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戦国に生きる ー魏国興亡史ー  作者: 野沢直樹
第一部
5/20

攻防

挿絵(By みてみん)


 智者不用其所短、而用愚人之所長。不用所拙、而用愚人之所工。故不困也。言其有利者、從其所長也。言其有害者、避其所短也。故介蟲之捍也、必以堅厚。螫蟲之動也、必以毒螫。故禽獸知用其長、而談者知用其用也。


(智者は自らの悪い部分を用いず、かえって愚者の良いところを用いるものだ。自分の下手な部分を用いず、かえって愚者のうまいところを用いるものだ。だからこそ智者は困ることがないのである。それが利益になると主張する者は、そのうまみを吸おうとしているのであり、それが害になるという者は、悪い部分を避けようとしているのだ。殻を持った生物の強みは、その殻の厚さによっているし、毒虫の動きは、必ずその毒という強みによっているのである。獣はその強みを用いることを知っており、人と話す者もまたそれを知って、用いるべきなのである……「鬼谷子」権篇第九)


 敵は強く、自軍は弱い……このとき斉のおかれた立場が、それであった。しかし孫臏はその状況を最大限に活用し、事態を逆転させようと知恵を働かせる。いっぽう大軍を擁する魏にとって、勝利の要件は「守勢に陥らないこと」に限る。常に自分たちが主導権を握り、相手にそれを渡さない……これはそもそも孫臏の主張する戦略論に基づいており、龐涓はそれを自分たちに応用したのだ。


 お互いに相手を出し抜こうとしたが、この争いそのものが龐涓と孫臏の個人的な因縁が原因となっているところがあり、この時代の人々……とりわけ邯鄲の住民にとっては迷惑な話であっただろう。


 しかしそんな住民の思いとは関係なく魏・斉の戦いは展開され、ついに邯鄲は魏の手に落ちた。



 臨淄にある斉の宮廷では、魏の軍行動にどう対応するかが協議されている。斉公威に問われた鄒忌は、これを放置するよう主張した。このとき彼はすでに宰相の地位を得ていたが、他国の争いに対して不干渉主義であることには変わりがない。


「趙などを助けたとて、我らに一利もないではありませんか。戦争で疲弊するのは当事者だけにとどめておくべきです。むやみに関わってこちらも疲弊することがあってはなりません」


 しかしそれに反論した者がいる。大夫の段干朋(だんかんほう)であった。段干朋は人道を旨とする男であり、困っている相手がいれば助けるべきだと常に主張する。しかし助ける方法は武力一辺倒であったため、人道論を唱えながら主戦派だという不思議な人物であった。


「どうも宰相どのは、時勢というものを正しくご理解なさっておらぬようだ。趙が助けを求めているのにこれを助けぬとあっては不義であるし、我が方にとって不利でもあるのです」


 段干朋はつまり、趙を助けることが斉の利益となる、と言うのである。彼の主張によると、助けないでおけば斉が損失を被ることになる。


「どういうことか」


 斉公威は興味深げに訪ねた。この時代の施政者は皆一様に、戦いたがっている。それが自国の威勢を示す最短の手段であり、強者として他国を従えることを可能にするほぼ唯一の方法であったからだ。しかしもちろん、戦えば負ける可能性がある。さらに言えば、露骨に戦いばかりを欲すれば、周囲から野蛮だと非難され、人徳の欠如を指摘される羽目になる。そのさじ加減が難しいところだった。

 斉公にとって、戦ってさらに実利が得られるのであれば、これほどうまい話はない。鄒忌は斉公の目が輝いているさまを見て、心底がっかりした。


 そんな鄒忌の思いをよそに、段干朋は自説を展開する。


「邯鄲が魏に奪われようが、実のところ斉にとってはたいした問題ではありません。ですが斉にとっては、出兵するだけで趙に対する義理が立ちます。そのうえ魏に対しては牽制となりましょう。また、魏が邯鄲に夢中になっている間、南の方に進出して襄陵(じょうりょう)あたりを攻めておけば、いざ魏が邯鄲を抜いたとき、対抗できることとなります。そうなれば包囲戦で疲弊した魏を討ち、邯鄲の支配権を斉が受け継ぐことも可能です」


 鄒忌にとっては出来過ぎた、虫のいい話である。基本の問題として、魏と斉では兵の質が異なる。覇権を有する魏は質、量とも斉の兵力を圧倒しているのだ。それゆえ出兵するだけで魏が警戒するというのは適当ではない。むしろやすやすと撃破されるであろう。


 ただし魏が邯鄲を攻略している間に南にある別の都市を攻めるという点は有効な戦略であるかのように思えた。ただしこの時点では、魏がどれほどの兵力で邯鄲を包囲するか不明であったため、容易に判断できることではない。会議は一時中断された。



 宮殿の廊下に佇む鄒忌の姿は美しく、失望して悩む姿さえも人には端麗に見えたといわれる。このとき鄒忌はすでに宰相であり、なおかつ下邳の領主としての地位をも与えられている。そればかりか、成侯という尊称さえも得ていた。それでも宮廷の意見は主戦論に流れ、彼はそれを止めることができないのである。


「成侯どの」


 鄒忌に声をかけた人物は、公孫閲(こうそんえつ)という宰相府の官僚である。鄒忌の部下であり、志を共にする数少ない男であった。


「状況は趙を助ける方向に定まりそうだ。私の考えでは、そもそも戦争というものは勝った者も負けた者も損害が大きい。よって、戦いたい奴には戦わせておくというのが良策と思うのだが……人に言わせれば私のような者こそ卑劣漢というのだそうだ。窮地に陥った者の求めに応じないことが人道に背くと言うのだな」


「いや、巷間には成侯どのと同じ意見を持つ者は多くおりましょう。にもかかわらずそれが主流とならない理由は、成侯どのご自身が真正直すぎて論戦に敗れる旗色をお示しになっているからだと思われます」


 鄒忌は、公孫閲の言葉に首をかしげて見せた。


「貴公の言いたいことがよくわからないが……」


「大夫の段干朋は田忌将軍と仲睦まじく、通じております。彼が主戦論を唱えるのも田忌将軍に功を上げさせたい一心からでございましょう。一方で成侯どのと田忌将軍は不仲でありますから、それを阻止したく思うのは当然。……しかしここはあえて出兵に賛同した方がよろしいかと思われます」


「どうしてか。私が自説を曲げてまで、そうした対応をせざるを得ない理由は?」


「結果がどちらに転ぼうとも、成侯どのが損をすることはないからです。つまり、出兵して体よく趙を助けることに成功すれば、出兵に賛同した成侯どのの評価は高まります。逆に失敗したときは田忌将軍にその罪をなすりつけることが可能となりましょう。どうですか? 我ながらよい思案だと思うのですが」


