16歳の誕生日は泣いていた
16歳になった日のこと。
起きて顔を洗っていると、涙が出てきた。鏡から目を背ける。止める必要も感じず、ただ泣いた。壁にもたれて、こんな誕生日いやだ、と子供っぽく内語する。目を腫らしたまま自室に帰った。
ひょんなことが重なり、引きこもりになった。数年ほど背後で何かが蓄積していたのかもしれない。当時は何もわからず、ただ閉じこもっていた。
明るい街をしばらく見なくなった。窓の外はいつも暗くて、いかにも疎外されている。昼夜逆転は年月を加速させる。10秒スキップを連打するように日々が過ぎていく。
何気なく体重計に乗ってみると、39キロだった。平均より20キロほど下回っている。肋骨が浮き出ている。身体と同じく精神も異常で、数字を見てなお太っていると認識していた。それから半年ほど、自分用の食事からこっそり白米を捨てた。軽度の拒食症だったのかもしれない。
現実はもちろん、インターネットでも他人と話せなくなった。Twitterでも5ちゃんねるでも書き込めない。もしリプライが、安価が来たらと思うと手が止まる。つるつるの壁を登ろうとするような感覚でいる。
そのまま数年ほど、自意識と希死念慮を部屋に充満させていた。垣間見える自分の凡庸さに目を背けながら。
外に出た日はあっさり訪れた。役所的な手続き上、どうしても証明写真が必要だった。両親が付き添い、数年ぶりに外を歩く。
夜遅く、歩道に人はいない。車もほとんど通らない。数年ぶりに着たコートへ夜風が吹く。どうか、どうか昔の友達に会わないようにと祈った。
*
外へ出られるようになってすぐ、コロナ禍が訪れた。数年ほどの予行演習により難無く自粛期間を過ごした。規制が緩和されるのを見計らい、色々と巡った。
用事で電車に乗ったりもした。階段を上ってプラットフォームに立つと、線路が見えた。ちょうど落ちるのに抵抗感があるギリギリの高さ。
そのうち轟音がして、車体が前を流れていく。生理的に身体を後ろへ引く。タクシー臭い匂いが立ち昇る。人身事故なんかのニュースを見ると、すごい度胸だと思う。自分の中途半端さをそらんじる。
最初に死にたがったのは小学生のときだった。動機は覚えていない。自室で泣いていたとか、断片的な記憶だけ残っている。
気づけば10年の間、希死念慮が張り付いていた。そしてただの一度も実行しなかった。凡庸だから。生死の間で宙づりになっている。たまに何かの刺激で左右へ揺れ動き、また戻る。
憂鬱を自虐ユーモアに変えだした。ヘラヘラと鬱屈を描いて。根底に自意識を隠して。外側だけ反転させて泣いていた。
Twitterでは憂鬱ユーモアの共同体ができていた。良い意味で言えば生き方の相対化、悪く言えば社会への軽視が目立った。
社会人をうっすら見下しつつ、それを明示はしないで、低音として響かせていた。念慮でゆるく連帯した私達は、そのままそこで過ごしていた。
TwitterはXになった。その頃から、憂鬱ユーモアは批判していいと周知されだした。単色アイコンから放たれる自嘲と露悪はひとつの「型」になった。
それでも単色アイコンたちは自分の救いだった。ユーモアは余裕や大局的な視点をもたらし、ストレスを軽減させる。読み耽っていたあの頃に必要な栄養素だったのかもしれない。
そして、コロナ禍が過ぎた。それでもマスクは外せなかった。長年の不衛生、昼夜逆転による肌荒れと自意識が祟った。異常な部分に黒い蓋をして街を歩いていると、疎外感と背徳感らしきなにかが沁みる。
引きこもっていたいつか、深夜にドアを開けたことがある。マンションの廊下を懐かしみながら歩く。カンカンと軽い音が響く。誰も起きていませんようにと願いながら。
非常階段に出ると少しだけ外が見える。部屋の窓からは見られない角度だった。1分もかからず戻ったその時をまだ覚えている。
外に出たいまも、心は引きこもっていた。
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なにかが目に移ったとき、誰かの言葉がまず浮かぶ。芥川龍之介、オタクの露悪ツイート、オモコロチャンネルの例えツッコミ、梶井基次郎、boketeの回答。
直ちにそれを内省して、自分の言葉が無いなと思う。自分への文芸評論家が脳裡に巣食っている。
自分は思考ではなく連想をしているだけではないか、と疑った。過去に読んだ文章が連なって、それらしい道筋を構成する。ネットオタクのパッチワーク。
メディアで引きこもり経験があると語る何者かとの差がそこにある。優秀な人が引きこもることはあれど、引きこもったから優秀になることはない。
華やかなステージの後ろに、おそらく大多数の、ただの引きこもりがいる。その中に自分の姿があるのに気づくまでしばらくかかった。
自分を人混みの中に見たとき、創作をはじめた。漫画のようにはいかなかった。白紙に向き合っても、筆を持って立ち尽くす。白紙のまま埃を被っていく。無気力にモニターを眺める。
たまに衝動が湧いても、すぐ社会と他人への蔑視にすり替わった。そのままキーボードを打つ手は自慰に流れた。身体に怠惰と低俗がしみついていた。
数日経てば忘れて、またYoutubeを見てしまう。チープな効果音で装飾された動画も、誰かが作った完成品。
鉄球がバーナーで熱されて真っ赤になっていく。分厚い氷の立方体にそれを落とす。鉄球は色あせながら深く深く潜っていく。せいぜい数秒ほどで灰色になり、動きを止めた。
いつからか、顎がざらざらしだした。髭だ。自分に髭が生えている。記憶よりも本棚が低い。放っておくだけで醜くなっていく身体が鏡に映っていた。
とても子供とは言えない年齢がすぐそこまで迫っていた。社会や普通への青い嫌悪感はそのままに。
将来、おじさんになった自分を想像すると、失礼ながら息が苦しくなる。エイジズムでひたひたになった精神を握ると汁がじゅわっと出てくる。何もなくても苦しくなかったのが少年期だった。
制服を避けるようになった。ファミレスなんかに入ると、制服を着た男女から遠い席へと向かう。町ですれ違えば視線を逸らす。言語以前のごくあいまいな不快感が広がる。
年齢はただの数字だと唱えても、まだ他人の言葉でしかない。実感を帯びない。
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結局のところ、日々は地続きだった。プロットポイントは降ってこない。自分から動いてやっと影が見えるくらいの不定形ななにか。それに気づいたときもいつか覚えていない平日だった。
引きこもっていた自分は、まだ中にいる。希死念慮も自意識も根底の臆病さもそのままに。このまま抱えて出ていこうと思う。それらを飼いならしたい。精神に待てを覚えさせたい。
取り逃がしたものも浮かぶ。その度に鼓動は速まって、指先は動き出す。美化も忘却もせず抱えていようと思う。
捨てたいのは若さへの執着だ。理想に若さが粘着していた。○○歳でこれを読む自分、○○歳であれを成し遂げた自分。これだけは部屋の中に置いて行く。
自分の美さえ追求していれば何者かでいられる。追った先でようやく、年齢はただの数字だと断言できる。そう信じている。
以上は引きこもっていた自室で書いた。執筆中、また1つ年を取った。
まだ誕生日を喜べる人間ではない。しかし、涙は出ない。きょうで20歳になる。