1.戦場へ
馬の背で揺られながら、森の中をゆっくりと歩いていく。これから戦争が始まらないのであれば、なかなか気持ちいい春の季節だった。
だが、自分達は敵の占領下にある地域にいる。いつ敵が出てきてもおかしくない緊張感から、少し草むらが揺れるだけで「すわ伏兵か!」とビックリしてしまうので、おちおち春の陽気を楽しむ余裕はなかった。一日に5回はびっくりしている。
そんな前線への道のりを2日ほど続けた頃、隊列の正面から騎馬がものすごい勢いで走って来た。隊列の横を駆け抜け、自分の2列前にいる騎士団長の前に止まる。その騎士は先行偵察部隊の一人だった。肩で息をする彼の顔は、高揚と緊張、疲れが入り混じっている。
「騎乗のまま報告致します!」
「全体止まれぇ!」
50も近いというのに空気を震わす声が、騎士団長の歴戦を物語る。
「よい、報告せよ」
騎士が息を整え、周りにも聞こえる声で報告し始めた。
「ここから2刻(2時間)程の距離にて、敵先行偵察と接敵!!」
波のようにざわめきが広がる。周りの兵士たち同様に、自分の中でも高揚させる何かが、湧きあがって来るのが分かる。
団長が右こぶしを掲げて周囲を静かにさせ、顎で続きを促す。
「敵騎兵5人と交戦し追撃、一人打ち取りましたが残り4人は逃げられました」
「分かった。戦場になりそうなところは?」
「接敵した場所から半刻も行かないところに森の切れ間があります」
戦場を決めた様だ、団長が頷いている。
「ご苦労。お前はアーチャーと馬を変えて先行隊に合流し、予定地で待機を伝えよ」
伝令兵は礼をすると、自分に寄ってくる。
「早くしろ、交換だ」
もう少し言い方があるのではと思うが、仕方がない。戦場で地べたを歩く弓兵の乗ってる馬は、あくまで騎兵の予備でしかない。しかも最年少が交換するものだ。ムカついた腹に理由を言い聞かせて落ち着かせる。これはいつも通り、近衛騎士団にいる”偽物の騎士”であるアーチャーの仕事なのだ。
荷物と馬を交換して、あっという間に伝令兵は走り去っていく。
その様子を確認すると、騎士団長が大きく息を吸い込むのが聞こえた。
「聞けぇ!先行隊が敵を確認した!敵の先行隊の規模は帝国騎士団のものと同じ!」
「敵本体より先に戦場に着くぞ!」
「騎士団!早駆け、早駆け、早駆けー!」
全身の血が沸騰する様な感覚だ。騎士団がゆっくりと動き出し、速度を上げ戦場に向かっていく。
風を切る音、馬と人の荒れた息。ガチャガチャと騎兵たちの金属鎧が擦れる音、ガラガラと馬車の車輪が回る音。
さながら音楽隊の様な、色々な音を発しながら1刻半程道を進むと、両脇の森が開け平原が現れた。
見たところ敵はまだ到着していない。
「弓兵は基本隊型、騎兵は第一突撃隊形で布陣だ!」
団長の号令が飛び、それぞれが行動を始めた。
自分も急いで木に馬を繋げ荷物を下ろす。その後ろでは馬車が到着して、馬と馬車を守るように土魔導士が土壁を作っている。
「もう緊張は解けたか?」
「意識しないくらいには」
騎士団入団以来の兄貴分であるマルセラはこんな調子で、自分のことをずっと気に掛けてくれている。
「帝国騎士団の基本人数は習ってるだろ?」
「騎兵20・魔導兵3・歩兵35・弓兵17と聞いてます」
「そう。向こうには歩兵がいるが、こっちに剣が届く前に騎兵様が蹴散らしてくれるさ。俺たちは俺たちの仕事をするぞ」
「わかりました」
「肩に力が入ってる、抜かないと当たらないぞ」
「これくらいが丁度いいんですよ」
そう笑いかけると、向こうも肩をすくめてニヤリとする。
風魔導士を中心に弓兵が2列横隊で整列が完了した所で、敵部隊が反対の森から姿を現した。教えてもらった人数と同じくらいに見える。帝国も整列を始めるが、動きにキレがなく整列も少しバラバラな気がする。これが練度を見るというやつなのかと少し納得がいった。
猟師一家に生まれた自分としては、わざわざ敵の整列を待つ必要はないと思うのだが、それでは威力偵察にならないらしい。
「弓兵隊前進、以後弓兵隊は隊長指示」
後ろから団長が号令を発した。
「弓兵隊前進!」
隊長の号令と共に駆け足で、敵に向かって行く。
帝国側も弓兵が駆け足でこちらに向かって来ている。あっという間に敵が大きくなってきた。
敵弓兵の後ろに、帝国自慢の重装歩兵がシールドウォールを作りゆっくりと歩いているのが見える。その威圧感に、先程まで感じていなかった恐怖が一気に襲いかかる、足に鉛が付いたかの如く重くなってきた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。