表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国に生きる ー魏国興亡史ー  作者: 野沢直樹
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

卒倒

 斉国の都である臨淄は、古くから学問の都である。城門のひとつに稷門(しょくもん)という名のものがあり、その近辺に学者たちを住まわせたため、斉の学者たちは「稷下(しょっか)の学士」と呼ばれた。そしていまや孫臏もそのひとりとして数えられようとしている。


 もともと土地が痩せていて農業には適さなかったこともあり、この時代の臨淄は工業都市として発展を見せている。鉄や銅、あるいは織物の一大産地として斉国の発展に大きく寄与してきたが、学者たちの存在にはこの時代に生きる為政者たちの意志が現れていると言ってよいだろう。経済だけではなく文化的な面をも重視し、それによってさらにさらに経済を発展させようとした……その実験的な都市が臨淄なのである。


 もとの名を営丘(えいきゅう)といった。殷王朝を滅ぼした周の武王が、その軍事指揮官であった太公望呂尚たいこうぼうりょしょうへこの土地を褒美として授けたことにその歴史が始まる。城は君主が住む小城と、民が住む大城に分けられ、井桁のように街路が巡らされていた。工業都市として発展した経緯から、街路には排水設備も整えられており、それが人々の快適な暮らしに役立ったという。


 しかしながら、この時代の経済的発展の成果は、すべて軍事の充実に充てられることが多い。臨淄もその例に違わず、斉の軍隊は次第に拡大していった。それにつれて学術的成果も、他国を打ち負かすために整備されるようになったのである。



「この広場は軍の演習場か。臨淄に住んで久しいが、立ち入ったのは初めてだ」


 孫臏は未だ無位無官なので、本来ならば軍施設に入る資格などない。しかし名目上、田忌の客ということになっていたので今回は特別に、ということであった。彼が仕官を認められるためには、田忌にその能力を認めさせて、推挙を受けなければならない。ここに入ることができたということは、その機会を与えられたと考えるべきだろう。


 田忌は流鏑馬やぶさめで他者と勝負するのが趣味であった。そしてあろうことか馬には自らが乗るという。絶対の自信があってこその行動だが、思いがけず前回の勝負では敗北を喫したとのことであった。今日はその復讐を期して場を設けたらしい。


 その相手が、鄒忌の馬であった。育ちのよい鄒忌は自身が馬に乗ることはないが、所有者としてこの場にも姿を見せている。田忌にとっては、その流麗な鼻柱を折ってやることが最上の望みであった。


「孫先生の知恵をお借りしたい」


 田忌はこの流鏑馬の勝負で、孫臏の力量を試すというのだろう。両脚のない彼が騎乗できないことはわかっていたが、その彼がどうこの勝負を分析するのかを知りたがった。


 依頼を受けた孫臏はひとしきり鄒忌の馬を観察した。


 流鏑馬の勝負は、三本勝負である。一対一で弓矢を的に当て、その速度と正確さを競うのだが、一本の勝負ごとに馬を乗り換えなければならない。弓手の力量は一定しているので、騎乗する馬によって勝敗の行方が左右されるのである。

 鄒忌の馬を扱う騎手は、弓矢の技量に問題はなさそうであった。となれば、なおさら馬の違いが勝敗を分ける。


「私が見るに」


 孫臏は田忌の客になったことで、ある程度言葉遣いも慇懃なものに変えた。本人にとっては望まぬことであったかもしれないが、これも成長した証しだと言える事実かもしれない。無用に人の反感を買うことの無駄に気付いたということだろう。


「まったく同じ速度で走る馬を三頭揃えることは、おそらく不可能なことです。また、単独では速く走れる馬も、人を乗せるとその動きが鈍くなることはあり得ることでしょう。将軍閣下の馬にも扱いやすさにおいて上中下に分けることができるはずです」


 田忌は深く感慨を覚えたわけでもなく答えた。


「おそらく相性の問題であろうが、わしにとっては茶色の馬がもっとも扱いやすい。馬上で弓を構えたとき、揺れを感じることがない。結果的にもっとも早く、正確に矢を放つことができる」


「二番目の馬は」


「葦毛だ。そこそこに満足できる」


「では、三番目は黒い馬ですな。茶色の馬を上、葦毛の馬を中、黒の馬を下と定めましょう。一方、鄒忌どのの馬はどれも茶色で、一見すると見分けがつきません。しかし先ほどからつぶさに観察してみたところ、やはり能力に違いがあるようです。いま騎手の男が乗っている馬が一番安定しているようで、敵にとって上の馬というところでしょう」


