと、されたように見える格好は、私の貴族令嬢としての将来を閉ざすのよ」
「なるほど」
「それはね、今回みたいな乱暴者の狼藉でも、婚姻関係の破棄でも変わらないわ」
「そうなんですか…」
「だから、貴族に嫁入りした後は離縁されないように、媚び諂うのよ」
「ルーシー様には合わなそうですね」
「えぇ。そんなことなら夫の身分にこだわる必要はないとまで思っているわ」
いつもの元気な声色とは違い、しっとりと落ち着いた口調で語る彼女の話は重い。貴族の世界は、私にとって無縁で分からないことだらけの世界だ。婚姻がどうとか純潔がどうとか、その世界で重んじられる価値観も私には理解が出来ない。ただお互いが好きであれば良いという、平民の価値観でしか男女間を見てこなかった。
「貴族の世界は下らないと思わない?服装如きのこだわりで、私が乱暴されそうになっている所を、身を挺して防いだ父の側にもいることが出来ないのよ?」
「まぁ、それは...。治療は任せるしかありませんでしたから」
「私が邪魔だったとでも?」
言い方が悪かったかもしれないが、実際それは事実だったとは思う。担架に縋りつく彼女はいち早く治療しなければいけない、マクナイト男爵にとって邪魔だっただろう。だがそれをそのまま伝えるわけにはいかない。
「あっ、いえ『いや、分かってるわ』」
その言葉と共に部屋から出て来たルーシーは身なりが綺麗になり、いつも通りの気品あふれる貴族令嬢といった所だ。
「確かにあの時は取り乱してしまっていました。それも着替えているうちに落ち着きました。父の元へ案内してくれる?」
「承知しました」
主要な場所で今回の襲撃を無事に切り抜けたのは、ノルデン城の大ホールのみと言ってもいいだろう。救護所もそこにある。邸宅から大ホールまでの間ではお互い喋ることはなかった。彼女の一歩後ろを歩く自分は傍から見ると、令嬢と従者といった所だろう。
「お父様...」
大ホールに到着し、そう言って父の側に駆け寄る彼女の後ろ姿を見送ると、少し責任から解放されて落ち着いたような気がする。ここまで気にする余裕の無かった、右手が更に痛み出した。心臓が右手に付いているみたいだ。
止血の為に手近な布を手に巻いていると、鎧姿になっている辺境伯が近寄ってきた。戦闘が終結した今になって鎧を着る意味がわからない。次の襲撃があるとでも言うのだろうか?
「辺境伯、何故鎧を?」
「これからが本番なんだ」
その言葉はどういう意味で発されたのか理解はできなかった。そのままの意味で受け取るとすれば、まだ敵がいるということだろうか?
「まだ敵が来るんでしょうか?」
「いや、すでに来ている」
「えっ?」
「帝国領との砦に既に1500ほどの兵士が押し寄せているんだ。騎士団長や他のものたちは既に向かっている」
確かに本来であれば、辺境伯の1番そばにいる騎士団長を見なかった。そもそも城で見た騎士団の数も死体も少なかった。
「君たちが来てくれたお陰で、騎士団が前線に出ていてもノルデン城はなんとかなった。次はこの領地を守り切らなければならない」
「私達もお供します」
「そうしてくれ、残念ながら休む暇はないぞ」
「わかりました」
もう一度矢筒を背負い直すと、手で制された。
「待てそう焦るな、お前らは今ボロボロだ。体を綺麗にして、治療を受けてから追って来てくれ」
「ですが」
「多少の遅れは構わん。お前たちは今まで任務だったしな。それにその手」
そう言って辺境伯が指差した先には、布を巻きつけて尚、血が滴り落ちる自分の右手があった。
「アーチャーがその手では、何もできないだろう」
「はい...」
「また後でな。カーール!行くぞ!」
後ろに控えていたカールを呼び寄せると、辺境伯は颯爽と大ホールから出て行った。自分は後から来るように言われた以上、ノルデン城に留まるしかない。沢山の人が行き交う大ホールの中は、まだまだ騒然としていて、辺境伯が立ち去る足音はすぐにかき消された。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