「ううむ。失敗したとき、田忌のやつは帰還もできぬかもしれないな」


「敗死することもあり得ます。いずれにせよ、その死命は成侯どのが握っておられると言って差し支えありません」


 つまり公孫閲は、自説を押し通すためにあえて逆の主張をせよ、と言っているのであった。そうした方が効率よく政敵を除ける、と言うのである。


 鄒忌は宰相である。宰相たるもの、名目上は多くの者を手駒にして自分の思うように踊らせることができる……そのような立場である。だが実際には何ごとも思うようにはならなかった。戦いを止められぬのであれば、自分の信じる道とは別の、次善の策を採らねばならない。彼は意を決し、あえて出兵に賛同することにした。



「孫先生の力量を確かめたいと思うのだが、実際に大将として軍を指揮していただけないだろうか」


 斉公は慇懃な言葉遣いで孫臏に語りかけた。孫臏にとっては大変な名誉であっただろうが、無理な注文であろう。彼は丁重にこれを辞退した。


「私は刑罰を受けた不具者であり、その任にとても堪えられません。見ての通り私には両の脚がございませんので……やはりここは田忌将軍にお命じください」


「そうか。意外にも孫先生は無欲であるな。しかし……どのような形であれ、軍には同行してもらうぞ」


「もとよりそのつもりでおります。そこでひとつわがままを申してよろしいでしょうか」


「申すがよい」


「我が君から直々に肩書きを頂戴したく存じます」


「ほう……どのような肩書きか」


 孫臏は目だけで笑いを浮かべた。眼光が嫌らしく光ったが、幸いなことに斉公はそれに気付かなかったようである。


「今後、私が自分のことを『軍師』と称することをお許し願いたいのです」


 斉公がこれに正式な許可を与えたことで、孫臏は単なる田忌配下のひとりではなく、自らの地位を独自に確立したことになった。



 田忌は将軍の印璽を受けて襄陵へと軍を進めることとなり、孫臏はひとり幌のついた馬車を与えられ、そのなかで戦略を練ることを許された。軍師として破格の待遇である。


「鄒忌のやつが出兵に賛成したのは意外だった。やつは功を挙げた軍人が政治に関わることを極端に嫌う。そういう意味では最後まで反対すると思ったのだが」


 田忌は馬に自ら餌を与えながら言う。まるで世間話をするようにその話題を扱うことこそが、彼の鄒忌に対する態度の表れだった。さほど気にしていない、眼中にないと言いたいのであろう。


「鄒忌どのには鄒忌どのの考えがありましょう。おそらく現時点でご自分の主張が通ることはない、と判断されたのだと思います。将軍、これには注意が必要ですぞ。あの方はこれまで何度か不戦を唱え続けてきたとのことですが、その方針を転換したということは、次の手があると考えてのことだと思われます。決して我々に対して妥協したということではないでしょう」


 孫臏は注意を促した。もともと田忌は純粋な軍人であり、政治闘争には不向きである。孫臏も決してそのようなことを専門とする男ではなかったが、自分の地位を守るためには戦場以外で権謀を働かせることもやむを得ないといったところだった。


「ところで、孫先生がわざわざ我が君から軍師としての官職を得たことは、鄒忌に対抗する戦略の一環なのか」


「無論。これまで私は将軍の私的な幕僚の一員でしかありませんでしたが、正式に官職を得ることとなりました。宮廷における発言権もある程度確保したと言ってもいいでしょう。鄒忌どのは私の命の恩人でもあるし、臨淄に多くの賢人や学者を集める政策の主導者でもある。その功績は多大であるが……将軍、私の求めるところは斉国の覇権であります。軟弱な政策によって諸国から孤立するのではなく、積極的に諸国を従える立場を目指すものです。そのためには、鄒忌どのの存在は邪魔なものと言わざるを得ない」


「すると先生は、鄒忌がこれから我らを貶めるために何かを仕掛けてくる可能性があるとお考えか」


「先のことはよくわかりません。が、この出兵に関して、鄒忌どのはこう考えている。……失敗すれば、将軍の責任問題になると。よって、この戦いではなんとしても魏軍を殲滅し、龐涓を虜にしなければならない」


「それは、もとより先生の強い願望だろう。孫先生は龐涓に復讐したい一心でこの作戦を主導しているのではないのか?」


 田忌はそう言いながらも、孫臏を責める様子を見せない。この時代、この大陸では恨みを晴らすことは道義的に正しいことであり、誰もそれを止めようとしないものである。しかし、もとはと言えば孫臏自身の言動や性格が人の恨みを買うものであり、その意味では龐涓の行動も道義的に正しいものであった。その機微が、孫臏はようやくこの頃になってわかってきたようである。彼はこの問題を次のように総括した。


「我々、つまり私と龐涓は、お互いに憎み合っている。その原因はお互いにあり、どちらが正しいと断ずることはできない。よって、私はこう考えています……最後には強い方が勝ち、生き残ると。おそらく龐涓もそう考えているでしょう」


 田忌はやや皮肉な笑みを浮かべて孫臏に言い放った。


「先生は、出会ったころと比べてずいぶん大人になったものだ」


 本当は、龐涓がどう考えているかなど孫臏にはわからないはずである。しかし彼はそう思うことで自分を納得させようとしているのかもしれなかった。彼が両脚を失うことになった原因は、結局のところ自分自身にあると気付いたのであろう。


 しかしそれに気付くのが遅すぎた、とも彼は思ったに違いない。



 田忌と孫臏は軍を南部の都市である襄陵へと向けることで、魏軍に対する牽制の意志を示そうとした。問題となっている北方の邯鄲ではなく、より大梁に近い位置で争乱を起こそうとしたのである。すでに魏が邯鄲に向けて軍を発しているのであれば、引き返してきてこれと対峙するしかない。邯鄲は包囲されることもなく、魏は翻弄されて長駆する形となり、すべてが斉側に有利なはずであった。孫臏は段干朋の主張をもとに、作戦を実行したのである。


 しかし状況は彼らが頭の中に描いていたものと、若干異なる様相を示し始めていた。斉軍の行く手にひとりの使者が現れたことは、その前兆であった。


「なんと! 濮陽が占領されただと!」


 驚きの声をあげた田忌であったが、いっぽうの孫臏は声も出せず、事態が予測の外に展開したことに、それぞれ衝撃を受けていた。使者は続けて言う。


「すでに衛公は濮陽を捨て、避難しております。斉国の皆さまに一刻も早い支援をお願いしたく……」


 濮陽は、臨淄から襄陵に向けての途中にある都市である。そこを魏軍が占拠したということは、斉軍の動きを予知したためではないか。このまま進軍すれば、魏に迎え撃たれることになる、斉軍が襄陵に到達する前に、濮陽に駐屯する魏軍によって背後から討たれるかもしれない、と田忌などは考えた。


