2.魔獣
ここからトリポキシーまで、遮る物はもうない。黒く鈍く光る眼に自分が小さく映っていた。
弓に番えていたマジックアローに魔力を込め始める。使う魔力は10分の1もいらないだろう、20分の1だ。
ゆっくりと、弓を持ち上げながら、魔力を込め続ける。
こっちを確認したトリポキシーは、威嚇するように上を向いた。これは奴の攻撃予備動作だが、恐れることはない。こいつの威力は実験で証明済みだ。
弦を引きながら鏃から螺旋状に魔力を放出するイメージに変える。
のそりのそりと歩き出し、こちらに突進し始めた奴の、額と言えばいいのか分からない、とりあえず顔の真ん中に狙いを定めた。
そして放つ。
巻き起こった風が顔を叩いたが、前に第三訓練場で試射した時より確実に弱く、おかげで獲物から目を離さないでいることができた。
真っ直ぐ進んだ矢は、トリポキシーの真ん中に吸い込まれるように入って行く。
硬い甲殻に阻まれることなく突き抜けたマジックアローは、トリポキシーに大きな風穴を開けた。
加速し始めていたトリポキシーは、足の力が抜けたように体を地面にめり込ませ、周囲の木にぶつかりながら、自分の足元で止まる。
魔獣に魔法を使わせる暇さえ与えなかった。こんなに簡単な対魔獣戦は初めてだ。
もがくように動いていた触覚が止まるその瞬間まで、何故か目を離すことができずにいると、いつの間にか周りには部隊の全員が揃っていた。
「お見事です」
エドガーがこちらを見つめて驚きと疑問を合わせたような表情をしている。
「なんですか、今の」
そう言いながらフレディとカンブリーも、驚きの表情をしていた。
他のものたちも呆気に取られていて、自分の足元に転がる、風穴の空いた虫の魔獣の死体を見ていた。
本当は自慢したいくらいの気持ちなのだが、どこまで説明していいのか分からないのが残念だ。だが、命を預け合う隊の皆には、自分が出来る事をうっすらと伝えておかなければ、今後支障がでてきそうだ。
「今のは、こいつに風魔法をかけて撃ったんだよ」
当たり障りのない説明と共に、矢筒の中からマジックアローを取り出して全員に見せる。
「なんすか、これ」
フレディは鏃の後ろについている二つの球を指差して、不思議そうな顔をしていた。流石にアーチャーをしているだけある。
「そいつは言えないがな、特製なんだ。風魔法を使えるとこいつも使えるはずだよ」
「うーん、じゃあ俺が使ってもさっきみたいな威力が出ないって事ですか」
「そうなるな」
明らかに落胆した表情のフレディとは対照的に、カンブリーは何も口を挟まず興味深そうに弓と風穴を見比べている。そして何か思うことがあるのか唸っている。
そういえば、このマジックアローを使った時は、製作費を給金から引かれるはずだ。聞いた話では、半端な金額じゃなかった。2季節いや3季節無給もあり得る事態に、体が震えてきた。
さっきは大分低い威力で撃ったことだし、魔石と増幅石を回収できないだろうか。回収できたら、少しは給金から引かれる額を減らせるかもしれない。
「トリポキシーの魔石を回収しておいてくれ」
他の隊員たちに言い残して、飛んだ先に向かって歩き出し、目を皿のようにして探してみる。
結局放ったマジックアローは、トリポキシーの後ろにあった木に深く、深く突き刺さっていた。魔力1/20でもこの威力だ。大型でも、柔らかい魔獣なら一撃で仕留めれそうな気がする。
矢を苦労して木から引っこ抜いたが、徒労だった。シャフトの中腹から先はボロボロになっていて、鏃は跡形もなかった。もちろん二つの石も砕けてどこかに行ってしまっている。
これで”2~3季節くらい無給になるかもしれない”ということが頭をよぎり、静かに絶望し思わず地面に膝をついた。
「魔石、砕けてたっぽいです」
手分けして解体していたのだろう、虫の体液がベッタリとついたラフとアントンが、手を水筒の水で流しながら教えてくれた。
中型の魔獣が持つ魔石は、マジックアローに使われている小型の魔石7個分の価値があっただけに、「あぁ、ここでもマイナスは取り返せなかったか」と空を見上げるしかなかった。
「どうしました?」
「いや、ただ残念だと思っただけだよ」
「はぁ、こいつはどうします?」
「放置だな」
魔獣の死体は放置だ。虫であるために食べることはできないし、森の中に置いておけば数日の内に、魔獣も獣も変わらず自然が解体してくれる。
少し時間を取られたが、行動を再開した。途中の魔獣狩りがいい休憩になったのだろう。遅れていた騎士団の面々も着いて来れるようになっている。
そこからは、少し遅れ気味の行程を取り戻すために、ひたすら黙々と歩いた。
そしてまた夜が来る。
だが、今日の泊まりはこれまでと違うところがいくつかあった。
近くに水源が無いこと、そして安心して眠れるような穴ぐらが無いことだ。哨戒ポイントとして整備されていた、今までの場所とは比べ物にならないほど危険で、寝心地が悪いだろう。
「樹海では普通に野営していいのか?」
中型の魔獣と遭遇した事で、不安になったことをサルキに聞いてみた。前に魔獣狩りをした訓練騎士団での討伐では、普通に野営せずに陣地構築を行ったからだ。
「そうです。普段中型以上の魔獣は、4日ほど入らないと出現しないので、普通に野営して寝るのですが」
「中型がいるとなると陣地作りからしなければいけないか?」
「いや、、、そこまでする必要はないかと思います。たまたまでしょう」
「では、普通に野営しよう。あと、行程に遅れはないか?」
「ありません、予定通り明日の夕方には支流に到着できます」
「となると、初日は索敵する時間はそんなに取れなさそうだな」
「えぇ、ですが1番遭遇する可能性が高いところら辺に向かっているので油断はできないかと」
魔獣に遭遇したから高ぶっているのか、もしかしたら明日遭遇するかもしれないという不安からか、心の中に少しの嫌な予感がよぎった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