「ならばわしも上の馬で対抗しなければならぬ。今回は負けるわけにいかぬからな」


 ところが孫臏はそれを制した。


「いえ閣下、ここは下の馬を出しましょう」


 相手の上の馬に対し、下の馬で戦えというのである。当然ながら、田忌は反発した。


「負けてしまうではないか」


 なにを言うのかとでもいわんばかりの口調であったが、孫臏は動じない。


「三本勝負であるからには、二本とれば勝ちです。ここは、騙されたと思って私の言うとおりにしていただこう。最終的に負けたときにはどんな罰でも受けるつもりだ。それこそ両腕を切り落としてもらっても構わない」


 不承不承ではあるが、田忌はその言葉を受けて勝負の場に立ち、予測通りに敗北した。黒馬は走り方に癖があり、騎手の足もとを大きく揺らす。速度はまずまずであったが、そのため狙いを定められず、田忌の放った矢は的の上端を刺したのであった。


「相手は中心を刺したぞ。これで一敗……。勝負に大きく後れをとってしまった」


 戦略があることは理解できても、田忌にとって勝負事は流れが大事なものであった。常に正面から相手と戦い、力でそれをねじ伏せることこそが理想だと考えているのである。


 しかし孫臏にとって勝敗は結果こそがすべてであった。


「将軍、相手は次戦に中の馬を用意しているようです。ここは将軍の上の馬、茶色の馬をご用意なさい」


「ここでか。こうなった以上、わしとしては切り札を最後までとっておきたいのだが」


「相手がここで中の馬を出す以上、最後に残るのは下の馬しかありません。中の馬に勝つためには上の馬で対抗すればよし、下の馬に勝つためには中の馬で対抗すれば充分です」


「……なるほど。わしが馬上で失敗しない限り、勝てるというわけか。よくわかった」


 その後田忌は相手に対し、二連勝した。結果を知った鄒忌は不正を疑ったが、孫臏の知恵が結果に関わっていたことを知ると、素直に敗北を認めたという。


「わしは、勝負の流れというものを時の運としか捉えていなかった。しかし孫先生の知謀は、流れを自ら呼び込むことを旨としており、幸運なことにわしはそれを知り得た」


 気に入ったと言うのであろう。田忌はこれを機に孫臏を正式に自身の配下に迎えたのである。



 故為強者、積於弱也。為直者、積於曲也。有餘者、積於不足也。(強を為す者、弱を積む也。直を為す者、曲を積む也。余りある者、不足を積む也……「鬼谷子」謀篇第十)


 すでに黄池城を目の前にし、龐涓は自嘲的なため息をついた。……強い者はどこかに弱い部分があり、まっすぐな者は、どこかが曲がっている。余りある者は、なにかが足りない。それがすべて自分のことを評しているかのように思えたのだ。鬼谷先生は、実に人のことをよく見抜いていた、と龐涓は感じざるを得なかった。


 武将とは強くあるべきだが、事実として龐涓は情に弱い。明らかに敵対する態度で接してくる相手にはいくらでも強く振る舞えるが、そうでもない場合には相手が抱える事情を忖度しがちであった。


 嘘を見破ることを得意としていたが、自分自身が嘘をつくこともあるし、そのことについてさほど罪悪感を抱いたりすることもめったにない。どこか、感覚が曲がっているのだ。


 心の奥底では、武将として戦乱の世を生きる自分の姿に違和感を覚える。だが皮肉なことにその能力は充分にあった。彼は不覚にも、その事実に喜びを感じていたのだ。


 学問を志しておきながら……とは常に思うが、そもそも鬼谷の学問は戦国の世を弁論を駆使して生き残り、自らの名をなすためのものであった。言い換えてみれば、これは個人の処世術であって、天下万民のために存在する「思想」ではなかった。鬼谷は戦争を否定しているのではなく、戦いを利用して自分が生き残るための方策を指南しているだけなのである。


 孫臏はその教えにどっぷりと浸かるような生き方を選択した。そんな孫臏を許せなく思った龐涓だったが、彼がとった行動は主体性のない、中途半端なものだった。


 なにかが足りない……龐涓は自分自身をそのように評価せざるを得なかった。



 黄池城の攻略にあたって龐涓は先鋒を務めたが、このとき公叔痤も共に出征している。そこで公叔に大本営を任せ、自らが突入部隊を指揮したのである。

 もともと龐涓は何事にも突き詰めて研究する性格であり、日々剣の技術を磨いてきた。彼の家には広々とした前庭があるが、早朝に彼がそこで鍛錬を始めると、周囲に住む者たちがよく見物に訪れたものであった。一説によると、龐涓は葉から滴り落ちる朝露を剣で両断するのが得意だったという。が、対象があまりにも小さいので見物人たちがそれを見て賞賛したとは考えにくい。しかし、彼の剣を振るう姿が人々の目に印象的に映ったことは事実であろう。そうでなければ連日に渡って見物人がたむろすることなどあり得ないからで、剣技に対する彼の真摯な努力が現在の地位を確実にしたということができる。