「魏軍の主将は誰であったか」


 田忌の問いに使者は答えた。


「名だたる勇将である龐涓将軍が指揮を執っております。小国である我が国の守備兵ではまともに太刀打ちできません。すでに城壁は破壊されつつあり、多くの物資が奪われております」


「魏軍はどれくらいの数か」


「四万から五万といったところでしょう」


 そこで孫臏は魏軍が兵を分けたことに気付いた。魏軍の総兵力は八万から九万という情報を彼は事前に掴んでいたのである。だが、それに気付いたところで事態を打開できるわけではない。龐涓が自ら率いているとすれば、それは確実に斉との対戦を考慮に入れてのものだと判断すべきだろう。


「さて……孫先生。軍師としてこの状況、どう思うか」


 田忌は不安げな視線を孫臏に投げかけた。しかし口調は、どうにかしてこの局面を切り抜けよと命令しているのである。未だ考えがまとまらない孫臏としては、迷惑なことこの上なかった。


「龐涓は正しく戦況を把握しています。今回は、彼に先を行かれました。さすがと言うべきでしょう」


「龐涓は我々がこの地にいることを知っているのだろうか」


「予測はしているかもしれません。彼は自らを前線に送り出し、邯鄲の包囲には別の部隊を派遣しているはずです。我々に邪魔をさせないという意思の表れでしょう」


「……では、どうすればよいか。濮陽に駐屯する魏軍の兵力が四、五万だとすれば勢力は我々の方が上回る。正面からこれにあたり、壊滅させるか」


「いや……」


 孫臏は自分でも思いがけず口ごもった。それというのも、やはり兵の質が問題だと思ったからである。勇将である龐涓に率いられる魏軍は強く、士気も高い。また、中原のまさに中央に位置する魏は、文化・技術の中心でもある。兵器の洗練度においてもその差は大きく、兵士が放つ()(いしゆみのこと。矢を人力ではなく引き金で放つ兵器)の命中率ひとつとっても斉軍の比ではないのだ。


「我が軍が正面から魏に打ち勝つためには、思うに三倍の兵力が必要でしょう。魏国の軍備は我々のそれを上回り、馬は足が速く、弓は強靱です。相手はすべての兵が鉄製の剣を持っているのに対し、我々が持つ剣の多くは青銅でしかありません。一対一で戦えば、必ず魏兵が勝ちます。ここは、絶対に衝突を避けるべきです」


 田忌は嘆息せざるを得なかった。


「ひどく弱気ではないか。必ず龐涓を虜にせねばならぬのではなかったのか。よもや戦わずして撤退する気ではあるまいな。そのようなこと、武人として承服できぬ。よい策はないのか」


 孫臏はしばし考え込み、やがて一つの策を示した。


「我々が後退したと知れば、龐涓は濮陽の占拠を解き、自らも邯鄲へ赴くでしょう。そうなれば、我々に状況は有利となります。どうにかして龐涓を邯鄲へ行かせて、時を稼がねばなりません。そのためには……」


「少し待て。このまま龐涓が邯鄲に赴いてしまえば、趙を救えず、結果として魏は楽々強大化する。我らにとって好ましくないことになりはしないか」


「邯鄲を救うことは現時点では不可能ですが、上手く立ち回れば逆転の機会はあります。ここから若干南下して、我々は魏の平陵(へいりょう)を襲う。平陵は小城とはいえ、その領域は広く、人口も多い上に強兵を擁していると聞きます。東陽地区の要衝で攻略が困難な場所ですが、わざとこれを攻めることで、我が軍の作戦がいかにも混乱しているように見せかけるのです」


「そんなことをしてなんになる。敵を欺くという意図はわからないでもないが……」


 そこで田忌は気付いた。孫臏が、わざと負けようとしていることを。それは、考え方によっては国を損ねるものであった。


「孫先生、どうか丁寧にご説明いただきたいものだ。わしを納得させることができねば、当然のことだが、兵は動かせぬ。孫先生、見事わしを説得してみせろ」


 田忌の目が、いつものように人を威圧するそれに転じた。しかし孫臏の様子も常と変わらない。彼は自己の主張をなんの躊躇いもなく展開した。


「龐涓は、できるだけ早く邯鄲の増援に回りたいと思っていることでしょう。そのためには出現が予測される斉軍を早い段階で撃退し、後方を扼される恐れを無くしたいと考えているはず。いっぽう我々としても、龐涓には早く濮陽近辺から立ち去ってもらいたいというのが本音。このままでは襄陵を襲う前に、龐涓と野戦を繰り広げることになってしまうだろう。おまけに正面から戦えば確実に我々は負ける。ならば、偽って負けた形を装い、龐涓に意気揚々と邯鄲へと出かけてもらうのが最善です。そうなれば、我々はもとの目的の通り、襄陵へ兵を向かわせることができる」


「龐涓はそれを見破るのではないか。しかし、最後まで聞こう。具体的にはどうする」


「部将として参軍している大夫のうち、もっとも兵法に疎く、使い物にならない者はだれでしょうか」


「斉城、高唐のふたりであろう」


 孫臏は、このふたりに平陵を攻略させようというのであった。難攻不落の要衝に用足らずの部将ふたりを派遣することで魏に勝たせようというのである。それに満足した龐涓が邯鄲に去ってくれればよいと考えた策略であった。


「その後は、どう転んでも我が方に有利となります」



 濮陽に駐屯している龐涓にとって、留意すべきことは山ほどあった。まず現地の住民たちが叛乱を起こさないように気を配らねばならない。たとえ叛乱を起こしたとしてもたかがしれた程度の規模だろうが、鎮圧するにはそれなりの手間がかかる。そう思った彼は、城内の軍用倉庫を襲って糧食を奪ったが、それ以上の破壊行為を行わなかった。もしかしたら、一目散に逃げ出した衛公に仕えるよりも、魏軍に仕えた方がましだと考える住民も現れるかもしれない。民は、自分たちを多く食わせてくれる方になびくものなのである。


 また、邯鄲方面に出兵した太子申の動向にも注意が必要だった。何らかの原因で行軍が遅れるようなことがあれば、作戦全体に支障が生じる。龐涓が濮陽にいる間に、彼らには邯鄲に到着していてもらいたかった。予定からすれば、そろそろ第一陣が邯鄲の城壁に到達する頃合いであり、太子からも異常の知らせはなにも入ってこなかった。いまのところは、順調といったところであろう。


 そして何よりも重要なことは、斉の動向である。


 濮陽は、臨淄から出発した斉軍を早い段階で牽制できる位置にある。つまり、彼らが趙の邯鄲へ向かおうと、あるいは魏国内に攻め込もうと、どちらでも迎撃が可能な場所なのであった。龐涓としては、ぜひともここで斉と一戦し、できることなら孫臏を、今度こそ……始末してしまいたいと考えていた。おそらく斉側は魏軍が濮陽にも兵を繰り出していることを知らず、道中に敵がいることを想像していないに違いない。虚を突く形でこれを強襲すれば、斉は邯鄲を救うことを諦めるだろう。


