4.ルーシー
「ユーリ隊長...」
いつも優しげだった隊長の姿は痛々しい。右手の肘から先は無くなっていて、周りの者たちに介抱されながら横たわっていた。名前を呼んだ後言葉を繋げられずにいると、呼びかけられてゆっくりと目を開けた隊長と目が合った。
「よく...戻りましたね」
ユーリ隊長はいつものように淡々と話すが、絞り出すような声は弱々しく言葉を返すことができない。ユーリ隊長も自分の返答を待つことなく、またゆっくりと目を閉じた。ただ立ち尽くす事しかできない自分の様子を、後ろから見ていた辺境伯が肩に手を置いて話しかけてきた。
「ユーリ隊長は、我々全員の為によく戦ってくれた。少し休ませてやってくれ」
「はい...」
ユーリ隊長は王都から辺境伯領に来て、散々お世話になった人だ。自分達が敵をもっと早く見つけて、ノルデン城に知らせを出せていれば…ユーリ隊長は手を失わずに済んだだろうし、城内外に横たわってた人達は死なずに済んだだろう。横たわる彼を見て、ゆっくりと後悔が湧き出てくる。
「リデル殿...」
もう一度目を開けたユーリ隊長が、絞り出すような声で自分を呼んだ。数歩近づいて、膝をつき耳を口元に寄せる。
「なんですか??」
「...シー…嬢が...ルーシー嬢が」
嫌な予感がした。
「ルーシー嬢がなんです?」
「ルーシー嬢が…マクナイト男爵の邸宅…に走りました。助けに…行ってくださぃ…」
「分かりました。私にお任せ下さい」
我ながら無責任な言葉だった。既に右腕は限界を超えていて矢も撃てない状況だ。だが、救わなければならない。ルーシーの為にも、必死に伝えてくれたユーリ隊長の為にも、そして自分の為にも。
「男爵令嬢を助けるぞ、着いてこい」
疲労困憊な様子の調査隊だったが、嫌な顔一つせず装備を背負い直してくれた。
「リデル、どうしたんだ?」
装備を背負い直してまたもや出て行こうとする我々に疑問を抱いたのか、辺境伯が話しかけてきたのでユーリ隊長の話を伝える。
「本当だ…な。必死で気づかなかったが、ルーシーがいない」
「えぇ。なので今すぐ行ってきます」
「リデル、カールを連れて行け」
「ですが、私は辺境伯の護衛です」
「構わん、行け」
そう言ってカールの背中をポンと押すと、カールも渋々と言った様子で着いてくることになった。
城内に詳しい2人の先導でマクナイト男爵の邸宅へと向かう。カールに邸宅に向かう途中で聞いた話によると、マクナイト男爵は数日前から体調を崩し、邸宅で療養していたらしい。そこに襲撃が有り、心配したルーシーが邸宅に向かってしまったという訳だ。
到着した邸宅の正門は打ち破られており、男爵の私兵が戦闘した跡が散らばっていた。そこを一気に突っ切って、邸宅に入ると2階から悲鳴が聞こえる。ルーシーの声だ。
邸宅の入り口に数人を置き、カールを先頭に階段を急いで登った。幸い男爵の邸宅は広い。頼りない自分の剣術を使わずに済む。
悲鳴の響く廊下を全力で進むと、ニタニタした兵士達が廊下に突っ立っていて、部屋の中を覗いている。その兵士達がこちらに気がついた時にはもう遅く。先頭を突進していたカールの戦鎚によって、全員まとめて廊下の突き当たりまで吹き飛ばされた。
直接打撃を受けた者は既に事切れているようだが、他の兵士は健在だった。「任せろ」という短い言葉と共に、カールはそいつらに向かっていく。
痛む右手で矢をつがえながら、開け放たれたドアを覗くと、全身を血で染めながらも、必死に剣を振る男爵と、小綺麗な服を裂かれ体を丸めているルーシーがいた。
沸々と湧き上がる怒りで、右手の痛みを忘れ敵の背中に向けて三連射する。
だが、痛みを忘れた所で力一杯引けていない矢には、威力が伴っていなかった。
浅く刺さった矢に苦悶の表情を浮かべながら、振り返った3人の男は、そこに楽しみを邪魔された憎悪の表情を加えている。
「任せてください」
頼り甲斐のある言葉と共に後ろに控えていた隊員たちが、敵に踊りかかった。自分はただ交わされる剣戟と、あっという間に横たわる敵の姿を見つめることしかできなかった。
「戻りました!」
大ホールにいた医療班を呼びに行っていたフレディが戻って来た。担架に載せられ運ばれようとしている男爵に、ルーシー嬢はまだ縋り付いていて、それを周りが止めている状況だ。
「お父様、お父様!」
微かに息をしているマクナイト男爵を、必死に死の淵から呼び戻そうとしているルーシー嬢の後ろ姿からは、そのまま悲しみが伝わって来る。
「ルーシー男爵令嬢、男爵令嬢!ご令嬢がそのような格好で外に出にられては困ります!」
それでも頑として父のそばから離れようとしない、彼女に歩み寄った。
「ルーシー様、リデルです。取り敢えずこれを身体に」
手近な所にあった大きめのテーブルクロスを、なるべく生肌を見ないように身体に掛けた。
「ルーシー様の部屋まで行って急いで着替えて来ましょう」
「...えぇ。……えぇ、分かったわ。父をよろしくお願いします」
運ばれていく自分の親を茫然自失として見つめる彼女が、父が死んだ時の自分と少し重なった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