 しかし当初龐涓の集中力は剣技ではなく、学問に注がれていた。それに対する思いは余人に計り知れず、そのことが現在の立場に複雑な思いを抱かせているのだろう。彼はその鬱憤を晴らすかのように、陣頭に立って活躍を見せた。


 やや遅れて戦場に到着した公叔は、後方で龐涓の戦いぶりを観察しようとしている。その傍らには彼の客人であり、助言者である衛鞅が控えていた。


「黄池の住民たちが城壁の上から石を投じてきますので、龐涓は火矢でそれを撃退した模様です。これによって城壁に取り付くことのできた我が軍は、梯子をかけてそれを乗り越えようとしています。黄池の軍は城の内部で待ち構えていることと思われますが、規模は小さいでしょう。我が軍はすこぶる優勢にあります」


 衛鞅の報告に公叔は頷いた。


「うむ。龐涓はどうした」


「龐涓将軍は軍団の先頭におり、自ら血路を開いております。既に梯子を下り、城内に入ったとの由にございます。いやはや……なんとも勇ましい限りです」


 衛鞅の口調は、夢中になって走り回る龐涓のことを揶揄していた。彼のなかでは、戦いとはもっと整然としているべきものであり、指揮官はどっしりと構えているべきものであったのだ。


「ここにわしが来ているのだから、龐涓が先頭に立つことは当然のことだろう。あいつが前面に立って、その剣さばきを見せつけたら、黄池の住民など恐れをなしてひれ伏すに違いない。そうなれば戦いは早く終わる。城主を裏門から逃がしたあと、占拠すればそれで終わりだ。よって龐涓の行動は正しい」


「しかしながら、彼はあくまで将軍です。万が一にでも……流れ矢に当たったりして命を落としたら、軍は崩壊します。もう少し慎重に行動すべきではないでしょうか」


 だが戦場は魏側が優勢にある。この事実は動かしがたく、その要因はひとえに龐涓の行動が凡将の為し得ぬところにあったことによる。


「慎重に行動していたら、戦況はもっと長引いただろう。見よ、もう内側から城門が開いたぞ。このまま第二陣を突入させれば、早々に我々の勝利が決まる」


 公叔は立ち上がり、腕を振り下ろして突撃の合図を出した。それに応じた兵たちが開かれた城門に突入し、戦局は終幕を迎えたのである。


「わしとて、一般の民衆を無駄に殺したくはない。しかし相手はわしがそう思っているからこそ、前面に民衆を出してくる。民衆を盾にすれば我々は攻撃を躊躇しがちだから」


「その解決方法は?」


「速戦即決に限る。長引けば長引くほど、多くの民衆を殺さねばならなくなる。その結果として、恨みも買う。のちの占領政策に影響を及ぼしかねない」


 しかし公叔は、黄池城の占領を永続的なものとしては考えていなかった。あくまでこの作戦は、斉や趙の目を眩ますためなのである。


 龐涓は数十名を斬った。そのうち彼の前には立ちはだかる者がいなくなり、目に映るものは、逃げ惑う人々の姿ばかりとなった。残酷なようだが、これでよいのだ。

 黄池の城主はどんな男だっただろうか。龐涓はそれをひと目見てみたいと思ったが、そのことは諦めた。彼は作戦として北の門から突入して、城内の敵兵を南門から脱出させることとしていた。城を占拠すれば戦いは終わるのだから、あえて敵に脱出路を設けさせたのである。


 この時代の戦闘の多くは、このようなことの繰り返しであった。不必要に相手を殺すことはせず、結果のみを尊重する。しかし、生き残った者は復讐を志し、再び同じ地で戦闘が起きる。こうしてこの大陸では、ずるずると三百年近く戦乱が続いているのだった。

 龐涓は戦闘の能力においては一流であったが、その点についてはあまり考えたことがない。自分の行為が次の戦いを生む原因になっていることには既に気付いていたが、それを考えても仕方ないと思うのである。つまり、彼は純粋な武人であろうと努め、政治に関わろうとはしなかったのだ。


 血に染まった剣先を見つめ、やや呆然としていたとき、後方から第二陣の指揮を任されていた太子申から声をかけられた。


「将軍、だいたい城内の敵は掃討できたようだ。これからどうする?」


 太子申は国主たる魏罃(ぎおう)の長子であり、次代の君主となるべき存在である。その申に魏罃は戦場での指揮を経験させようとしているのであった。龐涓はこれを補佐しながら、全体の指揮を執らねばならない。


「庁舎に入って、行政権を掌握しましょう。太子にお願いしてもいいでしょうか」


 依頼された太子申は不服そうな表情を見せた。


「逃げた城主たちを追わないのか」


「必要ありません。彼らは宋国内のどこかの城に逃げ込むでしょうが、軍備や糧食が整わない限り、反撃してくることはないでしょう。そもそもこの黄池城の占領は一時的なものと聞いておりますから、放っておいて構わないと存じます」