 しかし濮陽からはすでに斉に向けて使者が送られているはずであり、遠からず自分たちの存在は知られることになる。そうなれば、相手も準備を整えてくるに違いない。半分の兵を邯鄲に振り分けてしまったため軍勢は少ないが、それでも勝つ自信が龐涓にはあった。兵の質、装備では魏軍が他国を圧倒しており、斉を相手にしてもそれは揺るがないのである。


「斉では知恵を働かすだろうが、戦地を選ぶ時点で我々は相手の虚を突くことに成功している。これほど有利なことはない」


 龐涓は自信ありげな態度で兵に語ったという。余裕を持って戦いに挑んでもらいたいという彼の意識が表れた言葉である。


 しかし、斉軍は意外な方向に出現した。濮陽の南、平陵を攻めているという。


 その報告を受けたとき、龐涓は確かに困惑した。斉軍の意図が読めなかったのである。平陵はその名の示すとおり緩やかな丘が続く地で、兵を忍ばせておく場がない。また、魏の領地において南に宋、北に衛の両国に挟まれた位置にある。魏国にとっては防衛上の要衝であり、いくら邯鄲に兵を集結させているといっても、最低限の兵力は配置してある。しかも、伝統的に強兵が集う地であった。


「我々が濮陽にいると知った以上、斉は意を決して戦うか、それとも諦めて退却するかのどちらかだと思っていたが、迂回して突破するつもりか。南に進路をとったということは、襄陵あたりを狙っているのかもしれない」


 龐涓の読みは結果的に正鵠を得ていたが、その結論は自分自身を納得させるには至らなかった。


「しかし、この濮陽から平陵までは近い。迂回するにしては、斉の策略は浅薄だと言わざるを得ないだろう。平陵の守備軍と我々とに挟撃されるだけではないか」


 龐涓は独り言のように呟いたが、基本的にとるべき対応は定まっている。平陵を襲おうとしている斉軍を叩かねば、みすみす通過されるだけであろう。罠の存在を予測しつつ、それでも行動せねばならなかった。


「総員で平陵に向かう」


 龐涓は部下に号令した。


 斉城、高唐の二将はそれぞれの部隊を率いて平陵を攻略しようとしていたが、それだけにも苦戦している様子であった。包囲するにも不完全で、迎撃しようとする城の守備兵たちに、逆に押されていた。

「どうにも、まずい戦いぶりではないか。斉はよほど混乱しているのか。無茶な作戦をたて、さらに少数の部隊にそれを決行させている。指揮する者が、全体を把握していないことのあらわれだ」


 龐涓はそう思ったが、それにしても本隊の姿がどこを探しても見当たらない。あるいはこの状況は、先行する部隊の独断なのか、とも思った。だとすれば、指揮系統の乱れである。


——そんなはずはない。


 おそらく、目の前にいる二つの部隊は捨て駒であり、彼らを戦わせている間に本隊は退却したのだろう。龐涓はそう判断した。


——ならば、目の前の敵を早々に片付け、いち早く邯鄲に向かうべきだ。


 もともと龐涓が濮陽を制圧した目的はそこにある。斉や衛などの周辺諸国に軍事的な干渉を許さないためであった。斉軍の本隊が撤退したとあれば、それは満足すべき結果である。


 龐涓は指令を下し、斉城、高唐の部隊を殲滅にかかった。結果は斉軍の大敗である。



「本隊を見つけたか」

 部下に周辺を偵察させた龐涓は、それを否定する報告を受けると一部の守備兵を残して邯鄲へと軍を向かわせた。もう少し兵力に余裕があれば、自分はここにとどまっていたいと考えた彼だったが、早期に包囲を完成したいと思えば、無理からぬ決断であった。邯鄲を守ろうとする趙軍がどれほどの抵抗を見せているのか、この時点で彼は知るよしも無かったので、早く赴いて確かめたいと考えるのは自然である。


 やがて龐涓は太子申と合流し、邯鄲の包囲へ参加した。これが、紀元前三五三年九月のことである。



 田忌は孫臏を呼び、今後の作戦を問うた。既に斉軍は泰山(たいざん)の麓にある歴下(れきか)という都市まで退却している。


「平陵を攻略できなかったばかりか、二大夫を失い、その軍も壊滅させられてしまった。これからどうすればよいと孫先生はお考えか」


 田忌としては当然不満である。戦略的な撤退とはいえ、この先状勢を逆転できる展開が予測できない。


 そんな田忌の思いをよそに、孫臏は答えた。


「作戦は少々変更します。……もはや襄陵などにはこだわらない方がよい。当初の予定とは異なる形となりますが、その攻略は中止しましょう。この先龐涓が邯鄲に到着すれば、先に申したとおり、逆転の機会が訪れます」


「まるで作戦に一貫性がないではないか。龐涓とは直接戦わないのか」


「いずれ、相対することになりましょう。ただし、いまは彼が邯鄲に到着するのを待つのです。それが確認できたあとでなければ、行動は起こせません」


「…………」


 孫臏は結局、田忌にも具体的な戦略を明かさなかった。ただ待てと言うばかりである。


「待ってばかりでは、邯鄲の包囲は完成してしまうぞ」


「邯鄲など、構うことはありません。落城したとしてもあとから奪えばばよい。と言うより、おそらくその流れになるでしょう。我々が華々しく逆転を飾るために、いっときは魏によい思いをしてもらわなければなりません。絶頂に浮かれるからこそ、落とし穴に気付くのが遅れる……誰しも、そういうものです」


 あるいは孫臏にはこの時点での妙案などなく、状況に応じて動こうとしているだけかもしれない。田忌は、おそらくそうであろうと思った。しかし、もはや孫臏に賭けるしか採るべき道はなかったのである。



 大梁では、公叔痤の葬儀が執り行われようとしていた。その最期は穏やかなもので、苦しむことなく、眠るように息を引き取ったという。その人生で権力争いや、若いときは戦いの中で捕虜となる苦しみも経験してきたという老人にとって、冥界の門をくぐることは幸福を意味することではないか……そう考える娟であった。


 先代君主である武侯の姉であった妻は早逝している。その後に後妻や側室を設けず、ひとりで過ごしてきた公叔にとって、大事なものは自分であったのだということに気付いたとき、すでに娟は大人であった。幼いころからその気持ちをわかっていれば、より孝行ができたものを、などと後悔するばかりである。しかも公叔は、あまりにも静かに息を引き取ったため、最期に何も言い残すことが無かった。龐涓が邯鄲包囲に出撃したことに満足していたかどうか、それさえも娟は確信が持てなかったのである。


