邂逅
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ついに龐涓の仇をとった旦であったが、その心は意外にも晴れなかった。剣を手に目の前の相手を刺し殺したという自らの行為に、吐き気がする思いでいたのである。
数十日も磔にされていたことで体力は完全に衰えていたが、それでも剣を振るって相手を倒し得たことは、喜ぶべきであった。幼いころから自宅の庭で剣技を磨く龐涓に付き合い、ときには指導も受けていたことが成功につながったのだ。しかし龐涓は、実際に人を刺し殺したときの心情まで教えてくれたことはなかった。そのことを恨むつもりはないが、旦としてはやはり教えてほしかったという思いを捨てきれなかったのである。
そう考えてみると、龐涓はこのような場面に何度も遭遇し、そのたびに乗り越えてきたことに驚愕せざるを得なかった。師と自分の差を実感し、自分は違う道を歩まねばならないと思う旦であった。
斉の徐州から大梁への帰り道、彼は宋に道をとった。そこで出会った男は、「道」を極めようとする人物であった。
一
楚軍の攻撃は苛烈を極め、徐州の城は包囲された。その際に楚軍は降伏を要求することはせず、ひたすらに攻め続けたという。領主の立場にある田忌は籠城を試みたが、堀を渡られたのちに城門が破られるまで時間はかからなかった。あろうことか郭内への楚兵の侵入を許してしまい、城下には途切れることなく火矢が飛び交った。
「孫臏は来ないのか」
唸るように臣下に問いかけた田忌であったが、それに対する返答に彼は言葉を失った。
「どうも……すでに討ち取られた模様でございます」
あの男でも死ぬのか、と田忌は思った。両脚を斬り落とされながら生き続けたあの男のことであるから、たとえ両腕をもぎ取られてでも生き続けるに違いない、と田忌は勝手に思っていた。しかし孫臏もしょせん人間に過ぎぬ存在であり、攻められれば敗れることもあるし、殺されればやはり死ぬのだ。
「独自の部隊を養成したいなどというから許可したのだが、それが間違いだった。あの男……肝心なところで役に立たぬではないか」
孫臏としては理不尽な言われ方であろう。田忌としても、その死を信じたくないという意思表示をしたつもりではなかろうか。
「楚兵たちは、孫先生の首でも掲げているのか」
「いえ」
「では、どうして孫先生が死んだと断言できようか。敵があえて流した虚報かもしれぬ」
「城外の林で激しい火災がございました。軍師どのの拠点です」
「何が言いたい」
「軍師どのはやはり亡くなった、ということです。もしあの方がご存命ならば、すでにこの場におられるはずです。ですが、未だにお顔を見せません」
「…………」
「ご領主さま」
臣下たちは、田忌に決断を促した。投降するか、交戦するかを選択してほしいと言うのである。決断を迫られた田忌は、そのいかめしい顔に思慮深げな皺を浮かべながら言ったのだった。
「援軍が来たとしても、とても間に合わない。事態は急を告げている。わしは自害するゆえ、おまえたちはわしの首を持って楚軍に投降せよ」
「そんな、ご領主さま!」
「ここで徹底抗戦したところで、勝ち目はない。どちらにしてもわしは死ぬ。だとしたら少しでも味方の損害を少なくする方法を選ばざるを得ぬ。わしの首は、この戦争を止めるだけの価値がある。言い方は悪いが、おまえたちがいくら死んだとしても……そのような効果はない」
「我々もお供します」
「ならぬ。それではわしの意図が完結しない。孫先生に殉じるのはわしひとりで充分だ。それに宮殿に住まう愚か者どもにわしの生き様を見せつけてやるには、いまこそがよい機会だとも思えるのだ。どうかおまえたち、邪魔をしないでくれ」
田忌は彼らしい頑固さと剛毅さを見せつけたあと、自らの言葉を実行した。部下たちは上官たる田忌の言葉を実行し、楚軍に降伏した。徐州は陥落したのである。
斉王はこの事実に激怒した。しかし反撃するにしても指揮官も軍師もいない。このため王の怒りは楚に対してではなく、政権の中枢を担う鄒忌と田嬰に集中した。
「どうするつもりか」
問われた鄒忌は、ごく平然とした態度で返答した。
「恐れながら、もうどうにもなりません」
隣にいる田嬰が恐怖のあまり顔色を青くした発言であった。
鄒忌は田嬰の恐れ、斉王の怒り、供に意に介せぬ様子で話し出した。
「以前から再三わたくしは、他国の状況などに左右されず、自国の国力強化に徹するべきだと主張して参りました。ところが宮廷におられる方々はわたくしの意見などに聞く耳を持たず、戦争によって覇権を得ることに執着してきたのです。その結果がこれでありまして、もはや取り返しがつきません。およそ戦争などというものは、賭け事に興じる者が勝利に酔うことと同じようなものでありまして、いくら勝ち続けてきたとしても、必ず負けるときが来るものなのです。そのときのことを想像できずに浮かれ騒いできた報いを受けたことを、みな自覚するべきなのです」
斉王は正面から自分を批判する鄒忌の態度に鼻白み、思わずため息を漏らした。先代である威王のころからの重臣というものは、彼には扱いづらく感じられたのかもしれない。
「成侯は、まるで他人事のように話している。まるで自分には責任はないものと主張しているかのようだ。そもそも楚が怒り、我々を攻撃してきた理由は……先代が自ら王を称したことに対する不満だと聞いているが、当時そこもとはこれに反対しなかったと言うではないか。そのところをどう説明するつもりか」
鄒忌はその美しい目元をきりりと引き締めながら、軽やかに語を継いだ。
「ご先代の威王さまがそのようなご判断をなさったのは、まさに我が国が軍事国家として勃興しようとしていたときでした。言わばこれは同時に進行する連続した出来事であり、不戦を主張しながらもそれを止めることのできなかったわたくしには、如何ともしがたい出来事だったのです。もちろん、戦争に向かう流れを止めることのできなかったわたくしにも責任はありますので、宰相の職は辞するつもりでおります」
「成侯の覚悟は立派だが、余としては無責任な印象を抱かざるを得ない。責任があると言いながら、職を放り出すとはいかがなものか。せめて現在の状況を解決するまで、職を全うするべきではないのか」
「わたくしが意固地になって宰相の職に留まったとしても、誰ひとりとしてその意見に耳を傾ける者はおりますまい。だとすれば職に留まろうが、下野しようが同じことでございます」
鄒忌の態度には、宰相の地位に対する未練は感じられなかった。それにはかつて栄華を競い合った田忌がすでに亡き者となったことも影響していたかもしれない。もともと孫臏を田忌に引き合わせたのは鄒忌であったし、それについては責任問題とまではいかないものの、彼なりに思うところはあっただろう。孫臏の作戦立案、田忌の軍指揮……いずれも失った斉が、今後軍事を主力に勢力を伸張させることは難しいに違いなく、あたかも宰相としてその難しい舵取りを迫られることを回避しているかのように田嬰には思われた。
斉王もそれと同じように感じたようである。
「地位に執着しないとは確かに潔さも感じるが、厳しいときに身を引くなどとは、あくどさやずる賢さを覚える。そこもとはそう考えないのか」
「わたくしもそう考えないではありません。ですが、もはやこの段階に至っては……わたくしが常日ごろ主張してきた不戦による国力強化など、実現させることができなくなりました。しかし幸いにもわたくしが推挙してきた大夫や大臣などには、魏や趙にゆかりもある者が多く存在し、彼らが今後の我が国を導いてくれるだろうと期待しているのです。その先導には、いまわたくしの隣に控える薛侯田嬰どのがふさわしいと考える次第です」
田嬰は、これを聞いて驚いた顔をした。ふたりの間には事前の相談もなく、田嬰は鄒忌の考えを初めて聞いたのである。そしてなによりも、斉王と田嬰は腹違いの兄弟であるにもかかわらず、非常に折り合いが悪いという周知の事実があった。当然鄒忌もそのことを知っているはずだったが、にもかかわらず彼は田嬰を斉王に推挙したのである。