「しかし、禍根を残すのではないか」


「……残すでしょうな。ですが、これ以上戦えば宋国全体を敵に回すことになります。我が軍は近い将来に邯鄲の攻略を控えておりますので、これ以上軍勢を割くわけにも参りません。太子、ここが潮時ですよ」


「そういうものか……」


 魏国は建国以来国力を増大させ、現在では諸国の上に立つ覇権国家として君臨しているが、その領域は中原の中央にあり、他国を侵略しない限り領土の拡張は見込めない。これに対し趙は北域、秦は西域、斉は海上の島々、楚は南方へと拡大の余地が残されている。日々戦いがやまない時代にありながら、人々の生活技術が向上しつつあることで人口は着実に伸び続けている。この理由から、それを養う土地を確保することこそが、魏国にとっては重要な課題であった。邯鄲のような大都市をその手に収めることは、何よりも優先すべき国策であったのである。


 太子申は配下の者を引き連れて庁舎へ入り、それを占拠して黄池城を魏国に編入すると宣言した。公叔はこれを受けて駐屯部隊を編成し、軍の大半を大梁へと帰還させたのである。



 自宅に戻った龐涓を、旦が迎えた。そのにこやかな表情に主人の無事を喜ぶ感情が素直に表れていて、龐涓としても可愛らしく思えた。


「留守中に変わったことはなかったか」


 問われた旦は、やはり可愛らしく答えるのだった。


「公主さまが何度かいらっしゃいました。心配されておりましたよ」


「うん……まあ、そうであろうな」


 娟がここにいれば、政略を名に着た無益な戦いを非難することであろう。ひと仕事を終えて帰ってきたという思いが強い龐涓にとっては、やや気が重いことである。旦を相手にとりとめのない話をしている方が、安らかな気分になれるというものであった。


 ところがこのとき、旦は龐涓に気になる報告をした。


「公主さまは、急な呼び出しがあって公叔さまのお宅にいらっしゃいます。なんでも、急いで来てくれとのことで……」


「公叔さまに……どうしたのだろう。私も駆けつけるべきだろうか」


 龐涓は状況から、公叔の身に何かあったのだろうと予測した。しかし龐涓は呼ばれておらず、旦にも言付けはなかったという。


「旦、供をせよ。私も公叔さまのお宅を伺うことにする」


 普段ならばひとりで訪問するところを、龐涓はこのとき旦を誘った。胸騒ぎを覚えた証であろう。



 公叔痤の邸宅は、大梁遷都以前からあった住宅を修築したもので、見た目は決して新しいものではない。だが、普段から衛鞅が整備している庭が広大であり、数種の木々が植えられていた。龐涓が以前に話を聞いたところでは、公叔痤がこの家に住むことにした理由は、この庭が気に入ったからだという。確かに、池の畔に植えられた柳の葉が風にそよぐ音は、夏の夕暮れ時にすがすがしさを与えた。公叔はこの柳を好み、池の前面にはそれを鑑賞できるように専用の椅子を置いている。龐涓が訪問したとき、公叔はだいたいこの椅子に座った姿で出迎えたものであった。


 しかし、そのとき椅子には誰も座っていなかった。


 公叔は家人たちに囲まれながら、寝所で横になっていたのである。その場にいた衛鞅と視線が合い、中に入るよう目で促された。


「宋侵攻のお疲れが出たようだ。帰還途中で意識を失い、落馬されたのだ」


「……お怪我は?」


「怪我はそれほど問題ではないはずなのだ。だが意識が戻らない。うわごとで公主の名を呼び続けていたので、将軍に先んじてこちらに来てもらった。しかし公主が声をかけても目を覚まさないのだ」


 公叔は高齢であったため、いつなんどきこのような事態が起きても不思議ではなかった。それでも実際に倒れたとなると不安は拭えず、龐涓は密かに唇を噛みながら佇んでいた。


「将軍、とにかくお顔の色を確認しましょう」


 旦が言うので、龐涓は顔を近づけてその様子を確認した。


「息はしっかりしているし、顔色もそれほど悪いようには見えぬ。なのになぜ目をおさましにならないのだ」


 動揺を隠せない龐涓の問いに、公叔の傍らに座っていた医師は、淡々と答えた。


「とてもお疲れなのです。私めの見立てでは、二、三日後には目をおさましになるでしょう。その際には粥やおも湯などを用いてゆっくり滋養をお与えしてください。ご本人が望まれても、決して酒を飲ませたり、消化の悪い豚肉などを食べさせてはなりません」


「重病なのか」


「腑に腫れものが生じておりますが、特に奇病というわけではございません。公叔さまのようなご老齢の方には、よくある症状です」


 よくある症状とはいえ、それが癒えるかどうかは別の話である。結局このような病状が発現したならば、余生を穏やかに過ごさせるしかとるべき道はないのであった。それどころかこの段階では、はたして医師の言うとおり公叔が本当に目を覚ますことがあるのかどうか、それさえも不確かなことなのである。