 葬儀は家宰である衛鞅が取り仕切っていたが、彼女はそれさえも不満であった。いやしくも国の宰相であった公叔の葬儀である。より身分の高い人物がそれを行うことこそ故人に対する礼儀ではないか。しかも魏公罃は参列こそしたものの、涙も見せずに立ち去ってしまった。娟にとっては、国に対する不信しか残らない葬儀であった。


「長いようでいて、あっという間にお別れのときが来たように思えます。それにしても将軍がお戻りになる前に逝ってしまわれたことは、残念としか言いようがありません」


 旦は、おそらく娟も同じ気持ちだろうと思い、そのように述べた。「そうよね」とか、「ほんとうに」とか言ってもらえるだろう、と踏んでの発言である。だが、このときの娟は、そのような軽い反応を示さなかった。


「私は、今この場にいる人たちを許せないわ。公叔さまはあんなに年老いてまで戦地に赴かなければならなかったし、その苦労が原因でお亡くなりになったのよ。将軍はお世話になった公叔さまの葬儀にも出られず、戦地で苦しんでいるわ」


「それは……仕方の無いことだと僕は思いますが」


「本当にそう思うの? 私はこれは誰かの陰謀だと思うわ。公叔さまがいよいよ危ないという時期を選んで将軍が出兵せざるを得ない状況を……誰かが作り出したのよ」


「それは、斉や秦などの……いわゆる敵国の仕業ですよ」


「それはそうだけど、私は魏の情報を誰かが横流ししていると思うの。それが誰かはまったく想像もつかないけど……このことは将軍も疑っておいでだったわ」


「確かにそうでしたね。そう考えると僕も不安になってきました」


「このままいくと、……おそらく将軍は戻ってこれないわ。旦、早く手を打たないと」


 娟は息巻いたが、旦は呆然とするばかりであった。自分は年端もいかない子供であり、娟はうら若き婦人である。策謀渦巻く天下を相手に、どう戦おうというのか。


「いまならまだ間に合うわ。将軍に連絡を取って邯鄲から撤兵してもらうのよ。情報が筒抜けになっている状態で、主力が国内に不在だなんて危なすぎます。衛鞅さまに話を持ちかけてみましょう」


 衛鞅は黙々と葬儀を取り仕切り、その手際には非の打ちどころが無かった。だが、そのことを評価する者など、魏にはいない。公叔が生きていれば彼のことを褒めたであろうが、その公叔も既にいない。衛鞅はこのことを以前から予測しており、今後の身の振り方を考えていたようであった。が、それを他人に悟られるような不手際をまったく見せなかった。感情が少ないのか、それともそれを必死に押し殺しているのか、娟の目から見てもそれは明らかではない。そのことが長い付き合いであるにもかかわらず、彼女が心を寄せる気にならなかった原因であったと言えよう。このため娟は衛鞅に相談することを若干躊躇ったが、ことは急を要するため、背に腹は代えられなかった。


「公主の言いたいことはわかっているつもりです」


 衛鞅は娟がひとことも口にしないうちに、そう言った。


「龐涓将軍のことが心配なのでしょう。……悪いことは言わない。諦めるのだ」


「……なんですって?」


 このときの衛鞅はどこか憑き物が取れたように飄々としていて、常になく表情も明るかった。それだけに娟には気になることが多い。ましてこの発言である。彼女は衛鞅の真意を質さずにはいられなかった。


「魏の覇権は近いうちに終わりを迎えることとなります。それに伴って国内は大きく乱れ、他国からも軍事的な干渉を受けることとなりましょう。龐涓将軍も戦いに敗れて帰らず、このままでは公主もつらい人生をお過ごしになる」


「あなたにどうしてそのようなことがわかるのです。そもそもそんなことを言って、公叔さまに申し訳ないとは思わないのですか」


「無論公叔さまにお世話になったことは感謝していますよ。よって、私は義理を果たしたのです。あの方が亡くなられるまで、こうして大梁にとどまっていたことは、その意識の表れです。その気持ちに嘘はございません」


「ということは、本心では他の意志があるということね。あなたの心はすでに魏国にはなく、他のどこかの国にある、と」


 衛鞅はまるで居直ったかのような態度で、これに応じた。


「それのどこがいけないのですか。魏公は私を受け入れようとはしてくれませんでした。ならば、私としてはどこかに自分の居場所を求めるしかない。生きていくためには、当然のことではないですか」


「魏公には確かに人を見る目はないかもしれません。それであなたが魏を見限ることも自然なことかもしれない。でも、だからといって魏国が覇権を失うことにはならないわ。ましてや、将軍が敗れることなど……。いまあなたがここからいなくなったからといって、戦場には何も影響がないでしょう」


 衛鞅は意味ありげな微笑を浮かべ、つと視線を外した。娟は貶められたような気分になり、面白くなかった。


「公主はわかっておらぬようですな。戦場というものは、情報によっていくらでも左右できるものです。龐涓将軍は、邯鄲包囲に先立って衛を攻めた。濮陽を占領しておけば諸国に対する牽制となると信じて行動した。太子も邯鄲を包囲していて大梁にはろくな軍隊がいない。こうした情報を斉軍が得ていれば、どの様に動くか。そのことを考えてみたことがありますか」


「どうせ斉軍はそのことを知らないわ。誰かが教えない限り……。いえ、ちょっと待って。もしかしたら……」


「そうだ。私が教えた」


 衛鞅の言葉に娟は慄然とした。目の前の男は、自分の栄達と引き換えに国を窮地に立たせようとしているのだ。許せることではない。


「あなたが! ……その情報を餌に、斉へ身を売るつもりなの? なんてひどい人。そんな人だとは思わなかった」


「斉に行くつもりはない。秦の孝公は人材を捜し求めていると聞いているので、私は秦に赴くつもりだ。私が行くからには、秦を次の覇者にしてみせる。……そこで、どうだ。公主よ、共に秦へ赴かないか」


 娟は驚きのあまり絶句したが、それも一瞬のことだった。


「将軍はきっとあなたの策謀を見抜いて斉軍を蹴散らすわ! そうに決まってる。どうして私があなたなどと一緒に……」


「龐涓はもう二度と公主の前に姿を現すことはない。その事実を受け止めるのだ。私と一緒に来い。寂しい思いはさせぬ」


「……いやよ!」


「わからぬのか。……好いているのだ。昔、公主がこの邸に来てから、ずっとな」


「そんな! でも……いやなものはいやです。止めはしません。どうぞひとりで行ってらっしゃい」


 衛鞅はそれを受け、背を向けて立ち去った。その場には彼が育てた柳の木が風に揺られ、切なげな音を奏でていた。本来ならば水辺に自生する柳を、公叔の庭に植えて育てたのは衛鞅その人である。彼は、一見不可能なことを長い時間をかけて形にすることを得意とし、公叔痤もその能力を珍重したのだった。しかし、彼が密かに魏の転覆を願って行動していたことに、誰も気付く者はなかったのである。