「薛侯もそれを望むのか」
田嬰の所領は薛であり、そのため彼は薛侯と呼ばれる。本来であれば尊称であり、斉王も敬意を持ってその名を呼ぶべきであったが、そのときの王の目には蔑みに満ちあふれていた。
「とんでもございません。どうしてこのような私に……」
「まったくその通りである。いまのところ、薛侯に大任を与えるつもりはない」
斉王が田嬰を嫌う理由は定かではないが、人々はみな田嬰には正妻のほか多数の妾があり、子供が四十人以上いたという事実に嫉妬しているのではないか、と考えていた。しかしそれも筋違いの話である。斉王辟彊は威王の嫡子であるのに対し、田嬰は庶子である。つまりは田嬰自身も妾の子なのであり、その生き方を恵まれた環境で育った嫡流の子から非難される筋合いはないというものであろう。
要するに田嬰は鄒忌ほどではないものの、男ぶりがよかったのである。そのため数度にわたって良縁が舞い込んだのであった。また、先代の威王の姿によく似ていたのは、嫡子である辟彊よりも田嬰だったと言われている。斉王辟彊が田嬰に嫉妬したのは、それが大きな原因なのではないか、と人々は陰で噂していた。
「薛侯、そこもとはもうよい、別室に下がれ」
馬陵の戦いのあと、魏や韓を相手に有利な形で講和をもたらした田嬰であったが、彼はこの場では大きな自己主張はせず、黙ってその場を離れたのであった。
「薛侯の末子に文という者がおりまして、これが彼の一族の中では年若ながらもっとも有能な人材らしいです。もし我が君にどうしても薛侯を受け入れられない理由がおありならば、この者を重用するという方法もございます」
鄒忌はあくまで自分は宰相を退くという前提で話を進めた。その言外には、なぜ田嬰を信頼しないのか、という批判が込められている。斉王は、それに気付かないふりを決め込んだ。
「そのことはいずれ機会があったときに考えることとしよう。しかし成侯の決意は変わらぬのか。もしどうしても変わらぬとあれば、せめて今後の斉国のあり方について指南して頂きたい。楚は斉が独自に王国を称したことに腹を立てているが、その怒りを静めないことには徐州のみならず、それこそ薛や下邳なども危うくなる。つまりこれはそこもと自身の問題でもあるのだぞ」
鄒忌は下邳の領主であり、斉王はいずれその領地にも戦火が及ぶと言っているのである。下邳は徐州のほぼ隣に位置しており、それゆえ斉王の言うことはもっともであった。
「以前にも申し上げましたが、各地の諸侯国すべてが王国を称するようになれば、我が斉に対する楚国の怨みも各地に分散されましょう。魏や韓、趙などの君主がみな王を称せば、それは世の流れとなって、やがては常識となるでしょう。ぜひ、そのようにはかられなさい」
「それをそこもとがやってくれぬのか、と聞きたいのだ」
「すでに手はずは整えております。しかも無理にこちらが作為を与えずとも、自然にそうなることは目に見えております。魏公などは、失いかけた覇権惜しさにいち早く王を称するに違いありません」
「……そうか。それで? やはり決意は変わらぬのか」
鄒忌は重ねて浴びせられた問いに笑顔で応じた。
「田忌将軍や軍師孫臏もいなくなったとなれば、彼らの暴走を止める私の役割も終わりを告げたということです。どうか引退させてください。あとは先ほども申したとおり、ご一族の絆を深めることで、今後の難局を乗り切って頂きたいと存じます」
鄒忌が去ったあと、斉の宮廷では華やかさが影を潜め、やや殺伐とした空気ばかりがその場に満ちるようになった。しかし田忌や段干朋などの主戦派もいなくなったことで、活発な議論の場も失われたのである。鄒忌の協力者であった公孫閲などもこれを機会に朝廷から退去し、臨淄の体制は一変することとなった。それが良き変化だったのか、それとも悪化だったのかは、その時点では誰も判断することができなかった。
二
徐州を出た旦に行く当てがあるわけではなかった。もちろん最終的には大梁に辿り着くことを目標としていたが、馬車もなく、食糧の蓄えがあるわけでもない。彼は、それが一年先でも構わないと思った。しかし一年もすれば、天下の状況は大きく変わっているだろう。もしかしたらそのとき大梁の城下は、他国の占領下にあるかもしれない。そう思うと呑気に構えているわけにはいかなかった。
もちろん龐涓の仇とはいえ、人を殺しておいて呑気に構えていられる旦ではない。確かに戦時では許される行為なのかもしれないが、だからといって自らを納得させることはまったくできなかった。
山中の小川に辿り着いたとき、旦は返り血にまみれた自分の服を洗った。手近にある木の枝にそれを干し、乾かしている間は裸でいるしかなかったが、幸いにも付近に人気はない。彼は草地に横になると、仰向けになって日の光を浴びた。
我知らず、涙がこぼれた。両の目からとめどなく流れる涙の量に旦は驚き、その理由を後から考えた。なぜ涙が流れるのかもわからず、なぜ泣いているのか、その理由も知らずに旦は泣いていたのである。
言うまでもなく、龐涓が目の前で死んだときのことを思うと悲しい。またその事実を伝えたときに見せた娟の表情を思い返してみても、悲しかった。さらに掘り下げて考えてみると、自分の行為の浅ましさ……殺人に対して殺人で復讐するという自分自身の低俗さに我ながら衝撃を覚えた。だがそのことは後悔しても仕方がない。おそらく世に名を残した人々はみな、こうした感情に左右されながらも、強固な意志で生き抜いたのだろう。自分もそうあらねばならない……などと考えたりした。
涙が乾くと、空腹であることに気付いた。急ぎ人里に行って、何か食い物を手に入れなければならない。命をかけて復讐を成し遂げた者が、その後に餓死したとあっては、それこそ後世の笑い話にしかならない。旦は生乾きの衣服を身にまとうと、山道を走るようにして抜けた。
目に映る光景が原野から農地へと変わって、ぽつぽつと家屋らしきものや、その周囲に人影なども現れ始めた。邑に辿り着いたことを実感させるその光景は、旦を心底安心させた。ところかしこに竈から立ち上る煙が見えるようになったとき、その思いは絶頂に達した。
「食を恵んでいただけませんか」
すれ違う人、誰それ構わずに旦は声をかけた。しかし色よい返事はもらえず、彼らはいずれもそそくさと立ち去ってしまった。彼らは自分に餓死せよ、と言いたいのだろうか……などと考えたが、その理由がわからない。初対面の彼らに恨まれる筋合いはないはずであった。
「あんた」
呆然としている旦の背後から、女の声がした。およそ自分を呼んだとは思えない馴れ馴れしい声色で、旦は振り向くことをしなかった。
「ねえ、あんたってば!」
明らかに相手は自分に声がけしていると感じた旦は、ぼやけた表情で振り返った。
「僕になにかご用ですか」
相手は畑仕事を生業とする女のようであった。ほんの少しだが、土の臭いがする。まだ若く、おそらくは子を産んだこともなさそうな細身の体つきが印象的だったが、それより旦の目を捕らえたのは、主張が強そうな大きな目であった。それはよく日焼けした肌の色と相まって、元気な印象を旦に与えた。
「なにかご用って、あんたさっきまで物乞いしていたじゃないか。とっても困っているんだろう?」
「ええ、その通りです」
旦はまさかこの娘に自分を助けてくれる意志はあるまいと感じて、正直にありのままを話した。
「なぜかここの人たちは、僕のことを避けて通りたがるようなのです。食を恵む、恵まないの問題以前に、話しかけてもらいたくないと思っているように感じます」
「それはわかる気がするわね。あんた、なんとなく血の匂いがするもの」
「血の匂い?」
血の痕はすっかり洗い流してきたはずだったが、それでもまだ臭いが残っているということであろうか。旦はこの娘の発言に少なからず動揺し、慌てて否定した。
「心外だな! 僕はもともと争いごとが嫌いだ。これでも真面目に生きてきたつもりなんだ」