「公叔さまは、ご自分でわかっていたはずなのに……。無駄な戦いで命を縮めてしまうなんて、あんまりだわ」


 悔しがる娟の目には、涙が浮かんでいた。彼女には、なぜ公叔が自分の命を賭けてまで戦いの道を選んだのかが理解できなかった。


「公主。気持ちはわかるが、いまはそのようなことを言うな。苦しんでおられるのは公叔さまご自身で、我々ではない」


「だから言っているのです。苦しんでおられるのに、なぜ他人を巻き込んでまで余計に苦しい思いをしなきゃならないのって」


 なおも言い足りない様子の娟を、このとき龐涓は一喝した。


「いま、この場では言うな!」


 驚き、悲しんだ娟を龐涓は家まで送ることにした。



 大梁に遷都したとき、公叔は娟に邸宅を与え、幾人かの使用人も付けた。安邑に都があったときは公叔の家でともに暮らしていた娟であったが、その頃が懐かしく、戻りたいと思ったとしても無理はなかっただろう。


「公主にとって、あのお方は親がわりであったはずだ。それをご本人が苦しんでおられる際に、さらに苦しめるようなことを……公主自身が言ってはいけない。気を失っているからご本人には聞こえぬだろうが、それでも慎みというものは持つべきだ」


 珍しく娟に対して説教めいた言葉を浴びせる龐涓だった。だが娟もそもそもは武侯の姪である。高貴な生まれゆえ、言いたいことを言えない相手など存在しないと思っている女であった。よって、彼女は遠慮なく反論した。


「将軍がそのように仰るからには、公叔さまが病を押して出征した原因がご自分にあるとお考えなのでしょう? つまり、公叔さまが宋へ出征した理由は、将軍が孫臏なる人物を殺さずに逃がしたことで斉に情報が流れたからだ、って」


 確かに龐涓はそのことで責任を感じていた。


「公主もそのことがわかっているのであれば、公叔さまではなく、この私を責めるべきだったのだ。なにも公叔さまが執り行った軍旅を、『無駄な戦い』などと称することもあるまい」


 娟は反省したのか、ややしんみりとした表情を浮かべた。


「個人どうし諍いがあることは、よくあることです。その諍いが政治的な問題になることもあるかもしれません。でも、それが戦争にまで発展するなんて……その前に解決する方法はないのでしょうか」


「それだけいまの時代は戦争が日常だということだ。公主の言うことは確かに正しい。だが、強さを見せつけないと他国は心服しないという……いまはそういう世の中なのだから……心服しないということは攻めてくるということなのだから」


 暗にどうにもならない、という解答を示した龐涓だったが、このとき後ろに控えていた旦が口を開いた。


「あの……」


 おずおずとした調子で話し出そうとした旦であったが、その先が続かない。娟はこれまでの会話に疲れたのか、旦に続けるよう促した。


「どうしたの。遠慮しないで仰いなさい」


「はい……。僕が思うに、公叔痤さまはもう出征することはできません。この情報こそが他国に漏れたらまずいものではないでしょうか。すごく失礼な言い方ですけど、早く跡継ぎを決めることの方が……いまお二人が話していらっしゃることよりも大事だと思うんです」


 龐涓もそのことはわかっていた。おそらく娟もそうであろう。しかし二人ともその話題を無意識に避けていたのである。



「聞いていた話では、魏は趙の邯鄲に侵攻するのではなかったか。しかし実際には宋の黄池を攻略した。国も違えば、方角も逆だ。これは貴公のもたらした情報の誤りではないのか」


 当時の斉の国君は名を田威(でんい)という。孫臏は田忌の推挙があったおかげで、ついにこの田威と対面を果たした。


 無論主君を田威と呼びすてにするほど不躾(ぶしつけ)な人物はこの世にいない。ゆえにこの場でも斉公威と呼ぶのがふさわしいであろう。

 その斉公威は、孫臏を前にしていきなり苦言を呈した。そもそもは用兵について下問するつもりであったのだが、情勢が急に変化したのである。それだけ魏の黄池侵攻は、他国にとって突飛な行動であったのだ。


 近年、斉公威は人材の発掘に余念がなく、孫臏を呼びつけたのもこの一環であろうと思われる。また斉公威は即位当初、まったくの無策であったというが、実はその間に有用な人物を見極めていたとも言われる。無策を装う自分に諫言してくれるような人材を欲していたというのだ。しかしその思いは人々に理解されるまで多くの時を要したため、このときの斉公威を評して「鳴かず飛ばず」と周囲の者たちは語ったという。


