5.オズワルド様のお願い
時が経つのは早いもので、私は七歳になっていた。
未だにドロシーとイラストレーターリコリスのコンビは健在で、我社でも一番の売上を誇っている。リコリスはドロシー以外の挿絵を一切描かないので、社内ではリコリスに認められたら小説家として一級という雰囲気が漂っている。
ちなみにオーナーとリコリスが同一人物だと気づいている人はいない。オーナーは貴族の七歳の幼女だから、お金を出すだけで何もしていないと社内の人たちにも思われているのだ。
真実を知っているのはハリーとドロシーのみである。
私はやっと淑女教育が終了して、時間が出来ていた。普通淑女教育が完了するのは十二歳前後らしく、かなり早いと驚かれた。そりゃあこっちは転生者だ普通の子供とは違う。私は天才少女の名を恣にしていた。
できた時間で私は今度発売するイラスト集の絵を描き始めた。過去の小説の挿絵や新作のイラストを盛り込んだ画集である。ドロシーの小説は相変わらず面白く、イラストを書く手が止まらない。
いっそ挿絵ではなく漫画版を売り出したいと最近思っている。しかし、この世界で漫画が受け入れられるか心配で、未だ後込みしていた。
実はドロシーの小説の漫画化はすでに完成しているのだが、ドロシーに見せる事が出来ずにいるのだ。
そんなふうに悩んでいた時のことだった。オスワルド様からお願いしたいことがあると言われたのだ。オズワルド様にはいつもお世話になっている。オズワルド様のお願いならなんでも叶えたい。その一心で、私は王宮へ向かった。
王宮ではオズワルド様と三人の、恐らく家族と思われる人達が私を待っていた。そして私は三人の内の一人を知っていた。
彼は攻略対象の最後の一人だ。
ジョシュア・セージ。セージ公爵家の嫡男で、オズワルド様の従兄。現在十二歳。オズワルド様の三歳年上で、お兄さん的存在だ。
ゲームでは隠しキャラ的存在で、彼の問題は……私では救ってあげられない。彼を救えるのはヒロインだけだ。
「お願いというのはね、ジョシュアに癒しの力を使って欲しいんだ」
ジョシュア様の言葉に、セージ公爵も夫人も懇願してくる。
そう、彼の問題はその体にあるのだ。彼は幼い頃に目が見え無くなった。その彼を治せるのはゲームではヒロインだけだった。
「この子はある時から目が見えない。花の精霊から癒しの力を授かったものたちに、手当り次第依頼してみたが、誰も治せなかったのだ」
公爵が悲痛な顔で言う。
「貴女は天才だと聞いています。もしかしたら貴女なら治せるかもしれないと期待せずには居られなかったのです。どうかお願いします」
夫妻は藁にもすがりたい気持ちなのだろう。子供の私に深く頭を下げている。
結果は分かっているが、全力でやってみよう。
私はオズワルド様を見るとうなずいた。オズワルド様がそっと背中を押してくれる。
私はジョシュアさまの前に座って癒しの力を使った。
「花の精霊様、その力をお貸しください」
手から淡い光が溢れ出す。治癒の力の基本は、体が治るイメージを強く持つことだ。私は目の神経や眼球が回復するさまをイメージすると力を流し続けた。
五分ほど経っただろうか。光は徐々に薄くなっていった。魔力切れである。
私は肩を支えてくれていたオズワルド様にもたれかかった。さすがに疲れた。
公爵はゆっくりとジョシュア様の目に巻かれた包帯を取ってゆく。包帯のないその顔はオズワルド様によく似ていた。
彼は目を開けると眩しそうにした。そしていきなり叫んだ。
「見える、目が見える!」
私は動揺した。彼の目はヒロインにしか治せないはずである。何故治ってしまったのか。
私の動揺を他所に公爵たちは涙を流して喜んでいた。
私の手を取って何度もありがとうと言うと、涙を隠すこともなくジョシュア様を抱きしめる。
「すごいよメラニア!今まで誰にも治せなかったんだ!メラニアのお陰だよ」
オズワルド様も大興奮で私を抱きしめる。仲のいい従兄弟だと聞いていたから、よほど嬉しいのだろう。
私は未だ困惑していたが、オズワルド様が嬉しそうなので細かいことはいいかと思い直した。
みんなでひとしきり喜ぶと、ジョシュア様にどのように見えているのか聞いた。完全に治った訳では無いかもしれないからだ。
そうしたら案の定完全に見える訳では無いようだった。全体がぼやけていて、ハッキリとした輪郭はわからないらしい。それでも全く見えなかった頃から比べれば雲泥の差だという。
私は公爵に懇願されて、定期的にジョシュア様に治癒を施すことになった。
何故私がヒロインにしかできないはずの治癒を成功させられたのか、少し考えてみる。私の治癒の力はヒロインほどでは無いからだ。ゲームではヒロインの治癒の力は飛び抜けていた。
治癒の力の使い方は、怪我が治る様子を強くイメージすることだ。
私は損傷した視神経や眼球の器官が治るところを強くイメージした。ん?視神経?もしかして転生前の知識のおかげ?
この世界では遺体を解剖するのは悪魔の所業だと言われている。すなわち誰も人体の詳しい構造など知らない。
そんな中で、私は具体的な指定をして治癒能力を使ったのだ。それが少ない力でも効率的に作用したのかもしれない。これが転生チートというやつだろうか。
なんにせよ、救えないと思っていたジョシュア様を救うことが出来たのだ、私は今更だが嬉しくなってしまった。
私は毎回魔力切れまで治癒を続けた。ジョシュア様の視力は徐々に回復して、今では完全に治りつつある。
ジョシュア様は治療の度に良くなっていく目にとても嬉しそうだった。
「初めてオズワルドの顔を見ることが出来たよ。こんなに僕と似ているとは思わなかった」
楽しそうに、ジョシュア様は話してくれる。ダンスなど、目の見えない時には出来なかった勉強を終えたら、オズワルド様の側近になるつもりだという。
ゲームでは彼がオズワルト様の側近になるのはエンディング後だ。ファンディスクのエピソードである。
ジョシュア様はずっと自分で本を読んでみたかったのだと言った。
なんとオズワルド様がドロシーの本をジョシュア様に読み聞かせていたらしい。オズワルド様は私のことも彼に話していたらしく、実物の本を手にして驚いていた。
「まさかこれほど絵が上手いとは思っていなかったよ。天才と言われるのもよくわかる」
どうやらジョシュア様は、オズワルド様が私可愛さに大袈裟に褒めていると思っていたらしい。まあ、普通はそう思うだろう。
ジョシュア様はすぐに大衆小説を読むのに夢中になった。彼は目が見えないなりに、溝を彫った文字を手でなぞって勉強していたが、目で見て読むのは初めてだ。教材として簡単な表現で書かれる大衆小説はちょうど良かったらしくよく読んでいる。
最近は感想を手紙でくれるようになった。文字を書く練習も兼ねているそうだ。
ゲームより早くジョシュア様を救えて本当に良かったと思う。彼が幸せになれるように、精霊に祈った。
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