4.北方樹海5日目
秋の気配がした4日目とは打って変わって、5日目は早朝から雨が降っていた。まだ本降りでは無いが少し視界も悪く、音も聞こえない。
「この雨でも、先行偵察は機能するか?」
「いえ、かなり難しいでしょう」
「それなら、10人でまとまって行こう」
サルキは悔しそうな表情だ。本当は”森の手”の者に先に歩かせたいのだろう。だが、正直に答えてくれているのは、樹海と獣人について理解のない自分にとってはありがたかった。
そうして出発した10人の男達は、ひたすら川を下流に向かって進んだ。
出発してすぐに本降りになった雨によって、まだ川は増水していないが、河原を見る限り足跡があった場所らへんまでは水没しそうだ。この雨では足跡も流されてしまう。もし痕跡が残っているのであれば、今日のうちに見つけておきたい。
少しでも痕跡になる物を探すために、雨の勢いに負けて伏せがちになってしまう顔を、無理やりあげながら進んだ。目に当たる雨粒が痛かった。
出発してからかなりの時間が経ったように感じているが、おそらく昼前くらいだろう。先頭を自分と共に歩いていたサルキが足を止めた。
「ん、どうした?」
「今、雨の匂いに混じって、一瞬…人間の匂いがした気がします」
自分も鼻に全神経を集中させて空中を匂ってみるが、所詮は人間の鼻だ。分かるわけもなかった。
「俺には分からないな。誰か匂いを感じたものはいるか?」
森の手の者達に向かって声をかけてみるが、首を捻っている。サルキも自信がないようで、「気のせいかも知れません」と言い始める。
「いや、何かがありそうだと思った時は大抵何かがある。河原を歩くのはやめるぞ。樹海に入る」
支流を視界の端に納めながら、樹海を歩き始めて少し経っても、一向に人間のいるような気配はない。
雨脚が弱くなり始めて、サルキの気のせいだったのかと思い始めた頃、一際目立つ大木に行き当たった。
「これは?」
「あー、私達が目印にしている大木ですね。えーと」
独り言のように返事をしながら、サルキが大木に近づいていくと幹の周りをぐるりと回った。そして幹の1箇所を指さしている。自分達も集合してサルキの指先に注目すると、4という数字が彫られていた。
「4?」
「これはレイトリバーの本流から順に、目印になる大木や岩に彫られている番号です。これは、この支流に5本あるうちの4本目なので、おおよそレイトリバーから歩いて2日の所です」
サルキは説明し終わったあと、自分のナイフを取り出して番号の上からまた同じ4の形を削り始めた。
「何をしているんだ?」
「これは我々の決め事です。目印となるものは、目にした者が更新します」
確かにそれは合理的だ。指さした時の”4”の目印はだいぶ古く、既に木の皮が覆い始めていた。そのまま放置していたら分からなくなってしまうだろう。
そんなことを思いながら、サルキが力を込めて削っている姿をみていたら、一つの考えが頭に浮かんだ。「一時的に雨足が軽くなっている今、上から周囲を見渡せるのではないか?」と。
「周囲を見渡したいんだが、こいつに登ってもいいか?」
「大丈夫です」
特に神聖な物ではないという言質を貰ったので、フレディに荷物を預け、短刀を取り出して口に咥えながら登り始めた。森にしょっちゅう入っていた自分の得意分野だ。低い位置に足場になるような枝がほぼなく、時々自分の短刀を幹に突き刺しながら登っていく。
木登りが小さい頃の一番の遊びだった自分には至って簡単なことで、あっという間に葉や枝に隠れて下が見えなくなってきた。上に行くと大木な分、樹海の木々より日当たりが良いみたいだ。よく成長していて、足場が多いので、するすると登っていけた。
そこからしばらく登ると今度は幹が細くなってくる。もうそろそろ頂上だろう。幹と枝の感触がもう耐えられないと伝えて来る。
登る限界と思しき場所で、ゆっくりと外側に移動して周囲に目を凝らしてみる。
雨は上がっていて多少視界が良くなっている。だがいつ降り出してもおかしく無い雰囲気だ。
南のカーマイン辺境伯領側は深い森しか見えない。北も同様に無限に続く森だ。一方の西側、帝国領側は、高い山々が続く山麓が見える。上の方は雲があり全く見えない。
そして問題の東側、これから向かう方を川沿いに視線を動かした。
川が見える範囲には全く人の気配がない。
そしてさらに奥に焦点を合わせた。何かが見える。白い雲の中にある無数の黒い縦縞。
全身の血液が沸騰してくる。見つけた。あれは火を使っている煙だ。
距離はそこまで離れていなさそうだ。すぐに出発してまっすぐ行けば、日没前には余裕を持って到達できるだろう。十分な情報を入手して、木の幹を滑り落ちるように降りた。
地面に降り立ち、身体中にひっついた木の葉などを払い落としていると、荷物を渡しに来たフレディが寄ってきた。
「なにかありました?」
「あぁ、奴らを見つけたぞ」
その報告に少し疲れた表情をしていた調査隊の者たちが、一斉に振り向き自分の口から出て来る、次の言葉を待っている。
「遠いが、確かに煙を見た」
「遠いとは、どれくらいでしょうか」
「おそらく2〜3刻、遅くとも4刻で着く距離だ」
「おぉ!今日中につけますね」
「そうだな、すぐに出るぞ」
荷物を背負い直して歩き出した時、また降り始めた雨が肩にポツリポツリと当たる音が聞こえた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