 だが、斉の首都である臨淄に学者を招集したのは紛れもなく彼である。人の知識を結集して諸外国へ対抗しようという意思は、確かにあったらしい。


 このとき斉公威が孫臏に対して行った下問は、抽象的な総論ではなく、具体的な各論であった。戦場で発生すると思われる個別の事案に対して、その対処方法を孫臏に尋ねたのである。孫臏は魏が宋へ出兵した問題についての返答は状況を精査してからにすることを提案して、斉公威との問答を始めた。


 斉公は問う。


「両軍の兵力が拮抗し、互いに守りを固めて対峙したまま膠着状態に陥ったとき、どのように局面を打開するか」

 第一に放たれたこの問いに対して、孫臏は次のように答えた。


「まずは身軽な小部隊を繰り出すことが重要です。その構成としては階級は低いながらも士気旺盛な者を選ぶべきで、その者たちには戦略を理解させた上で、あらかじめ偽って敗走するよう言い含めておきます。そうしておいて伏兵をもって敵軍の側面を突く。この戦術を『大得(だいとく)』と称します」


 大得とは「肉を切らせて骨を断つ」作戦と言い変えてもよいだろう。少数の犠牲をもととして、大きな結果を導き出す戦略である。


「では、我が軍が強大である一方、敵の戦力が微弱である場合はどう対処すべきか」


 斉公威の口から発せられた第二の質問に、孫臏は追従を含めて答えた。


「さすがはよい点をつかれました。自軍の強大さに慢心せず、慎重に策を巡らせてこそ国家は安泰というもの。この場合は自軍の隊列をわざと乱して敵の作戦を助けてやることが肝要です。そうしてやれば敵は仕掛けて参りましょう。そこをすかさず討てばよろしい。このような誘い出しの戦術を『贊師(さんし)』と呼びます」


「では逆に敵が強大で、我が軍が弱小な場合はどうするか」


「その場合は後衛部隊を敵に見破られないよう配置し、撤退に備えます。最前面には長槍隊、その後ろに刀剣隊を配置し、軽捷な弩や弓の部隊で援軍を組織します。この場合、こちらから動いてはなりません。敵の出方を待ち、それに応じて行動します。このような戦術を『譲威(じょうい)』と呼びます」


 贊師とは「師を助ける」の意である。この場合の「師」とは師匠や教師のことではなく「師団」……つまり軍隊のことを指している。敵軍が動きやすいように助ける、つまりは誘い出すという意味である。


 譲威とは、敵に威を譲るという意味であろう。相手の強大さを警戒し、その軍威を受け止めてこちらからは軽々しく動かないという戦略だ。しかし孫臏はただ守勢に回るのではなく、相手の出方に応じて攻勢に転ずると主張している。


「一をもって十を討つ方策は、あるものだろうか」


「あります。敵の弱点につけいり、かつその意表を衝くことです」


 これこそが孫臏の戦術の肝であろう。敵に十個師団があるとすれば、それがどれも均等に強力だとは限らない。いや、ありえないのである。指揮官はそれを見極め、弱い点を衝けばよい、と言うのだ。


「しかし戦場においては地勢がものを言う場合もあろう。それが我が軍に有利、なおかつ軍規においても我が方が優れているにもかかわらず、敗北することがある。それはなぜだろうか」


「それは先頭に突撃隊を立てないからです」


 地勢の有利さに慢心し、決死の覚悟を必要とすることを忘れているからだ、と孫臏は言う。兵に対して死地に赴けと命令する指揮官の勇気、またその命令を実行する兵の勇気が足りないのだ、と彼は主張した。


「突撃隊を有効に活用するためには、兵の心服が必要であろう。その精神を徹底させる方策は?」


「日ごろから信頼関係を確立しておく、この一言に尽きます」


 斉公威はふうむ、と鼻を鳴らしたのち、手を叩いた。


「実に見事なものだ。勝敗の要因をこうも自在に論じられるとは。良き哉!」



 数歩後方でこの会話を聞いていた田忌は孫臏と共に宮殿を退出したが、その道すがら不満を吐露した。


「孫先生が言うところの戦術は、理想に傾きすぎではないか。戦場では状況は刻々と移り変わるものであって、そうそう固定した理論では対応できまい」


 その言葉に対し、孫臏は苦笑いしながら返答した。


「聞くところによると、我が君は謎かけ問答を好まれるとのこと。もともと人の話を聞くことが好きなのでしょう。確かにいま私が話した内容は戦術の基本に過ぎず、実際に戦場で指揮を執った経験のある将軍にとっては、物足りない内容だったかもしれない。だが基本をわきまえない者が、軍の指揮を執ることなど不可能であることは自明の理だ。私としては、君主たる者には戦術の基礎くらいは覚えておいてほしいという思いがある。それを言葉にして表したわけです」