「たぶんそうだと思う。でも、あんたからはなにかが感じられるわ。みんな、厄介なことには関わりたくないのよ。だから避けて通る」
「でも、君は声をかけてくれるんだね」
旦がこのとき、淡い期待を抱いたことは否定できない。この邑娘と特別な関係となれたら……などと考えたことも無理のないことだった。しかしこのとき娘は、旦を失望させる発言をしたのだった。
「食べ物を恵んであげたいと思ったんだけど、家にいる主人と会ってからの判断ね」
「主人? 旦那さんのことか。そうか、君はもう人の妻なんだね」
旦の落胆は声色にも出たらしい。その娘、いや人妻は怪訝そうな目で旦の表情をのぞき込んだ。
「おあいにくさまね。あたいこれでも人妻よ。あんた、ほんの少し期待したでしょう?」
あからさまに言われて旦は反論する気力を失った。
「ここに来るまでひどく苦労して、おまけに食べるものもないんだ。人の優しさに触れたいと思うのは自然なことだろう?」
「自然……そう、自然ね。うちの旦那が大事にしている言葉よ。……うちの人、すごく変わっているの。本を読んだり、何かを書いたり……ぜんぜん働かないのよ。仕官の誘いもあったのに、断ったりして」
宮仕えするために学問しているわけではない、と言うのであろう。純粋な学者ということだろうか。だとすればその生活を、この女が支えているのであろう。
「君は、その働かない旦那を見捨てたりしないんだな。なぜだい?」
「そうねえ……せっかくだから好きなようにさせてあげたいと思う……なんて言ったら答えにならないかもしれないね。とにかくあたいが思ったのは……なんとなくあんたとなら旦那と話が弾むんじゃないかってことよ。厄介もの同士で」
「僕は、厄介ものではない。公明正大だよ」
「じゃあ、なんで血の匂いがするの?」
「…………」
思わず言葉につまった旦を見て、彼女は意味ありげに笑みを浮かべた。
「いいの。あんたが過去になにをしたのかなんて気にしないから。人はそのときそのときを懸命に生きるだけ……これはあたいの旦那がよく言う言葉なんだけどね。それから、あたいは小蓉って名前。このあたりは簫という集落。旦那の名前は荘周。字は子休よ」
「僕の名は恵施。字は旦です」
三
「何かお出しして差し上げなさい」
荘周と小蓉が住む家はいわゆるあばら屋で、床を踏みしめると音が鳴るほどであった。しかし古い家でも小綺麗にしており、奥の部屋には荘周のものと思われる蔵書が多数積み上げられていた。その荘周は、小蓉がざっと事情を説明すると、深く考えることもなく受け入れるように指示したのである。
「よかったわね」
案内した小蓉はそう言いながら旦に微笑み、台所へと姿を消した。その足取りはぱたぱたとしており、なんとも軽やかであった。
「恵旦どのと申すか。ほう……」
奥の部屋から顔を出した荘周は旦の顔をしげしげと見つめ、遠慮のない感想を口にした。
「品のよい、育ちのよさそうな顔つきですな。しかし、どこかに影がある。なにかどえらいことをしでかして、いまは逃亡中……そんなところではないか」
「人相見をなさるのですか、子休どのは」
問われた荘周は、いやいや、と首を振って微笑した。そうすると意外に悪戯好きな、子供っぽい表情となる。学者で変人と聞いていたが、どこか純粋なところがあるかのように思えた。
「単に印象を申したまでです。しかしどうですか、私の見立ては? 当たっていますか」
興味本位で聞いてくる荘周であったが、旦は救われる思いがした。この先ひとりで悩みを抱えたまま過ごすことに、耐えられそうになかったのである。彼は思わず、自分の思いを吐露した。
「実は、先日徐州で斉の軍師である孫臏を討ちました。孫臏は魏将龐涓の仇であり、魏将龐涓は僕の養父なのです」
「なるほど、仇を討ったというわけか。確かに先日徐州で大火があった。ここからでも空が赤く染まる様子が見えましたよ。あなたはその中で戦ってきたというわけですな」
「火を放ったのは楚の軍隊です。僕は孫臏を討つために徐州に入り、いろいろな人が影ながら協力してくれた結果、楚軍がそれに応じてくれたのです。それによって仇討ちは果たしたのですが、どうにも僕の中で心の整理がつかない。尊敬していた養父の仇を討つためとはいえ、こんなにも人を殺してよかったのか、と」
荘周は真摯に旦の言葉を聞いているようであった。その態度には、目の前の男が実は人殺しであるという事実に恐怖を覚える様子はなかった。
「あなたの養父である龐涓将軍が、孫臏に敗れて……その仇を討つとなれば、いくつかの命を絶つことになる。それは避けられない事実でしょう。あなたは目的を果たした。それは『道』によって定められた事実なのです。もしそうでなければ、あなたは失敗していたでしょう」
「……『道』とは? 道路のことですか」
「道路とは人の歩く道筋のことを言うが、この場合の『道』は少し意味合いが異なります。それをひとことで言い表すのなら、万物の根源です」
「万物の根源……」
「あらゆるものは無から生じ、有となります。有は再び姿を変えて無となります。また分散しているものはひとりでに集成し、集成したものはやがて分散します。ゆえに世の中におけるすべてのものは、根源がひとつなのです」
「それが『道』だと……?」
「その通りです」
旦は荘周の言うことが今ひとつ理解できなかった。しかし、不思議なことにその内容に引き込まれたのである。彼は世の中のものすべてがひとつのものから構成されていることなど、考えたことがなかった。想像力が荘周に比して欠如していたと言うべきだろう。
「子休どのが唱えるその『道』によれば、僕のしたことはどう意味づけられるのでしょうか。どうか、お教えください」
「説明しようとすれば長くなりますが、小蓉が食事の支度を終えるまでもう少しかかりそうですので、お話ししましょう。……それにはまず『万物斉同』の概念から説明せねばなりません」
「万物斉同?」
「具体的に言うと、善悪の概念があります。正しい行動は善、悪しき行動はもちろん悪ですが、その尺度は人それぞれです。言い換えれば、どこまでが善でどこからが悪かは明確に定まっていない。また、悪があるから善があり、善があるから悪があると考えれば、これらの根拠はすべて同一のものと言えるわけです。これが万物斉同の考え方で、恵旦どのの場合にも当てはまります」
そこで小蓉が食事を揃えて運んできたので、荘周による説明は一時中断した。小蓉はいつの間にか畑仕事で汚れた顔をきれいに洗っていて、悪戯っぽい微笑みとともに旦に語りかけた。
「やっぱり、うちの人の話は面倒でしょう? 付き合わせてごめんなさいね」
旦は出された料理が粗末な雑穀粥であったにもかかわらず、がっつくようにそれにありついた。
「いや、こうしていただいておきながら言うのもおかしいですが、今の今まで自分が空腹であることを忘れていました。子休どののお話に引き込まれていたからです」
「うちは貧しいからたいしたものは出せないけれど、何日も食べていないみたいだし、お腹に優しいものを作ったつもりよ。体の調子が戻ってきたら、もっとおいしいものも用意するわ」
旦は優しさに飢えていたのだろうか。このとき彼の目尻に涙が光った。小蓉はそれについて何も言わなかったが、明らかに気付いていた。
「何日もいてくれていいのよ」
「ありがとう。実においしい」
旦は気恥ずかしさを感じ、さらに音を立てて粥を口の中にかき込んだ。
「小蓉。私の話の途中だぞ」
荘周はそう言って小蓉を下がらせたが、腹を立てている様子はなかった。この夫婦はいつもこういった調子らしく、基本的に仲がよいらしかった。
「さて、恵旦どの。食事をしながらでも構わないから聞いてもらいたい。さっきも言ったとおり、君の行動も『道』の理論から外れておらず、むしろまったく説明が簡単なものであると言いたい。なぜならば君が見事に仇討ちを完遂させながら、罪悪感に苛まれていること……その気持ちは私にも理解できる。しかしやはり物事の善悪は人の感覚によって異なるものであるし、君自身にも判別できないものだから……自分の行動が正しいのか、そうでないのか君自身にも判別できないでいるわけだからね。だが、その大本となるものは孫臏の死というひとつの事実があるだけなのだ」