 太子申は邯鄲を攻め、その成果は実りつつあった。城壁は燃え、内部の住民たちは抵抗を試みるも、魏軍の圧倒的な優勢は崩せずにいる。しかし燃えさかる城壁の隙間から、諸外国へ向けた使者たちが包囲の網をすり抜けて出発していた。


 その使者たちが見た光景は、包囲を固める魏軍に、さらに援軍が加わった姿であった。彼らはそれを見て意気消沈した。


「なんてことだ……龐涓が来たぞ。邯鄲はもうおしまいだ」


 趙侯から使者の命を受けて邯鄲を脱出した李曇(りうん)は嘆息し、状況の深刻さを言い表した。しかし彼の引き連れる部下たちは若く、その意味を正確に読み取ることができなかったらしい。


「魏の龐涓将軍とは、それほどまでに恐ろしい人物なのですか」


 李曇はそれに対して丁寧に答えたという。


「いや、彼が鬼のような男であるかと問われれば、決してそのようなことはない。むしろ軍人としては慎み深い人物だ。上官の命令に黙々と服し、疑義を抱かずその任務を実行する。一方部下には公平、公正であり、策謀のみならず個人的な実戦能力も高いことから尊敬されている。もし彼が野心的な男であれば……その性格につけ込んで誘惑したりすることができるのだが、私心がないためそれもできない。その点が彼を恐れる理由だ。龐涓が来た以上、邯鄲は陥落を免れまい」


「では、私たちが使者として諸国に救援を依頼しても、無駄ということになりはしませんか」


「ううむ……だがたとえ陥落したとしても、その支配が永劫に続くわけでもあるまい。近い将来に奪還するための努力を怠るべきではないだろう。都が奪われたとしても、侯家が息災であれば国は命脈を保てる。しばしの辛抱だ。私としては、邯鄲を巡る趙と魏の争いを、なんとか魏と斉の争いに転換していきたいなあ。どちらも身分不相応に公を称する野蛮な国だからな」


「我が趙とは違うと仰せですか。趙も過去には王室の領土を侵略したこともあるくらいですが」


 王室の領土とは、すなわち周のことである。部下の言葉は事実であり、李曇はそれに対して気まずそうな笑顔を浮かべた。


「確かに我々も覇権を競い、領土を拡張しようという不貞な輩であることは間違いない。だが、最低限度の慎みはある。そもそも魏や斉が周王室から授かった爵位は侯に過ぎない。にもかかわらず自分たちのことを魏公だの斉公だのと称するのは野心の表れでしかないのだ。そのうち奴らは王を称することだろう」


 確かに趙の君主は侯を自称していて、その意味では周王室の権威を尊重しているかのように見える。だが実質は覇権国である魏、強国である斉や秦に領土を囲まれていることで、必要以上に覇気を見せつけないようにしているだけなのである。このため李曇の主張は言いがかりのようなもので、せいぜい弱者の自己主張に過ぎない。


「だが、にもかかわらず我々は斉の助力を仰がねばならない。できれば強国同士が力を削り合って、お互いに自滅することとなってほしいものだ」


「まったくです」


 救う側にも、救いを求める側にもそれぞれの思惑があり、どちらも相手のことを信用していないという事実は、封建時代の大きな特徴でもある。李曇の言葉はそれを裏付けるものであった。


 使者が出発しているであろうことは太子申も予測している。しかし、それに関わっている暇もなく、また必要もない。間断なく矢を放ち、内部から出てくる者は救いを求める使者だけにする。戦闘員が大集団で出てこなければ問題ない。彼はそう考えていた。


「状況はいかがですか」


 濮陽から駆けつけてきた龐涓は太子と面会し、尋ねた。そのときの太子は気分も昂揚しているのか、赤らんだ顔が印象的であった。


「うむ。まずまず予定通りだ。濮陽の方は、問題ないか。軍糧は想定したとおり確保できたのであろうな?」


「軍糧の確保は予定通りに。ただ、その過程で斉軍と一戦交えました。敵は少数でありましたからこれに勝利を得ましたが、おそらく本隊はその間に退却したものと思われます。そのまま後退したのならばよいのですが、こうして我々が攻城戦を行っている間に再び進軍してきて後背をとられる形になると、やや厄介な状況となりましょう。注意が必要ですな」


 本心では、充分対抗できると龐涓は考えている。彼の見るところによると、すでに邯鄲からの組織的な抵抗はなさそうであった。いや、あったとしても対処可能な程度である、と言った方がいいだろう。魏軍が邯鄲を落としたあとにのこのこと斉軍がやって来れば、余裕を持ってそれを迎え撃つだけの話である。


 ただそのことを太子がどう考えているかは彼としても気になるところである。太子には緊張感をもって臨んでもらいたいと願うばかりであった。


「つまり、斉軍の大半はまだ生きているということだな。だが邯鄲を陥落させ、入城するにはあと三月ほどかかりそうだ。と言うのも、意外にも趙の君主はしぶとく、逃げる様子を見せない。こうなっては腰を据えて持久戦に持ち込み、城内の食糧が尽きるのを待つしかなさそうだ」


「太子、それでは遅すぎます。糧食が尽きるのを待っていれば、斉軍が態勢を整える時間を与えることになります。ここは火を噴くように攻めて、なおかつ邯鄲城内の軍糧保管庫を焼くくらいの攻撃をしなければなりません。趙侯がいつまでも逃げ出さないのであれば、攻め入ってこれを虜にするべきです」


 太子は龐涓の意見に不満げな表情を浮かべた。彼は兵に慕われており、できることなら無駄に命を奪いたくないと考えているのだろう。その結果として行動が慎重になっているようであった。


 当初龐涓は、太子が血気にはやって無茶な軍行動を起こすのではないかと心配していたが、実情はその逆である。それはそれで見過ごすわけにはいかなかった。


「将軍よ、焦っているのか? 我々は敵に対して圧倒的な優勢であり、兵数も倍以上は確保している。たとえ斉軍が現れても対処は可能だと、先日将軍も自ら言っていたではないか」


「斉軍が現れても撃退することは可能ですが、その際、味方に多くの死者が出ることは免れません。その前に邯鄲へ入城を果たせば、我々は城壁を盾にして斉軍を迎え撃つことができます。太子は攻城戦において兵を失うことを恐れておいでのようですが、この状況のまま斉軍を迎えることになれば、結局多くの兵を失うことになります。最終的に我々が勝つことになるにしても、損失はより少なく抑えねばなりません」


