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3.何かが足りない

 毎日淑女教育の傍らに絵を描き、オズワルド様と手紙を交換する。充実しているはずなのに、私は物足りなさを感じていた。何かが足りない、だけどそれが何かわからない。奥歯に物が挟まっているようななんとも言えない感覚をずっと感じていた。

 

 気晴らしに、私は本を読む。そして気づいてしまった。足りないのはこれだと。そう、萌え要素が足りないのだ。

 前世の私は重度のオタクだった。だからこそ同人誌を描いていたのだ。好きな作品に全力を傾ける、あの感覚が足りないのだ。

 

 その日から、私は推せる作品を探し始めた。しかし、この世界の本は伝記やエッセイが多い。前世の頃のような空想的な作品はほとんど無いと言ってよかった。ファンタジー作品が好きな私にはどうしても物足りなかった。

 

 

 

 月に一度のオズワルド様とのお茶会の日、私はもっと大衆向けの物語の本があればいいのにと愚痴をこぼした。

「大衆向けの物語か……どんな物なの?」

「そうですね……例えば勇者が悪者を倒して世界を救う話とか、平民の女の子が王子様と結婚するとか、そんな夢のようなお話ですわ!」

 想像するだけでワクワクする。誰か書いてくれないだろうか。

 私はため息をこぼした。

「自分で書いてみるのはどうだい?」

「それはちょっと違う気がします。私はまだ見ぬ物語に触れたいのです!」

 そう尊みは自給自足できないのだ。誰かの書いた物語に触れてこそ得られる感情なのである。

「うーん、そうだな。じゃあ出版社を立ち上げるとか?」

「それですわ!」

 私はオズワルド様の手を取ってお礼を言う。そうだ、ないなら作らせてしまえばいいのだ。貴族なのだから、それくらいの財力はある。

「私、頑張ります。必ずいい作品を世に送り出してみせますわ!」

 オズワルド様は微笑んで、頑張ってねと頭を撫ででてくれた。私のやる気は急上昇だ。

 絶対成功させてオズワルド様に褒めてもらおう。

 

 

 

 私は家に帰るなり、走って父にお願いに行く。

「お父様!私、出版社を立ち上げたいのです!」

 父は目を剥いたが、私は必死に娯楽小説の有用性を説明する。父はしょうがないなと言う顔で、経営に詳しい人を紹介してくれると言った。

 

 

 

 父が紹介してくれた人はハリーさんといった。小さな出版社を持っていたが、経営難で潰れそうなところを父が出版社ごと買い取ったそうだ。名義は私にしてあるという。あれ?何故か出版社が手に入ってしまった。お父様ありがとう。

 経営難になったキッカケはコネの無さだったらしく、後ろ盾があれば問題なく経営できるくらいの能力はある人らしい。

 

 私は早速ハリーさんに娯楽小説の必要性を訴えた。

「娯楽小説ですか、私もアイディアは素晴らしいと思いますが、一つ問題があります。それを書ける作家が居ないことです」

 それはそうだ。今まで無かったことをするのだからそんな簡単に人が見つかるわけは無い。私たちは頭を悩ませた。

「いっそ賞金をつけて公募するのはどうかしら?」

 私の言葉にハリーさんは驚いた顔をする。この国の識字率は実は結構高い。神殿が子供たちに無償で読み書きと計算を教えているからだ。

「賞金をつければとりあえず書いてみようって人もいると思うの。新聞で大々的に告知を出せば話題にもなるし。どうかしら?」

 ハリーさんは面白そうに賛成してくれた。すぐに準備に取り掛かってくれるそうだ。

 

「そういえば、よく私の話を笑わないで聞いてくれるわね」

 前世と完全に人格が融合してしまったようで、今の私は子供らしくないが間違いなく五歳だ。よく普通に話せるな。

「侯爵様にお嬢様はまれに見る天才だと伺っておりましたので。まさかこれ程とは思いませんでしたが」

 ハリーさんは苦笑して言う。父は私のことをどんなふうに言って回っているのだろうか。転生者なだけで本物の天才ではないから、いつか幻滅されそうで怖い。

 でも、私はやらなければならないのだ。でないとこの乾いた心を潤すことは出来ないだろう。

 

 ハリーさんと二人で公募小説の規約を決める。募集するのは空想の大衆娯楽小説で、テーマは恋愛ものと冒険ものの二つのみ。審査に通った物語は賞金と実際に出版を確約するとの条件で一先ずやってみることにした。

 一体どんな作品が集まるのか、とっても楽しみだ。

 

 

 

 そしておよそ六ヶ月後、出版社には続々と作品が集まっていた。私はそれら一つ一つを読みながら合否を考えている。合格域に達する人はほとんど居なかった。この世界にはほとんど存在しない娯楽小説を書けなんて言っても、そう上手く行くはずがない。これは想定内だ。けれどたまにいい線をいっている作品があって、講評も結構楽しかった。

 六ヶ月で出版が決まったのは三作品だ。恋愛ものが二作と冒険ものが一冊。どちらもライトノベルのように、堅苦しくなく気楽に読める内容だ。

 私は出版される本をメイドさんたちに読んでもらい、感想を聞いてみた。どれも面白いと好評だったので多めの部数を用意することに決めた。

 

 ハリーさん曰く、出版後もすごく売れているらしく、結局用意した部数では足りなくなって増刷する事になってしまった。公募も引き続き行っていて、平民の間では小説を書いて一攫千金を狙うのが流行りになりつつあるようだ。

 発売される小説が増えてくると、大衆小説がどんなものか分かってきたらしく、作品の質も上がってきた。人気の作家さんには専売契約を結んでもらって、どんどん小説を書いてもらう。

 気づいたら娯楽小説は、庶民の間で大ブームになっていた。

 

 

 

 娯楽小説の流行にオズワルド様はお祝いの花を送ってくれた。私は出版社をたちあげればいいとアドバイスしてくれた、オズワルド様のおかげだとお礼を言う。

 オズワルド様も一冊読んでみてくれたらしく、休憩時間にちょうどいいと褒めてくれた。

 

 オズワルド様に褒められるとやる気がみなぎってくる。もっと出版社を大きくして、色々なジャンルの本を売り出したい。私はハリーさんに相談して、公募作品のジャンルを問わないことにした。そうする事で、もっと自由な良作を発掘出来ると思ったのだ。

 

 そして、人気作品のサイン会や、ファンの交流会など様々な企画を立ち上げてゆく。もはや大衆小説は一大ムーブメントを巻き起こしていた。

 競合社もどんどん増えるが、ハリー出版社の成長速度には追いつけていない。

 

 

 

 そんな時、私はとうとう出会ってしまったのだ。それは公募の作品の一つだった。突如世界に溢れた悪魔たちと戦う戦士たちの物語。

 繊細な心理描写と緻密な背景描写。魅力的なキャラクターに息を飲む展開。まさに神作家だった。

 

 私はすぐさま大金を積んで彼女と専属契約を交わした。契約には私直々に足を運ぶ。私を見るなり彼女はとても驚いていた。オーナーと言って幼女が出てきたのだから当然の反応だ。

 彼女はドロシー・クローバーと名乗った。私は真剣に彼女の才を褒め称える。絶対に逃がすものか。

 彼女は契約内容に満足してくれていたようだ。これからも書きたいものが沢山あるのだと構想を聞かせくれた。正直どれもめちゃくちゃ読みたい。

 

 この時今世での私の推し作家が決まったのだった。私は絶対に彼女をトップ作家にして見せる。

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