「ふむ。では将軍たるこの私に対しては、もっと具体的なことを教えてくれるのであろうな?」


「いかようにも」


 田忌は孫臏を屋外の馬場へ連れ出し、そこで兵法について語ろうとした。そのような場所を選ぶあたりがいかにも田忌らしく、泥臭さが満ちあふれているようである。


「兵を語るには、このような場所こそがいい。おそらく鄒忌あたりは野暮だと言うだろうが、わしにとってはもっともくつろげる場所だ」


 孫臏はそれに対しては何も答えず、黙って田忌が手近な椅子に腰掛けるのを待った。両脚を失っている孫臏は専用の車椅子を用いていたので、彼にとって椅子は必要ない。よって、どこででも同じ精神の状態で話ができたのである。


「魏は、予測に反して宋に侵攻したようだ。すでに黄池城の攻略を終えたと聞いている。これについて、孫先生の見解を聞きたい」


 孫臏はこの件に関して二つの可能性を見出していた。ひとつは、魏が完全に目標を変更したこと、すなわち邯鄲をあきらめ、南方にある宋や陳、あるいは楚へと目標を定めた可能性である。二つ目は、これは擬態であり、趙や斉など北方の国々が魏に対して抱く警戒心を紛らわそうとした可能性……しかし孫臏の中では答えは定まっていた。


「魏は宋を侵略することで我々の目をごまかそうとしています。つまり、これは擬態であって、信用すべきではありません」


「ふむ。なぜそう思うか」


「黄池城に駐屯する魏兵の部隊が薄いという報告を受けています。南方へ領土を拡大しようと思えば黄池はその足がかりとなるはずで、僅かな兵を駐屯させただけで主力を大梁へ撤退させるなどということはあり得ません。しかし、魏軍は実際にそうした。それは彼らの目標があくまで邯鄲の攻略にあることの証拠です。黄池など失っても構わないと思っているのではないでしょうか」


 魏は覇権国家の特色として兵力に余裕がある。他国を牽制するために一部隊を犠牲にする、などという行為ができるのは、現在では魏国のみであろう。斉や趙に比べて一日の長があることは、孫臏も認めざるを得ない事実であった。


「魏軍は強い。将軍の龐涓はそれをよく率いているという。現段階では、我が斉に勝ち目はないかもしれない。どうか孫先生の教えによって我が軍に勝利という名の美味を味わわせたい」


「軍を動かすには、地勢や要害の存在などを考慮するとともに、状況を把握しなければなりません。将軍の仰るとおり、現段階で斉軍は魏軍にかなわないでしょう。ですが、打つ手はあります」


「ほう……それはどのような手だ」


 孫臏はこのときにやりと笑った。


「他国に干渉させるのです。もともと邯鄲を巡る争いは魏と趙との間の問題ですが、それに我々斉が干渉する形をとろうとしています。これにもう一国を関与させます」


「……秦か!」


「ご明察です。秦は国主が変わって六、七年ほど経ちますが、未だ目立った実績がありません。しかしもともと虎狼と言われる国ですから、きっかけさえあれば諸国と一戦して領土を拡張したいと願っていることでしょう。私が得た情報によりますと、魏国では宋への侵攻後、宰相の公叔痤が病に倒れたとのことです。この知らせを秦に流してやれば、彼らは必ず出兵します」


 問題はそれをどうやって秦へ知らせるかであった。田忌は自身の配下から数名を選び出し、秦国内にこれを送ることとした。流言で国を動かそうというのである。ただし、このときの流言は、あくまで事実であった。



 秦はもっとも西方にある国で、中原諸国からは長く夷狄と見做されてきた。しかしそれこそ長い時間をかけて文化的に同化し、この時代では趙や韓と肩を並べるほどに発展している。このときの国主は、のちに孝公と諡される人物であった。


 秦の国姓は(えい)であり、氏は趙である。孝公は諱を渠梁(きょりょう)というので、彼の本名は趙渠梁である。このとき即位後七年とまだ若く、東西に蛮族を討ち滅ぼし、領土を広げつつあったという。しかし東方の魏と国境を接するようになると、自分で領土を広げておきながら、その危うさに怯えるようになった。覇気のままに見境なく行動する危うさを自覚していたと言い換えてももよかろう。若くして慎重さを持つ人物であった。


「魏に呉起が生きていた時代には、河西の地は魏のものであったと聞いている。先代の献公がそれを取り返したとのことだが、魏の奴らは機会さえあればそれをまた奪おうとしているに違いない」


 孝公は寵臣である宦官の景監(けいかん)を相手に不安を打ち明けた。景監はしかし、主君の言葉を宦官特有の高い声色で否定した。


「臣が耳にした話によると、魏では宰相の公叔痤が病に倒れ、後継者も定まっていない様子。そのような状況で我が領土を侵略する余裕はないでしょう。逆に、これは我々にとって絶好の機会であります」


「その巷間の話なら余も聞いたことがあるぞ。確かに公叔痤はいつ倒れてもおかしくないほどの老齢らしいが、お前はそれを、我々が魏に向けて侵攻するよい機会だと言いたいのか?」