「……わかっている。だがひとたび入城すれば、占領政策も考えねばなるまい。城主とともに多くの者が逃れてくれればよいが、降伏する人民が多ければ、そいつらを食わせねばならぬ。私は、そのことが心配なのだ」


「ならば攻撃を激しくし、逃亡する者を増やしましょう。邯鄲は巨大な都市ではありますが、当面は魏国の軍事拠点としての役割を担うことになります。城内に残る民衆は少ない方がよいかと」


 龐涓がこのように言い放った時点で、ようやく太子は意を決した。それまでは城壁外からの攻撃に終始していた魏軍は、城門を丸太で打ち破り、内部への侵入を開始した。当然ながら攻める側に多くの危険が伴う方法であったが、魏軍は先頭に龐涓自らが立つことでこれを打開しようとしたのだった。



「あの人、お話にもならないわ。何よ、一緒に秦へ行こうだなんて……」


 娟はぶつぶつと独り言を繰り返していた。傍らでその様子を見ていた旦には、だいたいの話の流れがわかった。


「衛鞅さまは、秦へ赴かれるのですね」


 娟は突然話しかけられて、我に返った。


「そうよ」


「もう帰ってこないおつもりでしょうか」


「そうに違いないわ」


「そうですか。仕方ありませんね」


 旦は比較的そっけなく、その事実を認めた。娟としては、問い返さざるを得ない。


「……それだけ?」


「公叔さまは衛鞅さまを魏公に推挙しましたが、認められませんでした。衛鞅さまとしては、どこかで働かなければならないでしょう。これまでは公叔さまの食客でしたが、もう公叔さまは亡くなられてしまったのですから」


 旦はそう言ったが、娟には衛鞅の真の理由がわかっている。


「あの人は、公叔さまが亡くなる前から……魏公に登用しないと言われる前から、斉に情報を流していたのよ」


 しかしその理由が自分に対する恋慕の情であったことを知っていたため、娟はそれきり口を閉じた。現在の状況が自分に責任があるとさえ、思えたようである。


「とにかく……」


「何はともあれ、僕は斉へ赴きます。こんな子供の言うことなんて誰も耳を傾けないかもしれないけど、どうしてもそうしたいんです」


 旦は目を涙に潤ませながら、自分に課せられた義務感を吐露した。それに対して娟が感じたものは、意外にも嫉妬なのであった。


「あなたばかりに行かせるものですか。私も行きます」


 ふたりは馬車に乗って斉の都である臨淄を目指すこととなった。慣れないはずの御者役を担うこととなった旦は、意外にも如才なく馬を扱った。


「将軍からは、いろいろなことを教わりました。ときには戦車馬に餌をあげたり、実際に乗ってみたりもしたんですよ」


「そのご恩に報いたいと、思っているわけ?」


「いえ、そういうわけでは……。ただ、将軍がいろいろなことを教えてくださったのは、いつかこういうときが来るかもしれない、とお感じになっていたからかもしれません。僕はその期待に応えたいんです」


 娟は旦の気負いに対して、直接の言及はしなかった。ただ、微笑とともにため息をついただけである。


「それにしても、遠いわね」


 二頭立ての馬車で駆けても大梁から臨淄までは遠く、その事実だけでも兵士という職業は大変なものだと感じる娟であった。彼らの多くは、その距離を徒歩で移動するのである。


「旦、臨淄に着いたらまずはどうしようと思っているの?」


「そうですねえ……」


 旦は考えながら馬に鞭を与えている。そうすると馬車は速度を上げ、客車は大きく揺れ動いた。娟は、自分よりも年下の旦に策略を考えさせている。そのことに旦自身が腹をたてたのかもしれない、と思った。


「私にも考えがあるにはあるのよ。でもとりあえずあなたの考えを聞きたいわ」


「戦争をするにしろ、他国と同盟を結ぶにしろ、政策が決定するまでには議論が重ねられますよね。この間、公叔さまが衛鞅さまを次代の宰相に推挙した際に魏公が断った経緯を目にして、そのことを考えさせられました。もちろんそれ自体には、あまり議論の余地はなかったのですが……。また、魏公は今回の邯鄲出兵に際して太子を上将軍に任じられました。このことについてもおそらく魏公には思惑があるのでしょう」


「何が言いたいの?」


「おそらく、斉でもそういうことがあるのではないかと思うのです。あの国の内情には詳しくないですけど、斉公の重臣たちの中にも不満を持っている人はいるのではないか……と。そういう人たちにどうにか接触できないかと考えているのです」


「斉公に用いられなかった人たちや、重臣同士の議論に敗れた人たちがいるはずだというのね」


「僕が思うに、魏が趙の都を包囲したという事実は、もともと斉にとって何も関係がないことです。それなのに出兵しようとしている……有力な方の中にも、そのことを面白く思わない人もいると思うのです。違うでしょうか」


「あり得ることだわ。でも問題はどうやってその人と渡りを付けるか……そのことでしょうね」


「巷間の噂とか……そういうものを頼りにするしかないでしょう。いずれにしても早いうちに臨淄にたどり着かないと、戦局が定まってしまいます。今ごろ将軍は、邯鄲に到着しているころでしょうか。いえ、もう城内に突入しているかもしれません」


「そしたら、戻ってくるのが難しくなるわ。大梁にはまともな軍勢がいないというのに……。そこを突かれたら魏なんておしまいよ。あの衛鞅が流した情報によって、もうそのことは斉側も知っているに違いないわね」


 つくづく、衛鞅の存在が恨めしく思える娟であった。しかし済んだことはもはや取り返しがつかず、対応策を考えるのみである。旦と娟は、考えがまとまらないまま道中をむなしくすすみ、十五日後にはどうにか臨淄へ到着した。


 しかしその頃、斉の使者たる李曇一行も歴下に陣する田忌や孫臏のもとにたどり着き、ちょうどその窮状を訴えていたのであった。



「すると我々が駆けつけてももう間に合わないではないか。貴公らが邯鄲を脱出する際にはもう龐涓が来ていたことを思えば……」


「邯鄲の落城は免れないでしょうな」


 使者の報告に動揺する田忌に対し、孫臏は落ち着き払っていた。李曇らを小馬鹿にするような口ぶりは、彼の余裕を物語っていたかのようである。


「使者どのもそう思うのではないか? 実際のところ、そうであろう? ん?」


——なんという、嫌なやつだ。


 李曇は思い、なんとか体裁のよい答えを用意しようとしたが諦めた。救援を依頼する立場である以上、言動は慎み深くするべきであった。


「軍師どのの仰るとおりでございます」


「では、あなた方は我々に何を求めてここまでやって来たのか」


「それはもう……どうにかして魏軍を邯鄲城内から引き上げさせたく……そのための知恵と武力をお借りしたい、その一心でございます」


「落城は覚悟の上で、魏を徐々に弱らせることで撤兵につなげるということならば、方策がないことはない」


 孫臏は尊大な態度で李曇に言い渡した。李曇は立場上それを甘受するしかなく、戦略に修正を求めることはできない。つまり孫臏は、邯鄲の奪回には何年もかかるが、その事実を受け入れろと言っているのである。