「確かに、孫臏を討つことは僕にとって本懐と言ってもよい行為です。でも確かに彼を頼りにしてきた人たちはいるでしょうし、慕ってきた人たちも幾人かはいるでしょう。その人たちにとって僕の行為は悪であり、許しがたいものだったに違いありません」
「その通りだ。結局その行為を悪と考える人たちが君に仕返しをしようとする。君は自分の行為が善だと信じているから、それに対抗する。こうして社会に争いが生まれるのだ。ゆえに社会から争いをなくすためには、たったひとつの事実にいちいち感情を揺さぶられることのないよう、自分を育てなければならない」
旦はこれをどこかで聞いたような気がした。その答えは明らかで、鬼谷先生が唱えた「無為」の理論であった。実を言うとこの説をあまり信じていなかった旦は、目の前にいる荘周という人物が、論争の相手だと認識するようになった。
「僕が思うに、人間というものは感情の生き物です。はたしてそのように自分を育てることが可能なのでしょうか。人間に生まれつき備わった感情の動きを押し殺すことで、社会は発展するのでしょうか」
強気な旦の発言であったが、荘周は冷静にそれを否定して見せた。
「その人間の感情のせめぎ合いがあるからこそ、世に戦争が絶えない。人が殺し合うことで社会が発展することもあるまい。いや、もし発展するのだとしても、そのような発展の仕方は否定されるべきで、なにか違う方法を探さねばならない。その違う方法……それこそが『道』を究めて至人となることなのだ」
至人という単語に出会うことも初めてではなかった。ということは、これはこの時代に流行している思想なのだろうか。しかしこの大陸における戦乱の時代は、ゆうに七百年も続いてきた、と言われている。人々の厭戦気分がそのような思考に行き着いたのかもしれない。
「具体的に感情を揺さぶられないようにするには、人はどういった態度で日々を過ごすべきなのでしょうか」
「そうだな、なかなか言葉にすることは難しいが、あえて言うならば物事の筋道を立てて論じないこと、また物事の是非をあげつらわないこと、さらには物事の功罪を決めつけないことに尽きる。物質には裏表があり、右左があり、陰陽がある。しかしそれは突き詰めて言うならば、ひとつの物質に過ぎない。毒と薬の両方の作用を持つ食べ物もあれば、美味だという者もいれば不味いと評する者もいる食べ物もある。しかしそれらは突き詰めて言えば、ひとつの食べ物であるに過ぎない。このように何ごとも根源となる事実や物質があり、それについての評価を云々することは、物事を差別することだ。この差別が人同士の争いを生み出す。ゆえに至人や聖人は、安易に物事を評価しない。無に徹するのだ」
無為とは虚無主義の言い換えなのか、周囲に捕らわれず我が道を行く、というわけでもなく、無為に徹する者には我が道というものもない。蟻や蜂などの虫のように生きよ、というのか、それとも自然の風や雨のように……どちらも旦にとっては、人間にはふさわしくない生き方だと思えた。
「僕は以前に大商人の白圭という方が龐涓将軍を相手に話していたことをよく覚えています。それは次のようなものでした。『我々の生活は二百年前に比べて大きく進化しました。いまや人々は耳で音楽を聴き、目では美人を見て楽しみ、口では豚や羊の肉を味わいます。心では権力と栄光を追い求め、手は優れた工芸品を作り出します。つまり、老子の生きた二百年前に比べて、我々の目は遠くまで見ることができるようになり、腕は遙かに長く伸びました。これらをいまさら短くすることはできますまい』……無為を主軸とする子休どのの思想は、老子をもとにしていることは明らかです。しかし、人間社会というものに後戻りは許されない。これから先百年後、さらには二百年後には、人類はさらに進化しているでしょう。無に立ち返ることなど、逆に不可能なことに違いありません」
「それだからこそ、難しいことだからこそ、目指さなければならないのだ。社会の発展のためと称して安易な方向にばかり進化していては、人々の争いはさらに激しくなる。人は知恵や技術の面ではなく、もっと精神の世界に進化を遂げるべきだ」
「いや、僕が思うにそれはむしろ退化です。無に徹するとは、人に何も考えるなと言っているのも同じです。そもそもそれは無理なことだし、どんなにのほほんとした性格の人物でも、心の中では常になにかを考えているものなのです。完全な無などありえない」
荘周と旦の議論は白熱し、不思議なことだがお互いにそれを楽しんでいる様子がうかがえた。旦は体調が思わしくないことをすでに忘れ、荘周は久しく相手のいなかった論争相手に満足していた。
小蓉は台所でひとり、満足の笑みを浮かべた。
四
「近ごろ、私は記憶に深く残る夢を見た」
荘周は熱くなる議論をあえて抑えようとしたのか、ふと話題を転じた。旦はわき上がる感情を抑え、耳を傾けた。小蓉が差し出してくれた雑穀粥の椀はすでに空になっていた。
「どんな夢ですか」
「うむ。とても不思議な空の色の中、私はひらひらと舞う一羽の胡蝶であった。その胡蝶が確かに自分であるという認識は夢の中でも抱いていた。ただ、その自分という存在が荘周というひとりの人間であるかどうかはわからない。胡蝶である自分が意識を持って、自我を形成しているのかもしれなかった。いずれにしろ、夢の中の私は胡蝶であることにとても満足していたのだ。つまり私は夢の中で、自分が荘周であることを忘れていたのだ。ふっと目が覚めたとき……私はきょろきょろと辺りを見回すことしかできなかった。荘周が夢を見て胡蝶となったのか、それとも胡蝶が夢を見て荘周となったのか、真実のほどはよくわからない。ただし、明らかに荘周と胡蝶は別々の生き物であり、両者の間にははっきりとした違いがあるのだ。思うに私は転生というものを体験したのだろう」
旦はあまりにも概念的な話ゆえに、呆然とした。
「確かに不思議な夢ですが、それにどういう意味が?」
「意味がわかれば不思議ではない。意味がわからないからこそ不思議なのだ。私もその意味を考えてみたのだが……結局のところどちらでもいいという結論に達した。私が胡蝶であるという事実、その一方で私が荘周であるという事実、どちらも事実であり、疑ってみたところで仕方がない。そう考えてみると、明日にも私は地を這うミミズに姿を変えているかもしれないのだ。しかし根本的なところで私は私だ。必ずしも荘周の姿であることにこだわる必要はない」
旦は戸惑いを覚えた。
「胡蝶やミミズには人のような自意識がないに違いありません。もし子休どのが現実世界で胡蝶となったならば、自分が子休であるという意識など持ちようがないはずです。あなたはそれでも構わないと?」
「構わないさ。大いなる『道』のまえでは、人など単なる物質に過ぎぬ。せせこましい知恵など捨て去って、あるがままに生きればよいのだ。その意味では意識のない胡蝶やミミズのような生き方の方が理想に近い。彼らは同胞同士で争いを起こしたりしないからだ」
せせこましい知恵……確かに荘周の考え方は世の中を俯瞰しているようであった。だからといって人間のあり方そのものを否定しているような気もして、旦は素直に受け入れることができないでいる。彼はどちらかというと人間のさらなる進化を期待しているのであった。
しかし荘周はさらなる理論を展開させた。
「猿回しというものを知っているだろう?」
「ええ。僕個人は見たことがないのですが、猿に滑稽な芸をさせる大道芸人のことですよね。いつか観てみたいと思ってはいますが……それがなにか?」
