3.訓練
1刻の鐘が鳴ると同時に団長ともう1人の男が訓練所に姿を現した。整列の前に立つ団長と目が合う。
「諸君、おはよう。リデル前に出てきてくれ」
促された通りに前に出ると、横に立つよう誘導される。
「紹介しよう、近衛騎士団から弓兵教官として来たリデルだ」
目配せを受けた。多分自己紹介をしろということだろう。
「皆さん、おはようございます。アーチャーのリデルです。これから皆さんの指導をさせて頂きます。よろしくお願いします」
下手に出過ぎて、これではどちらが教官か分からない気もするが、偉い態度の取り方が分からないし、そんな度胸もないので仕方がない。
「それでは所定の訓練を開始する。かかれ」
慣れた感じで弓兵達はそれぞれの場所へ散っていく。
「近衛から来ました。リデルと言います、よろしくお願いします」
もう1人の男の正体は分からないが、挨拶をして損をすることは無い。これは、近衛騎士団に入ってすぐにマルセラに教えられたことだ。「あいさつは、先にしたもん勝ちよ!」とか言ってたのを思い出す。
「ノルデン騎士団弓兵隊長のユーリです」
差し出された手を握り返し握手を交わす。団長よりも年上に見えるが、かなりの力強さだった。
「あとは頼む」
その様子を見て団長は短い言葉を残し、去っていった。
「リデル殿、騎士団の説明はどこまで受けましたか?」
「施設と規律までです。あと、普通の部下に接するようにして頂いて大丈夫です」
「これがいつも通りなんです。気にしないで下さい」
誰に対しても物腰柔らかい人なんだろう。人柄が顔に出ている。
「では、ノルデン騎士団の概要から説明しましょう」
訓練の様子をみながら、ユーリ隊長に説明を受けた所によると
-ノルデン騎士団は、歩兵60・騎兵30・弓兵60の総員150を3隊に分けて警備、訓練、休憩を回している-
-カーマイン辺境伯領の一般兵は80人で歩兵30・騎兵10・弓兵40、帝国領側の砦を守る子爵の麾下にある-
-戦時に召集される民兵は200人で、歩兵と弓兵が半分ずつ-
-他にも先ほどの子爵を含めた4人の爵位持ちが、それぞれ私兵を持っていて100人ほどの戦力がある-
合計約500人で辺境伯領を守備している。
とのことだった。
ノルデン騎士団は、王国の他の騎士団とは大きく違う編成だった。王国は馬産が盛んで騎兵が多く、歩兵が少ないのが特徴だ。近衛騎士団ではこれが顕著で歩兵が編成されていない。
「歩兵と弓兵が多いですね」
「ノルデン騎士団は、このカーマイン辺境伯領を守備することを主任務としていますから」
加えて受けたのは、今日から1週間毎に変わる騎士団弓兵の訓練を見るという説明だった、その後は民兵らしい。
「ありがとうございます。何か分からないことが出てきたらまた聞きます」
隊長と一緒に訓練を見てまわる。騎士団という事もあって、所属しているアーチャーは、普通より距離は飛ばすし威力も十分だった。
「もう少しレベルアップ出来るとは思いますが、特に指導するところは無さそうに見えます。強いて言えばフレディとあの2人がもう少し訓練が必要かと」
指導が必要そうな人を指さしていくと、ユーリ隊長も頷いている。
「ですね、私もそう思います」
ユーリ隊長はしっかり自分の部隊の足りない所を把握しているようだった。
そして意外だった事がある。自分は近衛第三騎士団の中で、マルセラに次いで弓の扱いが上手かったが、ここでは1番上手い人でも近衛の下の方の実力だった。自分も短い間しか所属してないとはいえ、流石に近衛ということはあるのだろう。
「3人を呼び出すので指導お願いしてもよろしいですか?」
「それは勿論」
弓の扱いを教えた事は無いので、試行錯誤しながら指導をしていると、あっと言う間に陽が傾き訓練終わりの時間だった。
「リデル殿、もうそろそろ訓練が終わります。隊員達にお手本を見せて貰えませんか?」
「分かりました」
射撃位置に立つと少し緊張する。教官として呼ばれているのに、醜態を晒すわけにもいかない。
重心を意識して、姿勢を保ち、狙いを定め、引き絞り、放つ。
この繰り返しを素早く、距離の違う的に向かって行う。
300フィートの的を撃ち抜いたところで振り返ると、拍手を受けた。
「流石です。流石、近衛騎士団のアーチャーです」
隊長に褒められ、隊長の後ろからは今日教えた者たちの、尊敬の眼差しを一身に受ける。
近衛ではひたすらバカにされるばっかりだった。弓の腕前を最後に褒められたのは、父が狩猟と弓を教えてくれた時だ。今日で少し自分に自信を持てた気がする。
自分の休みは週2日あった。休みの日は自分の鍛錬をしたり城下町に繰り出したりするのだが、そこで疑問に思ったことを夕食時にフレディに聞いてみた。
「フレディ、聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「お、なんですか?」
「ここって、色んな種族がいるだろ?」
「そうですね、元々北方樹海の周りは多種族ですから」
「獣人族が軍の鎧っぽいのを着てるのを見たり、城内にいたりするんだが獣人族も兵士なのか?」
「もちろん商売しに来てたり、冒険者だったり、住んでたりもしますけど。軍の鎧となると"森の手"の人達だと思いますね」
「森の手?」
「そうです。獣としての足の速さと、人間並のスタミナを活かして伝令をしてたり、森での機動性を活かして樹海を定期巡視してたりします」
「獣人が人間に従うなんて珍しいな」
「そこは、カーマイン辺境伯の人柄によるものでしょう。多分?」
王都は人間以外の種族もいたが、人間に従って軍にいるのは見たことがなかった。
「エルフもいるって噂を聞いてたが、いないのか?」
「居ないことはないですけど、商売する位しか姿を見せませんからね。品物を卸したらすぐ森に帰っちゃいますし」
「やっぱり美男美女なのか?」
気になるのはやっぱりここだ。エルフは北方樹海から出て来ないので、王都で実際見た人は少ない。童謡に歌われたりしているくらいだから、さぞ容姿端麗なのだろう。
「美男美女なのは間違い無いですね。人間の5倍くらい生きるらしいですし、年齢も外見からじゃわからないです」
「やっぱりそうなのか」
話に聞いていた通りなのだと、ワクワクするのが抑えられなかった。「それで」と先を促す。
「ただ、自分見たことありますけど、確かに美しくはあるんですけど、葉っぱ臭いというか、森くさいというか、独特な匂いがしました」
少し、期待していた話とは違ったが、種族によって匂いは変わるしそれは納得だ。
「へー、一度お目にかかりたいものだな」
折角辺境まで来たのだ、”是非とも一度は見てみたい”という願いは、案外すぐ叶うこととなった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。