「ぜひ、お伺いしたく存じます」


 孫臏は説明を始めた。


「魏軍は他国を圧倒する兵力を擁しているが、実のところその多くは烏合の衆である。将軍たる龐涓が率いる部隊以外は、そうそう強くはない。いま邯鄲にはその龐涓が赴いていて、占領を完成させようとしている。この危機を打開するには、奇計をもって邯鄲から龐涓を除くことが先決であろう。あとに残った部隊は、どうとでもなる」


 田忌は李曇以上に興味を持って孫臏の言葉に耳を傾けている。彼は横やりを入れるように会話を遮った。


「奇計をもって……その具体的な策とは何か?」


 孫臏は答えて言った。


「もつれた糸をほどく場合、ただその両端を引っ張って巻くだけでは絡まるだけです。いまの魏と趙の関係はそれと同じようなものだ。他人同士の喧嘩を仲裁するためには、ただ凄んでみせるだけでは駄目なのと同じように、敵が待ち構えているところを避けて空虚をつけば形勢は互角となる。そうなれば敵も思うように事態を動かせず、自然と退却するものだ」


 李曇は聞いているうちにいらいらしてきた。具体的に、と聞いたのに孫臏は婉曲な表現を好むのか、ひどく回りくどく説明したがる。雄弁なのではあろうが、劇的に持論を展開することに自分で満足しているようで、それが他人をいらだたせることに気付かないようであった。


「空虚とは、いったいどこを指すのですか。それこそ具体的にお聞かせ願いたいのですが」


「まあ待て。話の順序というものがある。どうせ邯鄲は落城するのだから、状況は一刻を争うというものではない。急いでも仕方ないだろう」


「……確かに邯鄲は落城するでしょうが、そのような言い方はないでしょう。我々は落城するであろう邯鄲を見捨てないでほしいと、こうして頭を下げているのです。その気持ちをどうか推し量っていただきたい」


「勘違いしてもらいたくはない。いつ私が邯鄲を見捨てるなどと言ったか。私には、魏軍を討ち破ろうとする理由がある。それは私の個人的な野望だが、そのついでに邯鄲も救ってやると言っているのだ。戦略を聞きたいか?」


 もはや李曇の怒りは頂点に達し、額に浮かぶ汗と、口元に生じる震えを抑えきれなくなっていた。孫臏という男には、人を挑発して楽しむようなところがあり、相手が自分に対する敵意を必死に押さえ込もうとする姿を見て笑う性格があった。


「お聞かせ願いたく思います」


「うむ。私には魏国内の情報がいろいろな経路を通じてもたらされる。それによれば、このたびの趙との合戦に、魏の精鋭部隊はすっかり出払っていて、国内には老人足弱がいるばかり、とのことだ。ゆえに我々は兵を引き連れ、速やかに魏の都である大梁へ進撃する。その過程で街道を塞ぎ、斉軍の兵威を見せつければ、龐涓は必ずや趙との戦いを差し置いて、自国を守るために戻って来るであろう。そこを待ち受けて討ち取るのだ」


「……邯鄲で直接魏軍に攻撃をかけるのではないのですか」


「それこそもつれた糸を強引に引っ張る行為だ。大梁を襲えば、かならず邯鄲の包囲は解かれる。このこと、賭けてもよい」


 全面的に請け合うと言うのである。この間田忌は口を挟まず、押し黙っていた。孫臏は田忌に対し、


「異存はありませんな?」


 と確認し、田忌が頷くのを見ると、自らは食事をとるため退出した。



「……なかなか、軍師どのは変わったお方ですな」


 李曇はようやくのことで孫臏についての人物評を言葉にした。これでも彼としては軟らかな表現をしたつもりなのである。田忌は苦笑いとともに、


「いや、使者どのには失礼した。わしから謝罪するが、あれはああいった男なのだ」


 と弁解した。田忌の言葉は続く。


「わしはあの男のことを孫先生と呼んでいる。本人はそれが気に入っているのか、わしに対してはあまり不遜な口をきかない。しかし大抵の人物に対しては攻撃的だ。持って生まれた性格なのだろう。それに加えてあの両脚だ。彼が車椅子に乗っていることに気付いただだろうが……」


「はい。何らかの刑罰を受けたのだと推測しましたが、それを口にすることは憚られました。軍師どのは何を?」


「うむ。彼は両脚を、魏将龐涓に斬り落とされたのだ。そのため彼が龐涓を恨む気持ちは凄まじいものだとわしは睨んでいる。……本人は口にしないが」


「……そうだったのですか。でも、なぜ言わないのでしょう?」


「彼の自尊心がそうさせないのだろう。孫先生は、口ではなく行動で龐涓に仕返ししたいと望んでいる、とわしは見ているのだが、本当のところはよくわからぬ。ただ、彼の戦略に間違いがないことは確かだ。わしは彼に任せるつもりだが……使者どのもそれに賛同していただけるかな?」


「邯鄲が解放されるのであれば、方法は問いませぬ。将軍が軍師どのの戦略を容れるとあれば、私に反対する意志はございません」


「ならば、そういうことだ。……さて、わしも腹が減ったことだし、これにて失礼する」


 田忌が孫臏を信頼していることは確かだろう。しかし、趙のことはさして重視していないかのようであり、李曇は心穏やかではいられなかった。


「鬼畜どもめ……」


 彼は誰もいない室内で、そう口走った。


 邯鄲の城壁は大梁と同様に二重構造となっており、外側に多くの守備兵が配置されている。城内に攻め入った龐涓はこの多くを斬り捨て、その結果内側にいる人々を恐怖に陥れた。内側の城壁に囲まれているのは宮殿であり、その住人はほかでもない趙侯である。このときの趙侯は名を種といい(趙種)、のちに成侯(鄒忌の尊称である成侯とは別人物)と諡される人物であったが、過去には魏と蜜月な関係を築いていたこともあり、状況の変遷に為すところがなかったという。彼は近侍の者とともに近隣の都市である鉅鹿(きょろく)に逃れ、そこを臨時的な居城とした。これにより、ついに邯鄲は陥落したのである。


「抜いた、と言い表すべきだろうな」


 太子申は満足げな笑みを浮かべて、龐涓に語りかけた。これについては龐涓も異存はなく、同様に笑みを浮かべて頷いたという。邯鄲を占拠しておいて防備を固めれば、その戦力は趙軍のそれとは比較にならず、将来にわたっての拠点となり得るであろう。


 しかし、龐涓は間もなく判断を迫られることとなった。


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