「うむ。その猿回しが飼っている猿たちにどんぐりを与えようとしたのだが、その際に『朝は三つで、夜は四つだ』と言ったところ、猿たちが怒りだしたのだそうだ。そこで猿回しは『では朝は四つで、夜に三つにしよう』と告げたところ、猿たちは喜んだという。私はこの話を人間社会がいかに浅はかさなものであるかということの典型的な例としてよく挙げるのだ。『朝三暮四』という説なのだが」
「少し奇をてらいすぎているような気がします。そもそも猿は人間の言葉を理解しませんし、猿回しと猿たちの濃密な関係性を持ってしても、具体的に朝は四つ、などと伝えることは無理があるのではないでしょうか」
「これは逆説的な話だ。人間社会の実情を、猿まわしの世界にたとえて表現しているのだよ。言い換えれば猿回しは君主、猿は人民としてもよい。しかしそれでは人々が反発するだろう? あまりに人をこき下ろす言い方だ、と」
「それでこの朝三暮四とは、具体的になにを示しているのですか」
「簡単な話だ。朝に三つと夜に四つだろうが、朝に四つと夜に三つだろうが、ともにどんぐりの数が合計七個であることに変わりはない。たいした違いもないことに人々は目くじらを立て、一喜一憂するさまをこの話は示しているのだ。だいたい人の一生というものには限りがあるというのに、知恵を追求してもそれに限りはない。人生のすべてをかけても極めることのできないものだという事実に誰も気がつかないことが不思議だ。ただただ疲れるだけではないか」
荘周は言いながら、笑った。その笑いは自然であり、彼が本気でそう考えていることの証拠であった。
「ですが人間社会の問題は、決してどんぐりの数のような単純なものではありませんよ」
旦は否定したがっている。しかし彼もこの論争を楽しんでいた。彼は生まれてこの方、このような経験を誰ともしたことがなかった。
「いや、複雑なように見えて実は単純なのだ。その証拠を恵旦どのを例に挙げて説明しよう。君は師であり、養父であった龐涓将軍を軍師孫臏に殺された。そのことを深く恨んでいるようだが、冷静に考えてみたまえ。龐涓将軍は君の親代わりであったのだから、当然君より年上だ。確実に将軍は君より早く亡くなる。孫臏に殺されずとも、君はその死に目を見届けなければならない。根底にあるのは将軍の死という事実のみであって、その原因がなにかを考えてみても無駄だ。深く考えても、苦しむだけだ」
「…………」
「しかし君は仇討ちを考え、孫臏を死に至らしめた。君は自分自身のその行為を残酷なものと考えて後悔しているが、その一方では仇討ちを成し遂げたことで満足もしている。しかし真実はどちらでもない。根底にあるものは孫臏の死という事実であり、それが誰の手によって為されたということはさして問題ではない。人の死が残酷なものだという意識は後天的に刻まれた『知恵』であり、先天的に備わった本能ではない。人は必ず死ぬものなのだ。先に胡蝶やミミズの話をしたが、君は蟻の一生について考えたことがあるか?」
「いいえ、深く考えたことはありません」
「蟻は巣を維持するために懸命に働く。しかし働いたところで誰からも褒められない。だからといって蟻たちは嘆きもしないし、現状に不満を持って叛乱を起こしたりしない」
「確かですか?」
「……多分そうだ。しかも蟻たちの多くは、人の脚に踏み潰されて死ぬ。それでもやはり嘆いたりしないのだ。彼らの多くが踏み潰されて死んだとしても、それを補って余りある個体数によって、種が絶滅する心配がない。人もそうあるべきだと思わないか?」
「そうであるならば、子休どのが今度は蟻に転生したとして、まったく悪意のない子供に踏み潰されて死んだとしても、何も感じることはないのでしょうか」
「蟻であるならば何も感じることはできない。しかし人であるならば、感じることはできる。それは苦しみであったり悲しみであったりするが……何にせよ、人には蟻や蝶と違って知恵があるからな。しかしだからこそそれを乗り越える必要があると説くのだ。いわば知恵によって知恵から脱却する……人はその境地に達しなければ、『道』に辿り着くことができない」
「もともと備わった知恵を用いて、その知恵を捨て去ろうというのですね」
「言い得て妙だ。恵旦どのは私より言葉による表現が巧みだな」
「表現することはできますが、それを実践することはとても僕にはできません。不可能です。知恵を捨て、感情を捨ててしまったあと、人にはなにが残るのでしょう。いまよりよい暮らしをしたいと思うからこそ、人はより優れた道具を発明し、書物でその技術を後世に伝えることさえも覚えました。馬に車を引かせるような生物は人のほかに存在しませんが、そんな人でさえも千年前には車の発想もなかったでしょう。つまり人には感情や欲望、知恵があるからこそ文化を発展させる力があるのです」
「人が発明したものは、文化的に優れた道具ばかりではない。同胞を殺す弓矢や剣、槍なども作り出してしまったのだ。これを恵旦どのは、どう説明する?」
「……それは先ほど子休どのがお話ししてくれた蟻の話がちょうどよいでしょう。蟻は同胞の大半が踏み潰されて死に至るという危険を冒しながらも、まったく絶滅の兆しを見せません。彼らは踏み潰される数よりもはるかに多くの卵を産み、育てることで種族を維持しているのです。人が自らを死に至らしめるような道具を作ってしまうことも、これに似た状況だと言えるかもしれません。人には知恵があるので、いつかそのような自らの能力に備わる危険も回避する手段を発明するに違いありません」
「千年前には車はなかった。そのような手段が発明されるまで、人はあと二千年待たねばならないかもしれない。それまで人類はその命脈を保てるかな?」
「蟻や胡蝶と違って、人類は考えることができます。きっと乗り越えられますよ。この試練の時代を経て……いつか人類は時の流れにさえも束縛されない能力を得るに違いありません」
「恵旦どのの弁論は私などよりよほど飛躍している。時の流れに束縛されないとは、いったいどういうことなんだ。わかりやすく説明してほしい」
「あえて言えば、『今日南方の越国へ旅立って昨日着いた』……こういうこともいずれは可能になるに違いありません。しかしそれには数え切れないほどの年数を必要とするでしょう」
「今日越国へ旅立って昨日着くだって? それはまたとびきり……詭弁と言わざるを得ない。私は認めないぞ」
「あくまで人類の可能性の話をしているのです。人が探究心を捨てず、無に陥ることがなければ、そのようなこともいずれは可能となりましょう」
「人は無為に遊ぶべき存在だ。私はそれを称して『逍遥遊』と呼ぶ。一千年にも満たぬ寿命の中で知恵を振り絞ったとしても、それは大いなる万物の根源たる『道』の前では浅知恵でしかない。キノコは一ヶ月を知らず、蝉は一年を知らない。しかし樹木の中には何百年、何千年にも及ぶ一生を送るものもあるのだ。それに比べて人というものは、なんと小さな存在であることか。自らの浅知恵に振り回されず、キノコや蝉の生き方に倣うことこそが、人類永続の鍵であろう」
「子休どのの説には聞くべき価値が大いにあります。ただ、それは理論であって実践は難しい。さっきも申しましたがね。あなた自身、自らの知恵を振り絞ってその結論に至ったのではないですか? その『逍遥遊』とかいう結論にですよ」
荘周は痛いところを突かれたのか、大声を上げて笑った。
五
旦はそのまま荘周の家で数日を過ごした。体力が充分に回復したのであらためて大梁を目指すことにしたのだが、その出発の際に長々と小蓉を相手に話し込んでしまった。
「うちの人ったら、前にも増して心に活気が満ちたみたい。ぜんぜん働かない人だけど、元気でいてくれればそれでいいの。旦、あなたのおかげよ」
小蓉は冗談めかしているが、その口調には本当に喜んでいる様子がうかがえる。不思議なことだが、彼女はまったく働かない夫を愛おしく感じているようであった。
「いや、僕の方こそ楽しかった。食事を恵んでもらったうえに、すごく興味深い話が聞けたと思っているのです。数日前にあんな苦しい思いをしたと言うのに、ここ数日で僕の気持ちはずいぶん和らいだ。でも、子休どのは無の世界に遊ぶことを理論の主軸に据えているから、楽しいとか嬉しいとかの感情は持たないのかな? 彼自身は何も感じないのだろうか」
