6.潜入
木の葉で大きくなった水滴が頭に当たる。
当たった水滴は髪の毛の間を通って、顔の輪郭をなぞり、顎の先から滴り落ちていく。
さっきまで動いていた分感じなかった寒さが、体を震わせていた。暫くはそれにも耐えていたが、ついには歯の根がガタガタと震え始め、耐えがたいものになっていった。
先程まで樹海の中を動いていた分、気にならなかった寒さが、体にじかに刺さって来る。まだ夏の終わりだが"北方"樹海というだけあって、王都よりも秋が来るのが早いようだ。
周りを見てみると、他の者たちも体を震わせて、手を口の前に持ってきて息を吹きかけたり、体をさすったりしている。
大雨が小降りになる気配はなく、ただ黙って見ているのも限界が近かった。
「動くぞ」
自分の一言がよほど待ち遠しかったのか、周囲から期待の視線が注がれる。
「エドガー、残って指揮を。サルキ、ウィル着いてこい。見える位置まで近づく」
「こちらで接敵した場合は?」
エドガーが指示を待っている。
「片付けれるならやっていい、数が多かったらやり過ごせ。俺たちが戻って来なかったら、ノルデン城まで引くんだ」
「了解しました」
「フレディ、俺の荷物を持っていてくれ」
「はい」
荷物を渡している途中で、腰にある矢筒が気になった。少し本数が減ったことで、カラカラと音を立てるコイツは、置いていった方がいいかもしれない。
「えっ?矢筒もですか?」
「あぁ、音が鳴る。戦闘する気はないんだ、矢を腰に差して持ってく」
矢を数本を引き抜き、腰ひもの間に通した。
「よし。サルキ、ウィル、姿勢を低くいくぞ」
頷いた2人を引き連れて前に出る。
ここで無様に見回りに見つかってしまっては、ここまでの苦労が水の泡になる。ひとつひとつ切り株を経由して、周りを確認しながら慎重に進んだ。弓は背負ったままだ、手に持つと長くて目立ってしまう。
視界が悪いので、切り株に短刀で目印をつけながら進んでいくが、ものすごい数を伐採したのだろうか、全く敵の姿が見えてこない。
傷をつけた切り株が50を数えた頃、やっと陣地の端とおぼしき場所が見えてきた。目の前には柵、その奥には天幕が見えるが、見張のような人はいない。気配さえも感じることができなかった。
それにしても数が多い、焚火の数で想定した150人を超えるかもしれない並びだ。
〈柵を壊して侵入するぞ〉
身振りで後ろの2人に合図を送った。理解できたようで、まとまる為に2人が自分と同じ切り株に到着する。
周囲を確認して、素早く3人で柵に取り付くと、短刀で柵を縛っている縄を切り、一つの横木を外した。横木をウィルが持ち上げて、人がなんとか通ることのできる小さい穴を泥だらけになりながら這って進む。
自分の腕が地面に着いた衝撃で飛び跳ねた泥水が、口や顔に着くのが何とも不快だった。
サルキが持つ役を交代してウィルも入った所で、横木を元の位置に立てかけた。よく見れば気が付くかもしれないが、この雨の中でそこまで確認する者もいないだろう。
野営地の中に入っても人の気配がない。サルキをみるとかぶりを振っている。誰もいないという事だろう。
野営地の中央に向かって進んでいくが、空の天幕が並んでいるだけだった。戦場になった後の廃村のような、不気味な感覚に襲われる。
試しに一つのぞいてみるが、中には何もない。
なぜ天幕だけを置いていっているのか分からず、後ろの2人を見るが、首を傾げて「分からない」と無言の返答が来た。
普通は天幕を後方部隊の者達、もしくは馬車に乗せて持ち運び続けるものなのだ。いきなり寝る場所が不要になる軍隊など存在しない。
ひたすら中央へと向かっていくが、天幕はまだまだ続いていた。おそらくこれは50人規模の部隊などではない。最低でも200人は泊まっていたことがわかる数だ。
そしてそれがもぬけの殻ということはどこかへ向かったという事だ。嫌な予感がする。
ーーーぐぅ
考えながら進んでいると、急に後ろに引っ張られ首が締まった。思わず口から出た声をサルキの毛深い手が抑えている。
「臭います、前方に結構な数」
耳元で教えてくれているが、こっちは窒息しそうになり、腕をタップするとやっと外してくれた。
「うぅ、分かった、静かに行くぞ」
テントの影に隠れながら、通路を進んでいくと目の前に簡易的な天幕と火が見えた。影から見るに10人前後が囲んでいて、そのさらに奥に多くの人の気配がした。
こいつらの会話の内容を、聞き取ることが出来れば大きな収穫だ。3人で慎重に天幕をつかいながら、右に迂回していく。50フィートほどの天幕まで進んだところで、雨音に混じって声が聞こえた。
「やっと………部隊……だ。俺達は……最後……………なる」
「どれくらいだ?」
「は………出発したい」
向こう側を向いて喋っている奴の声がよく聞こえなかったが、多分この野営地からの出発について話していることは分かった。
サルキは聞き取れたようで、手招きをしてついてくるように言っている。
サルキの後ろにピッタリと付いていくと川に出た。川幅は広く150フィートいや200フィート近くあるだろう。そこに10艘の筏が係留されている。
「奴ら、こいつでどこかに向かうようです。既に何艘か出航しているようで、奴らが最後と話していました」
「そうか、分かった。それだけ知れればもう十分だ。戻ろう」
来た道を素早く引き返し柵まで着いたが、辺りが騒がしい。
サルキも耳をぴょこぴょことさせて、音の源を探っていた。
「この騒ぎを確認してから戻ろう」
声が聞こえるのは、西側の方だ。柵沿いに歩いて行くと、10人前後の人だかりが見えた。
「あぁ、まずい」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




