6.婚約
ジョシュア様の目を治してから少し、そろそろデニス様の身に降りかかる不幸をなんとかしなければならない。
デニス様の不幸は両親の死から始まる。デニス様の両親は馬車の事故で亡くなるのだが、それは事故を装った殺人である。馬車の車輪に細工がされていたのだ。
犯人はデニス様の叔父で、両親が亡くなった幼いデニス様の悲しみにつけ込み、言葉巧みに侯爵家を乗っ取る。デニス様は優しい叔父を完全に信じ込んでいて、取り返しがつかなくなるまで異変に気づかなかったのだ。
そしてこの叔父は他の犯罪行為にも手を染めている。禁止されている人身売買だ。
ゲームでは叔父は本編の中で断罪される。デニス様に近づくヒロインを攫って売り払おうとしたことで、悪事が表沙汰になるのだ。デニス様が自らヒロインを助け、叔父を糾弾するシーンには感動した。
私はここ二年あまり、ずっと人を雇って叔父について調べてもらっていた。ゲームと同様、彼も黒であった。ゲームで明らかになった犯罪行為以外にも、様々な悪事に手を染めていた。
私は報告書を読み、あまりの酷さに顔をしかめる。
問題はこの情報を誰にどう伝えるべきかである。
王城へ行った時に、道に落ちていたと言いオズワルド様に渡すべきだろうか。それとも民の嘆願書を預かる窓口に置いてくるか。しかし今回は慎重にならなければならない。私はオズワルド様に直接差し出すことにした。
オズワルド様とのお茶会の日、わざと早く行って緑の庭園を散歩する。そしてベンチの下に、スカートの中に忍ばせていた封筒を落とした。
わざとらしくそれを拾う。そして中を見て驚いたフリをする。
はっきり言ってとてつもなく恥ずかしい芝居だが、人の命がかかってるんだ。やらなければならない。
同行している使用人たちには怪しまれていないようだ。
オズワルド様の元に行くと、私は落ちていたと言って封筒を手渡した。中を見たオズワルド様が顔をしかめる。
横から覗き込んだデニス様は青ざめていた。善人だと思っていた叔父が人身売買に関与してると知ってしまったらそうなるだろう。
「メラニア、これは何処で見つけたんだい?」
「緑の庭園のベンチの下ですわ」
王宮の正面にある緑の庭園は貴族なら誰でも立ち入り自由な場所だ。誰かの落し物だと思うだろう。
「とにかく、詳細を調べてみよう。メラニアは心配しないで待っていて」
オズワルド王子は騎士に封筒と中身について陛下に報告するよう命ずると、私をガゼボに案内した。
テニス様は落ち着きがなく、しきりに紅茶をかき混ぜていた。さっきの封筒のことが気になっているのだろう。
「デニス、気になるなら騎士に同行したらどうだい?君の叔父のことだ、自分の目で確かめたらいい」
オズワルド様の言葉にデニス様はなにか葛藤しているような表情をする。しかし、結局叔父のことを調べに行ってしまった。
信じていた叔父に裏切られる悲しみはどれほどの物だろう。私には分からないが、デニス様ならきっと乗り越えられると信じている。
それからいつもの様にお茶会をして他愛ない話をしていると、陛下がこちらにやって来た。私たちは急いで立ち上がって挨拶する。
陛下は私に目を向けると目元を和らげて言った。
「この封筒を見つけたのはメラニア嬢だったな。ジャスミン伯爵の時といい、よく悪事の証拠を見つけるものだ。それにジョシュアを治療したことも……そなたは花の精霊様に格別に愛されているのであろうな」
激しい誤解が生じているが、私は転生者なだけである。精霊様に愛されているのはヒロインであるはずだ。
「そんな、買い被りすぎですわ。精霊様は私に力を授けてくださいましたが、悪事の証拠を見つけたのはきっと偶然です」
私の言葉に陛下は可笑しそうに笑う。
「そうかそうか偶然か、よく偶然が重なるものだ」
陛下は上機嫌に私の頭を撫でた。
「オズワルドとは仲良くしておるか?こいつが迷惑を掛けていないといいが」
「迷惑なんてとんでもありません!私はいつもオズワルド様に助けていただいています」
陛下は自身の髭をなぞると、そうかと笑った。
数日後、問題だったデニス様の叔父の件だが、彼は斬首の刑に処されることになった。どうやら叔父は他国とも繋がっていたらしく、違法薬物の密輸などもしていた様だ。芋づる式に他の貴族家もいくつか取り潰され、国の上層部は安堵したという。
これでデニス様の両親が殺されることは無くなった。彼もゲームの彼とは違った人生を歩めるだろう。
デニス様は叔父が捕まったことでしばらく憔悴していたが、やがて吹っ切れたようで、元のデニス様に戻ったとオズワルド様に聞いた。彼が元気になってくれてよかった。
ある日の夜、私は父に呼び出された。
「お前にオズワルド王子との婚約の打診があった」
私は驚いて声も出なかった。王子は基本的に早々に婚約者を作らない。歴代の王子が婚約者を決めるのは花姫の選定が終わってからだ。
それは王子が花姫と婚約するのがほとんどのためである。
私の困惑を他所に父は話を続けた。
「オズワルド王子もこの縁談に乗り気だという。勉強量は増えるがお前なら大丈夫だろう。どうする?」
オズワルド様も乗り気なら私に断る理由は無い。私は二つ返事で了承した。
しかし、ゲームの中では王子は婚約者が居なかったはずだ。本格的にゲームと現実が食い違ってきているが、大丈夫だろうか。
私は、一抹の不安を抱えながらもオズワルド様と婚約できる喜びに浸っていた。
その数日後から私の日常に王妃教育が加わった。はっきり言って大変なんて言葉では言い表せないほど厳しかったが、私は頑張った。オズワルド様の隣に立てるなら何でもする。それくらい私は彼に恋をしていたのだ。
たとえヒロインが現れても負けないように、最高の淑女になってみせる。また新しい目標が増えた。
そしておよそ一ヶ月後、私とオズワルド王子の婚約が正式に発表された。他の年頃の娘を持つ貴族家からは反発の声があったらしいが、他ならぬ陛下が決めたことだ。
それに私が幼くして、今をときめくハリー出版のオーナーであるという事実が反発の声を黙らせた。自分の娘に勝ち目はないと思ったのだろう。
オズワルド様は私が婚約者になって嬉しいと笑って頭を撫でてくれた。私は花姫にはなれないかもしれないが、次期王妃としてオズワルド様を支えていこう。そう心に誓った。
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