「楽しむべきときはただ楽しめばいいというのが、あの人の考え方よ。でも、そのときどきで言うことは違うけれど」
「子休どのは、いったい何がきっかけで『道』を極めようとするようになったのでしょうか」
問われた小蓉は面白そうに顔をほころばせながら、回想にふけっていた。
「なにから話せばいいかしらね」
「なんでもどうぞ」
「そうねえ……あの人、あれでも昔は役人だったのよ。生まれ故郷の蒙という邑でね。そこで漆園の管理をしていたわ。あたいがあの人と一緒になったのはその頃だけど、もうそのときには自分の考えを書に記していた。だからなにがきっかけなのかはよくわからないわ。でもあの人の書物は、わかる人にはわかるらしいの」
「僕にも彼の言いたいことはよくわかります。ただ実践が難しいというだけで……。あなたは子休どのの言いたいことがわからないのですか?」
小蓉はわざとふくれっ面をしてみせた。
「もちろんわかるわよ。誰よりも詳しくね。ただ実践が難しいのではないかと思うのはあなたと同じ。でも、今の世にあの人の主張は必要だと思うのよ。人は傲慢になってはいけないし……だからほんの少しの部分だけでも、あの人の言う通りにしてみればと思うわ。そう思う人は私だけじゃなくて、意外に多いのよ」
弟子などがいるということだろうか。しかし旦は数日荘周宅に滞在したが、他に人が出入りする様子は見られなかった。小蓉にしても、そのような人物が存在しないからこそ、旦を自宅に招き入れたのではなかろうか。
「書物の内容そのものよりも、蒙に賢人がいるという噂の方が先に立ったみたいで、家に楚の役人がきたこともあったわ。あら、前にも話したかしらね? でも聞いて。楚の王は使者にそりゃあ手厚い贈り物を持たせて、宰相の地位を約束したのよ! でもあの人ったら、それを断ってしまったの」
楚の宰相と言えば、令尹の位である。それを自らの生き方を優先させるために断るとは……荘周の思想をもとに考えれば当然の結末かもしれないが、これは彼が国などより個人を大事にしていることをも意味すると言えるのではないか。ただ彼が時の流れに沿って生きているだけではないと言うことが、これで判明した。しかし小蓉の言うように、荘周にはそのときどきによって言うことが違う、という点は確かにあるようだった。
「そのときあの人は、珍しく強い口調で使者に言い放ったのよ。『おぬしはすみやかに去れ、私を汚してくれるな』なんて、ね」
「あなたはそのおかげで令尹夫人になり損ねたわけですね。さぞかし残念な思いをしたことでしょう」
旦はもちろん冗談を言ったつもりであったが、意外にも小蓉には思うところがあったようで、真面目な表情のままであった。
「もしそういう人生だったら、と思ったことは何度もあるわ。でも……諸侯国の宰相で天寿を全うした人なんているのかしら。そのことを思うと、やっぱりあの人の言うことは正しいと思えるの」
「子休どのは、そのとき何と?」
「祭りの際に生け贄にされる牛を見たことがあるだろう……何年も飼い慣らして、手の込んだ刺繍の着物を着せられたあげく、大廟に引き込まれるのだ。そのときになって、牛は小さな豚に生まれ変わりたいと思うだろう。しかしそんなことは出来るはずもない、と……」
旦の心に、晩年の公叔痤の姿が現れた。宰相という重責を担い、人々の尊敬を一身に集めながら、最後にはあっけない形で息を引き取ったあの老人……思うに、あの人も宰相ではなかったとしたら、もう少し長生きできたのではないか。荘周は、そのような人生などご免だと言いたいのだろう。
「でも荘周は荘周、あんたはあんたよ。荘周の生まれ変わりは胡蝶であって、本人もそれを望んでいるわ。あんたは胡蝶に生まれ変わるのが嫌だと思ったら、大梁で宰相にでもなんにでもなりなさいな。荘周は国になんか一生仕えないけど、それはあの人の生き方であって、あんたがそれに縛られる必要はないの。それこそがあの人の思想でもあるのよ」
旦は小蓉に背中を押されるような形で大梁へと旅だった。
その姿を遠い丘の上から荘周が見送っていた。
六
白圭は重大な情報を手に、咸陽をあとにした。雍から咸陽へと遷都を果たした秦であったが、それから間もなくして君主が崩御したのである。孝公と諡され、太子の駟があとを継いだ。これがのちに恵文君と呼ばれる人物である。
新たに秦公となった駟は、商鞅による変法の効果をそれなりに評価していた。しかし商鞅その人に対しては、怨みに近い感情を抱いている。商鞅は孝公という後ろ盾を失い、恵文君のもと守り役であった公子虔などの人物によって訴えられ、逃亡したのである。白圭にしてみれば、理想に近い展開であった。
その顛末が、白圭など商鞅に敵対する者にとっては爽快であった。
商鞅は過去に厳罰に処した公子虔や公孫賈、あるいは殺害した祝懽の遺族などに恨まれた結果、宮殿に居場所を失った。やむを得ず城外へ逃れ、数里歩いて夜も更けたところで宿屋を探した。ようやく探し当てて中に入ろうとしたが、宿屋の主人は無情にも商鞅に言い渡したのだった。
「商君さまのお取り決めで、手形を持たぬ旅人を泊めると罰せられることとなっております」
このとき商鞅は柄にもなく苦笑いの表情を浮かべながら言ったという。
「なんと言うことか。自分自身が作った法律の弊害というもの、これほどまでのものとは……」
対処の方策を失った商鞅は、魏国へと道をとった。
白圭は、以上のような情報を得て大梁へと道を急いでいる。以前のように隊商は連れておらず、自分ひとりだけの旅程であった。自然、物事を考える時間が増える。
——商鞅は法によって民から物事を考える力を奪い、自分だけが天下を左右できる社会を作ろうとした。無為に遊ぶ、とはかつて老子が唱えた主張だが、商鞅はそれを民だけに制限し、施政者だけが物を考える世界を夢見たのだ。……愚かなことよ。
——いま、奴は自分自身の作り上げた法の陥穽にはまり、抜け出そうと必死にあがいている。あの男を魏へ入れてはならん。入れてしまえば、魏公は愚鈍であるからその言うことを真に受けて秦と戦おうとするかもしれない。そうさせてはならぬのだ。
——商鞅はあの地味で平板な顔にさぞや苦悩の色を浮かべているに違いない。民を軽んじて、自分の思うように天下を動かそうとした罰だ。我を張らず、趙良の言うことを聞いておけばよかったものを……。
しかし白圭に商鞅に同情する気持ちはない。むしろこうなってよかったとさえ思っている。趙良の諫言については無駄な行為だと思ったものの、結果的に商鞅が言うことを聞かなかったことで、世論は趙良に味方することになるだろう。逆に商鞅が趙良の諫言に従っていれば、望まぬ結果となったに違いなかった。
——趙良の功績は大きい。あの男、無事だろうか。
趙良もあの諫言のあと行方知れずである。国外へ逃れたとは聞いているが、どこへ向かったのかは知らない。しかし白圭には、彼が大梁にいるという確信があった。それも間違いなく公主娟とともにいるという……。
「つくづく龐涓さえ生きていれば、これほど大きな問題にはならなかったものを。彼がいれば魏は安邑を失うこともなかっただろうし、公子卬を前面に立てて戦うなどということも避けられたはずに違いない。……しかし今さら言っても詮無いことだ」
後悔の種は限りなくあるが、状勢の逆転は起こりつつある。白圭は商人らしく、その決定的な機会を見極めようとしていた。
公主娟は寂寥を感じつつも、趙良の存在に癒やしを感じていた。結局趙良は商鞅に諫言したあと、大梁に逃れてきたのである。白圭の読み通りであった。
浅はかだったかもしれないと趙良自身は感じている。しかし彼としては、他にとるべき道がなかったというのが正直なところだろう。なにしろ趙良は娟に好意を抱いていたし、商鞅と敵対するという目的も一致していたのだから、ここに来て行動を共にすると言うことはごく自然なことである。だが、ふたりがともに居合わせたところでこれ以上なにができるのか、という思いがあったことも事実である。