「仰るとおりでございます」


「ふん。いかにも宦官めが思いつきそうなことだ。大義名分なく他国へ攻め入ろうとすれば、無理が伴うもの。(きょう)西戎(せいじゅう)などの夷狄を相手に戦うのとはわけが違う。中原の諸侯と戦って勝つためには他国の動向も見極めなければならぬ。介入されて魏に味方する国が現れれば、我々は不利になるのだぞ」


 景監はもともと楚の生まれで、諸国を渡り歩いて秦へたどり着いた経歴を持つ。陽物を抜いて宦官となったのも、秦に来てからのことであった。ゆえに、それなりに諸国の状勢に通じており、後宮で側室たちの世話をするだけが能、という手合いの人物ではないと自負している。


「いまの世の中、どれほどの国が侵攻の際に大義名分を主張するでしょうか。魏の存在は我々にとって脅威であるから、これを攻める……理由としてはそれで充分です。少なくとも国内の百姓は、それだけで納得するでしょう。また、介入を恐れていては英断はできません。介入されると思われるのであれば、即断即決、諸国に隙を与えないことです」


 このとき孝公はまだ二十代半ばであり、決断には相談を持ちかける人物を多く要したと言われている。熱心に人材を追い求めたとも言われており、これはつまり自らの判断力に自信がなかったことの裏付けであろう。ただ、このときはまだ彼のもとに有望な人材は集まっていなかった。


「お前に諭されて出兵を決めることになるのか……」


「臣が宦官であることを軽んじておられるのですな。無理もございませんが、臣とて生まれたときから宦官であったわけではありません。臣が宦官となった理由は、そうしなければこうして宮廷に出入りなどできなかったから、ただそれのみでございます」


 孝公はいままで深くそのようなことを考えたことがなかったのであろう、急に興味を抱いたのか、身を前に乗り出した。


「出兵の是非はさておき、それについては少し知りたく思うぞ。なぜ宮殿には宦官が多いのか。生まれついてのことなので、いままでそれを疑問に感じたことはなかったのだが、よく考えてみれば不思議なことだ」


 景監はこれに答えて言った。


「我が君はいまだお若く、また即位してからさほどの年数も経っておりませんので意識したことはないかもございません。ゆえに端的に申しましょう。君主の座を脅かすものはほかでもない血族なのです。兄弟がいれば、競争相手としてもっとも危険な存在となりましょう。また、功績を挙げた臣下にも注意が必要です。たとえば我が君がご自分の娘をその臣下に降嫁させたとしましょう。その臣下は我が君の義理の息子となり、それにまた息子が生まれれば、ゆくゆく我が君の地位を脅かす存在となるかもしれません。臣下が独自の軍事勢力を持っていたりしたら、なおさらその危険は高まることでしょう。……ですが、宦官にはその危険がありません。子孫を残すことができないからです」


「余に娘ができたとしても、その降嫁する相手にはよほど気をつけないといけないな。そして息子ができたとして……覇気のある男に育てば、その息子に余自身が殺されるかもしれぬ。教育はしっかり行わねばならない。なんとも恐ろしいことだが、確かにその点で宦官の存在は安心できる。だが問うぞ……お前自身はそれで満足なのか。子孫を残せないとなれば、死後にお前を弔う者もいなければ、その功を語り継ぐ人物も存在しなかろう。それ以前に、女を抱くこともできぬ。それとも陽物を抜けば、そのような欲求からも解放されるものなのか」


 景監は髭のない、丸っこいその顔に自嘲気味な笑みを浮かべた。


「……男根を抜くには多くの費用と、肉体の苦痛を伴います。傷口には膿が沸き、生き残る者は十人に三人ほどの割合でしかありません。そのうえ、生き残った者には苦難が絶えません。色欲は純粋な男子であったときと同様に存在し、宦官はそれをうまく消化することができないのです。これは、ひどく苦しいことなのです」


 宦官の多くは、異常とも思えるような方法で自らを慰めるのだという。しかし、それについて景監は詳しく語らなかった。


「ふうむ。だがそれでも宦官になろうとする者は後を絶たない。それだけ世の中は生きづらいということだな。よくわかった。今回はお前の進言に従おう。魏国の苦境に乗じて、それを攻めることとするぞ。出兵だ!」


 孝公の判断は唐突であるかのようだが、自国を富強にして民を幸福にしたいという彼なりの思いが表れている。もともと慎重であった彼の性格を、若く、情熱的な部分が上回ったからこそ為し得た判断であったが、つまるところ孝公にしても、景監にしても孫臏の思惑にはまったというだけの話であった。


 しかし首尾よく戦いに勝利すれば、秦の側に損失はない。ゆえに、彼らはたとえ孫臏の存在を知っていたとしても、あえてその策に乗ったであろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=291855893&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