「ご迷惑ではございませんか」
そのような思いを抱きながら、趙良は娟に尋ねた。しかし娟の様子はどこかよそよそしい。
「迷惑だなんて、そのようなことは思っておりません」
その言葉に嘘はないと趙良は感じたが、しかし少なくとも楽しんではいないように見受けられた。娟の心は未だに龐涓にあるのだろう。
「私に龐涓将軍のかわりは務まりません。お話の中でしかそのお人柄を知ることはできませんが、私はあの方のような武人ではありませんし、男らしさもきっと及ばないことと思います。公主さまには頼りにならない存在に違いないでしょうが、退屈しのぎの話し相手くらいの役目ならこなせます」
「どんなお話をしてくださるの?」
「そうですねえ……衛鞅、いえ商鞅に求愛されたというお話はどうでしょう……低俗すぎて公主さまには失礼かもしれませんが、実は重要なお話なのです」
「求愛ですって? 対象は誰なのかしら」
「対象はもちろん、この私です。ですがそのことが重要だというわけではなく……」
「それのどこが重要じゃないというの! ちゃんと拒絶はしたのでしょうね。さもなければ陰湿なあの男のことだから、将来なにをされるかわかったものではないわ」
「いえ、公主さま。私がお伝えしたいことは、そのようなことではないのです」
意外にも、娟は商鞅の男色については驚きを示さなかったようである。ただ趙良としては、そのことに安心したわけではない。なんといっても商鞅はかつて、娟にその恋心を吐露したことがある。その矛盾について娟がどう思っているのかが、趙良の知りたいところであった。
「どうもあの人は、女も男も同時に愛することができるらしいのです。見境がないといえばそれまでですが、どうもそこには複雑な心理があるような気がして……公主さまは、そのことについてどうお考えになりますか」
「どう考えるも何もないわ。あの人は自分が誰からも愛されていないことを知っているのよ。だから誰からも愛されたいと思う……男でも女でも関係なく」
「なるほど……実は私が秦の宮殿にいたとき、官僚たちが盛んに商鞅のことを噂しておりました。かつて商鞅と魏の公子卬は恋仲であった、と。商鞅はそのふたりの関係性を逆手にとって、公子卬を陥れたのだ、というのです」
娟は明らかに不快感を顔に表した。趙良は彼女の眉間にしわが寄った姿を初めて見たことで、少なからず動揺した。嫌われてしまったか、と不安になった。
「木の板に小さな目と口を描いただけのような……あの商鞅に惚れ込む人がいるなんてね……。人は見かけだけじゃないとは言うけれど、あの人の場合、表情がその性格をよく示しているわ。それを見破ることができなかったなんて、公子卬という方にも眼力がないと言わざるを得ませんね。だから、利用されるのです。使い回しにされるのです。陥れられるのです。そうでしょう?」
娟の意見には、確かにその通りだと思わされる力がある。しかしそれは過去に商鞅という人物を深く知っていたからこそ言えることであり、あとから出会った公子卬にそのような眼力を求めることには無理があるというものであろう。だが、その無理なことを力説する娟の思い……趙良には痛いほどよくわかった。
「公主さまの仰りたいことは理解できますが、公子卬は商鞅の申し出を信用した結果、裏切られたのです。信用すること自体が悪だとか、間違っていると言ってしまっては、人は何も行動できません。私が思うに、人の世は信頼で成り立っています。それがなければ、なにも先に進みません」
「要するに公子卬は何も悪くない、と言いたいのね。悪いのは商鞅だ、と。趙良さまは、それを商鞅に伝えたのね? よく無事でいられたこと……」
「私はなぜか商鞅に愛されていました。ゆえに殺されずにすんだのです。確証はないのですが、そう思っています」
「その事実を感謝しているということですか?」
「いいえ、そんなはずはありません。むしろ気持ちが悪い……私に男色の趣味はありませんので。ですが幸運であったことに変わりはありません。にもかかわらず、商鞅に感謝する気持ちはないのです」
「それなら、私と同じ。私だって商鞅からの誘いを断ったときは怖かった。でもあのときは将軍がまだ生きていたころだから、私も強気に出られたの。いま改めて同じようなことが起きたとしたら……」
「そのときは、私が全力を挙げてお守りします」
趙良としては、あまり深く考えずに発したひと言だったに違いない。思わず口走った、という種類の言葉であろうが、意外なことにこのひと言が娟の心を揺さぶった。
七
「商鞅が国境を越えて魏に入ろうとしている。秦国内で商鞅は孝公という後ろ盾を失い、失脚した。彼が魏に入国したとして、利用価値はあるだろうか」
大梁に到着して早々の白圭から発せられた問いに、娟は答えた。
「利用価値などありません」
続いて趙良も答える。
「あるはずがない」
白圭は頷いた。
「では、入国したところを捕らえて刺し殺すか。それとも追い返すか。どちらがいいだろう」
「白圭さま、商鞅が後ろ盾を失ったということは、具体的にどういうことなの? 失脚したということは、ただ単に下野したということなのでしょうか」
白圭は首を横に振り、否定の意を示した。しかし彼は娟の質問が単なる確認に過ぎないことを知っている。そのため、彼は今一度事実を確認するために説明しなければならなかった。
「商鞅が失脚したということは、あの男が地方に隠棲を決めたとか、残りの人生を気ままに過ごすことにしたとかを意味しない。彼は宮殿を追われたのであり、捕まれば命を奪われる。いわば商鞅は大逆の謀反人なのだ。少なくとも、秦国内ではそういう扱いを受けている」
「それなら、やはり追い返すだけでは駄目ですね。楚や韓に逃れられてしまっては、むしろ優遇されるかもしれませんもの。ここは軍を動かして入国しようとする商鞅を捕らえさせ、護送する形で秦に送り返すことが賢明です」
やはり娟はどんな形でも商鞅を許す気持ちがないのであった。絶対に彼に仕返しをするという強い気持ちが、いまの彼女を支えているのかもしれない、と趙良は感じた。
「どうやって軍を動かすかが問題だ。結局のところ、商鞅の問題は、宮廷にいる人々しか知らない。それもごく一部……。奴が龐涓将軍を騙して戦場に向かわせたり、公子卬との信頼関係を裏切ったりしたことをどうやって世間に知らしめるか」
「それはもう、ひとつしか方法はありません」
白圭の問題提起に趙良は確信を持って答えた。
「公主さまが宮殿で魏公を前にして演説する、それしかありません。結局、軍を動かすのは君主の役割です」
娟は驚きを隠せない様子だったが、それも数瞬のことであった。
「私が……? やります。ぜひやらせてください」
決意を新たにしたようなその表情は凜として美しく、亡き龐涓の妻としての責任を負っているという自意識を見事に表していた。少なくとも、この場にいる趙良や白圭にはそう感じられたのである。
公主娟らの訴えを聞く側の魏公罃には、このとき焦燥の色が見受けられた。先代、先々代の築き上げた覇権にあぐらをかき、自らは目立った政策を採ることもせず、保有している武力を当てにして行き当たりばったりの対応に終始した自らの愚鈍さを反省しているようであった。しかもこのところ斉国の外交使節がやって来ては、王を称すべきだと口説かれるのである。魏罃はこれに対して明言を避けてきたが、どことなく魏が王国を称することが斉の利益になることを察していた。それだけに素直に首を縦に振ることができなかったのである。
だが性格的にひとり悶々と悩むことを嫌った魏公罃は、このとき宮殿に多くの賢人を招いて、その意見を参考にしたという。鄒衍や淳于髠などという当代最有力とされる哲学者がその主なものだったが、それにもまして有名な学者が魏公罃のもとを尋ねたのは、当時の誰もが魏の覇権喪失を憂慮したという証拠であろう。
「孟軻が来た、だと? 孟軻とは、かの孟子のことであるな? 間違いないか、孟子の名を騙る偽者ではないか」
魏罃は喚くように言ったが、それもこれまでの賢人との会談で良い結果がなにひとつ得られていないことの表れである。淳于髠は読心術の名人で、その能力によって斉の威王に善政を布かせたとか、鄒衍は「大九州説」などを唱えて世界は果てしなく広いと説いたとか……しかしそれらはみな魏公罃にとって何の役にも立たない空論であった。
——孟子も結局はそのような輩のひとりに違いない。
そのように考えたくなるが、魏罃は自分自身ではなにも考えられないことを自覚していたので、人の意見は聞かねばならないと思っている。最終的には、会うことに決めた。
孟軻は意外にも形にこだわる性格であった。自らを君主の師匠と称し、諸国を遊説するときには数百名の従者と数十両の車を引き連れていた。「徳」を主張する学者にしては風貌も厳つく、表情も悪鬼のようであったので、魏罃は恐れをなした。
「殷の紂王は臣下であった周の武王によって滅ぼされたが、公はこのことについてどう考えなさるか」
孟軻は、魏公罃の前に差し出された椅子に座ると、いきなりそのような問いかけを発した。そのような遠い過去の話を聞くために応対しているのではないぞ、と魏罃は心の中で悪態をつきながら、表面的には平静を装い、答えた。
「殷の紂王は悪逆で、それを討った周の武王は英明だと聞いている。至極自然な流れではなかろうか。それにいまに続く世があるのは、ひとえに周の武王が殷の紂王を討ったおかげだ。もし結果が逆であったなら、いまの世はなかったかもしれないし、余自身も生まれていなかったかもしれない」
魏罃の言葉は孟軻にとって意外なものであったようである。彼はその頑固そうな表情に柔らかな微笑みを浮かべ、賞賛した。
「ほう、さすがは魏公さま……よきお答えだ。しかしそもそも臣下が君主を討つという行為は、『孝』あるいは『忠』の精神に反するものだとされている。つまり、子が親を、弟が兄を殺してはならないのと同じように、臣下が君主を殺すことなど、あってはならないと……その点において公がこの事実をどのようにお考えになるか、それを聞きたかったのだが」
よい返答であったが、若干的外れだと言いたいのだろう。孟軻は明らかにあらかじめ正答を用意しているのであり、この質問は議論を誘導するためのものに過ぎなかった。そのことに気付いた魏罃は、腹立ちを覚えた。
「余は儒家の考え方にそれほど精通しているわけでもない。儒家の視点から判断すると、武王の行為は間違いであるというのであれば、なるほどそうか、と言うしかない。先生はいったいなにを仰りたいのか」
孟軻はやや得意げな表情を浮かべて説明を加えた。
「仁を失った者を賊、義を失った者を残という。仁義を失った者はつまり残賊であり、これはひとりの男であるという以外に、存在する意味がない。紂王は仁義を失った時点でただの男、つまり君主としての資格を失っているわけです。それを誅したところで臣下が咎められる筋合いはない」
「ふむ。なるほど、そうか」
孟軻は君臣の関係は親子や兄弟の関係とは違い、絶対的なものではないと言いたいのだろう。君主は仁義をを失った時点でその資格を失い、臣下から討たれても文句を言えない存在となる……孟軻は君主の地位というものをそのように捉えており、魏罃にもその可能性があると言っているのだ。
「先生はつまり、紂王と同じように余が臣下から討たれることになる、と仰りたいのでしょう。しかし余は、紂王のように酒池肉林の騒ぎを起こしたこともなく、妲己のような女に溺れたこともない」
殷の紂王は宮殿で贅沢の限りを尽くし、その前庭で裸の男女を踊らせ、酒と肉をたらふく楽しんだという。また妲己とは紂王の妃であり、美貌ではあるが悪女であったという。
「確かにその通りかもしれないが、君主の責務とは民を進んで国のために奉仕する存在に仕立て上げることだ。刑罰を簡略にし、租税を軽くし、真面目に耕作させ、若者には道徳を教える……その努力が充分だったとご自分を納得させることができますかな?」
魏公罃は自分が批判されていることを知り、さらに怒りを覚えた。人の気も知らず、外部からよく知ったような口をきくものだ、と思った。
「余は確かに先代や先々代の偉大さに及ばぬ愚か者だ。兵は国外でたびたび敗れ、上将軍の龐涓も太子である申も失った。さらには異母兄妹の公子卬も敗れ……このため国内は空虚と化し、先君の宗廟やその築き上げた社稷を辱めてしまいました……先生に言われずとも余はこのことを深く恥じているのです。先生には千里の道を遠しとせず、わざわざ足を運んでいただきましたが、いったいどのように我が国の利益をはかってくださるのか」
魏罃としてはいやらしく自らを卑下し、相手の反応をうかがおうとしたのだが、これに対して孟子は毅然として言い放ったのである。
「君主たるもの、利益などという言い方をなさるべきではない。君主が利を欲せば、大夫もそれを欲する。大夫が利益を欲すれば、民も欲するようになる。このように上下こぞって利益に群がれば、国は危うくなるのだ。人君たるもの、ただ仁義を考えればよい」
「……しかし君主たるもの、国益を考えねばならぬ。それについて先生はどうお考えなさるのか」
「仁義で国を治めた結果として、利益はもたらされる。利益は得ようとして得られるものではなく、ほとんど忘れかけたころにやって来るのだ」
魏罃はやり込められた形で言葉を失った。しかし彼には他にも言いたいことがある。愚鈍だと評価されてきた彼であるが、好きで愚鈍であったはずがない。彼は善政を布こうと自分なりに努力してきたのだった。
「この争いに満ちた天下を生き残るためには、そのような悠長な態度で待ってはいられない。たとえ自国の民に慈愛に満ちた態度で臨もうとも、悪意を持つ他国によってそれは妨害される。しかしそれにもかかわらず、余は自国の民を気にかけてきたのです」
「ほう、どのようにかな」
「これでも余は真心を持って国を治めてきた。西で凶作が起きれば民を東に移し、穀物を送った。東で凶作が起きたときもまた然り。隣国などのまつりごとを察するに、余ほど民に対して心遣いをしている君主はいないはずだ。……なのにどうして我が国には人が集まってこないのか!」
強く言い放った魏罃に対して、孟軻は苦笑いを浮かべつつ軽い態度で応じた。
「公は戦争がお好きなゆえ、戦争を例にとって話そう。……進軍の太鼓が鳴り、いざ戦闘が始まったとき、鎧兜を捨てて逃げだした者がいるとする。このときある者は百歩逃げ、またある者は五十歩逃げた。その後五十歩逃げた者は百歩逃げた者を嘲笑ったというが、これについてどうお思いなさるか」
魏罃は自分の問いかけに孟軻がまともに取り合わない様子にいらつきを覚えながら、ぶっきらぼうに答えた。
「よくわからぬが、どちらも逃げたことに変わりはあるまい。笑う資格はなかろう」
孟軻は満足そうに微笑み、儒家らしい泰然とした様子でこの議論をまとめた。
「公はよくお分かりだ。それならば領内に人民を増やそうという考えは捨てた方がよい。不幸にも餓死者が出たとき、『余のせいではない。凶作だからだ』と言うことは、人を刺し殺すよう命令しておいて『余がやったのではない。兵たちが勝手にやったことだ』と言うことと同じなのだ。公ご自身がこのことをわかっていれば、天下の人民など自然に集まってくるものだろう」
孟子はさも学者然とした態度で言葉を残し、宮殿をあとにした。残された形の魏公罃としては、質問をはぐらかされたという思いしかなかった。
——孟軻め。うまいことを言ったつもりでいるのだろう。どうせ立場が変われば、自分ではなにもできないに違いないだろうに……。
結局なにも返答を得ることもできずに、会見は終了した。のちに「五十歩百歩」として伝わったふたりの会話は、孟子の英明さを如実に示すものとして有名だが、当事者の魏罃にとっては大いに不満の残るものであった。
如公主娟が魏罃に面会を求めたのは、そのようなときであった。